【春転】(1)

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4月4日に男子寮から女子寮に引っ越して来た上田信希だが、彼女はこれまでの生活で充分女子としてやっていけるつもりであったし、女子寮にも普通に入っていた。しかし実際に“女の園”で“暮らし始める”と「女子寮の中に居る」というのと「女子寮で暮らす」というのはまるで違うことを認識し、女の子としての自信がぐらつく思いだった。
 
入寮した途端、それを待ち構えていたかのように花咲ロンド・海浜ひまわり・桜井真理子がやってきて入寮祝いと言って、コーラとケーキで歓迎してくれたが、身体にベタベタ触られるし“女の子の匂い”が強烈なので、信希はキャーっと思った。むろん女の子にべたべた触られて性的に興奮したりすることはないが、こういう女子との濃厚接触は経験が無かったので、結構ドキドキした。
 
4人で話していた所に、女子寮専属看護師の山口さんが来る。
 
「上田さん、パレ・ドラ・メール(Palais de la mer)へようこそ」
「あ、どうもどうも」
 
信希は篠原倉光などと同様、頻繁に女子寮自体には出入りしていたので、山口さんとも既に顔見知りである。
 
「上田さん、生理用品は何使ってる?」
「え、えっと、センターインのハッピーキャッチかな」
「ああ、それなら常時在庫してる」
「センターインはこの寮でもファンが多いよね」
と花咲ロンド。
 
「パンティライナーは?」
「ロリエの“しあわせ素肌”フローラルかな。あの肌触りが好きで」
「ああ、それも常時在庫してるよ」
と山口さん。
 
「じゃ、ここでは生理用品は無料配布してるから、必要な時はナースルームに取りに来てね」
「はい、ありがとうございます」
と言いながら、生理用品について、人と話したのは初めてなので、結構クラクラと来ていた。
 
「みんな最後の1袋を開封したら、新しいのを取りに行ってるよ。つまり未開封のパックが常に1個ある状態」
と花咲ロンドが言う。
「そうしないと、いざという時にパックが空だったってことあるもんね」
と桜井真理子。
 
「あと、これ渡しておくね。これ知ってる?」
といって、山口さんは信希に何か銀色で一辺5-6cmの四角い包装で密閉された柔らかいものを渡した。中身は丸いようだ。信希は少し考えてから、ひょっとしてと思って言ってみた。
 
「もしかしてコンドームですか」
「そうだよ。これ大事なことだから。本当は男の子とのセックスは高校卒業するくらいまでは控えた方がいいけど、どうしても彼氏とする雰囲気になっちゃった時は、絶対これ付けさせて」
 
「はい」
「するなら付けろ、付けないなら1人でやってろ、だよ」
「分かりました」
 
「本当は男が用意するもんだけどね」
と海浜ひまわり。
「まあ万一の場合の予備だよね。女が持っているものは」
と花咲ロンド。
 
「生理用品入れに一緒に入れておくといいよ」
「そうします」
 
それで山口さんは帰って行ったが、その後で桜井真理子が言った。
 
「要するに、信希ちゃん、生理があるのね?」
「え、えーっと」
 
信希はどう答えるべきか悩んだ。
 
でもこの日の内に女子寮の全員に、信希には生理があるらしい、という情報が伝搬していた!(でも1ヶ月後には本当のことになる)
 

4月10日(土)に日本選手権が終わった青葉たちは、4月11-15日に代表合宿が組まれていた。場所は千里姉が合宿中のNTC(NTC-W)に隣接するNTC-EおよびJISSだが、女子長距離陣は強化部長の許可を取り、熊谷の郷愁プールに移動してそちらで合宿をおこなった。
 
長距離は泳ぐのに時間がかかることもあり、他の組との共同使用だと、練習時間が充分に取れない。NTC/JISSで合宿しようとすると普段に比べて練習量が大きく落ちてしまう。これが郷愁村の50mプール(これは千里の私有物で一般には開放しない)だと他の人は入れないので、1人1レーンを完全独占して24時間練習できる。
 
メンツは実際には津幡組+金堂であるが、金堂も合宿終了後はそのまま津幡に移動することになっている。
 
「最初から津幡に行ってもいい気がする」
「私も同感」
などと言っていた。普段の練習とは水野コーチがいるかどうかの違いである。その水野コーチも
「あんたたちには特に教えることはない。ひたすら練習するだけだね」
と言っていた。
 
東京から熊谷への移動は、水連がバスを出してくれたが、合宿終了後に津幡に移動するのは、千里姉の G450 を使わせてもらう予定である。
 
今回日本選手権に出てくるのには、津幡組はG450で能登空港から飛んできたし、金堂さんはお父さんの車(トヨタ・ライズ)で仙台から移動してきている(お父さんは仕事もあるのですぐ帰った)。また幸花たち津幡組のスタッフでトレーナーたちは熊谷での合宿をサポートするためにこちらに残っている(放送局の仕事がある幸花と、今回は代表入りを逃したメンバーは Honda-Jet で金沢に帰還した)
 

4月11日(日)まで新婚旅行をする予定だった貴司・千里1・桃香は実際には10日(土)の夕方帰還した。
 
「疲れたぁ」
 
と言って、貴司は201、千里は2SR、桃香は203に各々入って、そのまま熟睡してしまったので、朋子が呆れていた。
 
千里が戻って来たので、4月11日の午後に、千葉に行っていた早月・由美をこちらに戻すことにし、“向こうの桃香”に連絡した。
 
11日のお昼になっても、3人は起きて来ない。よほど疲れてるんだな思う。しかしこの2週間こちらも疲れたよと思いながら、廊下の掃除をし、地下のバスケット練習場はルンバを起動し、ガレージのエレベータ経由で母屋に戻ると台所で千里が茶碗などを食洗に入れている。
 
「ごめーん。洗い物放置しちゃって」
と朋子が言う。
 
「いえ。人数多いから大変ですよね」
「もう疲れは取れた?」
 
「結構熟睡しましたよ。それに家事してるとそれで疲れが取れる部分もあるし」
 
「そんなの私には無理だわー。でも、千里ちゃん、よくこれを毎日やってるね。人数も多いのに。桃香はこういう家事には役に立たないしさ」
 
「まあ今はどっちみち買物は代行の人にお願いしてますけど、桃香さんに買物とかさせたら、お金ばかり掛けて量が足りなかったりするし、掃除させると物を壊すし、そもそも片付けないし」
 
「あの子は昔からそういうのがダメなのよ」
と朋子も言っている。
 
それで朋子はもうひとつの食洗機(千里家には食洗が2台ある)に入っていて既に洗浄乾燥が終わっている食器を取り出して食器棚に片付けたりしながら、しばらく千里と話していたのだが、唐突に言った。
 
「あんたどの千里ちゃんだっけ?」
「ああ、さすがお母さんには分かりますね。桃香さんや貴司は全く見分けつかないみたいなんですよ。私は実は千里の代理です」
 
「ああ」
 
「さすがにこの家の家事は千里1人では手が回らないから、私が手伝ってます。本当は私の仕事は千里を守ることであって、こういう作業までするのは契約外なんですけどね」
 
「あんた、精霊みたいなものだっけ」
「ええ、そんな感じです。実は買物代行してる子も、私の仲間で、数人で千里の守護をしているんですよ」
 
「なるほどねー」
「千里のように見えるのは、そう装っているだけで、元々千里と似ている訳ではありません。京平ちゃんは勘がいいから、区別がつくみたいですけどね」
 
「あんたの名前は?」
「千里Bとでも呼んでもらっていいですけど、あるいは《きーちゃん》で」
「じゃ、きーちゃんと呼ぼう」
と朋子は楽しそうに言った。
 
「京平ちゃんからは“キーママ”とか言われてますけどね」
「なるほどねー」
 

千里1は「よく寝たなー」と思いながら、2SR(京平の部屋)から出ると、トイレに行ってから下に降りてきた(この家は2階にもトイレがある)。
 
そしたら台所に“自分”と朋子が居るので『ぎゃっ』と思う。
 
朋子が笑顔で言った。
 
「おはよう、千里ちゃん。ぐっすり眠れた?今、きーちゃんと2人でお昼御飯用にピザ作って今焼いてるよ。もうすぐ焼き上がるよ」
 

4月11日までNTCで第1次合宿をしていた千里3は、4月12日の午前中、いったん自宅に戻った。朋子が「お疲れさん」と言って迎える。
 
「貴司たちは帰って来た?」
「一昨日帰って来たけど、なんかよほど疲れたみたいで3人とも昨日は丸一日寝てたよ」
 
「まあ2週間の車中泊はきついだろうね」
と言って千里3は笑っていた。
 
そこに早月が2階から降りてくる。
 
「あれ、ちーかあちゃん」
「早月ただいま。いい子してた?」
「いいこしてたよ。らいさちゃんたちともけんかしなかったよ。あれ?でもいま、2かいで、ちーかあちゃんみたのに」
 
「ちー母ちゃんは素早いからね」
 
早月は首をひねっていた。
 

千里1が帰還して、家の中も動くようになるので、朋子はいったん高岡に戻ることにした。4月13日(火)に千里3が黒いインプレッサで朋子を郷愁飛行場まで送っていく。
 
「この車は初めて見た」
「美映さんから買い取ったんだよ」
「へー!」
「姫路で一時期美映さんと貴司が住んでいた家を買い取りたいというからさ。7000万円で売ることにした」
「わっ」
「美映さんに5000万円慰謝料払ってたから、そのお金に美映さんの新しい旦那が2000万円プラスして、買い取った」
「なんか単位が大きい」
 
「でさ、美映さんはもらった慰謝料5000万円の内、100万円くらいはもう使ってたといってさ、その100万円の代わりにこの車をもらったんだよ」
「そういうことか」
と朋子は納得していた。
 
朋子はHonda-JetBlueで帰還していった。(Redは西宮ネオンが使用中)
 

貴司は新婚旅行が終わって11日丸一日休んだ上で12日(月)からチーム練習に復帰した。
 
「長らく休んで申し訳ありません」
「2週間休んだのなら、2週間分、進化しててもらわないとな」
などと言われて、この日、レギャラーメンバーと手合わせすると、ひとりも貴司に勝てなかった。
 
「強ぇー」
「2週間分どころか2年分進化してる」
「毎日妻と練習していたので」
「世界の3P女王にみっちり鍛えられたら進化もしそうだ」
と前山アシスタントコーチ。
 
「細川君は、来期スターターほぼ確定だな」
と佐原ヘッドコーチも言った。
 

4月12日(月).
 
龍虎はこの日は珍しくオフだった。土日に『ロミオとジュリエット』の撮影をかなり集中してやったので、みんな疲れているだろうということで、この日は休憩が宣言されたのである。
 
龍虎Fは理史と連絡を取り、日中デートをすることにした(彼も映画出演者なので一緒にオフになっている)。
 
Fはまだ寝ていたMにキスして「行ってくるね」と言い(例によってMは怒るが放置)、Ninja250に乗り、川口市の彼のマンションに向かう。
 
ところが途中まで来て、信号待ちしていた時、
「おい」
と声を掛けられたのである。
 
「こうちゃんさん!?」
「ちょっと脇に寄れ」
「うん」
 
それで信号を通過した所で、小さな脇道に入れて停める。《こうちゃんさん》はHarley-Davidson に乗っている。このバイクは以前にも1度見たなと思った。
 
「お前何してんの?」
「ちょっと友だちの家に行こうとしてただけ」
「私用でも緑川か高村呼び出せばいいじゃん。バイクで移動してて事故でも起こしたらどうする?」
「大丈夫だよぉ」
 
「取り敢えず俺が転送してやる。友だちの家ってどこだ?」
「えっと川口市なんだけど」
「地図で教えろ」
と言うので、龍虎は自分のスマホを取りだし、Google Mapを開いて、理史のマンションの位置を示した。
 
「ここはマンションか?」
「うん。いつもマンションの裏手にバイク駐めてる。だから建物の裏手に飛ばしてくれると助かる」
 
「うーん。。。地図だけでは微妙だな。失敗すると、お前がマンションの建物と融合してしまうし」
 
「ボクやはり自分のバイクで走って行こうかな」
 
「よし。俺のバイクの後に乗れ。それで俺が連れて行く。1度そこを見れば大丈夫だ」
「ボクのバイクは〜?」
「あとで転送してやるよ」
 

それで龍虎は《こうちゃんさん》のバイクのリアシートに乗り、川口市の理史のマンションまで行ったのである。
 
「ああ。なるほど。じゃここにお前のバイクを転送すればいいな」
と言うと、目の前に途中で置いて来たNinja250が現れる。
 
「帰りも俺を呼べ。代々木まで転送してやるから」
「じゃ彼と別れて少しバイクで走ってから」
「彼?」
 
しまったぁ!
 
「お前、もしかして男と付き合ってんの?」
「え、えーっと・・・」
「変な男じゃないだろうな?」
「彼も俳優だよ。ちょっと真面目すぎるくらいかな」
 
「ふーん。まあいいか。お前も男と付き合えば女としての自覚が出るだろうし」
「えーっと」
「やはり誕生日の会見で女になりましたと発表しよう」
「それは勘弁して」
「いつかは発表しないといけないのに。まあ、それはお前の心の整理がつくまで待つよ」
「ありがとう」
 
「でもデートには協力してやるから、行き来は俺を使え。バイクごと転送する」
「分かった」
 
それで理史とのデートには《こうちゃんさん》が協力してくれることになったのである。
 

ちなみにこの日のデートは中断されることになる。《こうちゃんさん》から
 
「お前の苗字のことで週刊誌が報道してて、記者会見して明確にしたほうがいいとコスモスが言ってる」
 
という連絡が入る。それで龍虎はMと連絡を取り、こういうことをしたのである。
 
・和城理紗に代々木に居たMをマンション裏に転送してもらう。
・《こうちゃんさん》にMを事務所に転送させる。
・Mが記者会見に出る。
・会見終了後、《こうちゃんさん》にMを再び川口市のマンションに転送してもらう。
・和城理紗がMを浦和の千里の家に転送する
・Fは明け方、理史とのデート終了後(朝食後)、バイクで100m走った所で《こうちゃんさん》に代々木に転送してもらう。
 
それで、Fは記者会見をしているMをネットで見ながら、理史といちゃいちゃしていたのである。Mもこの日は彩佳とナイトライフをせずに純粋に睡眠を取ることができて、結構疲れが取れた。
 

またこの夜、Fは理史を初めて八王子の家に招待した。
 
交通量が少し減った21時過ぎ、理史のCR-ZをFが運転して、八王子の家まで連れて行った。
 
「こんな所にポルシェを置いていたのか」
「むしろここはポルシェを置くためだけに確保した土地なんだよ。だからその家はとっても狭い」
と言って、家の中にも入れる。
 
「ほんとに狭い」
 
「駆け出しの頃に買った物件だから。このくらいが当時のボクの経済力では限界だったんだよ。でもさすがに狭いから、もう少し広い場所に移動しようかなとも思ってるんだけどね」
 
理史は彼女の言い方に違和感を感じた。まるでここにいる子が6年前からアクアとして活動していたかのような言い方である。以前聞いたのでは2人が“アクア”を分担して演じるようになったのは2017年からという話だった。しかしもしかして最初からアクアって2人でやっていたとか??
 
この子はまだ自分に何か重大な秘密を隠している。
 
アメリカで結婚するなんて嘘ついた理由もまだ話してくれないし。
 
「龍、今ならお金には困ってないだろうし、せめて200坪程度の土地を買って、そこにこのガレージ移して、家はもう少し大きいの建てればいいと思う」
 
「工務店さんも同じ意見だった。ガレージを立体駐車場に改造するなら、その費用で土地が買えるって。それでとりあえず土地を探してる所なんだけどね」
 
と言って、Fは《じゅうちゃんさん》から連絡無いけど、なかなか見つからないのかなあ、などと考えていた。
 

“1時間後”、龍虎はバッグの中から小さい紙袋を取りだした。
 
「取り敢えずサトシにもここの鍵預けておくよ。これ門のリモコン、こちらこの建物の鍵。どちらもコピー作ってもらった」
 
「門のリモコンって、これ普通に押せばいいだけかな」
「そうそう。ガレージは空いてるから適当に使って。門の前まで来てリモコンのボタン押したら門が開く。出る時は門の前でボタン押したら門が閉じる。まあ放置してても5分後には閉じるけどね」
 
「分かった。ありがとう。預かる」
 
それから2人は下着を整えて、川口市のマンションに戻った。
 
今日は1日中一緒にいたので、さすがに立たない。そしたら龍はフェラをしてくれた。理史は至福の思いだった。
 
そのまま朝まで一緒に眠った(純粋に眠った)。
 

もうすぐ日が昇る夜明けの空の下、龍虎がNinja250で走り去って行くのを見送り、理史は自分の部屋に戻ってから、少し考えた。
 
やっぱり何か変だ、と理史は思った。
 
昨日、龍(マクラ)は僕に自分のパスポートを見せてくれた。そこには確かに「長野龍虎・女」と記載されていた。一方、アクアはテレビの記者会見で「長野龍虎・男」と書かれたパスポートを見せていた。
 
ふたりは従兄妹同士で、偶然同じ日に生まれ、各々の親同士が当時連絡が取れない状態になっていたから、偶然同じ名前を付けてしまったと言っていた。
 
だいたいその話ができすぎている。
 
そもそも“龍虎”という名前は男の子には付けるかも知れないけど、女の子に付ける名前ではない気がする。
 

山梨の旅館で会った時、龍(マクラ)は、あのポルシェを父の遺品だと言っていた。父母を幼い頃に亡くして、自分は田代の両親に育てられたとも言っていた。
 
それって、アクアの話じゃん!
 
龍(マクラ)と話していると、しばしば彼女の話というのは、アクアの過去の話と重複している。
 
ひょっとして、実は龍こそ“アクア”だということはないか?そしてむしろ男の子のアクアのほうが龍の従兄弟だということは?顔が似ているからスタンドインを務めていたということは充分ありえる。
 
でも“アクア”が実は龍であって、女の子だったとしたら、男の子を装う理由が分からない。アイドルは女の子として売った方が絶対有利だ。市場規模がまるで違う。
 
そんなことを理史は考えていたのだが、考えている内に、あちこちこんがらがってしまって、訳が分からなくなってしまった!
 
まあいいや。龍(マクラ)は、その内、自分のことはきちんと説明すると言っていた。それを待つしかないかも知れない。あの2人には何か複雑な事情が存在している。
 
理史はこの日はそのあたりで考えるのをやめた。
 

熊谷の郷愁プールで合宿をしていた、水泳の日本女子代表・長距離組は4月15日にここでの合宿を終え、16日 G450で能登空港に飛び、津幡に移動した。結局、水野コーチも津幡まで付いてきてくれることになった。水野コーチの費用に関しては、報償は水連から引き続き出るが、滞在費は若葉の好意でもってもらえる。
 
久しぶりに津幡に来た金堂だが、部屋は竹下リルの部屋の隣に取ってもらっていた。ここでオリンピックまでひたすら練習することになる。彼女の滞在費も全て若葉が出す。日本代表への個人的な支援である。金堂を歓迎し、エア握手した若葉は
 
「久しぶりだね、多江ちゃん。遠慮無く、たくさん食べてたくさん泳いでね」
と笑顔で言った。
 
「ありがとうございます。たくさん食べます」
「よしよし」
 
きっと金堂家ではお母さんが御飯をうっかり炊きすぎて困ってそう、と青葉は思った。
 

なお、津幡組でNTC-E/JISSでの日本代表合宿に参加していた女子短距離の希美と夏鈴、および津幡組唯一(?)の男子・筒石は、16日に新幹線で熊谷に移動して、女子長距離陣が出た後の郷愁ブールでしばらく練習することにした。
 
実は・・・隔離なのである!
 
この3人は合宿中に多数の選手・コーチと接触したのでオリンピックの日程が迫っていることもあり、2週間の隔離をジャネが指示した。
 
3人の中で筒石は
「俺コロナには1度かかったから、もうかからないよ」
と主張したが
「いや、君康なら分からん」
とジャネは言っていた。
 
実際には彼にはマラが付き添って、練習に付き合い、食事などの世話もしてくれる。マラは希美と夏鈴にも色々指導をしてあげていた。
 
ジャネ(マソ)はマラに「君康が部屋を汚させないように監視して」と依頼している。過去に筒石が滞在した部屋はしばしば“改修工事”が必要なほど破壊されており、何事にも寛容な若葉から、さすがにジャネに苦言があった。
 
なお2週間後の隔離明けには、マラが君康のボルボを運転して彼を津幡に運ぶ予定である。希美と夏鈴については、布恋か百合花が車で迎えに行く予定である。
 

4月24日(土)、17時で仕事が終わった舞音は熊谷の郷愁飛行場に連れて行かれ、Honda-JetOrangeでセントレアまで飛んだ。
 
「この色のホンダジェットは初めて乗った」
と舞音が言うと
「ホンダジェットは5機体制になるらしいよ」
と村上麗子が言う。
 
「へー!」
「2機新たに注文して、それは夏頃導入されるらしいけど、この機体はキャンセル品を1割引で買ったらしい」
「ああ、今のご時世なら、キャンセルする所あるでしょうね」
「そのオレンジの機体の処女飛行だよ」
「すごーい!」
 

この日はホテルで休む(実家に泊まってもいいのだが、実家だと親御さんの手前、あまり早朝には連れ出しにくい(←違法労働行為)のでホテルになった)。
 
朝(?)3時に起こされる。悠木恵美の運転する車で現場まで行く。撮影場所は東側が開いている県道34号線で、半田市に入っている。この日の半田市の夜明けはこのようになっている
 
天文薄明開始 3:37
航海薄明開始 4:10
夜明け___ 4:35
市民薄明開始 4:42
日出____ 5:09
 
ライダースーツを着るが、黒い人工皮革(合成皮革より丈夫)のスーツで、胸に Tact, 背中に Mane と赤い文字で入っているのが格好いい。ついでに舞音のシンボルマークとなった招き猫の絵も入っている。同伴しているメイク係の重信さんがメイクしてくれる。
 
撮影は天文薄明が始まった3:40頃から始まった。
 
悠木恵美にリハーサル役をしてもらうことにし、舞音と同じライダースーツを着てスクーターで走行し。それで構図などが検討された。1時間ほどリハーサルを兼ねた試行錯誤がされて、4:40頃から舞音本人を使って撮影を始める。但し高校生の舞音は22:00-5:00 の間は使えないので(使ってるじゃん!)、実際に放送に使用する映像は5:00以降に撮影したものだけにするという話だった。
 
舞音は実は道路で走るのは初めてだったので最初はちょっと不安だったものの、持ち前の度胸で何とか走行した。それで何度も道を往復している所を撮影される。
 
しかし東に向かって走っている時にちょうど朝日が登ってきて、とても美しい映像が撮れた。
 
これがCMでメインに使われることになるが、この映像があまりに美しかったので、この後、スクーターやバイクで朝日に向かって走る“舞音ごっこ”が若い人たちの間で流行ることになる。
 

スクーターのそばに立つ写真なども撮影したりしていたので、撮影が終わったのは7時頃である。セントレアに行って Honda-JetOrangeで郷愁飛行場に移動する。ホテル昭和内に部屋を取ってもらったのでそこで仮眠した(悠木恵美と村上麗子も別の部屋で仮眠した:メイクさんは先に東京に帰った)。
 
そのあと、お昼からSCCのドライバーさんに東京まで悠木恵美・村上麗子と一緒に運んでもらい、午後からはまた別の仕事をした。
 
「遠征しても休ませてはもらえないのね」
などとさすがにちょっと疲れた舞音がグチをこぼすと、
 
「こないだ羽鳥セシルちゃんは沖縄日帰りで仕事したらしいですよ」
などと村上麗子がいう。
 
「ひゃー!」
「完璧にブラック企業だね」
と悠木恵美が笑って言っていた。
 
「アクアは北海道と九州を1日で掛け持ちなんてのもあったみたいだし」
「恐ろしい」
「ローザ+リリンはグアム日帰りをやらされたらしい」
「信じられない!」
 

11日にバスケットの第1次合宿を終えた千里は4月16日から25日まで、第2次合宿に参加した。場所は前回と同じ北区NTCである。第1次は30名招集されていたが、第2次に招集されたのは22名である。いきなり8名カットされた。これで千里・玲央美・亜津子よりも上の年齢の選手はいなくなった。
 
「恐いなあ。次にカットされるのは私たちだね」
「まあパリが終わったら引退してもいいかな」
「早いね。私はロサンゼルスまでやるつもりだけど」
「なんか、おばあちゃんの会話になってる気がする」
 
3人は若い選手たちと積極的にマッチングの練習をし、そもそも若い選手の倍練習していた。
 
「123コンビは強すぎるし、物凄いエネルギー」
とナナ(青葉の親友・寺島奈々美)が言う。
 
「ナナには今回のオリンピックでは私を抜いて正シューターになってもらわないと」
と言うが
「無理ですー」
と本人は最初から諦めている。
 
「まあ私とレオはフランスリーグで鍛えられているし、ハナはWNBAで鍛えられているしね」
 
「WBDAにもサンに似た選手がいるという噂を聞いたのだが」
と亜津子が言う。
 
「へー、そうなんだ?」
と千里は取り敢えずしらばっくれておく。
 
昨年は結局WBDAには行けなかった。千里以外にも、アメリカに入国できなかった選手、隔離期間の問題で自国リーグを優先して参加を見合わせた選手は多かった。初期の段階では国境を越えての移動ができず、カナダのチームが参戦できないなどの問題も起きた。
 
今年はどういう形での開催になるのだろうか。この時期、明確な入国時の検疫記録がないと活動できないから、アメリカ・リーグへの参戦は実はハードルが高い。千里にしても玲央美にしても、フランスリーグにはヨーロッパ(正確にはシェンゲン圏)から出てないことにして参戦している(実際各々が使用しているパスポートには入出国記録が無い)
 

26日のお昼前、千里が代表合宿を終えて帰宅すると、庭にプランターが並んでいて、桃香が水をあげていた。
 
「あ、お帰り。お疲れ様」
 
「桃香、お花でも植えたの?」
 
「そうそう。緩菜がさ『お花ほしい』と言うんだよね。切り花買ってきてみたんだけど、どうも違うみたいで、それで京平が緩菜のことばを翻訳してくれたのでは、お花を育てたいということみたいなんだよ。それでプランターと土と種と活力剤と買ってきた。
 
「それはいいけど、桃香育てられるの?私、桃香が鉢植えとかでも育ててる所見たことない」
「うん。私も自信無い。千里は?」
 
「私はサボテンを枯らす女だよ」
「それではお先真っ暗だ」
 
「じゃ緩菜が言い出したんなら、緩菜を水やり係にするといいよ」
「そうするか」
「京平は緩菜を管理する係で」
「ああ、それがいいかも」
 

「でもなんで緩菜はお花を育てたいとか言い出したのかね?」
と千里は2番がマルセイユで買ってきたマリアージュ・フレール (mariage freres) の紅茶“マルコポーロ”(Marco Polo) を煎れ、同ブランドのチョコクッキーの缶も開けて、みんなで摘まみながら言った。
 
京平が
「緩菜、種蒔いて育てたいと言った」
と言う。
 
「自分が子供を残せないことを知ってて、代わりに花を育てたいのかもね」
と貴司が言うと千里は
 
「そうだね。男の子なら自分の子供を産めないから」
と、凄く微妙な言い方をした。
 
緩菜の性別については、千里や美映は認識しているのだが、緩菜をお風呂に入れたりしたことのない貴司は、てっきり男の娘なのだろうと思っている。
 
「でも和実は男の娘なのに子供を2人も産んだね」
「それ代理母さん使ったんだったっけ?」
「1人目は代理母さんだったけど、2人目は自分で産んだ」
「なぜ産める?」
「お医者さんも奇跡だと言っていたよ」
 
「だけど最近は体外受精とか代理母とかで、出産した人が必ずしも遺伝子的に母とは限らなくなってしまったよね」
 
「うん。そういう事態を想定していない民法は前提が崩れている」
 
そんなことを言っていたら、桃香がこんなことを言った。
 
「遺伝子上の母と出産の母を区別すべきなら、遺伝子上の父と突っ込んだ父を区別すべきかもね」
 
「何それ?」
 
「だって女の股から出てくるのの反対は、女の股に突っ込んだのだろ?入れたから出てくるんだよ」
と桃香。
 
「うーん・・・」
 
「でも桃香さん、射精した本人と精子の所有者が違うってことあるんですか?」
「出産した本人と卵子の所有者が違うことがあるんだし」
 
「状況を想像できないなあ」
と貴司は言った。
 
この時、誰も桃香の言葉を理解できなかったが、実は桃香の発言こそ的を射ていたのである(的を得るまでには至っていない)。
 
千里が緩菜の父親が誰かに気付くのはもう少し先である。
 

4月29日“隔離期間”が無事終わった筒石・希美・夏鈴は、2台の車に分乗して津幡に帰還した。筒石はマラが運転する筒石自身のボルボで帰り、希美と夏鈴は結局布恋が〒〒スイミングクラブ所有のSTEP WAGON SPADA Zi (8人乗り 2014年型)で迎えに行った。この車は2列目も3列目もベンチシートなので、実は1人1列を独占すると寝て行けるという利点があるのである。実際2人とも練習疲れでひたすら寝ていたようである。
 
筒石が津幡に戻ってくると、幸花が
 
「お疲れ様〜。でもこちらは女子専用プールだから女子水着を着てよね」
と言った。
 
「女子水着、楽しみ〜」
などと本人は言っていたが、筒石の女子水着姿は、お笑いか変態にしか見えないのが困ったものである。もっとも筒石の言う「楽しみ」というのは、女子水着をつけると(水の抵抗が小さくなるので)かなりスピードアップし、高速の感覚に慣れることができるからである。筒石に女装趣味があるわけではない。
 
なお水泳選手は男子でも水の抵抗を減らすため、足の毛などは全て剃っている。
 
ちなみにこのプールには男子更衣室が存在しなかったのだが、日本選手権の間に工事が行われ、小さいながらも男子更衣室が作られた。当面使用するのは筒石のみである。桜池裕夢などは女子更衣室で着替えてよいことになっている。
 
裕夢についてはもう男性能力を喪失しているのでは?と青葉や希美たちは心配している。彼は大会などで入場の度に「あなたADカードが違いますよ」と言われてしまう。トイレも男子トイレを使おうとすると叱られるので不本意ながら?女子トイレを使用している。
 

上田信希はその日人生で初めての月経を処理した。昨日から「そろそろかな」と思ってつけていたナプキンを交換する。ナースルームでもらってきたセンターインを自室のトイレに置いている。
 
「結構辛いもんだなあ」
と思う。
 
これから30年くらいかな?これと付き合っててかなくちゃ、と自分に言い聞かせた。
 

上田雅水はその日朝起きてトイレに行ったらパンティが血で真っ赤になっていたので、
「何が起きたの?」
と焦った。
 
取り敢えず何かで押さえておこうと思った時、先日姉が来た時においていったセンターインのパッケージに気付いた。
 
「そうだこれ当てておけばいいかも」
 
雅水は“生理ごっこ”をしたことがあるので、使い方は分かる。部屋から洗濯済みのパンティを持って来てそれに取り付け穿いた。血で染まったパンティは黒いビニール袋(トイレに常備している)に入れて捨てた。
 
「でも何が起きたのかなあ」
と雅水はこの日自分の身体に起きたできごとをこの時は認識していなかった。
 
そもそも雅水は自分のペニスが消失していることにまだ気付いていない!なぜ気付かないのかは知るよしも無い。
 

千里は4月30日から5月9日まで、バスケット日本代表の第3次合宿に参加した。今回の招集者は19名で、前回よりまた3名減っていた。厳しい生存競争は続く。
 
今の所、花園亜津子・佐藤玲央美・村山千里の“123コンビ”も寺島奈々美も残っているが、今回の招集でシューターは亜津子・千里・奈々美の3人だけになった。この3人の“シューター枠”争いもシビアだが、玲央美も若いフォワードたちとの生存競争に生き残るのは、なかなか大変である。年齢が高いと似たような成績では若い人が優先されるから、若い人たちより強烈に強いことが求められる。
 
ただLFBで鍛えられている玲央美は今の所、スピードでもパワーでもゴール成功率でも、他のフォワードを完璧に圧倒している。
 
千里もそうだが、外国のリーグで活動する場合、似たような成績なら国内選手が優先されるので、外国人選手というのは国内選手より圧倒的に強くなければ生き残れないのである。千里も玲央美も毎年そのプレッシャーと戦っている(*1).
 

(*1) 千里は2013-2015の3年間スペインリーグ(グラナダ)、2017-2020の4年間フランスリーグ(マルセイユ)に参戦している。玲央美は2017-2020の4年間フランスリーグ(オルレアン)に参戦している。
 
フランスやスペインのリーグは日本のWリーグと“シーズン”か重なっているが、“時間帯”がずれているので両者を兼任できる。フランスやスペインの13:00-21:00は日本の21:00-5:00 に当たるので試合時間がぶつからないのである(これが中国やオーストラリアのリーグだと時間帯がぶつかるからNG)。
 
(再掲)
USA WNBA 5-9月 3:00-11:00
USA WBDA 5-7月 3:00-11:00
ESP LFB 10-4月 21:00-5:00
FRA LFB 10-4月 21:00-5:00
AUS WNBL 10-2月 13:00-21:00
CHN WCBA 10-3月 14:00-22:00
RUS WPBL 10-4月 19:00-3:00
 
もっともそれを兼任するのは日本とヨーロッパの間を瞬間移動する手段を持つ千里や玲央美にしかできないことである!
 
玲央美は2017年は育成チームにいたが、1軍にあがった2018以降、リーグ内で千里としばしば対戦している。
 
千里は2016年以降、スペインのセビリアのチームにも関わっていて、その関係でフランスのみでなくスペインの就労ビザも維持している。ついでに千里は2016年にグラナダに200坪の家を買ったので不動産投資特例で2026年にはスペインの永住権が獲得できる。千里は100歳くらいになったらスペインに移住してもいいかもなどと思っている(*2).
 
(*2) 作者が生きている間には描かれない遠い先、青葉・冬子・政子・貴司・桃香(*3)が亡くなってしまった後、桃香の四十九日を終えてから千里は京平・緩菜・龍虎の3人にだけ行き先を告げ、グラナダに完全移住する。
 
(*3) 亡くなるのはこの順序。政子は冬子が亡くなった翌朝、冬子の棺の傍で安らかな顔で冷たくなっているのを発見され一緒に葬儀(密葬)が行われる。1週間後に千里を葬儀委員長とする業界葬が執り行われ、アクアが弔辞を読んだ。政子愛用のボールペン“赤い旋風”は冬子と政子の曾孫にあたるキララが受け継ぐ。
 

2021年のゴールデンウィーク中は、ラピスラズリ、高崎ひろか、品川ありさ、姫路スピカのネットライプが組まれていた。会場は津幡の火牛アリーナで、バックダンサーは北陸と東海の信濃町ガールズが招集される。
 
アクアと白鳥リズムが無いのは『ロミオとジュリエット』の撮影中だからである。実は舞音もこの映画にはロミオの当初の思い人・ロザリンという役で出演した(*4)のだが、舞踏会の場面だけの登場なので、その後は解放されている。
 
(*4) ロミオが来るのをじっと待ってて「ロミオ様まだかしら」などと言っていたが、結局待ちぼうけを食わされる。キャプレット卿が、ロミオが舞踏会に潜入していると聞いても「よいではないか」と言ったのは、ロザリンと会うのに来たのだろうと思ったからである。
 

舞音は今回のネットライブで、最初ラピスラズリの司会を頼むと言われていたのだが、キャンセルになり、別の仕事を入れられることになった。今回この4つのライブの司会は次のようになった。
 
ラピスラズリ 甲斐姉妹
高崎ひろか 七尾ロマン
品川ありさ 恋珠ルビー
姫路スピカ 水谷姉妹
 
甲斐姉妹がスピカちゃんから横滑りして、水谷姉妹が入ったのかなぁ、と舞音は思った。
 

この連休中、舞音は「舞音の招きマネキン」のドラマ撮影をしていた。
 
主役である!
 
しかしセリフの全く無い主役という不思議なポジションである。しかもCFを撮影した時と同様、ラストのカットを除いては一切表情を変えずに演じる。
 
不埒な男(演:獄楽)が店長(花咲ロンド)を襲おうとした時も、舞音はいっさい表情を変えずにじっとしている。でも“偶然”ショーウィンドウの舞音マネキンに目を留めた通行人(鈴本信彦)が、その向こうの店内で女性が襲われているのに気づき、お店に飛び込んで
 
「こら!何してる!」
と一喝すると、男は逃げていって、店長は無事であった。
 
そういう事件が起きていても、舞音はひたすら無表情である。
 
この部分、放送時にはCGで、舞音の目からキラリと光る星が飛び出して、鈴本信彦に当るようになっており、それで鈴本信彦が舞音マネキンを見る、という演出がなされていた。
 
この舞音の目から飛び出す星は他にも多数の客を引き寄せる演出として使用された。
 
(ファンの間では“マネき星”と命名された)
 

もっともある時は、このマネき星が、若いOL(日吉ツバキ)に当てるつもりが偶然彼女と交錯した男子高校生(斎藤良実)に当たってしまい、その男子高校生が大きなエンジ色のリボンの付いた、白いブラウスとフレアースカートのセットを買い、そのまま着て帰るなどという事故?も発生した。
 
このシーン、斎藤良実ちゃんの女装可愛い!と話題になったが、本人は
「癖になったらどうしよう」
と悩んでいたとか。彼は男っぽい役柄が多いので、女装でこんなに可愛くなるというのは、ファンたちも驚いたようである。
 
なお彼がブラウスとスカートのセットを着て試着室から出てくるシーン(続けてその格好のまま帰るシーン+自宅に帰って母親が仰天するシーン)は、店の前で日吉ツバキと交錯し、お店に入ってきて
 
「この服ください」
「はい。贈りものですか?」
「いえ。僕が着ます」
 
と言って、服を持ち試着室に入るシーンの4時間後に撮影している。普通の男子高校生を女の子の服を着られる状態にするのに4時間掛けたのである。
 
その4時間の間に、彼は足の毛や脇毛を全部剃ってもらい(自分の足を見詰めてうっとりしていた気がする)、ヒゲは全部抜いてもらい、細かい産毛は丁寧に剃り、眉毛は細くカットし、フェイスエステまで受け、髪も美容師さんに女の子っぽくアレンジしてもらった上で、この服を着るシーンに挑戦している。
 
(試着室に入った時と眉毛とか髪型が明らかに違っているので“魔法の試着室”などとネットでは書かれていた)
 
むろん良実ちゃん(170cm 62kg)が着た服は最初から彼の身体のサイズに合わせて制作されている。舞音(158cm 50kg)が着ていたのと同デザインのサイズ違いである(*5).
 

良実ちゃんは、うまく乗せられて女の子下着までつけたので、ブラウスを着た姿では、胸があるように見える(ついでにブラ線も見える)。
 
なお撮影に使用した服は、下着も一緒に本人にプレゼントしたが
「こんなのもらっても困る〜」
と本人は言っていたらしい。
 
髪型も女の子っぽく変えられてしまったので(男の子っぽい髪型に戻してあげてない)
「明日学校に行くのが恥ずかしい」
などと言っていたが、
「女子制服を着ていけば問題なし」
などと言われて、少し悩んで?いた。
 
この日、彼の人生は変わったかも知れない!?
 

(*5)実は今回のドラマでは舞音用と客用の2着の服が原則として使用されている。これはサイズの問題もあるが、むしろ衛生上の問題のほうが大きい。但し、高価な振袖(200万円)とウェディングドレス(100万円)だけは同じ服を共用した。振袖を着たのは佐藤ゆか、ウェディングドレスを着たのは木下宏紀で、どちらも舞音と仲が良く(実は2人とも舞音と身長が近く(*6)、しばしば舞音のスタンドインを務めている)、本人も舞音も「共用でいいです」と言ったので、予算節約させてもらった。それに特にこのクラスの手描き振袖は完全に同じものを用意するのは困難である。
 
(*6)舞音は158cm, 佐藤ゆか160cm, 木下宏紀 159cm. 木下宏紀が小柄な女性並みの身長なのは、やはり“アクアさん同様”、早い時期に去勢して女性ホルモンを摂っていたからなんだろうなあと舞音は思っている。
 

ちなみに木下宏紀はレッセ・パッセの可愛いワンピース(実は私物)でお店に入ってきて、ウェディングドレスを買っていった。左手薬指にはダイヤの指輪(テレビ局の小道具だがダイヤは本物)もつけていた。しかし木下宏紀の女装には誰も突っ込まなかった!
 
「宏紀ちゃんは、その内、お嫁さんに行くので引退しますとか言いそう」
「宏紀ちゃんはきっと可愛いお嫁さんになるよね」
などと書かれていた程度である。
 
ファンの間では、§§ミュージックのホームページ上に記載される木下宏紀の性別がいつ女性に変更されるか、賭けがなされているようである!
 

アクアがロミオとジュリエットの両方を演じる映画『星遮りし恋人』の撮影は、5月4日に終わったが、アクアは5月5日の1日だけお休みをもらって、郷愁村のコテージ“桜”で、2人のアクアだけで、のんびりとした1日を過ごした。
 
5月6日の午前1時!千里がアクアたちの泊まるコテージにやってきた。
 
「アクアちゃんたち、お仕事だよ」
「眠いですー」
「飛行機の中で寝てていいから」
と言って、2人をヴィッツの後部座席に乗せて連れ出す。そしてHonda-JetRedに乗せた。Redは1時間ほどの飛行で、午前3時頃、小浜市のミューズ飛行場に着陸する。アクアたちは実際機内でもほとんど寝ていた。
 
黒いインプレッサを《いんちゃん》に頼んで東京から回送しておいたので、その車に2人を乗せて、できたばかりの“鏡の迷宮”に連れて行く。そして写真撮影場所となるこの迷宮の中を案内してあげた。
 
迷宮の中に2ヶ所、開(ひら)けた空間があり、片方にはお城、片方には(七人の小人の)山小屋が作られている。お城の中には、ガラスの靴が落ちている階段、魔法の鏡がある王妃の部屋、眠り姫が眠っている寝室などが作られている。Fは螺旋階段を登った所にある、塔の部屋の中で紡錘に指を当て
 
「あ〜れ〜」
などと言って、その場に崩れ落ちる。
 
「私100年の眠りに就いちゃったから、Mが理史のお相手してあげてね」
「ボクは男に抱かれたくないよ!」
 
などとやっていた。
 
千里は、龍虎が最終的に1人になってしまった場合、どちらが残っても女の子にしてあげた方がいいのではという気がして来た。女の子なら理史と付き合えるし、彩佳は龍虎が女の身体でも全く気にしないだろう。そもそも国民のほとんどがアクアは女の子だと思っている!
 

アクアの性別に関する国民の認識統計(千里の想像)
 
アクアは男の子だったけど病気のせいで女の子に変わった 10%
アクアは男の子だったけど病気治療のため女の子になった 10%
アクアは半陰陽で女の子に変化した 25%
アクアは女の子になりたくて性転換手術を受けた 5%
アクアは元々女の子 50%
アクアは男の子 0%
 
アクアが普通の女の子にしては発達が遅いことから、半陰陽説というのは実は結構根強いのである。でもきっと多くの国民はそもそもアクアを女の子アイドルと思っており、“彼女”の性別には何の疑問も感じていない!
 
アクアにバレンタインを贈ってくる子たちの多くは
「アクア様は女の子だけど“設定男の子”なのよ」
などと認識しているようである。
 
タレントには実年齢と数歳違う“設定年齢”を持つ人がいるので、それと似たようなもので「田代龍虎は女子だけどアクアは設定上男子」というお遊びだと考えているっぽい。
 
だいたいアクアの歌声を聞き、アクアの写真集を見たら、これで男子と思えというほうが無茶である。
 

アクアたちを午前中3時間ほど掛けて迷宮内を案内した後は、旅館藍小浜の特別室に入れて、夕方まで休ませた。2人とも疲れが溜まっているのでぐっすり眠っていたようである。
 
夕方、写真家の桜井さんがコスモス社長と一緒に到着するので、千里、コスモス、アクアMで撮影のための打ち合わせをした。桜井さんは「この迷宮でアクアちゃんの美しいヌードを撮ろうよ」と勧誘していたが、この日の打ち合わせに出ているのはMのほうなので、最後まで断った。Fならヌード撮影に同意してしまうかもと思い、千里はわざとMの方を出席させたのである。
 

翌5月7日(金)朝8時すぎ、帯広空港にHonda-JetRedが着陸した(アクアたちを小浜に運んだ後いったん郷愁に戻り、帯広まで飛んだ)。
 
天月和紗(桜木ワルツ)が降りてくる。そして空港ビル内で、厚手のトレーナーにジーンズのパンツを穿いた柴田数紀(高1)およびその両親・柴田純一郎・丹生夫妻と会った。取り敢えず、2階のレストランに入り、一緒に朝食をとる。その食事が終わってから、お話し合いをする。
 
「こいつも、色々悩んだけど、自分もふたりの姉同様に歌手を目指したいというので、芸能活動を認めることにしました」
とお父さんは言い、芸能活動承諾書を和紗に渡した。
 
和紗はその内容を見て、問題無いことを確認。封筒にしまって
「分かりました。書類は社長に渡します。ではご子息をお預かりしますね」
と言う。
 
柴田数紀は高崎ひろか・松梨詩恩姉妹の弟である。数紀の父が離婚・再婚しているため、その関係は少しややこしくなっている。
 

 
なお、純一郎と亜矢子の離婚原因は純一郎が仕事にかまけすぎて家庭を顧みなかったことによるものであり、また丹生と知り合ったのは離婚後である。そのため亜矢子と丹生は仲は悪くなく、子供のことで連絡を取りあったりすることもあった。それもあって数紀は物心ついた頃から、一緒に暮らしている邦江だけでなく、時々父に会いに来る飛鳥も自分の姉と認識して育った。
 
また実は飛鳥と数紀はとても顔が似ている。どちらも父親似だが、この父親が「きっと若い頃は美少年だったんだろうな」と思わせる風貌である(多分今でも女装させたら普通の“奥様”に見える)。それで数紀は女顔なので、しばしば邦江や飛鳥の“妹”と誤解される。
 
数紀は飛鳥と似ているので、飛鳥がアイドルデビューして以来、飛鳥のスタンドインやボディダブルをよくさせられている。女の子の服を着せられて「こんな服着るって恥ずかしいよぉ」などと言っていた。詩恩が出演する映画で、遠景を女子高生制服を着せた数紀で撮影したこともあり、つまり顔まで写っている。
 
年に3〜4回はそれで東京に呼ばれており、昨年のコロナ下でも§§ミュージックの専用機で帯広空港から羽田に飛び(郷愁飛行場のオープンは2020.11)何度もドラマや映画の撮影に参加した。その度に女の子の服を着せられ、その服は“お持ち帰り”になるので、実は女物の服が溜まって困っている!?頻繁にスカートを穿かせられるので、いつも足の毛は処理している。体育の時間など
 
「柴田君、足の毛が無いんだね」
「ちょっと事情があっていつも剃っているんだよ」
 
などといったやりとりがあり、“やはり”女装趣味があるんだろうな、と思われていたりする。元々彼は小学生時代はいつも女の子に間違えられていた。トイレの場所を訊くと女子トイレの場所を教えられたり、プールで男子更衣室に入ろうとして「待った。そちらは違う!」と停められたりするのは、しょっちゅうであった。中学の時も(男子)更衣室で着替えの時に肩にブラ跡があるのを、多くのクラスメイトに見られている!
 

「それとこれも書きました。精子は冷凍保存しましたので、キンタマもチンコも取っていいですので」
と父は和紗に言った。
 
「は?」
 
和紗が渡された書類を見ると「去勢手術同意書」などと書かれている。
 
私、柴田純一郎は、息子・柴田数紀が、男性器の除去手術をするのに同意します
 
などと書かれており、芸能活動承諾書と同様に署名・捺印がされている。
 
「えーっと・・・」
と和紗が戸惑っていると
 
「ガールズに入るには、ペニスまでは取らなくてもいいけど、睾丸は取らないといけないと姉から聞いたので。でも僕も覚悟を決めました。玉は取っていいです」
 
などと数紀は言っている。
 
和紗は言った。
 
「あのぉ、何か誤解しているようですが、別に信濃町ガールズに入団するのに睾丸を取る必要はないんですけど」
 
「え?そうなんですか?」
と数紀も父も驚いている。
 
松梨詩恩が弟をからかって、そんなことを吹き込んだのでは?と和紗は思った。
 

和紗は説明した。
 
「そんな中世の聖歌隊みたいな話は無いですよ。信濃町ガールズに男子メンバーは現在8人いますけど、睾丸取ってるのは、将来女の子になりたいと言っている2人だけです(既に女の子になっているのではという疑惑はあるが)。他の子は女の子になるつもりも無ければ、睾丸を取ったりはしていません。だいたいうちには西宮ネオンのようにちゃんと男性アイドルとして活動している子もいますよ」
 
ここで和紗が言う2名というのは、上田雅水と松元徳世(長浜夢夜)である。和紗は最近(密かに去勢していた)弘原如月が“女の子”生活に移行しつつあるのをまだ認識していない。和紗は(みんなが性転換済みと思っている)木下宏紀は(実は)睾丸を維持していることを千里から聞いて知っている。彼の睾丸は偶然か故意かは不明だが、機能不全だと思うと千里は言っていた。
 
「そういえば西宮ネオン君がいますね!」
と数紀も今気がついたように言った。
 
「だからこれはお返しします」
と言って、和紗は手術同意書を“数紀に”返した。
 
数紀は「分かりました」と言って、それを自分のカバンに入れた。
 
(本人が持つということは、数紀が本当に睾丸を取りたくなった時はこの同意書を行使できることになる。もっとも彼は睾丸を取りたくなりそうには見えないが)
 

誤解も解けた?ところでお茶など飲みながら、離陸許可の出るのを待った。
 
やがて10時すぎの離陸OKと出たので、9時半頃、パイロットと和紗・数紀がホンダジェットに乗り込み、帯広空港を離陸した。そして2時間弱の飛行で小浜のミューズ飛行場に到着した。
 
なお彼の荷物は既にまとめてあり、東京に向けて発送されているので、数日中には用賀の男子寮に届くものと思われる。彼は3階に入居する。
 
201 菱田ユカリ(中2)
202 須舞恵夢(中2)
203 204 205
 
301 柴田数紀(高1)
302 303 篠原倉光(高2)
304 末次一葉(中3)
305
 
401 弘原如月(高2)
402 松元徳世(中1)
403 404 上田雅水(中2)
405 木下宏紀(19)
 
501 西宮ネオン
 
なお、彼はこの用賀の男子寮から歩いて行ける距離にあるM高校に編入させてもらえることが決まっている。男子寮からすぐの所にあるJ高校(ルキアや坂出モナ、それに弘原如月が通っている学校)にも照会してみたのだが、数紀の全国模試の成績を見て「申し訳無いがこの成績では」と断られてしまった。M高校のほうは入試で落とされるのは、面接の時によほど態度が悪かった生徒だけという学校で、聖子が3年間通ったS学園と似たようなレベルの高校である。S学園に入れたら近いし便利だが、困ったことにS学園は女子高である!
 
M高校は必要出席日数がわりと厳しめなので、聖子のような多忙な生徒には無理だが、一応授業を6時間目まで受けられる子であれば、卒業に苦労はしない学校である。中間期末は名前さえ書けば赤点になることはないという伝説がある(S学園より緩い)。実は木下宏紀の母校であり、現在篠原君もここに通っている。
 
M高校側は、数紀の(4月に入学したばかりの)帯広市内の私立高校の書類、中学時代の内申書(重要なのは生活態度など)を見て、更にコスモスが個人的に保証人になると言うので、姉の高崎ひろか・松梨詩恩の2人とだけ面談して編入を認めた。M高校の制服は連休前にオーダーしており、本人が行けばすぐ受け取れるはずである。制服のサイズについては、父に連絡してFAXで送ってもらったものをそのまま業者さんに渡した。
 
 
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【春転】(1)