【春転】(2)

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小浜では、7日夕方に、G450で信濃町ガールズたちとケイ会長が到着する。藍小浜の部屋割はこのようになった。
 
801 アクア・和城理紗
802 桜井理佳
701 桜井の助手3人
702 ケイ・千里
703 コスモス・天月和紗
705 山村勾美
611 水谷姉妹・鈴鹿あまめ・花貝パール
612 今井葉月・花咲ロンド・緑川志穂
614 山鹿クロム・三陸セレン・長浜夢夜
615 柴田数紀
 
今回宿泊に使用した部屋は、全て個室風呂の付いた部屋で、大浴場に行かなくても済むようにしている。実際、大浴場に行かせるのは問題のある人が数名いる(アクア、葉月、山村勾美マネージャー、614号の面々)。
 
部屋割を決めたのは和紗である。
 
「葉月ちゃんと同室にすればいいのに」
とコスモスから言われていたが
 
「仕事中は私事は控えます。私は社長の雑用係としてご一緒させて頂きます」
などと言っていた。
 
その葉月はロンドと同室になったが、就寝中に布団の中にロンドが侵入!してきて、いきなり服の中に手を入れられ、
 
「やはり葉月ちゃん、女の子だよね。安心した」
などと言っていた。
 
「男の子なら別の部屋にしてもらいますよぉ!」
「いやワルツちゃんと結婚したというから、まさかねと思って確認した」
「私たちレスビアンなんです。だから婚姻届け出せないからパートナーシップ宣言したんですよ」
 
「まあビアンもいいよね。コスモス社長もてっきりビアン婚すると思ってたのに。男の子と結婚してびっくりした」
「たぶん社長はバイなんだと思いますよ」
「やはりそうだよね?」
 
「ところでコスモス社長はバージンはアクアにあげたのではという密かな噂もあるんだけど、聖子ちゃんは知らない?」
 
「まさか。だってアクアさんにちんちんがある訳ないじゃないですか」
「だよねー。それも安心した」
とロンドは言っていた。
 
緑川志穂はもう寝ているふりをしていた。
 

数紀が他の男子(?)3人と別の部屋になったのは、セレンたちの下着姿を彼の前に曝さないようにという配慮だが、この件に付いては実際の運用が変わることになる。
 
長浜夢夜(松元徳世)は同室になったセレンとクロムから
 
「徳世ちゃん、女の子部屋に変えてもらった方がよくない?」
などと言われていたが
 
「ユカリちゃん、恵夢ちゃんも、女の子だから問題無いです」
と言っていた。
 
セレンもクロムも女性に対して不感症なので、女の子の下着姿を見て欲情したりはしないものの、彼女があまりにも完璧に女の子なので、ちょっと心配した。
 
個室にお風呂がついてるからいいけど、大浴場なら、この子は女湯にしか入れないな、とセレンもクロムも思うのであった。(セレンとクロムだって男湯に入ろうとしたら追い出されると思う)
 
ちなみに、長浜夢夜は§§ミュージックのホームページの信濃町ガールズの紹介コーナーでは、最初から「性別:女」と表示されている!
 
彼女は物心ついて以来、1度も男子トイレには入ったことが無いと言い、セレンとクロムも「それ納得〜」と言っていた。温泉などについては言葉を濁したものの、きっと女湯にしか入ってないのではと2人は思った。
 
「ちなみにちんちん無いよね?」
 
彼女に睾丸が無いことは4Fに住んでいることからも間違い無い。
 
「ありますよぉ」
「ほんとかなあ」
 

この日、数紀は1人だけ別室になっていたのだが、20時頃、隣の男の娘部屋?の3人がやってくる。
 
「信濃町ガールズへようこそ」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 
セレンたちはポテチとかキットカットとかのおやつに、コーラのファミリーサイズまで持ち込んできた。
 

お互いの自己紹介などして、最近話題上昇中の舞音ちゃんのことなど話したりしていたが、やがてセレンが言った。
 
「そういえば、数紀ちゃんは帯広では女子制服で通学していたという噂があるのだけど」
 
「なんでそんな話がもう伝わってるんですか〜?」
と数紀は呆れたように言った。
 
実はこの件は、こういう流れである。
 
・詩恩が面白可笑しく(かなりの脚色をして)女子寮のメンツに話した

・女子寮の中でこの件が知れ渡る。

篠原倉光(*7)が、それを姫路スピカから聞く

篠原が男子寮でも伝搬させてしまった←イマココ
 

(*7)B1-1Fが研修所で2階以上が女子寮になっているので、篠原君は研修所でのレッスンが終わった後、しばしば女子の友人に誘われて、女子寮エリアに入り、何人かの女子と個室でおしゃべりしたりしている。
 
女子寮エリアに入れるIDカードを持つ男子メンバーは木下宏紀・篠原倉光・上田雅水・松元徳世の4人だけだが、誤解を招かないよう、この子たちを個室に入れる時は、他の女子メンバーも入れて必ず3人以上にするよう、花ちゃんから言われている。なお篠原君は女性指向は無いがゲイなので、女の子には全く興味が無い。
 

「数紀ちゃんは帯広では女子制服で通学していたという噂があるのだけど」
 
と言われて、数紀はこの事件の顛末を語った。
 
3月下旬の学校説明会で制服の採寸をし、作ってもらったのだが、4月3日にできあがったというので受け取ってきたら、女子制服だった。仰天して制服を作ってくれた業者に連絡したが、学校から渡された名簿で女子ということになっていたので女子だと思い、女子制服を作ったと説明される。そもそも採寸の時に男子と女子では測る場所が違うはずで、男子はスカート丈は測らないので、普通はそれで気がつくはずだと言われる。そして、制服はネーム入りなので、返品・返金には応じられないが、別途料金を払ってもらえたら男子制服は大急ぎで作るという。
 
それで学校の名簿に元々問題があることが分かったので、高校に連絡をしてみると、数紀は書類上は女子ということになっており、そもそも女子として合格していると言われる。更に数紀が入れられていた1年1組は女子クラスであるという。
 
「済みません。息子は男子なので、共学クラスか男子クラスに変えてください」
と父が学校に要請した。
 
学校側は、数紀の入学願書で性別が女子になっていたので、そのまま女子として処理したと言い、学校側には手落ちは無いと主張したが、男子を女子クラスに入れる訳にはいかないので、共学クラスへの移動は対応してよいと言った。またこの学校は男女で合格ラインが異なっており、数紀の成績は女子としては合格ラインを越えているが、男子としては1点足りないと言われる。しかし今更合格を取り消すのは可哀想なので特例として入学を認めると言われた。
 
それで何とか共学クラスに移動してもらえることになったが、実は男子制服をあらためて作る場合、給料日前でお金が足りなかった。業者さんからは特急で男子制服を作るのはいいが、前金で払って欲しいと言われている。
 
そこで父は娘の邦江(高崎ひろか)に連絡して、事情を話し、ちょっと制服代を貸してくれと頼んだ。
 
邦江は大笑いして
「せっかくだから女子制服で通いなよ」
などと言っていたが、お金は明日(4月5日・月)にも振り込むと言った。
 

ところが、である。
 
この制服を作っている業者さんの工場で電気系統の事故があって、怪我人まで出る騒ぎになる。それで営業が一時停止になってしまった。復旧には1週間以上かかるらしい。これで数紀の男子制服は入学式に間に合わないことになった。そもそも受付自体を休止しているので、オーダーもできない。
 
そして更に、4月6日、この高校の教師が1人コロナに感染していたことが判明し、全教職員のPCR検査を実施したところ、8人も感染者がいることが分かって、クラスター認定された。全教職員が2週間の自宅隔離ということになる。取り敢えず4月8日の入学式・始業式は延期、学校は当面閉鎖となってしまった。
 
結局、学校からは4月20日(火)から Google Classroom を使用したリモート授業を開始する予定という連絡があった。しかし教職員の感染者はその後もどんどん増えているようで、更に感染した教師が顧問をしていた部活動に所属する生徒からも感染者が出ており、本当にリモートでも授業再開されるのか怪しいと数紀は思った。
 
ちなみに制服を作る業者さんの方もまだ営業再開の目処が立たないようだった。他校では他の業者に切り替える所が相次いでいるようだったが、数紀の学校は現在学校の機能自体が停止していて、制服問題についても全く連絡が無かった。
 
そんな状況を姉に電話で報告していたら、邦江姉は言った。
「数紀、この機会に東京に出ておいでよ。うちの社長も数紀が信濃町ガールズに入るのは歓迎と言ってるよ。こちらの高校の入学金とか制服代・教材費も私が出してあげるからさ」
 
「どうしよう?でも信濃町ガールズに入るには睾丸取らないといけないんでしょ?」
「別に睾丸くらいいいじゃん。ちんちんまで取れとは言われないし。何なら精子を冷凍保存する?保存費用は私が出してあげるよ」
 
数紀は元々歌がうまい。それで自分も歌手とかになれたらなあというのはずっと思っていた。それで両親に、自分は東京に行きたいと言ったのである。
 
「あんたはその内、そう言うかも知れないと思ってたよ」
と母は言い、父も彼の芸能活動を認めてくれた。
 
精子の保存はすぐ病院に行って採精・冷凍してもらった。毎年保管費用が掛かるがそれは姉が出すと言っている。
 
それで芸能活動承諾書と去勢承諾書を書いてもらい、東京に出て行くことにしたのであった。連絡を受けたコスモスは大歓迎と言った。おりしもアクアの写真集の撮影の計画が進んでいたので、コスモスは“美少年”の数紀を使いたいと思った。それで、数紀は小浜での写真撮影参加を要請され、それが彼の初仕事となったのである。
 

「そういう訳で、入学した高校の授業は4月は1度もおこなわれないまま。制服も男子制服を作り直すことができなくて女子制服だけを持っている状態でそのまま東京に出てくることになっちゃって」
と数紀は説明した。
 
「女子制服しかないから仕方なく女子制服で入学式に出たという話は?」
「それは邦江姉(高崎ひろか)か飛鳥姉(松梨詩恩)の作り話だと思う。入学式は延期されたままだよ」
 
「でもお姉ちゃんから、信濃町ガールズに入るには睾丸取らないといけないと、欺されたんだ?」
とセレンが呆れて言う。
 
「僕すっかり信じて、覚悟決めたのに」
 
「まあ、信濃町ガールズの男子メンバーには睾丸を取りたい、と思ってる子は何人もいるけど(きっと篠原さん以外全員)、実際に取っているのは男子寮4階に住んでる子たちだけだよ」
とセレン。
 
「はーい。私は睾丸取ってまーす」
 
と夢夜は言っているが、睾丸だけでなく、ペニスも除去済みなのでは、セレンとクロムは思っている。
 
「徳世ちゃんって、そもそも女の子にしか見えない。もう小学4年生くらいで取っちゃったとか?」
と数紀が尋ねる。
 
「うん。私は小学校に入る直前に取っちゃった」
「うっそー!?」
「自分で包丁でちんちん切ろうとしてたの見つかって止められてさ。私がちんちん切りたい、女の子になりたいって泣いて訴えたら、妥協で睾丸を取ってくれた」
 
「よく取ってもらえたね」
「名目上は睾丸腫瘍ということで」
「限り無く違法っぽい」
「だからどこで睾丸取ったかは秘密」
「うん。それは秘密でいい」
「でも睾丸取ってもらえなかったら、私、自殺してたかも知れない」
「そういうギリギリの精神状態の子は結構いると思う」
 
「だから私はちんちんが立った記憶が無いよ」
「そんなに小さい頃に取ったんだったらねー」
「早く完全な女の子になりたいけど、性転換手術は18歳になってからと親からは言われてる」
「睾丸取ってるならもう男性化はしないから焦ることないと思う」
とクロムが言う。
 
セレンは、この子、必ず“親”という言葉を使うよな。“母”とか“父”という言葉は使わないよなと考えていた。彼女の両親の性別については寮生たちの間でも意見が別れており、色々な説が出ている。でもきっと親自身性別に問題を抱えていたから、息子(?)の訴えを理解してあげたのだろう。そして子供の去勢をしてくれる病院(海外?)の情報も持っていたのかもしれない。
 
「ずっと女の子してたの?」
「そもそも私が戸籍上男の子だなんて知ってる子は1人も居なかったかも」
「それは徹底してるな」
「ずっとスカートで通学してたし、トイレも女子トイレを堂々と使ってたし」
「徳世ちゃんなら、男子トイレに入ろうとしたら追い出されると思う」
「入ろうとしたことがないから分からない」
「そもそも立ってできないよね」
「うん。立ってできるような服を着てたことないから」
 
いや、服の問題じゃ無いだろ?とセレンとクロムはツッコミたかったが、数紀は
 
「なるほどねー」
と感心している。
 

「でも中学では男子制服着ないといけないみたいだったから憂鬱だったんだけど、昇格試験に合格して東京に出てくることになったから、転校のどさくさで女子中学生になっちゃった」
 
「まあ徳世ちゃん見て、性別を疑う人は居ないよ」
とセレン。
 
「数紀ちゃんも、この際、転校のどさくさに紛れて女子高生になっちゃえばいいよ」
と徳世。
 
「僕は別に女子高生にはなりたくないんだけど」
 
「でもせっかく女子制服作ったんでしょ?着てみなかった?」
「着てはみたけど。母ちゃんに乗せられて。記念写真まで撮られたし」
「ああ、数日以内には数紀ちゃんの女子制服姿の写真が、女子寮生たちの間でシェアされてそうだ」
「え〜〜〜!?」
と数紀が言うと
 
「私がセーラー服着て小学校の卒業式に出ている写真、ここに入った翌日には女子寮のみんなが見てた」
と徳世が言っている。
 
「あははは」
 
「女子たちの情報収集能力は凄いよね」
 

この夜は22時すぎになって、夢夜が眠そうにしていたので
「自分の部屋に帰って寝なよ」
と言って帰した。
 
セレンとクロムは23時頃まで数紀とおしゃべりをしていたが、2人は結局数紀の部屋で、押入れから布団を出してきて、こちらの部屋で寝た。
 
「だって女の子と同じ部屋では寝られないよ」
と2人は言っていた。でもおかげで数紀は、セレンとクロムが女の子下着を着けていて、胸はあるように見えるし、お股には何もないように見えるのを目撃してしまうことになる(慌てて後ろを向いた)。
 
「ユカリちゃんと恵夢ちゃんも女の子なのでは?」
「ボクたちのは偽装だよ」
 
「数紀ちゃんも、ちんちんが無くておっぱいがあるように見えるように偽装してあげようか」
「そしたら女子制服で通学できるよ」
「いや、いい」
 
「女声の出し方も教えてあげるよ」
「数紀ちゃんの声なら、わりとすぐ女声が出ると思う」
「それはちょっと興味あるかも」
 
「そもそも数紀ちゃんの声って、女の子と思い込んでいたら女の子の声に聞こえる」
「そう?」
「制服業者さんが、男の子だと気付かなかったのは声の問題もあるかも」
「それはあり得る気がしてきた。ボク、セールスの電話が掛かってきた時に出たら『お嬢さんですか』と言われたこととある」
 
「ボクたちもそれが普通だよね」
とセレンとクロムは言っている。
 

一方、この日の夜、アクアF・M、コスモス・ケイ・千里の5人は会談をして、現在は1%の株をコスモスが持ち、残り99%をケイが持っている§§ホールディング株について、アクアと千里が株主に加わり、次のような所有比率にすることを決めた。
 
ケイ・コスモス・アクアが各33% 千里が1%
 
それでアクアと千里には無役の取締役にもなってもらうことにした。
 

翌日、5月8日(土)朝から、アクア写真集の撮影は開始される。
 
アクアはお姫様の衣装を着けていて、信濃町ガールズのメンバーは侍女の衣装を着ける。セレンとクロムが楽しそうに侍女の衣装を着けているのを見て数紀は「あのぉ、僕もこれ着るんですか?」と不安そうに言う。
 
「あぁ、数紀ちゃんには別の衣装があるはずだよ」
と言って、セレンが騎士の衣装を持って来てくれたので、数紀はホッとしてそれを着た。それでこの最初のシーンの撮影では
 
水谷康恵・水谷雪花・鈴鹿あまめ・花貝パール・今井葉月・花咲ロンド・山鹿クロム・三陸セレン・長浜夢夜の9名が侍女の衣装を着け、数紀だけ騎士の衣装で撮影された。
 
お昼を食べてから、迷宮内のお城で撮影する。
 
ここでは数紀は将軍の服を着て、花咲ロンド・山鹿クロム・三陸セレン・長浜夢夜の4人か衛兵の格好。残りの5人は午前中とは違う侍女の衣装を着けた。むろん主役のアクアは何通りものお姫様衣装を着けて撮影されている。
 
しかしアクアがお姫様衣装でひたすら撮影していて男物の服は着ないので、やはりアクアさん、女の子になっちゃったのかな、と数紀は思った。そもそも邦江姉(高崎ひろか)は「アクアは女の子だよ。私裸見たもん」などと最初から言ってたし。
 
この日、数紀を含む信濃町ガールズは夕方であがったが、アクアと葉月だけで、夕食後もずっと撮影をしていたようである。
 
実はこの夕方からの撮影でアクアは王子様や騎士などの衣装を着けていたのだが、ガールズたちはこれを見ていない。
 

この夜もセレンとクロムは夢夜に
「君はこの部屋で1人で模なさい」
 
と言い、セレンたち2人は数紀の部屋で寝た。
 

翌日、5月9日(日)は、七人の小人の小屋での撮影から始まった。7人の小人に扮したのは下記である。
 
柴田数紀・花咲ロンド・山鹿クロム・三陸セレン・長浜夢夜・鈴鹿あまめ・花貝パール
 
数紀はスカート?を穿かされたが、
「中世の男性の普通の服装だよ」
などと言われた。
「当時の女性のスカートは足首付近まであるロングスカート。女性が素足を見せるなんて、とんでもないという時代だよ」
 
「なるほどー!」
「だから膝丈スカートは男の服」
「へー!」
 
なんか欺されたような気もしたが、そのスカートの衣装で小人を演じてアクアの白雪姫と一緒に写った。
 
「でも数紀ちゃん、スカートで歩いても転ばないね」
などとセレンから言われる。
 
「僕、小学生の頃から、松梨詩恩姉のスタンドインやらされてたから」
「なるほどー!」
「じゃスカートは慣れたもんだ」
「あまり慣れたくないですー」
 

午後からは、また迷宮内で多数の写真を撮った。数紀はまた騎士の衣装をつけて、様々なお姫様衣装のアクアと一緒に写った。他の子たちはセレン・クロムを含めて侍女の衣装だった。
 
信濃町ガールズのお仕事は日曜日の夕方で終了し、数紀はセレンたちと一緒にG450に乗って熊谷の郷愁飛行場に移動した。ここで帰ったのはこのメンツである。
 
水谷康恵・水谷雪花・鈴鹿あまめ・花貝パール・山鹿クロム・三陸セレン・長浜夢夜・柴田数紀・コスモス・花咲ロンド・緑川志穂・コスモスの母 (12名)
 

※Flight Timeline
 
●Honda-jetBlue
5.5 AM (ラピスラズリ)熊谷→伊丹
5.5 PM 伊丹→熊谷
5.7 14:00→15:00 (伊藤母)熊谷→小浜
5.8 小浜→伊丹
5.8 18:00→19:00 (ラピスラズリ)伊丹→熊谷《隔離!》
 
●Honda-jetRed
5.6 2:00→3:00 (アクアFM・千里)熊谷→小浜
5.6 10:00→11:00 小浜→熊谷
5.7 6:30→8:00 (ワルツ)熊谷→帯広
__ 10:00→12:00 (ワルツ・数紀)帯広→小浜
 
●G650
5.6 16:00→17:00 (桜井・コスモス)熊谷→小浜
5.11朝 (桜井・千里・アクアM・葉月・和紗)小浜→熊谷
 
●G450
5.7 16:00→17:00 (ケイ・ガールズ)熊谷→小浜
5.9 19:00→20:00 (ガールズ・コスモス・コスモスの母など)小浜→熊谷
 

5月9日の夜、G450が熊谷の郷愁飛行場に到着すると、コスモス社長と花咲ロンドは何か急用があるという話で、そのままヘリコプターに乗り換えて、どこかに飛んで行った。コスモス社長のお母さんは、旦那さん(コスモスの父)が迎えに来ていて、一緒に日産キューブに乗って自宅に戻っていった。大企業の社長のお父さんなのに庶民的な車に乗ってるなと数紀は思った、
 
(実態は大きな車は扱いにくいからこれがいいと言って乗っているだけ)
 
水谷姉妹・鈴鹿あまめ・花貝パールの4人は、SCCの女性ドライバーさんが運転するベンツ(花ちゃんの車だと思う)に乗って女子寮へ、山鹿クロム・三陸セレン・長浜夢夜・柴田数紀の4人は、SCCの男性ドライバーが運転するヤリスに乗って男子寮に向かう。
 
なんか男女で扱いが違う気がするが、きっと配車の都合による偶然。
 
男子の方で席は、長浜夢夜を助手席に座らせて、クロム・セレン・数紀の3人が後部座席に座った。
 
女の子と身体をくっつける訳にはいかない!
 
夢夜は実際、手を握っても身体に触っても、完璧に女の子の感触なのである。恐らくは小さい頃から女性ホルモンを摂取していたのだろう。
 
ということで、クロムとセレンが視線で会話を交わし、夢夜に助手席に乗るよう言った。小浜に行く時は、3人で乗ったので、身体が接触する恐れはなかったのだが。
 

4人とも撮影疲れで移動中はひたすら寝ていた。数紀もふと気付いたら自分の頭をセレンの肩に置いてたみたいで慌てて起きて「ごめん」と言ったが、徳世ちゃんの隣でなくて良かったと思った。
 

アクアはガールズたちが帰京した翌日、5月10日(月)も写真撮影を続けていた。この日は水着写真の撮影が主で、下半身がお魚の人魚姫の衣装まで着けさせられた。この衣装は上半身は貝殻ブラだけであり、撮影されたアクアFは
「これって、ほとんどヌードじゃん」
などと思いながら撮影されていた。もっとも桜井さんによれば
「乳首が写ってないからヌードではない」
という話である!?
 
「だけど、人魚姫ってどうして貝殻ブラを着けてるんでしょうね」
とアクアは疑問を呈した。
「人魚姫は本来裸だったと思うよ」
と桜井さんは言う。
 
「そうなんですか?」
「でも裸だと、映画にした時にまずいじゃん。だから貝殻で隠したんだよ」
「なるほどー!」
「だから貝殻はテレビのバラエティとかで放送してはいけない所に使われる“伏せ”なんだな。昔は黒塗りモザイクばかりだったけど、最近は技術が進んでるから、猫の顔とか、果物の絵とかで伏せてるじゃん。人魚姫は貝殻で伏せたんだよ」
 
「そうだったのか」
「アクアちゃんも、その“伏せ”を外して、本来の姿をカメラに映さない?」
「勘弁してくださーい」
 

水着にも異様に布面積が小さいものが多く、こんな写真公開したら、もう、「ボクは男の子です」と主張するのは無理って気がした。でもFとしては「アクアは女の子です」ということになってもいいじゃん、という気持ちがあるので、開き直って撮影されていた。《こうちゃんさん》は「アクアは実は女の子です」という記者会見をさせたいみたいだし。
 
さすがに長時間に撮影が及ぶので、バストが一応隠れる程度の水着については、Mに撮影を代わってもらって、休憩していた。Mは
「ボクがこんな水着を着るの〜?」
と恥ずかしがっていたが、その恥じらっている所がまたいい、などと言われた。
 

撮影は23時頃まで続き、アクアは2人ともくたくたになって藍小浜の特別室に戻った。
 
一方、アクア同様にくたくたになっている葉月が千里と話していたら、山村マネージャーが走ってくる。
 
「千里、龍は?」
「向こうで桜井さんと何かしてたよ」
「社長からの連絡で、撮影が終わったらすみやかにアクアを東京につれてきてくれということなんだ。ケイ会長と俺も一緒に行った方がいいらしい。この時間にホンダジェット飛ばしていいかな?エレナちゃんは動ける?」
と山村(こうちゃん)が千里に訊く。
 
こうちゃんさん、男になってる〜と葉月は思った。
 
「こうちゃんも何か人間っぽくなってきたね。急ぐなら転送すりゃいいじゃん」
「あ、そうか」
「コスモスちゃんに連絡して“誰もいない部屋”を用意してもらって、そこにアクアを転送しなよ」
 
「ケイ会長は?」
「一緒に転送しちゃえばいい」
「いいの〜?」
 
「ケイなら構わないよ。たいがい不思議なことには慣れてるから。桜井さんは私が付き添って明日G650で帰京する」
「分かった」
 

アクアは2人とも撮影が終わった後、いったん旅館の部屋に戻っていたのだが、そこに桜井さんから電話がある。
 
「アクアちゃん、悪い。最後に撮った写真に私自身が写り込んでた。私も疲れててすぐ気付かなくて。疲れてる所悪いけど、もう1ショットだけ撮らせて」
とのことである。
 
「いいですよ」
と言って、アクアFはアクアMにキスして(Mが抗議するのを放置して)、和城理紗に転送してもらって迷宮まで行く。
 
「わっ。もう来てくれた。サンキュ」
と言って、最後に着た水着をもう1度着けて撮影に応じた。
 
「ありがとう!いい絵が撮れたよ」
と桜井さんは言ってから
 
「ね、ね、その水着を脱いで私のカメラの前に立ってみない?」
などと、またヌード写真のお誘いである。
 
Fは1枚くらいなら応じちゃおうかなぁ、などと思ったのだが、そこに山村マネージャーの声がする。
 
「おい。龍、緊急事態だ。今すぐ帰るぞ、って、あ、すみません。まだ撮影中でした?」
と桜井さんに謝る。
 
「ねえ、山村さん、この子のヌード写真、1枚でもいいから撮らせてくれない?」
 
「何かほとんどヌード写真と変わらないようなのもあった気がしますが」
「あはは」
 
「それより済みません。ちょっと緊急事態が起きてて。ヌードの件はまた後日」
「うん」
 
それで山村はアクアを連れていく。
「どうしたの?」
「詳しいことは後で説明する。ケイも連れて来なきゃ」
と言って、山村はアクアを黒いインプレッサに乗せ、すぐ服を着るように言うと、ケイ会長の居る所まで車を向ける。
 
ケイの所に走り寄り
「すみません、会長。緊急事態が起きていて。一緒に来てもらえませんか」
「うん」
 
それで山村はアクアとケイをアクアが泊まっている特別室に連れて行く。Fが脳間通信で緊急連絡したのでMはベッドの下に隠れていた。
 
(山村はアクアが2人に戻ったことにまだ気付いていない)
 
それで山村はアクアFとケイを一気に東京に転送したのである。
 

ケイさんを連れてこんなことしていいの〜?とアクアFは思ったものの、山村はそのまま2人を§§ミュージックの事務所内に連れて行く。そしてコスモス社長から聞いた話にアクアは驚愕したのである。
 
「ラピスが隔離されたんですか!?」
 
彼女たちが出演したバラエティ番組で感染者が出て、ラピスラズリの2人が濃厚接触者として隔離されてしまったというのである。
 
ラピスラズリは『シンデレラ』の撮影に入る予定だった。それに彼女たちが出られなくなってしまったが、ラピスの人気があるからこそ番組には予算が付いたしスポンサーも付いてくれた。だから代役を起用するにも彼女たちと同程度かそれ以上に人気のあるタレントを使わなければならない。
 
「それで申し訳ないけど、アクア、東雲はるこの代わりにシンデレラをやってくれない?」
 
「え〜〜〜!?」
 
アクアFは抵抗感は表明したものの、冷静に考えて、ラピスと同程度かそれ以上の視聴率が取れそうなのは自分か常滑舞音しかないこと、しかし舞音はまだ経験が浅く、演技力は未知数であることを考えると、結局自分がやるしかないと判断した。
 
それで極めて不本意ながらも、シンデレラを演じることに同意したのである。
 

ラピスラズリはこの『シンデレラ』の主題歌・挿入歌も歌う予定だったが、そちらは常滑舞音に回すという話だった。
 
それでアクアは5月11-18日に主演作としては初めてとなる、女役だけを演じる撮影をしたのである。
 
プロデューサーさんは
「女役だけはしないポリシーのアクアさんが演じやすいように」
と言ってシナリオを大幅に書き換え、ドラマの中の6割くらいシンデレラが男装するという設定にしてくれたのだが、結果的に
 
“男装女子であるシンデレラが女の子に戻る”
 
というシーンが生まれることになる。それでこんなセリフが出てくる。
 
『女の子に戻りたくなったのかい?』
『建前は男だろうけど、中身は女じゃん。ちゃんと女物の服を着れば女に見えるよ』
『ずっと女の格好してればいいのに』
『みんな、やはり君は女だったのかと言うと思うよ』
『ごめんね。私本当は女の子だったの』
 
「このセリフものすごーく引っかかるんですけど」
とアクアは抗議したものの、プロデューサーは
「気のせい気のせい」
と言った。
 

小浜での撮影に参加した信濃町ガールズ・男子(?)メンバー4人は、9日夜、熊谷の郷愁飛行場からSCCの運転手さんに送ってもらって、22時前に用賀の男子寮に辿り着いた。セレンがIDカードをかざしてエントランスを開け、中に入る。すると、数紀の姉・邦江(高崎ひろか)がキュアルームから出てくる。
 
「みんなお帰り」
とひろかが声を掛けると、
 
「お早うございます、高崎ひろかさん」
とセレン・クロムが慌てて挨拶し、夢夜も頭を下げる。
 
「お姉ちゃん、そこで待ってたんだ?」
「私のIDカードではここの2-3階には入れないからね」
「家族でも入れないんですか?」
「家族カードは本人に渡したと言われた」
「あ、ごめーん。ちょっと待って」
と言って、数紀は荷物の中から何とかカードを探し出した。
 
「飛鳥お姉ちゃんにこちらは渡しといて」
「了解了解」
 
それで5人はひとりずつゲートを通る。エレベータに乗り、セレンが自分のIDカードをタッチして2,3,4Fのボタンを押す(*8).
 
それでセレンとクロムが2階で
 
「お疲れ様でした。お休みなさい」
 
と言って降りて、3階で数紀と邦江が、4階まで上がる徳世に
 
「お疲れ様でした。お休み」
 
と言って、降りる。そして数紀は自分のIDカード、邦江は家族カードで3Fのゲートを通って301号に入った。
 
(*8) 現時点では2,3Fの住人と4Fの住人の間に相互立入規制のようなものは無く、男子寮の住人同士は自由に他の子の部屋を訪問できる。但し徳世と雅水には「必ず鍵をかけておきなさい」とゆりこは注意している。またひろかが言ったように、女子のIDカードでは2-3Fには入れないが、実は4Fには入れる。つまり4Fは半ば女子寮とみなされている:上田信希は男子寮のIDカードは返却したが新たに渡された女子寮のIDカードでもここの4Fには入れるので妹・雅水の部屋を訪れることができる(自分のカートで行けるから家族カードは発行していない)。
 

数紀の部屋には、姉が手配してくれていた、寝具、家具調こたつ(食卓兼用)、ワーキングデスクが置かれている。なお、洗濯乾燥機と冷蔵庫・オーブンレンジ・オーブントースター・32in液晶テレビ・Wi-Fiルータは部屋の備品として用意されている(固定電話は無い)。洗濯機は深夜でも回していいルールである。そうしないと、仕事が深夜に及ぶこともあるので洗濯する時間が無い場合もある。
 
(部屋備品は部屋移動の際もそのまま持って行く。これは衛生上の理由からである。空き部屋には洗濯機やテレビなどは入っておらず、新規の入居者があった時に購入して設置する。ただし常に予備は用意されているので急な入居者があっても対応できる)
 
また信濃町ガールズのユニフォームが2セット置かれている。洗い替えのようである。ちなみにボトムは同じデザインのスカートとショートパンツが置いてある。
 
「スカート穿いたりするんだっけ?」
と姉に訊くと
「穿きたかったら穿いてもいいけど、男子メンバーはたいていショートパンツを穿いてるよ」
と言う。
 
「スカートを置いてるのは、川崎ゆりこ副社長のジョークだよ」
「ジョークなんだ?」
「そこに置いてあるセシールとかフェリシモのカタログもゆりこ副社長のジョーク」
「あはは」
 
なお数紀は高校生だが、新規入団者の特例で1年間はガールズをして、来年春にミューズに移籍することになる。それでここに置かれている衣装もミューズではなくガールズのユニフォームである。
 

カッターが無いが、姉がハサミを持っていたので、それで何とか梱包を開けて寝具だけは取り出した(本当に何も道具が無かったら、セレンたちあるいは寮母の門脇さんから借りられたと思う)。
 
「明日にでも100円ショップで色々細かな物買ってこなくちゃ」
「それがいいね。SCCの運転手さんを呼べば連れて行ってくれるから。普通のタクシーとかバス・電車使うのは禁止だからね」
「分かった」
 
色々準備もあるだろうと思い、M高校には12日(水)から登校すると連絡している。
 
「このハサミはお弁当とか買った時にフードパックを解体してゴミを減量するためにいつも持っているんだよ」
「なるほどー」
「ただし航空会社の飛行機には持ち込めないから、飛行機に乗る時はいつも手荷物に預けてた」
「ああ」
「でも熊谷・小浜で§§ミュージックの専用機に乗る時はノーチェックだから楽」
「確かに」
 

「まあそれで制服受け取ってきたんだけどね」
と姉は言った。
 
「ありがとう!忙しいのに」
「飛鳥よりは私の方がまだ時間あるし」
「飛鳥お姉ちゃん、去年の暮れくらいから露出度凄くない?」
 
「アクアの仕事が完璧にオーバーフローしてたから、アクアに来ていたオファーをかなり、飛鳥と、米本愛心、羽鳥セシル、あたりに回したんだよ。それでその3人が超多忙になっている」
 
「そういう事情があったのか」
「特に羽鳥セシルは新人で何も予定が入ってなかったから、半分くらいの仕事を引き受けていて、おかげで彼女は学校も毎日お昼までで早退している」
 
「待って。オーバーフローしてた仕事をその3人に分けて、その半分をセシルちゃんが引き受けたのに、セシルちゃんは学校にまともに行けないって、元々アクアちゃんはどれだけ仕事してたのよ?」
 
「信じられないよね。だからアクアは7人いて、曜日代わりで別のアクアが仕事に行っている、などという伝説もあったね」
 
「7人までいなくても3人くらいはいてもおかしくない気がする。小浜での撮影でも、ボクたちだって結構疲れたのに、アクアちゃんずっと笑顔で撮影されてて疲れを見せないんだもん」
 
「あの子は運動能力とか筋力は無いけど、体力は物凄くある。長距離選手型」
「ああ、そうかも知れない」
 

「まあそれで受け取ってきたのがこの制服だよ」
と言って邦江姉は紙袋を渡す。
 
「ありがとう」
と改めて言って袋を受け取る。
 
「試着してみて。サイズ合わなかったら直さないといけないし」
「うん」
と言って、数紀は袋から“制服”を取り出したが、戸惑う。
 
「どうして女子制服なの?」
「女子制服がオーダーされていたんだけど、あんた女子制服で通学するんだっけ?」
「ボク、男子制服で通学したい」
「やはりそうだよねー。東京に出て来たのを機会に女子高生になるつもりかと思った」
「お姉ちゃんから言われて去勢するのは覚悟したけど、女の子にまではなりたくない」
「あのジョーク信じたんだ?」
などと言って姉は笑っている。
「ジョークだったの?ボク悩んだのに」
 
「昔の聖歌隊とかじゃあるまいし、事務所がタレントに去勢してとか言うわけないじゃん。でも去勢してもいい気持ちになったのなら、そのまま性転換手術受けて女の子になろう。手術代くらい出してあげるよ」
 
「いやだ」
 
「でも女子制服がオーダーされてたの?」
と数紀が訊く。
 
「うん。確認したんだけど、私がお父ちゃんからFAXしてもらったものをそのまま洋服屋さんに渡したんだけど、そもそもお父ちゃんが送って来たのがどうも女子制服のサイズ表だったみたい」
「え〜?」
「私考えてみたんだけど、あんた帯広で女子制服作っちゃったんでしょ?だからその時のサイズ表を、お父ちゃんそのままこちらにFAXしたんじゃないかな」
 
「ありそう」
「要するにお父ちゃんのミスだな」
「うーん・・・」
「まあ、私もちゃんと中身確認しなかったのも悪かったかも知れないけどね」
「えーっと」
 

「それで私、M高校に連絡してみたんだよ。もし制服が間に合わなかったらどうすればいいかと」
「うん」
「そしたら、出来上がるまでは前の高校の制服で登校してもいいですよと。異装許可証を出してくれるらしい」
 
「前の高校の制服って・・・」
「帯広から送った荷物は11日には届くみたいよ。その中に向こうで作った制服も入ってるよね?」
 
「入ってる。ボクは要らないと言ったけど、お母ちゃんが記念に持って行きなよとか言うから」
 
「お母ちゃんって、昔から数紀の女装を喜んでいる気がする」
「多分女の子が欲しかったんじゃないかなあ。ボク小さい頃、結構スカート穿かされてたし」
「うん。よく穿いてた」
 
邦江が帯広の家を出て東京に出て来たのは2014年の夏で、当時数紀は小学3年生だった。彼は学校にはズボンで登校するが家の中ではわりとスカートも穿いていた。
 
姉の目から見ても凄く可愛くて、お母ちゃんもこれだけ可愛ければ、この子にスカート穿かせたいだろうな、などと思っていた。だからほとんど冗談で
「ちんちん取って女の子になっちゃう?」
とも言っていた。たぶん彼は友だちとかからも、似たようなことを言われている。
 
その後の彼の“生態”は知らないが。
 
信濃町ガールズに入るのに去勢してと言われて普通の子は拒否すると思うが、この子は同意した。それは小さい頃から女の子の服を着ていた影響かも知れない。
 
「あんたスカート穿くのには抵抗ないと言ってたね」
「それで人前には出ないけどね」
 
ほんとかなぁ。この子がスカート穿いてても、友だちとかは今更驚かない気がする。
 
「でも飛鳥の代役でだいぶ女の子の格好させられてる」
と邦江は指摘する。
 
「そうなんだよね」
 
「じゃ明日にも男子制服をあらためて頼むことにしてさ、それができるまでは明日届く荷物の中に入っているはずの向こうの高校の制服で通う?」
 
「女子制服で登校してしまったら、制服ができあがっても女子制服で登校するはめになりそうな気がする」
 
と数紀が言うので、この子、やはり女子制服で登校すること自体にはあまり抵抗が無いみたいと邦江は思った。
 
「できあがったらというかM高校の制服は既に夏服・冬服ともに揃っているんだけどね」
と邦江は言う。
 
「どうしよう?」
 
「やはりこの女子制服で通学する?どっちみち女子制服着るなら、前の学校の制服よりは、こちらの高校の制服を着たほうがいいと思うけど」
「それはそうだけど」
 

「取り敢えず試着してみなよ。サイズ合ってるかどうか確認しよう」
「うん」
「ブラウスもお母ちゃんからサイズ訊いて買っといたよ」
「ありがとう」
 
それで数紀は(男物の)下着だけになり、ブラウスを着てから、取り敢えず冬服の女子制服を着てみた。着替える間は邦江姉は後を向いててくれた。
 
「リボンの結びかた分かる?」
「たぶん」
と言って、数紀は手際よくリボンを結ぶ。さすが頻繁に女の子の服を着せられているだけある。数紀はドラマなどでセーラー服や女子高生制服をかなり着ている。
 
もっとも服のサイズ確認にリボンまでは不要な気がする!
 
「ウェストはピッタリみたいね。アジャスターでプラスマイナス3cmくらいは調整できるみたい。あんた今ウェストは?」
 
「分からないけど、12月に東京に来た時は59cmって言われた。飛鳥お姉ちゃんの服がそのまま着れる」
「あんた逆に男物の既製服が着られないね」
「中学の時もズボンは女子用のを穿いてた」
「なるほどねー」
 
女子用のズボンでこの子、トイレはどうしてたんだ?と邦江は一瞬疑問を感じた。
 
邦江が「記念写真」と言って、この制服姿の数紀を撮影する。本人は笑顔で女の子っぽい可愛いポーズを取っている!恥ずかしがってもいない。
 

その後、夏服も着てみたが、夏服も特にサイズ的には問題無いようだった。夏服の写真も1枚撮った。
 
「じゃこの制服で明後日から登校する?」
と邦江は(わざと)訊くが
 
「やはり女子制服で登校しないといけないのぉ?」
と数紀は不安そうな顔である。
 
でも嫌がっている風ではない。ひょっとすると、後一押しすると、女子制服で通学すると言い出すかも知れない気がした。
 
「数紀が女子高生になるのなら、応援してあげるよ。女性ホルモンとかも調達してあげるし」
 
「女性ホルモンって飲むの?」
「おっぱい大きくなるよ」
 
「どうしよう?」
と数紀は悩んでいるようだ。女性ホルモンも嫌だとは言わなかったな。実は女の子になってもいいと思っているのでは?本当に去勢手術受けさせちゃおうか?
 
でもこのあたりでいいかなと邦江は思った。
 

「まあ一応男子制服も調達したけどね。女子制服とどちらを着るかは自分で決めて」
 
「え?男子制服があるの?」
と数紀は“残念そうな”顔をして言う。
 
この子、やはり女子制服で通学したいのか?
 
「昨日これを受け取ってさ。それで今から男子制服をオーダーしてもたぶん最短でも4-5日は掛かるという話だったのよねー。今の時期は夏服作る子がたくさん居るから、工場がわりと混んでるみたいで」
 
「うん」
 
「でも卒業生から譲ってもらう手があると思ったのよ」
「そうか!」
 
「M高校はこの男子寮の“主”(ぬし)の木下宏紀くんの母校だからさ、彼にM高校の男子制服まだ持ってないかと訊いてみたのよ」
「うん」
 
「そしたら、卒業式前日にお母さんに捨てられちゃったという話で」
「捨てられたってなんで〜?」
 
「女子制服で卒業式に出るようにということみたい。木下君は仕方ないから本当に女子制服で卒業式に出たみたいよ。写真も見せてもらった」
 
「女子制服も持ってたんだ?」
「持ってたけど、本当に女子制服で学校に行ったのは、その卒業式の日だけだって(本人が言うには)」
 
「へー。女子制服持ってたというのは、やはり女の子になりたかったの?」
 
「あの子は既に女の子になってると思うけどね」
「そうなんだ?」
「でもカムアウトしないね」
「やはりカムアウトって大変なんだね」
 
「あんたはカムアウトする?」
「ボクは別に女の子になりたくないんだけど」
 
本当かな?
 

「まあそれで木下君はお友達何人かに問い合わせてくれたんだよ」
「わあ」
「そしたらまだ持ってて、譲っていいという子がいたから、もらってきてくれた」
「助かる〜!」
「という訳でそれすぐ特急でクリーニングに出したから、明日受け取れるはず」
「よかったぁ」
 
でも残念そうな顔してる!
 
「ただサイズが合わないと思うから、それ木下君、裁縫も得意だから、補正してあげるって」
「助かる」
「だから、この件は明日になったら、木下君の部屋405号室に行って、訊いてみて。御礼もよく言ってね」
「うん」
「クリーニングの控えも彼が持ってるから」
「分かった」
 
「ところで、あんたブラジャーとかはあるよね?」
「それも要らないというのに、お母ちゃんが荷物に入れてた」
「じゃ問題無いね。まあ男子制服も明日には確保できるみたいだけど、女子制服で通う気になったら、勇気を出して女子学生してね。あんた女子制服着たら、ふつうに女子高生で通るし。どっちみち、12日の朝は付いていってあげるから」
 
「あ、うん」
 
「じゃ帰るね」
「ありがとう」
 
それで邦江姉はSCCのドライバーさんを呼んで女子寮に帰っていった。
 

数紀は壁に掛けられた女子制服を眺め、少しドキドキした。自分のバッグの中から、1セットだけ密かに持ってきていた女の子下着(ブラジャーとパンティ)を取り出して身につけ、さっきも着たブラウスを着てから、女子制服を再度着てみた。部屋に据え付けの姿見に映してみると、我ながら結構可愛い気がした。鏡に向かってニコッと微笑む。
 
お姉ちゃんが男子制服を調達してくれなかったら、ボク明後日からこの服で通学することになってたのかなあと思うとまたドキドキする。
 
スマホで1枚自撮りしてから、女子制服を惜しそうに脱ぎ、スウェットの上下に着替え(下着は女の子下着のまま)、真新しい布団に潜り込んで寝た。
 
男子寮(男の娘寮?)の1日目であった。
 

千里は2021年5月14日(金)から23日まで、日本代表候補の第4次合宿に入った。今回招集されたのは17名で、前回よりまた2名減っている。これから本番までの間にあと更に5名落とされることになる。
 
現時点で最年長は花園亜津子(1989.04.07=32)、次が玲央美(1990.08.17=30), その次が自分(1991.3.3=30)だ。かつてこの3人は最年少の代表候補で、実力はあっても年齢が上の選手を優先する指導者の方針で、大きな大会の直前に代表から落とされるという苦渋を味わった。しかしあれから10年ほどの時間が経ち、今や逆に代表候補の中の最年長になってしまった。
 
花の色は移りにけりな、いたづらに、我が身世にふるながめせしまに
 
などといった歌が脳裏をよぎった。
 

常滑真音の招き猫の歌が海外でも話題になっているということで、FMIから海外版がリリースされることになった。§§ミュージックの歌手でFMIとの契約をしたのはアクアに次いで2人目である。取り敢えず次の2枚のCDを6月に出すことになる。
 
『とことこ・なめなめ・招き猫(oversea mix)/マネがマネのマネをした』
『舞音の招きマネキン/マネ・イズ・マネー』
 
舞音は英語・フランス語・ドイツ語・スペイン語・ロシア語・中国語(北京語)でこれらの歌を歌った(その後、広東語・タイ語・ベトナム語・タガログ語・ヒンディー語・インドネシア語でも歌うことになる)。
 
多数の言語の歌を歌ったので、舞音は
「もう頭の中がフライン語になりました」
などと言っていた。
 

2021年5月19日(水)、"Ye-Yo"こと甲斐絵代子の待望の2枚目シングル『夢見る16才/Aejostar』(両A面)が発売された。
 
『夢見る16才』は松本葉子・松本花子の作品で、音源制作はシュールロマンティックの野潟四朗さんが指揮している。これは1月に出たロッテ・ショコエールのCM曲の第二弾である。
 
『Aejostar』(エーヨスター)は夢紗蒼依の作品で、音源制作の指揮は丸山アイである。音源制作は2月に終わっていたのだが、甲斐絵代子のマネージング体制が固まらなかったことから音源としての発売は延期されていた。しかし2月から中高生向けのファッションブランド“ラフラー・ドゥース”(La Fleur Douce)のイメージCM曲としてテレビなどで流れていて、この曲自体が待望の音源発売だった。制作した時は別のタイトルだったが、CM曲としてテレビやネットに流し始める直前に丸山アイが唐突にこのタイトルを思いつき、変更してもらった。
 
『夢見る16才』はこのCD発売にタイミングを合わせてこれを使用したCMが放送され始めたのだが、『Aejostar』は既にかなり浸透していたこともあり、非常にたくさんダウンロードされることになる。その結果、デイリーランキングでは大したことが無かったものの、5/17-23ウィークリーランキングの1位となる28万枚を売って、甲斐絵代子は§§ミュージックのプラチナ歌手の仲間入りをした。§§ミュージックでプラチナを達成しているのは下記7人であり、甲斐絵代子は8人目のプラチナ歌手となった。
 
アクア、常滑舞音、ラピスラズリ、白鳥リズム、品川ありさ(以上はダブルプラチナ)、姫路スピカ・高崎ひろか
 
(以上最高到達枚数順)
 
ラジオ局などへのリクエスト、またネットストアからのダウンロードでは、明らかに『Aejostar』の方が圧倒的に多く、このヒットは『Aejostar』が牽引していることが分かる。
 
この結果を受けて、コスモスと川崎ゆりこ・花ちゃんの3者は話し合い、今後の甲斐絵代子の制作に関しては、丸山アイもしくは彼女が忙しい時は彼女に親しい鹿島信子に制作の指揮をとってもらいたいという方針転換をすることになる。
 
花ちゃんは言った。
「楽曲自体の完成度は野潟さんが指導してくださったものの方が高いです。でもこの曲でエーヨは音程・リズムを正確には歌っていますけど、歌唱に勢いが無いです。失敗しないように、失敗しないようにと、萎縮して歌っているんですよ。アイちゃんの指導で吹き込んだものは、あちこち音を微妙に外してはいますけど、歌に勢いがあるし、エーヨは楽しそうに伸び伸びと歌っています。アイドル歌謡ではそちらが大事だと思うんてすよね」
 
それで今後甲斐絵代子のメインプロデューサーになって欲しいとコスモスから打診された丸山アイは(やや後ろめたいので)快諾したものの「しまったぁ、あまりにも売れすぎた!」と叫んだとか!?
 
またこの方針転換には、常滑舞音の曲のほとんどが松本花子作品なので(あれだけ大量に楽曲を制作できるのは松本花子しかない)、甲斐絵代子は夢紗蒼依の方を使って、両者の路線を分けていこうという戦略も働いている。
 
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【春転】(2)