【東風】(1)

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アクアはゴールデンウィークに小浜で写真集の撮影をした後、『シンデレラ』の撮影、『夏の飛び魚』『わらしべ長者』の撮影と、5月中はドラマの撮影が続いたが6月はアルバムの制作を中心に仕事をした。その中で6月13日には唐突に『白鳥の湖』のオデットを生放送で踊ることになった。
 
でもそれで1日特別休暇をもらって21日は完全にオフにしてもらい、この日の日中に八王子の新居に少し荷物を運び込んだ。大半は代々木の10階に置いていた荷物である(重たい物はじゅうちゃんさん・まなちゃんさんなどに運んでもらった)。そして2人で協力して色々料理も作ってから、夕方から理史を招き、彼に自分たちのことを話した。
 
アクアの状態に関する現在の認識
 
アクアは2人居る:千里★・ケイ・コスモス★・聖子・和紗★・和城理紗★・松田理史★
分裂していたが1人に戻った:山村★・緑川★・高村★
マクラはアクアの従妹:河村・美高★・元原マミ★・七浜宇菜★・大林亮平
 
なお↑で★を付けたのは、理史とアクアの関係を知っている人である。
 
ちなみに千里が複数居ることを知っているのは100人を越えるが、多くの人は双子か何かと思っている(一部“二重人格”と思っている人たちもいる)。桃香が2人居ることを知っているのは、千里と朋子だけである。
 
丸山アイ(虚空)は全ての黒幕で分裂問題に関して何か隠しているが、彼も“ある御方”の意向で動いている。人間の分裂はさすがにアイの能力をも遙かに超える事象である。2017年4月16日の事件が実は“落雷ではない”ことを知る唯一の人物である。
 

7月上旬アクアは“昔話シリーズ”の浦島太郎の撮影をした。これは浦島太郎がアクアで、乙姫様は坂出モナである。この物語はほとんどこの2人だけで進行する。
 
でもモナは
「アクアちゃんが乙姫様でもいいのに」
などと言っていた。
「モナちゃんが浦島太郎やる?」
「やりたいやりたい」
 
でも一応、太郎=アクア、乙姫=モナで撮影した。但し衣装交換した記念写真も撮って番組放送時に公開している。
 
亀を虐めていた子供たちは子役の芸能事務所からの出演(個人名はノンクレジット)。竜宮城の住人たちは○○ミュージックスクールの生徒さんたちを使用している。最後に出てくる通行人は、木取道雄の友情出演である(ノーギャラ!)。実はコスモスのお使いで来ていたのを監督から「木取さん。ちょっと出てよ」と言われて徴用された(報酬はお弁当だけ!)。
 

昔話シリーズ撮影/放送日程
 
火の鳥(アクア) 2-3月/3.27
シンデレラ(アクア) 5.11-18/6.05
人魚姫(ラピスラズリ) 5.22-28 / 6.19
赤ずきん(ビンゴアキ) 6.5-13 / 7.03
わらしべ長者(アクア) 5.29-6.02 / 7.17
八岐大蛇(七浜宇菜) 6月前半 / 8.14
桃太郎(加藤渡) 6月後半 / 8.21
浦島太郎(アクア) 7月上旬 / 8.28
長靴を履いた猫(新里耕児) 7月下旬 / 9.11
銀河鉄道の夜(UFO) 8月上旬 / 9.25
ヘンゼルとグレーテル(WADO) 8月下旬 / 10.9
青い鳥(未定) 9月上旬 / 10.23
一寸法師(未定) 9月中旬 / 11.06
大工と鬼六(未定) 9月下旬 / 11.20
アルプスの少女(未定)10月下旬 / 12.11
セロ弾きのゴーシュ(未定) 11月下旬 / 12.25
オズの魔法使い(未定)11月上旬 / 1.01
ピーターパン(?) 10月上旬 / 1.15
 
オリンピック終了後の夏休み中に、八岐大蛇・桃太郎・浦島太郎と予算を掛けた3連発がある。加藤渡君は最近注目株の高校生俳優である。七浜宇菜の須佐之男命(すさのおのみこと)は物凄く格好良い仕上がりになった。実はアクアも天照大神役で1シーンだけ出演している。アルバム制作中で忙しいので断りたかったのだが、七浜宇菜が「ぜひお願い」というので、彼女との友情に基づく、友情出演である。
 
「それに天照大神は男だから」
と宇菜は言う。
 
「ほんとかなぁ」
とアクアは半信半疑だったが。
 
それにソーラーパネルのCMで着ているような、バストの目立つドレス状の服を着せられたし!
 
「これ男物の服に見えないんだけど」
「古代の服は性別が分かりにくいよね」
 
だいたい髪も宇菜はかっこいい美豆良(みずら)に結ってるのに、アクアは少女のような垂れ髪である。
 

そして年末年始には放送枠を2時間半に拡大した大作を4本(アルプスの少女・セロ弾きのゴーシュ・オズの魔法使い・ピーターパン)放送する予定である。一応このシリーズはこれで終了ということになっている。
 
青い鳥以降の主演はまだ決まっていない。ピーターパンに関しては鳥山プロデューサーは制作部長から言われている配役があるのだが、それをまだ先方にとても言えずにいる!
 
しかしいつまでも言わない訳にはいかないので、その日鳥山は§§ミュージックを訪問した。
 

「実は昔話シリーズの件なんですが」
「ああ、はい」
「一応このような撮影・放送日程になっておりまして」
と言ってスケジュール表をコスモスに提示する。
 
「撮影順と放送順が入れ替わる所もあるんですね」
 
「実は例の船を、今シンドルバッドの撮影に使っていますが、その後、8月に前田智士君主演の『宝島』の撮影に使って、10月にピーターパンの撮影に使い、最後は12月に『十五少年漂流記』の撮影に使い、ドラマの中で解体される、という日程になっているんですよ」
 
「ああ。年内一杯で撤去して地主さんに返却しないといけなかったんでしたね」
「そうなんですよ」
 
※オープンセットの船の撮影使用予定
5月 シンデレラ・人魚姫
6-8月 シンドルバッド
8月 宝島
10月 ピーターパン
12月 十五少年漂流記(解体撤去)
 

「まあそれでシンドルバッドの方は順調で視聴率もよくて、恋珠ルビーさんにも水森ビーナさんにも感謝しています」
 
「ルビーは結構演技力を評価してもらっていますね」
「ええ。中学生で初主演とは思えない演技ですよ。あの子は凄いですね」
 
「それでですね。ルビーさんに9月上旬撮影予定の『青い鳥』にも主演していただないかと思いまして」
 
「主演って、チルチルですか?ミチルですか?」
「チルチルで。ルビーさんの男装は格好良いと視聴者の評価も高いんですよ」
「ああ、あの子は男装が決まりますね」
「それとシンドルバッドでも共演している水森ビーナさんに妹のミチルの方をお願い出来ないかと。年齢は逆転しますけど」
 
(恋珠ルビーは中3で、水森ビーナは高1。しかしルビーの方が背は高い)
 
コスモスが一瞬考えたので、鳥山はもうビーナの次の予定が決まってたのかなと思った。あの子はどう考えても売れそうだ。引き合いが多数来ている可能性があると思った。
 
しかしコスモスは答えた。
「いいですよ。あの子もそろそろそのくらいの役をやらせていい気がします」
 
「松梨詩恩ちゃんの吹き替えを6年もやってただけあって、演技力ありますよね」
 
「そうなんですよ。あの子は実質6年のキャリアのある俳優なんですよ」
とコスモスは答えた。
 

それで『青い鳥』に恋珠ルビーと水森ビーナが出るという話はまとまった。それで、鳥山プロデューサーは、いよいよ“勇気を出して”核心に突入する。
 
「それでこのシリーズの最後を飾るピーターパンに実はアクアさんに出て頂けないかと思いまして。アクアさんで始めたシリーズなので、アクアさんで締めくくって頂けないかと」
と鳥山が言うと、コスモスは沈黙する。
 
役柄も聞かないうちに拒否かな〜と思ったらコスモスの答えは意外なものであった。
 
「10月だと、うちの大型時代劇『八犬伝』の撮影とぶつかるんですよ」
「ああ!」
 
「さっきお聞きした日程だと、宝島で船を使うのが8月ということですよね。9月に撮影できませんか?」
 
「それは撮影日程調整します!」
 
鳥山は、だったら『青い鳥』をできるだけ早めに撮影して、そのあとすぐ『ピーターパン』かなと頭の中でスケジュールを組み替える。シンドルバッドが撮了したら、そのまま『青い鳥』に入ろう。ピーターパンは撮影から放送まで4ヶ月置くことになるが、セットの運用の都合で仕方ない。
 

「それでアクアは、ビーターパン役ですか?」
とコスモスが訊いたので、鳥山はもう虎穴に突入して虎児を狙う気持ちで言った。
 
「実はアクアさんには主役のウェンディをお願いできないかと思いまして」
 
怒るかと思ったのだが、コスモスは考えている。
 
「ピーターパンの主役ってウェンディでしたっけ?」
「微妙ですね。この物語って、ピーターパン、ウェンディ、ティンカーベルの3人の誰もが主人公的な動きをしているんですよ」
 
「ティンカーベルを主役にしたスピンオフもたくさん出てますね」
「ティンカーベルはピーターパンより物語がありますから」
 
「ピーターパンもしばしば女優さんが演じているから、この物語は実は女優3人による物語と考えることもできるんですよ」
 
「なるほどー」
 
「今回のピーターパンはウェンディ目線でのシナリオを考えていまして。そこでアクアさんにそのウェンディを演じて頂けないかと」
 
「本人に訊いてみましょう」
とコスモスは言った。
 
ここでコスモスがいきなりは断らなかったのは、もうアクアは女優ということでいいのではないかと個人的には考え始めていたからである。アクアの風貌が既に女性にしか見えなくなってきて、男役をするのに適さなくなりつつある。まあ本人が男役もしたいというのであれば、させてもいいけど。あくまで女役とセットで!?
 

この時間帯、実はアクアMは放送局で番組撮影中だったが、コスモスは“どこか”で休憩中と思われたアクアF(実際は八王子に居た)のスマホに電話した。この番号を知っているのは、理史とコスモスだけである。
 
2人の仕事分担は微妙だが、深夜に及ぶ仕事はMが引き受けることが多い。だから夕方からの仕事がFだと思ったので、その前の仕事はMがしているのではとコスモスは想像したのだが、当たったようである。
 
「休憩中悪いけど、ちょっと事務所に出て来られない?」
「私、17時から(実はMと交替して)『おにぎり十八・番茶も出花』に出るんですけど」
 
「たぶんそれまでには終わる」
「分かりました」
 
それでアクア(F)は30分ほどでやってきた。Fは鳥山プロデューサーの顔を見て笑顔で挨拶しつつも、すごーくいやーな予感がした。
 
「例の昔話シリーズでさ。年末年始スペシャルで2時間半に枠を拡大した作品を4つ制作するらしいのよ」
とコスモスは説明する。
 
「はい」
 
「それで1月15日放送、このシリーズの最終回になる『ピーターパン』で主演してくれないかというオファーなんだけどね」
 
Fは拍子抜けした。ピーターパンを演じるなら、別に自分に聞かなくても社長の判断で受けていいのにと思う。でもボクの主演作で始めたシリーズだから、最後もボクなのかなと思った。それでFは言っちゃった、
 
「ピーターパンならいいですよ」
 
「やる?」
と訊かれて、アクアFは瞬間的に何か変だと思った。
 
「すみません。ピーターパンの主役って具体的には誰の役でしょう?」
 
するとコスモスは
「勘が良いな」
と言う。
 
あはは。確認して良かったみたい。
 
「主役のウェンディだよ」
 
あ、これ小学校の学習発表会の時と同じパターンじゃんとアクアは思う。
 
「私、小学校の学習発表会の時にも、ピーターパンに主演してと言われたからピーターかと思ったら、ウェンディだったんです」
 
「なるほど1度欺されていた訳か」
と言ってコスモス社長は笑っている。
 
「やはり、ピーターパンの主役ってウェンディだよね」
と鳥山プロデューサーが言っている。
 

アクアFは個人的にはウェンディ役はやってみたい気がした。でもそのまま受けるとMが怒りそうなので言った。和泉さんも怒りそうだし。
 
「男役とのダブルロールなら引き受けてもいいです」
Mは男役をしたいだろうしね、と思う。
 
「アクア君かコスモス君にそれを要求されるかも知れないと思って、実は男役も確保したんだよ」
 
「えっと、ピーターとウェンディの2役ですか?」
「そんなのはつまらない」
と鳥山プロデューサーは言う。
 
「アクア君、ウェンディとフック船長の2役をしてくれない?」
 
「フックですか〜〜〜!?」
とアクアFはさすがに驚いて声を挙げた。
 

三つ葉が主役?の『3×3大作戦』であるか、7月から恋珠ルビーに代わって花貝パールがレギュラーになった。恋珠ルビーは
「短期間で降板して申し訳ありません」
という短いメッセージを番組内で公開していた。
 
この花貝パールの動きが非常に良いので、それに目を留めた別のテレビ局から声が掛かり、パールは7月中旬から、その局のクイズ番組にレギュラー出演することが決まった。ちょうど、妊娠の月数が進んで休養に入る女優さんの交替要員であった。
 
しかしパールはこれでレギュラーが2本となったことから、契約をA契約に切り替えることになった。これで今年はA契約をした人が7人にも及ぶことになる。
 
七尾ロマン・恋珠ルビー・常滑真音・甲斐絵代子・中村昭恵・水森ビーナ・花貝パール
 
パールのマネージングは、当面恋珠ルビーを担当している城沼咲子(弘田ルキアの初代マネージャー)が兼任することになった。
 
(スタッフも全然足りてない)
 
この後、水谷姉妹もA契約に移行する予定である。また甲斐波津子も、絵代子とセットで露出する機会が多い(歌番組で波津子が伴奏して絵代子が歌うというのも多い)ことから、妹と同様A契約に切り替えようかという話も出ている。実際ギャラをもらった時に2人でシェアする場合に契約が違うことから、姉は妹の半額になるのが気の毒という意見もあったのである。
 
コスモスはどうも甲斐絵代子が今のマネージャー・秋田有花と相性が悪いようだというのも感じていたので、甲斐姉妹のマネージングも再考する必要があると考え始めていたが、水谷姉妹のマネージャーについても、出来る人を探し始めた。
 

§§ミュージックが自主制作してΛΛテレビが放送する(西部警察方式)大型時代劇は、今年は『南総里見八犬伝』と決まった。
 
原作が長大な物語なので、今回のドラマでは八犬士が集結していく所までを4時間ドラマにまとめる。主として下記のエピソードが語られることになる。
 
・玉梓の呪い
・八房との約束・伏姫と8つの玉の離散
・犬塚信乃と村雨丸(犬川荘助も出る)/浜路と犬山道節
・芳流閣の決闘(信乃vs犬飼現八)
・古那屋の出会い(犬田小文吾・犬江親兵衛)
・対牛楼の仇討ち(小文吾と犬坂毛野の婚約?)
・庚申山の妖猫退治(現八と犬村大角)
・甲斐物語(信乃と浜路姫の婚約)
 
今回は妖猫退治をクライマックスとし、美しい甲斐物語で締めくくることになる。
 
船虫は暗躍するが、船虫が退場した後の、物語後半の悪役・妙椿は登場しない。
 
今回は明確な“主役”は居ない。群雄割拠になりつつある今の§§ミュージックにふさわしいテーマだったかも、とケイは言っていた。
 
企画が立てられた春の段階では犬塚信乃がアクアというのだけ決まっていた。その後、5月に犬坂毛野が変装名人?の常滑真音と固まり、犬山道節を町田朱美、浜路が東雲はること定まる。東雲はるこは浜路に、あまりにも適役すぎる、とゆりこは言っていた(コスモスは最初浜路にはスピカを考えていた)。
 
このドラマの出来を決めるとも言える船虫は、そのスピカがやりたいというので、やってもらうことにした。玉梓との1人2役になる。玉梓は美女という設定だから、やはり美人度の高いスピカが似合うのである。
 
実はコスモスは最初白鳥リズムを船虫に考えていたのだが、あらためて考えてみるとリズムは船虫にしては“陽”の要素が強く、元気すぎるので、もっと“陰”の性質を持つスピカの方が適任と思い直した。
 
リズムは犬飼現八を演じることになる。実はリズムを犬村大角にする案もあったのだが、その場合、源八は西宮ネオンが想定される。しかし現八と信乃の格闘シーンがあるので、アクアと取っ組み合って格闘するのは女子でなければというのでリズムが現八で大角をネオンが演じることになった。ネオンも「“女の子であるアクア”と取っ組みあうのは抵抗があるから助かった」と言った。
 
一方、ゆりこは
 
「男子疑惑のあるリズムと女子疑惑が濃厚なアクアの格闘なら問題無い」
などと言っていた。
 
「そういえば昨年はリズムがアクアをレイプして妊娠させたんだったね」
と花ちゃんが言うので
 
「それお芝居の中の話だと知らない人が聞いたら誤解します」
とアクアは抗議していた。
 
(リズム演じる権中納言がアクア演じる右大将をレイプして妊娠させた)
 
高崎ひろかが伏姫、品川ありさは丶大(ちゅだい)法師を演じる。
 

※6月時点での(ほぼ)決まった配役
 
孝 犬塚信乃 アクア
智 犬坂毛野 常滑真音
忠 犬山道節 町田朱美
礼 犬村大角 西宮ネオン
仁 犬江親兵衛(未定)
義 犬川壮助 (未定)
信 犬飼現八 白鳥リズム
悌 犬田小文吾(未定)
 
親兵衛については古那屋の場面では、昨年も使用した赤ちゃんのリアルロボットを使用するが、神隠し明けの童子姿は、劇団色鉛筆の子役俳優を起用することも考えている(小学生の信濃町ガールズを抜擢する可能性もある)。
 
玉梓・船虫 姫路スピカ
伏姫 高崎ひろか
八房 (未定?)
丶大法師 品川ありさ
浜路・浜路姫 東雲はるこ
赤岩一角・化猫 山下ルンバ
蟇六と亀篠 ケイナ・マリナ
網乾左母二郎 大林亮平
語り手 明智ヒバリ
 
八房は“撮影方法”が未定である。CG/よく慣らした犬/ロボットという3種類の案があがっている。舞音が「着ぐるみ着ます」と言ってきたのは却下した。舞音の八房は可愛いくなりそうだが、ドラマのテイストに合わない。山村が「俺に任せろ」と言ったのはコスモスが内容も聞かずに却下した!どう考えても撮影方法を合理的に説明できない映像になってしまいそうだ。
 
山村は“本物の妖怪”をたくさん呼び出してきかねないとコスモスは思った。
 

この撮影のためのセットは3月頃から、郷愁村の空き地(昨年の“平安村”の西側の領域)に建設が始まった。建てられるのは、このような建物である。
 
滝田城
伏姫の庵
民家数種類
芳流閣
対牛楼
庚申山の洞窟
指月院
 
建設費の予算は、芳流閣が1億円、それ以外の建築物が合わせて1億円の合計2億円程度を見込んでいる。衣装代・大道具・小道具などは恐らく数千万円で済む。昨年の平安内裏のセット(大道具や衣装も入れると6億円)よりは遙かに安い。コスモスもさすがに昨年はセットにお金を掛けすぎたと考えていた。
 

浦島太郎の撮影が終わった後の、7/10-11日に、アクアは関西に移動して、昨年も撮影をした、振袖のCM・広告を撮影した。昨年と同じ配役!で撮影する。
 
つまり、アクアFが振袖を着て、ローザ+リリンのケイナがお母さん役である。
 
「またこの暑い最中(さなか)に冬用訪問着を着るのか」
とケイナ。
「またこの暑い最中(さなか)に振袖を着るのか」
とアクアF。
 
Fは昨年このCM/広告の撮影をした時は1年後には自分はもう消滅しているだろうから今年真夏に振袖を着るのはMになるだろうと思ったのに、再び自分が着ることになったのは、参ったと思った。
 
「M、代わってよぉ」
と言ったものの
「着付けする時に男だったらやばいじゃん」
と言って押しつけられた。
 
「アクアは男の子タレントだよ」
「いや、国民のほとんどが女の子だと思ってる」
 
そんなこと自分で言ってたらMが消滅しても知らないよ、などと思いながらFはHonda-JetRedでスタンドイン役の水森ビーナ(昨年はスピカが務めたが今回はスピカがビーナに押しつけた)、母親役のケイナとそのスタンドイン役の遠下美笑干、および緑川マネージャーの5人で小浜に飛び、そこから撮影場所に行った。
 
しかし緑川は確実に女だが、他の4人は着ている服は女物でも中身はどうも性別が微妙な4人である。
 
(前向きの席にアクアとビーナ、アクアの前にケイナ、ビーナの前に遠下と座り、緑川はトイレ席に座る。補助席もあるが、話がしやすいようにである)
 
なお、ビーナは9日はシンドルバッドの撮影をして、12日は『青空高校の午後』に“女生徒5”役で出演、13-15日は松梨詩恩の長時間ドラマのスダンドインを務め16日はまたシンドルバッドの撮影、17日はドライヤーのCM撮影、18日からは舞音のアルバム制作の仮歌係、と日程が詰まっており、この土日空いていたのは実は奇跡に近かった。そのビーナのスケジュールを聞いてアクアが驚いていた。
 
「ビーナちゃん、ボクより忙しくない?」
「アクアちゃんより忙しい人はいないと思います」
 
「君たちのスケジュール聞いてると俺は暇なんだなと思うよ」
とケイナ。
「私毎年手帳を買う度に、今年は予定の入る月が複数あるといいなと思う」
と遠下美笑干。
 
遠下美笑干は仕事の無い芸能人の典型だが、ケイナはかなり多忙なタレントの部類である。しかしアクアやビーナのスケジュールを聞くと「よくそれで身体がもつな」と心配になるレベルだった。
 
なお、ビーナはケイナや遠下美笑干の話すのを聞いていて、どちらも男っぽい話し方をする人だなあと思っていた!
 

とにかく人が多い所には行きたくないという理由から、今回は撮影場所として、常神半島を使用した。小浜からメーカーさんが手配した2台のダイハツ・ロッキーに分乗して、撮影隊と出演者が常神半島の狭い道を北上していく。
 
「なんか物凄い道ですね」
とビーナ。
 
「日没後はここ走りたくないよね」
とケイナ。
 
やがて某神社の近くに車を駐める。この神社での撮影許可を予め取っている。(駐車場がないのでできるだけ邪魔にならないように道路の端ぎりぎりに路駐する)
 
「なんかこの神社凄くないですか?」
とビーナが言ったが、アクアは
「凄いよね。ここは醍醐先生によると“水のライン”の北端らしい」
と言っている。
 
「なんですか、その水のラインって」
「ここから“水送り”の地・鵜ノ瀬、“お水取り”の地・東大寺を経て奈良県の玉置神社に至る地下水脈があるらしいよ」
 
「奈良県ですか?凄い長いんですね」
 
しかしケイナたちはこの神社には何も感じないようで
「何か感じる?」
などと話していた。
 

それで早速、ビーナと遠下をスタンドインにして構図決めなどが行われるのだが、ここで振袖を着てねと言われたビーナが驚いたような声を挙げた。
 
「ボクがこの服を着るんですか?」
 
「君、何の仕事なのか聞いてなかったの?」
「アクアちゃんの代理をしてと言われただけで。ただ色々服を着てもらうから脱ぎやすい服をと言われてワンピースを着てきたのですが」
 
「ま、取り敢えず着てよ。君も4年後の成人式には着るんだし」
「ボク、成人式は振袖着るのかなあ」
「洋装とかの方が好き?」
 
(ここではビーナが男の子であることに誰も気付いていない:そもそもビーナはここまでワンピースを着てきているし!ビーナが男の子と知っているのは、長い付き合いであるアクアだけだが、アクアもこの子は女の子になりたいのだろうと思っている)
 
ともかくもビーナは着付け師さんに振袖を着せてもらったが、なんか恥ずかしがっていたので
「その雰囲気いいよ」
などと言われながら、アクアの代理をしていた。
 
2時間ほどビーナと遠下を使って構図決め・リハーサルをしてからアクアFとケイナを使っての本番撮影になる。例によってアクアがノーミスで撮影される(ケイナは2回NGを出した)ので、ビーナは
「本当にアクアさんって凄い」
と思った。
 
1時間ほど掛けてアクアでの撮影をした後、道路終端に近い常神漁港でも少し撮影した。そしてこの日はいったん若狭町まで戻って旅館に宿泊した。
 

この日の旅館で、アクアは特別室の個室、ケイナと遠下が同室で、緑川とビーナが同室になっていた。アクアは主役だから特別室、あとの4人は“性別”で2室に分けたものである。
 
「え?ボク緑川さんと同室ですか?」
「ごめんね。予算節約で」
「で、でもボク男の子なんですけど」
「ああ。戸籍上はまだ男なんだっけ。でも性転換手術終わってるんでしょ?詩恩ちゃんから聞いたよ。この事務所ではそういう微妙な性別の子は多いから気にしなくていいよ」
 
なんかボクは女の子である、あるいは女の子になった、というのが既成事実化されつつないか?とビーナは不安を覚えた。
 
もっともビーナは女性不感症なので、緑川さんが着替えたりしていても、特に何も感じない。一応、後ろ向いてたら「純情な子ね」と笑われた。
 
お風呂については、最初
「ボク今日はお風呂やめときます」
と言ったのだが、仕事上、ちゃんと汗は流しておかないと困ると言われる。
 
「まだ女の子になりたてで恥ずかしいのなら夜中に入るといいよ」
と言われ、本当に夜中0時過ぎに入ることにした。
 
(アクアは特別室なので、部屋にお風呂が付いている。ケイナと遠下は当然男湯に入る)
 

0時過ぎてから
「お風呂行って来ます」
と緑川さんに言ってから、大浴場に行く。男女分かれている所で男湯の方に入ろうとしたら、そこから従業員さんが出て来て
 
「お客さん、女湯は向こう」
と言われてしまうので
「すみません」
と言って、ドキドキしながら女湯の暖簾をくぐる。
 
幸いにも誰もいないようだったので、おそるおそる服を脱いで浴室に入る。中にも誰もいないので、ビーナはホッとして素早く髪を洗い、身体も洗った。そして湯船に浸かっていたら、話し声がするのでギョッとする。
 
「もう出よう」
と思って、湯船から出て、脱衣場に移動した。
 
入って来た客は女子大生っぽい2人組である。2人はまだ服を脱ぎかけた所だった・
 
「こんばんわー」
と挨拶されるので、こちらも
「こんばんわ」
と挨拶する。
 
「あれ?松梨詩恩ちゃんじゃないですよね?」
「すみません。詩恩の妹なんです」
とビーナは答える。
 
さすがに女湯で“弟”を名乗る訳にはいかない。
 
「きゃー、妹さん?よく似てるね」
「よく言われます」
「妹さんはデビューしてないの?」
「その内デビューするかも知れないけどまだです。ドラマの端役とかには出てるんですが」
「あ、『青空高校の午後』に出てない?」
「はい。名も無き女生徒役ですけど」
「いや、結構露出してる気がする」
「松梨詩恩ちゃんに似てるね、とか友だちと言ってたんだよ」
「そうか。妹さんだったのか」
「きっと、お姉さん以上の女優さんになるよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、頑張ってね」
「はい」
 
結局彼女たちとエア握手した。
 
それでビーナは素早く下着をつけると、浴衣をはおって彼女たちに会釈し、脱衣室を出た。
 
でもボク、もう男の子タレントとしてデビューすることはできない気がするとビーナは思った。
 
取り敢えず、おっぱいがあって、ちんちんは無い所、しっかり見られたし!
 
(そもそもここまで女役でしか出てないという問題は意識していない)
 

翌日は三方五湖の周辺で撮影をおこなったが、ここが本当に美しく、アクアにしても、スタンドインのビーナにしても、その美しさに感嘆していた。この日は敦賀市内の女子大生10人を動員して一緒に撮影しているが、彼女たちは一週間前から公共交通機関の使用と外食を禁止し、直前に簡易検査キットでコロナ陰性を確認している。
 
でもみんな暑い!と言っていた。
 
(アイスを食べたり冷たいお茶を飲んだりネッククーラーで身体を冷やしたりして撮影は進められた)
 
ビーナは撮影されていて、これはスタンドイン無しでは撮影不能だと思った。元々冬用の服を着ているし、それでなくても暑いし。
 
実は昨年はスタンドイン無しで演じたケイナが倒れる寸前だったので、今回はケイナはギャラ自費!で遠下をスタンドイン役に連れてきていた(宿泊費や交通費は§§ミュージックが出してくれた)。
 
撮影は日曜日の夕方終わったが、メーカーさんは
 
「いい絵が撮れました。来年もよろしく」
と言っていた。
 
来年もこの真夏の撮影をするのか!?
 
小浜に移動して夕食を取ってから、Honda-JetRedで郷愁飛行場に戻り、アクアとビーナはSCCのドライバーさんが運転する車で緑川と一緒に東京に戻ったが、ケイナと遠下はとても東京に帰る体力が無かったので、ホテル昭和の本館に部屋を取ってもらい、翌日の夕方!まで寝ていた(結果的に2泊した)。
 
ケイナと遠下が泊まった部屋は、布団がくっつけて敷いてあったので、どうも男女の泊まり客と思われたようであった。ケイナと遠下は
「どちらが男と思われたんだと思う?」
と言い合った。
 
ちなみにビーナは2人のことをどちらも女性と思い込んでいた!
 

今年のビデオガールコンテストの優勝者および上位入賞して信濃町ガールズに入る子たちはだいたい7月中に§§ミュージックの寮に引っ越してきた。
 
2階に住んでいた唯一の高校生・大仙イリヤは7/20に3階に移動してもらった。この引越は、仲の良い安原祥子・山本コリンなど、更にはわざわざ男子寮から篠原倉光に頼まれたと言ってセレンとクロムが来て手伝ってくれた(篠原君は舞音の音源制作で熊谷に行っている)。この男の娘2人は大いに戦力になった。
 
7/20に都内在住の鈴木春南が男子寮2F 203号室に入居した。転校手続きはお母さんが自身でして、すぐ女子制服(?)も作っていた(本人は学生服で通学するが女子制服も持っていたいらしい)。
 
同じ7/20 徳島の四宮七菜がG450で荷物ごと飛んで来て、女子寮2Fに入居した。この日 水泳の津幡組の移動にはA318を使用している。
 
鈴木春南・四宮七菜が男子寮・女子寮の入寮第1号であった。
 
7/21に函館市近郊・江差町から風谷リンゴが、G450で荷物ごと飛んできて女子寮3Fに入居した。彼女は私立中学に入れるので、佐々木春夏が連れて行き転入の手続きをした。
 
同日、愛知県の成瀬久美は、お父さんが荷物をワゴン車に積んで東名を走ってきて女子寮2Fに入居した。
 
7/22には富山県の広中礼音が、G450で富山空港から荷物ごと飛んできて、男子寮204号室に入居した。彼は私立中学に入れる(リンゴとは別の学校)ので、佐々木がその手続きをした。
 
同日、福岡県の森田浩絵はA318で北九州空港から郷愁飛行場に飛び、荷物を運んで来て女子寮2Fに入居した。
 
最後の移動になったのが池田芽衣である。彼女は7/24に与那国空港からG450で荷物ごと移動してきた。遠距離なので、引越を手伝った家族は翌日G450で与那国に戻っていった。
 
リンゴ以外の女子は、足立区の公立中学に(女子として)転入するので、全員そろった所でまとめて佐々木が連れて行き、手続きを済ませた。
 

新人の加入により、女子寮の2-3F, 男子寮の2-3Fはこのようになった。
 
女子寮3F 8人(7室)
広原恵美(左蔵真未)、魚中広菜(山本コリン)、植野純央(豊科リエナ)、溝口千歌(水谷康恵)・溝口双乃(水谷雪花:千歌と同室)、横山朋菜(箱崎マイコ)、酒井青花(大仙イリヤ)、風谷リンゴ
 
女子寮2F 7人
佐藤晴恵(鹿野カリナ)、森村雪子(鈴鹿あまめ)、平良百合(花貝パール)、池田芽衣、四宮七菜、森田浩絵、成瀬久美
 
男子寮3F 3人(不変)
末次一葉(花園裕紀)、篠原倉光、柴田数紀(水森ビーナ)
 
男子寮2F 4人
広中礼音、鈴木春南、須舞恵夢(山鹿クロム)、菱田ユカリ(三陸セレン)
 
春南はすぐに恵夢・ユカリと仲よくなり、いつも3人でセーラー服を着て、フロントかキュアルームで見るようになる。(女子中学生が3人おしゃべりしているようにしか見えない)
 
礼音が「ここ女子寮生もいるんですか?」と戸惑うようにユキさんに尋ねていた!
 

五反野の§§ミュージック女子寮の裏手には、かなり老朽化した5階建ての賃貸マンションが建っていたのだが、7月下旬、その周囲に工事用フェンスが建てられ、やがて工事する音が聞こえてくる。そしてフェンスの所には
 
《パレ・ドラ・メール2号館建築工事》
と書かれていたので、女子寮の住人たちの間ですぐ話題になる。
 
「とうとう、第2女子寮の建設ですか?」
と副寮母の花ちゃんに質問が来る。
 
「来年にはあふれるの確実だからね」
と花ちゃんは答える。
 
「女子寮の建設って幾らくらい掛かるんですか?」
「さあ。聞いてないけど、今の女子寮は20億掛かったはず」
「きゃー。新しい寮も同じくらいですかね」
「まあそんなものじゃないの」
 

2015年に建てた現在の女子寮はアクアが好調だったため建設費を銀行が10年ローンで融資してくれたが実際には2年で完済している。そして今回は土地代3億円も建築費12億円もキャッシュで払っている。現在§§ミュージックは無借金経営である。
 
工事をするのはムーラン建設である!播磨工務店より少し高くなるが、安心感がある。播磨工務店だと無茶苦茶速いし安いが、出入口のない部屋が出来ていたりしかねない。しかしムーラン建設でも普通の工務店の半額以下だと思う。
 
ちなみに古いマンションは不動産会社の所有で、そこから実質土地代だけで買いとった。そこに住人が3家族だけ入居していたので、比較的近くのもっと新しいマンションを確保してそちらを斡旋し、転居料も払って移動してもらっている。古いマンションを崩すのは播磨工務店“茶組”(斫り専門部隊)に頼んだが、彼らは1晩で撤去してくれた(単にどこかの山奥に持ってっただけかも?)。実はこれで建築費を4億は節約できた。
 

裏手でマンション工事が始まった翌日には、本棟の前面にも、10m×5mほどの建物が建てられ始め、これは建物自体はわずか3日でできてしまった。
 
こちらは“臨時厨房”である。これまでも寮に住んでいる人数に比して厨房が狭すぎて、コロナが発生する前まで食堂に使っていた部屋まで現在配膳室として使用して何とか凌いでいたのだが、取り敢えず厨房をこの新しい建物に移動することにした。1階が食料倉庫と更衣室で、2階が調理室である。そしてこの2階と女子寮2階の間に渡り廊下を設置した。調理係自体も1人増やして6人体制になっている。
 
実は、新女子寮ができたら、現在本棟に住んでいる3人にいったんそちらに移ってもらい、本棟を建て替える(研修室・練習室を増やす)つもりなのだが、厨房は既に逼迫しているので、臨時厨房を作ることにした。調理設備などを1日で移動して、1日だけ昼食の提供を休んだ(その日に昼食の欲しい子にはお弁当を配った)だけで、夕方から新しい厨房で食事の作成ができるようになった。
 
またここに旅館藍小浜などで導入されている自動配膳システムも一週間ほどの工事で造り込んでいる。これで配膳係のひまわり・亜蘭の負荷がかなり小さくなった。各フロアまでは自動で運ばれているので、そこから各部屋に配膳すればよい(2人だけでは辛いとこぼしていた)。
 

2021年7月24日(土)友引・みつ・満月。
 
川崎ゆりこは各報道機関にFAXを送り、この日朝10時に“芸能人ではない男性”との婚姻届けを目黒区役所に提出したことを発表した。結婚式・披露宴は、多忙につき行わないとした。
 
ゆりこが男性と交際していたなどとは誰も知らなかったので驚かれた(コスモスだけは今年中に結婚したいと聞いていた)。多数の報道機関が記者会見を開いて欲しいと要求したので、結局この日の夕方あけぼのテレビで“ゆりこ単独”で記者会見を開いた。
 
「あのぉ、結婚相手の方は」
「非芸能人ですので、こういう場に出すのは勘弁して下さい」
「おのぉ、お名前だけでも」
「非芸能人ですので、匿名で」
「ご職業だけでも教えてください」
「会社員です」
「日本人でしょうか?」
「日本人に見えます」
「ご出身は?」
「九州です」
「男性でしょうか?女性でしょうか?」
「ちんちん付いてたので、たぶん男性たと思います。婚姻届けも受理されましたし。私はたぶん女だと思うし」
「既に同居なさっていますか?」
「都心にマンションを1個買って、そこで今日から一緒に暮らし始めました。今夜初夜になります」
 
といった感じで、結局記者たちは、ゆりこからほとんど情報を引き出せなかった!
 
しかし、情報はゆりこの周囲から少しずつ漏れて、一週間ほどの後には、ゆりこの結婚相手が、あけぼのテレビ技術部長の、則竹星児であることが、ネット民たちには知られることとなる。
 

則竹星児は1985年、長崎県吉井町(後に佐世保市に併合)生まれである。
 
佐世保西高から九州大学工学部に進学し、2008年3月に卒業。★★レコード東京本社に入社して、技術部に所属。ローズ+リリーの覆面ユニット“ロリータスプラウト”の制作に関わった。それが縁で、ローズ+リリーの制作にその後も深く関わっていた。
 
彼は“自由人”で、元々あまり会社勤めには向かない性格である。松前社長時代は会社全体に自由な雰囲気があったので、技術部長から勤務態度(遅刻や無断欠勤が多いし納期を全然守らない)を注意されながらも、のびのびと仕事をしていたが、2017年に社長か村上に交替してからは社内の雰囲気が変わったのを嫌って退職した。
 
その後、横浜のSF音楽学院という所でシンセサイザの講師を2年間したが、彼を可愛がってくれていた、八重美城校長が退職したのを機に、そこを辞めた。そしてフリーになっていたのを、ローズ+リリーのケイがスカウト。2019年秋に、新設したサマーガールズ出版の映像部門の技術担当に就任する。このサマーガールズ出版の映像部門が2020年1月に、§§ミュージックの映像制作部門と合流し、株式会社サンシャイン映像制作が設立された。則竹はこの会社の技術部長に就任した。この会社は会長がケイ、社長がコスモス、副社長が近藤七星と川崎ゆりこ(いづれも名前だけ)という会社で、則竹は、肩書きは部長でも事実上の会社トップである。
 
ところが2020年3月に、§§ミュージックが中心になって“あけぼのテレビ”を立ち上げると、その番組制作をサンシャイン映像制作が全面的に担当することになり、彼は事実上、あけぼのテレビの放送業務を統括することになったのである。
 
土日を除くと夕方から仕事が始まり深夜までという業務サイクルは、朝に弱い彼にとって理想的な勤務環境となった。
 
(現在でも彼は正確には“あけぼのテレビ”ではなく“サンシャイン映像制作”の部長である)
 

「エルちゃん、でかした」
とコスモスはゆりこに言った。
 
「則竹さんは風来坊だからさ、いつひょいと辞められるかと不安だったけど、エルちゃんの旦那になってしまえば、逃げ出すことはないだろうから、こちらは大助かりだよ」
などとコスモスは笑顔で言う。
 
「少々遅刻しても叱られないので、楽みたいですよ」
「まあ技術部門のトップなんだから、彼を叱る人はいないけどね」
「それより“身内”になることで、労働時間無視して仕事させられるのではと戦々恐々としているようです」
 
「それはなかなか良い勘してるね!」
とコスモスは明るく言っていた。
 
「私妊娠してもいいですか?」
とゆりこはコスモスに尋ねる。
 
「じゃ妊娠中は、彼に女装して副社長を代行してもらおう。彼の女装がちゃんと女に見えるのは確認済みだし」
 
以前ライブの打ち上げでうまく乗せられて女装したのをコスモスは偶然見ている。彼はW69のスカートが入るのである。
 
「技術部長の方は?」
「忍法影分身で」
 

なお、この結婚では則竹の方が、ゆりこの苗字“蓮田”を名乗ることにした。これはコスモスの結婚同様、ゆりこが多数の会社の役員に名を連ねており、その名義を変更するのが大変すぎるからである。
 
それで彼は蓮田星児になるが、社内では旧姓の則竹をそのまま使用する。
 

青葉たち“津幡組”はオリンピックの開幕が迫る7月20日になって、能登空港からA318を使って熊谷に移動した。
 
水泳日本代表の一部は、長野県東御市のGMO湯の丸高原アスリーツパークで高地トレーニングをしていたのだが、津幡組は、これにも参加していない。独占して練習ができる津幡プライベートプールでひたすら練習していた。
 
またこちらに出て来ても、基本的にレースのある日以外は熊谷の郷愁プール(50mx10)または深川アリーナのサブプール(25mx4)・臨時プール(24mx4)を独占的に使って練習を続ける。この臨時プールはオリンピック期間中だけという約束で特別に許可を取り、駐車場内に設置したものである。8レーン作ることで、津幡組(青葉・南野・竹下・金堂/ジャネ・筒石・福山・広島)が全員1レーン独占して使用できるようにしている。むろん津幡・熊谷同様各レーンをアクリル板で分離している。
 
50mプールで泳ぎたい人は熊谷で、短水路でもいいから近くで泳ぎたい人は深川で、思う存分泳いでもらおうという趣旨である。
 
熊谷からは§§ミュージックのヘリコプターで東京ヘリポートに運んでもらえることになっており、体力的な負荷は小さい。東京ヘリポートからも深川アリーナからも会場のアクアティクス・センターまでは5kmほどである。
 
今回のオリンピックの日程は女子長距離組については、このようになっている。
 
7/24 20:05 400m個人メドレー予選
7/25 11:12 400m個人メドレー決勝
____ 20:06 400m自由形予選
7/26 11:20 400m自由形決勝
____ 19:49 1500m自由形予選
7/27 (競技無し)
7/28 11:54 1500m自由形決勝
7/29 19:02 800m自由形予選
7/30 (競技無し)
7/31 10:46 800m自由形決勝
 

24日はメドレー代表の川上・金堂・南野の3人で東京に出て来た。そして予選に臨んだのだが、青葉が予選6位、金堂さんが8位で決勝に進出したが、南野さんは14位で決勝に進めなかった。南野さんは
 
「世界のレベル凄すぎる〜!」
などと言っていた。どうも気合負けしてしまったのもあるようだ。彼女は2年前の光州での世界水泳にも出ていないので、こういう大舞台は初めてだった(同年のイタリア・ユニバーシアードには出ている)。
 
青葉は世界水泳の時はこの400m個人メドレーでは予選でフライング失格になり、青葉の失格で繰り上げで決勝に進出した金堂さんが銀メダルを取った。金堂さんにとってはゲンの良い競技であるが、青葉も今回はきっちり決勝に進んだ。
 

この日、青葉と金堂さんは深川アリーナに泊まり込み、深川のサブプールでひたすら泳いだ(サブプールは青葉・南野・金堂・竹下、臨時プールはジャネ・筒石・希美・夏鈴に割り当てている)
 
そして25日午前、会場の東京アクティクスセンターに入る。名前を呼ばれてスタート台に立つ。
 
思えば高校3年の時、体力を付けようと思って水泳部に入ってから、6年間、まさか自分が世界選手権、更にはオリンピックなどというものに出ることになるとは思わなかった。でも今回の大会で、自分の水泳選手生活も終わりだと思うと自然と気合が入っていく。
 
号砲を聞いてから一瞬置いて飛び込む。
 
最初はバタフライである。青葉は無心に泳いでいた。
 
1往復してから、背泳ぎに切り替える。スタミナは充分あるので、スパートを掛けるように全力で泳ぐ。1往復してから平泳ぎである。更にスパートを掛けるが、さすがオリンピックのファイナルである。みんな速い速い!青葉は順番は考えずにひたすら泳いだ、
 
そして最後の自由形である。限界を超えて腕を動かし、足を動かす。水を叩く腕が痛いのは気にしない、青葉は必死で泳いだ。
 
そしてゴール。
 
一瞬意識が遠のくがすぐ回復させる。
 
時計を見る。青葉は首を振った。
 
1 JPN KANADO 4:30.74 NR
2 USA MILLER 4:30.75
3 JPN KAWAKAMI 4:30.77
 
金堂さんが、青葉の持つ日本記録(4月の日本選手権で出したもの)を破る好タイムで優勝である。この種目の日本記録はそれまで金堂さんが持っていたのを青葉が破っていたのだが、金堂さんは3ヶ月半でそれを奪回した。青葉も春のタイムを更新しているが、金堂さんに0.03秒負けている。
 
青葉は隣のレーンの金堂さんとエア握手。エアハグをして彼女を祝福した。2月のジャパンオープンでメダルを1個も取れなかった不調から、美事に復活してのオリンピック金メダルである。
 
でも・・・私もオリンピックのメタル取っちゃったよ!?
 
なお、この種目の世界記録は、2016年リオ五輪でハンガリーのKatinka Hosszuが出した、4:26.36という物凄い記録である。Hosszuは今回も決勝には進出したが5位であった。
 

この日(7/25)の午後からは400m自由形の予選があるが、青葉は出ないので千里姉の専用ドライバー・矢鳴春花に浦和の千里邸に運んでもらい、そこで練習した。なお、金堂さんは深川に行った。
 
400mに出る竹下リルとジャネが熊谷から出てくる。南野さんも出場するが彼女は24日の予選の後、深川にそのまま泊まっていた。
 
この400m自由形では、竹下リルだけが決勝に進出し、ジャネは予選20位、南野さんは予選10位(惜しい! 8位との差は0.77秒)で決勝に進出することができなかった。
 
南野さんの東京五輪はこれで終わった。彼女はひとり先に帰すことも考えたのだが、深川で竹下・金堂のコーチ代わりをしてくれることになり、深川に入った。
 

7月26日(月)10:00からは、さいたま市の大宮アリーナで女子バケットの予選リーグ第1試合があった。千里たち日本代表はフランスと対戦し、74-70で勝利。決勝トーナメント進出に向け大きな1勝を掴んだ。
 
(13-17 21-19 18-13 22-21 T.74-70)
 
この試合に出たのは千里3である。フランス代表のメンバーたちは普段フランスリーグで千里2のプレイを見ているので、普段と全く違う動きに首を傾げていた。どうも千里対策で考えていた作戦が空振りしてしまったようであった。
 
試合終了後
「今日のキュー(*1)は変だ」
などと、向こうの選手が言っていた!!
 
(*1)キュー(queue)は千里のフランスリーグでの登録名。“しっぽ”という意味で、千里の長い髪をしっぽに例えたもの。千里3は千里2風にプレイすることもできるが、この日はわざと自分本来のスタイルでプレイしている。
 

7月26日(月)11:20.
 
400m女子自由形の決勝が行われた。
 
このレースで日本選手で1人だけ決勝に進出した竹下リルは日本新記録となる4:00.18 で3位に入り、銅メダルを獲得した。
 

26日夕方からは、1500mの予選が行われた。これに出場したのは青葉・竹下リル・ジャネの3人である。青葉は25日のお昼でいったん浦和に戻っていたが、自分でヴィッツを運転して東京に出て来た(深川に駐めてそこからSCCの運転手さんに運んでもらう)。ジャネは25日夕方400m予選が終わった後、一度ヘリで熊谷に戻っていたが、再度ヘリで東京に出て来た。リルは午前中の400m決勝の後、いったん深川に戻り、また出て来ている。
 
基本的にみんな会場はできるだけ短時間の滞在になるようにしている。また各自、深川・熊谷のどちらにいてもいいのだが、どちらにいるかは幸花に連絡しておくよう求めている(無論JADAにも報告する)。
 
この予選で、青葉とジャネは5組、リルは4組だった。
 
最初にリルが泳ぐ。彼女はこの組のトップだった!15:50.11 という、春に青葉が日本選手権で出した記録を破る好記録である。青葉は俄然闘争本能に火が点いた。
 
そして青葉が出場する予選最終組が始まる。
 
青葉は同時に泳いでいる他の選手のことは何も考えていなかった。直前に見たリルの泳ぎが頭の中でプレイバックされる。そして彼女よりも速く泳ぐ!ということだけを考えて泳いでいた。
 
ゴール。
 
時計を見る。
 
やった! 15:37.20 という日本新記録(自らの日本記録を更新)で青葉が1位だった。しかし青葉の頭の中には“予選1位”というのより、日本新記録というのより、リルに勝てたというのしか無かった。
 
来年の世界水泳以降は、リルや金堂さんの時代だけど、このオリンピックまではまだ簡単に譲らないよ、と青葉は思った。
 
リルは結局予選5位の成績で決勝進出である。しかし予選最終組で泳いだジャネは15:59.80 予選9位で決勝進出を逃した(8位との差が0.84秒。物凄く惜しい)。ジャネはレース結果を見て疲れたような表情を見せていた。
 
1500mの決勝は1日おいて7/28に行われる。
 

ところでこの1500mの予選(19:53-21:22)が行われる直前の19:38-19:52に、女子200m個人メドレーの予選が行われたのだが、この予選に本来出場予定の無かった金堂さんが出場した。実は200m個人メドレーの代表選手2名の内1人が直前に怪我してしまい、日本選手権3位で補欠登録されていた金堂さんが繰り上げ出場したのである。
 
彼女は予選4位の成績で準決勝に進出した。
 
しかし彼女はもし1500mでも代表になっていたら、さすがにどちらかは諦めなければならない所だった。1500mは日本選手権4位で出場資格が無かった。
 

7月27日(火).
 
12:13 女子200m個人メドレーの準決勝第2組のレースが行われ、津幡組から唯一この競技に出場した金堂さんは3位となり、決勝に進出した。
 

7月28日(水).
 
東京アクアティクス・センター。
 
まず11:48に女子200m個人メドレーの決勝が行われた。
 
このレース、準決勝3位・3レーンで泳いだ金堂多江は2:08.52という自身の持つ日本記録(2:07.91)に迫る好記録で優勝、400m個人メドレーと合わせて2冠となった。
 

このレースの直後11:54には、女子1500m自由形の決勝が行われる。
 
青葉は予選1位だったので4レーンで泳ぐ。両隣はアメリカの選手である。予選5位で通過した竹下リルは2レーンである。
 
11:54. 号砲が鳴り、一瞬置いて飛び込む。もう最初から全力で飛ばす。いきなり自分がトップに立ったのを感じた。青葉は無心に泳いでいく。
 
1500mは長丁場だ。しかし子供の頃大船渡湾横断とかやってた頃は、もっと長い距離を泳いでいる。あれは直線距離で2500m, 潮流に流される分を入れると3000m程度あったはずである。青葉はあの頃のことを思い出しながら泳いでいた。
 
あの頃、使ってたような古式泳法で泳ぐのも面白いかも知れないけどね!自由形って、どんな泳法で泳いでもいいんだから。
 
そんなことを考えながらも身体はフル回転で水を掻き、水を蹴る。両側にいるアメリカ選手が自分より後にいるのを感じる。でもきっと彼女たちは後でスパートを掛けてくる。だからスパートを掛けられても追いつかれないくらい離さなきゃ。
 
ひとつ向こうのレーンで泳ぐ竹下リルも自分より後にいるけど、きっと彼女も後半追い込みを掛けてくる。
 
そんなことをチラッチラッと考えながらも、青葉は一心に泳いでいた。
 
1000mを過ぎた所で、5レーンのアメリカ選手が距離を詰めてくる。青葉は追いつかれてなるものかと、限界を超えて身体を動かす。そして突き放す。ペースは落ちることなく、更にペースアップする(と思ったのだが、後で中間タイムを見てみたら、後半少しペースが落ちていた)。
 
あっという間にあと1往復の鐘が鳴らされる。
 
もうゴールまでの間に全てのエネルギーを使い切るつもりで青葉は泳いだ。しかし猛烈なスパートでリルが追いついてきたので、こちらも必死に引き離しに掛かる。
 
そしてゴール。
 
一瞬意識が飛ぶが溺れそうになって慌てて意識を戻す。
 
(オリンピックのファイナリストが溺れたら末代までの恥だ!)
 
時計を見る。
 
1 JPN KAWAKAMI 15:37.24
2 USA BROWN 15:38.41
3 JPN TAKESHITA 15:39.03
 
優勝である。リルも3位に入っている。青葉は1つ向こうのレーンのリルと手を振って喜びを分かち合った。
 
でも予選のタイム(15:37.20)より悪い!
 
 
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【東風】(1)