【東風】(3)

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8月1日にアクアFが19時頃(自分の分の)仕事を終えて和城理紗に送ってもらい八王子の自宅に向かっていたら、千里から電話がある。
 
「龍ちゃんさ、頼みがあるんだけど」
「何ですか?」
「プールが1個余ってるんだけど、もらってくれない?」
「プールですか?」
「小さなプールなんだけどね。それで駐車場に置いてたらさぁ、邪魔だからどけてよと言われて。龍ちゃんの八王子のおうちなら広いから、その程度置いてもいいかなあと思って」
 
この時、龍虎は“駐車場”というのを浦和の家のガレージかと思い、だったら幼稚園児の水浴びなどで使うような、空気を入れて膨らませるプールかな?とを想像した。“小さなプール”と言うし。
 
それでアクアは答えた。
 
「そのくらいいいですよ。適当に置いといてください」
「ありがとう。じゃ、後で持ってくね」
「はい」
 

8月2日(月).
 
出産(6/10)で休職していた古庄夏樹はこの日から会社(ずっと勤めている楽器メーカー)に復帰した。なお赤ちゃんは兄夫婦が引き取ったので、夏樹が赤ちゃんの面倒を見ることはない。
 
正直身体に物凄い負荷が掛かったのに、その赤ちゃんのお世話ができないのは、思った以上に精神的に辛かった。それで体調が何とか戻ったところで早く仕事に復帰したかったのである。
 
退院後は兄からもらった謝礼を使って、季里子の勤めているお店で Mazda MX-30を衝動買いした。実は出産の痛みでしばらくバイクが使えないので、四輪があると便利だったのである。
 
買ってすぐに青森まで往復走って来たら、かなり気分がよくなった。
 
その後、7月中は休職中なのをいいことに、あちこち遠出をした。
 

8月3日、青葉はお昼過ぎから東京でラピスラズリ・ケイと一緒にスカイヤーズの取材をしたのだが、戻って来てからは、浦和の家でボーっとしていた。すると千里(2番か3番かは分からない)が青葉に声を掛けた。
 
「暇そうね」
「今まで1日のほとんどの時間、ひたすら泳いでいたのに、引退してぽっかり、その練習時間が無くなって、何したらいいんだろうと思って」
 
「ああ、空の巣(からのす)症候群に近い状態だな」
「似てるかも知れない」
「水泳の練習すればいいよ。習慣をやめる必要はない」
「そうだねー。練習しようかな。ここではいつでも泳げるし」
 
「それかフライトシミュレーターとかする?」
「なぜ唐突にフライトシミュレーター?」
「青葉ならすぐ覚えると思うなあ」
 
「そういえば、ちー姉は高校時代からやってたと言ってたね」
「うん。楽しいよ。ジャンボの操縦とかわくわくするから」
「ああ。そうかも」
 
「女装して操縦すると更にわくわくするよ」
「なるほどー。ちー姉は女子制服を着て操縦してたわけだ?」
「青葉もやるといいよ」
「女装といっても、私、既に完全な女なんだけど。誰かさんのせいで」
 
「取り敢えず青葉のパソコンにもインストールしてあげるよ。ちょっと貸して」
「あ、うん」
 
それでその日、青葉はフライトシミュレーターで2時間ほど遊んで(この日はひたすら墜落させた!)、その後プールで4時間ほど泳いだのであった。
 

8月4日(水).
 
青葉はサウザンズの取材に行ったのだが(サウザンズ“痴漢軍団”と青葉・朱美“正義の鉄拳軍団”のプロレスと化した!)、千里はこの日、オリンピックの準々決勝に臨んだ。
 
この日は女子パスケットボールの準々決勝4試合が行われる。
 
第1試合、中国−セルビアは、77-70でセルビアが勝ち、第2試合、アメリカ−オーストラリアは79-55でアメリカが勝った。これで準決勝第1試合はアメリカとセルビアで戦われることになった。
 
そして準々決勝第3試合(17:20-)が、日本とベルギーの試合である。これが物凄いシーソーゲームとなった。
 
ここから先は負けたら終わりというノックアウト方式である。それで千里2と千里3は京平(2番の代理)と緩菜(3番の代理)に代理ジャンケンをさせてこの日出るのは千里3と決めた。なお試合の途中で交代するのは疲労の問題でアンフェアなので、ひとつの試合は必ず1人が通して出ることにしている。
 
ジャンプボールはベルギーが取り、ベルギーが2点先制して始まった。
 
日本は王子・玲央美・千里といった海外で戦っているメンバーが中心になって戦いを進める。ベルギーの選手に、フランスリーグで戦っている選手がいて、玲央美と千里はひじょうに“危険”な選手であると注意していたようで、この2人へのチェックは厳しいが、チェックされるのには2人とも慣れているので厳しいマークはものともせずに確実に点を入れていく。ベルギーが少しでも油断すると、WNBAで鍛えた王子が中に飛び込んで行き、守備の選手を蹴散らしてダンクを決める。福井英美もリバウンドで頑張る。むろん向こうもかなり気合が入っていて攻撃機会を確実に決めていく。
 
第1ピリオドは19-16と日本が3点リードで終わったものの、点差は無いに等しい。第2ピリオドもシーソーゲームが続くが、第2ピリオドが終わった所では41-42と、ベルギーが1点リードしていた。これもほぼ点差無しに等しい。
 
しかしハーフタイム後の第3クォーターでベルギーが猛攻を見せる。日本はどんどん点を奪われて、第3クォーターが終わった所では61-68と7点もリードを奪われていた。千里たちは
「焦らず、確実に点を取っていけば絶対勝てる」
と言い合って、第4クォーターに出て行く。
 
オルタネート・ポゼッションで日本の攻撃から始まる。始まり際に千里がスリーを撃つが外れる!
「ごめーん!」
と千里が手を合わせてチームメイトに謝る。ベルギーは確実に決めて61-70.千里も次はしっかりスリーを決めて64-70で追撃態勢に入る。ベルギーが得点して64-72だが、千里がまたスリーを決めて67-72.あっという間に“手の届く所”まで迫る。ベルギーがシュートミスしてからの反撃で今度は玲央美が2点ゴールを入れ69-72.ワンチャンスで追いつく点数である。
 
そしてここで千里がまたスリーを入れて72-72 と残り6:10で追いついた。これでゲームは振り出しに戻った。
 
ここでベルギーの選手がスリーを入れるが、千里もすぐスリーを入れて75-75.ベルギーの選手が再度スリーを入れるが、王子が2点入れて77-78.
 
ベルギーか2点入れ、更にこちらのファウルで得たフリースローを1本入れて77-81.ベルギーとしてはこのまま引き離したい所だ。千里がスリーを撃つがボールがリングの縁をグルグル回って、外にこぼれる!めげずにまた攻めて、今度は玲央美がシュートしようとした所をファウルされる。フリースローをしっかり2本とも決めて79-81.そして王子が決めて81-81.再び同点に追いつく!残り1:45.
 
ベルギーはすかさず反撃してゴールを決め81-83.しかしこちらも玲央美が2点入れて83-83とまた同点。これがもう残り0:52である。
 
こちらのファウルが取られ、ベルギーはフリースローを2本とも決めて83-85.残り0:37.
 
それに対する日本側の攻撃。24秒の制限時間間際に千里がスリーを撃つ。
 
決まる!
 
86-85と逆転。残り0:16である。
 
ベルギーが反撃してくる。試合終了のブザーと同時にシュートを撃つ。
 
外れる!!!
 
この瞬間、日本はベルギーに86-85で勝利し、準決勝に駒を進めたのである。
 
(19-16 22-26 (41-42) 20-26 25-17 T.86-85)
 
1986年モントリオール五輪の5位を越える4位以上が確定した瞬間であった。
 

この日の第4試合、フランスとスペインのゲームも、日本・ベルギー戦同様、手に汗握る激しいシーソーゲームになったが、最後はフランスが勝ちを納めた。
 
(16-21 14-15 18-19 16-12 T.64-67)
 
この結果、8月6日準決勝の組合せは
 
アメリカ−セルビア、日本−フランス
 
となった。日本は予選リーグでフランスに勝っているが、向こうの油断に乗じた面もあった。リベンジに燃えてくるフランスとどう対決するかである。
 

8月5日(木).
 
理史は仕事が終わった後、龍虎とデートするのに八王子の家に向かった。
 
門を開けて中に入り、ガレージに自分の CR-Z α Final label を駐める。それでガレージから母屋へ渡り廊下を移動してたら、玄関前に右手に行く渡り廊下が出来ているので何だろうと思った。
 
龍虎に電話してみる。
「ね、ね、渡り廊下が増えてるの何?」
「へ?」
 
実は龍虎はここに“転送”してもらったので、そんなものは見ていなかったのである。
 
母屋から出て来てみると確かに見慣れない渡り廊下ができている。
 
「あ、もしかして西の対(たい)への新たな通路かな」
「ああ」
「分かった。以前作ってあって渡殿(わたどの)は部屋のある所から作られていて通行不能だったから、建物の端に移動したんだよ」
「なるほどー」
 

それでふたりで通路を歩いてみる。確かに母屋の裏側の“西の対”につながっていた。灯りはふたりが進むにつれ点灯していく。ふたりが西の対の端まで来ると西の対の“廊下”全体に灯りが点いた。
 
「なんか中身もできてる」
「ほんとだ。いつの間に」
 
手近の部屋の戸を開けてみると本棟と同様の仕様の部屋があるようである。
 
(ユニット工法なので“地上部は”3時間でできている。龍虎は日中仕事に出ていたので知らなかった)
 
「なるほど。真ん中に廊下を通して両側に部屋を設置したのか」
「部屋が両側に3個ずつ6個あるみたい」
 
「きっと龍が9人に増殖しても大丈夫なようにだよ」
「9人はさすがに多すぎるなあ。そうだ。これだけあるなら、1個サトシの部屋にしてもいいよ」
 
「うーん。着替えとかは龍の部屋に置かせてもらってるので充分だし」
 

などと言っていたのだが、よく見ると“下”に向かう階段もある。
 
「この階段は?」
「さあ」
「地下室もあるの?」
「分からない。降りてみようか」
「うん」
 
それで2人は階段を降りてみた。センサー式になっているようで自動で灯りが点いていく。それで2人は下まで降りた。“地下”全体の灯りが点灯する。
 
ふたりはそこにあったものを見て驚きのあまり言葉を失った。
 
1分近くたってから理史が言った。
 
「プールができたんだ!」
 
そこには恐らく長さ25mほどある4レーンのプールがあって、なみなみと水も入っていた。各レーンがアクリルの板で区切られているのは感染防止対策だろう。
 
龍虎は数日前の千里の電話を思い出していた。
 
プールって・・・プールって・・・・こんな大きなものだったの!?
 
“小さなプール”って、千里さんの嘘つき!!
浦和の地下プールの倍くらいあるじゃん!!
 
(50mプールに比べたら小さい)
 

 

8月6日(金).
 
この日は、女子バスケットボール準決勝の2試合が行われた。
 
13:40からおこなわれた第1試合では、79-59で、アメリカがセルビアを破った。そして20:00から第2試合、日本対フランスが始まる。
 
準々決勝に千里3が出たので、この準決勝は千里2が出た。
 
千里2は試合前、会場の廊下でフランスでのチームメイトでもあるエヴリーヌに遭遇したので彼女に言った。
 
「今日の私はいつもの私だから」
 
でもエヴリーヌは言った。
「そんなの信用できるかい!」
 
千里は笑って
「お互いがんばろう」
と言う。彼女も
「うん。勝負だ」
と言った。
 

20:00.
 
フランスとの対戦が始まる。
 
ジャンプボールはエヴリーヌが取って、フランスが先に攻撃。鮮やかに2点を先制した。しかしすぐに千里が“2点シュート”を決めて2-2である。
 
「トロワ(3点シュート)撃つかと思った」
とエヴリーヌ。
 
千里は彼女がブロックのためにジャンプした隙に中に飛び込んで短い距離からミドルシュートを決めたのである。
 
「だから普段の私だと言ったじゃん」
と千里(千里2)。
 
その後、点の取り合いが続くが、第1Qの残り2分からフランスが立て続けに得点を決めて、14-13から一気に14-22まで引き離した所でブザーである。
 
8点差を付けられはしたものの、その残り2分までずっと競っていたことから日本側には全く焦りはない。
 

「普段通りのプレイで」
「しっかり得点機会を確実に決めて行こう」
 
と言い合ってコートに出て行く。
 
第1Qでフランスがジャンプボールを取ったので第2Qはオルタネート・ポゼッションにより日本の攻撃からである。ここからお互いにスティールがあってめまぐるしく攻防が切り替わった末に千里がまた“2点シュート”を決めて16-22である。玲央美が2点決めて18-22.その後、王子のシュートをファウルされ、王子のスリースロー。
 
王子はフリースローがわりと苦手なのだが、それでも1本は決めて19-22.
 
この時点でもう勝敗の行方は分からなくなった。
 
千里がまたもや“2点シュート”を決めて21-22の1点差!
 
ここでフランスはスリーを決めて21-25.
 
王子がゴールを決めて23-25.向こうも2点入れて23-27.
 
ここで千里が今日初めてスリーを入れて26-27.
 
「トロワ(3点シュート)も撃つのか」
とエヴリーヌ。
 
実は彼女は千里が飛び込んでくるだろうと待ち構えていたら、千里は外から撃ったのである。
 
「当然」
と千里(千里2)。
 

しかし次のシュート機会では千里は今度はエヴリーヌを巧みに抜いて2点シュートを入れる。28-27と逆転!
 
「キューの攻撃パターンが読めない!」
とエヴリーヌ。
「それは当然読めないように攻撃する」
と千里。
 
でもエヴリーヌも2点返して28-29と再逆転。
 
千里は次はスリーを入れて31-29と再逆転。
 
フランスが2点入れて31-31と同点。千里の2点シュートで33-31.
でも次は3点シュートで36-31. 玲央美が2点入れて38-31と引き離しにかかる。
 
更に千里がスリーを入れて41-31.フランスもスリーを入れて41-34.
 
ここでブザーである。
 
第1Qでは8点リードされていたのが、第2Qまで終わってみると逆に日本が7点リードに変わっていた。第2Qだけ見ると27-12で日本が猛攻した形になっているが、意識としては物凄く競っている感じである。この7点は点差としては全く無い感じで、簡単にひっくり返る感じだった。
 
ハーフタイムの間身体を休めていても、千里たちは
「このまま最後まで競っていけば何とかなる」
「頑張ってメダルを取ろう」
と言い合っていた。
 

第3Q。
 
日本とフランスの激しい攻防が続く。千里はこのピリオドだけで、スリーを4本、2点シュートを4本にフリースローも2投決めて1人で22点を稼ぎ、チーム全体ではこのピリオドは27-16.累計で68-50と18点もの差が付いてしまった。
 
しかしプレイしている本人たちは、フランスと物凄く競っている感覚だったのである。
 
「多少点差はあっても気を緩めるな」
「フランスは強い。絶対追いついてくる」
「とにかく攻撃機会を確実に決めていこう」
 
それで千里たちは気合を入れ直して最終ピリオドに出て行った。
 
フランスはもちろん逆転を全く諦めていない。強烈に攻撃してくる。しかし日本も負けていない。確実に点を入れていく。激しい攻防が続く。
 
残り2分。点は84-66になっている。玲央美がファウルを受けるが冷静に2投とも決めて86-66. フランスがスリーを入れて86-69. フランスは更に2点入れて86-71. ここで玲央美が再度ファウルを受ける。玲央美は1投目は入れたが2投目はミス。しかしそれでも87-81と点差は16点である。残り0:53.
 
フランスのスリーが外れる。玲央美の2点シュートが外れる。フランスのスリーが外れる。
 
ここでブザー。
 
この瞬間、日本は決勝進出=銀メダル以上が確定した。
 
日本が世界大会で決勝戦は戦うのも初めてである。1985年の世界選手権では銀メダルを取っているが“決勝リーグ”で2位だったものであり、決勝戦はしていない。
 
千里たちは思わず抱き合って喜びを分かち合った。
 
(14-22 27-12 (41-34) 27-16 (68-50) 19-21 T.87-71)
 

試合が終わった後、また廊下で遭遇したエヴリーヌは
「今日のシサトはいつものシサトだった」
と言っていた。
 
「だから最初に言ったじゃん」
「アメリカは強いけど頑張りな」
「うん。頑張って金メダル取るから、エヴも銅メダル持って帰ってね」
「ビヤン・スール(もちろん)」
 
そういう訳で8月8日11:30からの決勝戦は日本とアメリカで戦われることになったのである(その前に8月7日にフランスとセルビアの3位決定戦がある)
 

郷愁村に籠もってアルバム制作をしている舞音だが、籠もっていても、テレビ出演や、予定を延ばせないCM制作などでどんどん呼び出される。
 
もうアルバム完成が見えてきた8月7日(土)にも、ほぼ丸一日使って九州まで行ってくることになった。コテージ“桜”に一緒に泊まり込んでいる数紀・西岡マネージャー、“招き猫”の木下宏紀、カメラマンの矢崎郁代と女?5人でHonda-JetOrangeに乗り、佐賀空港に飛ぶ。
 
そこからメーカーさんが用意した車で久留米市に移動する。
 
ここで『弓曳(ひ)き童子』を撮影させて頂く。
 
これは通称“からくり儀右衛門”こと田中久重(1799-1881)が制作したものとされる、からくり人形で、童子の人形が矢を弓につがえて弓を引き、矢を射るという動作をする人形である。4本の矢の内3本が的に当たる(1本外れるのは、この矢を復元制作した時のミスらしい)
 
モーターもICもなかった時代に、歯車・カムなどの組合せだけでこの動作を実現したのは驚異的で、芸術を越えて、もはや魔法の世界である。
 
見せて頂いた舞音にしても数紀や木下君にしても、本当に驚いた。
 

この撮影をした後で、記憶が新たな内に久留米市内のスタジオで、予め用意していた、弓曳き童子が着ていたのと同じような衣装を真似が着て、からくり人形の真似をする。
 
“舞音がからくり人形のマネをした!”
 
である。これは実はロボット掃除機のCMなのである。5月には、高山祭りの山車のからくり人形を見せて頂いて、そのからくり人形に舞音は扮したのだが、今回は弓曳き童子となった。舞音や数紀は疲労が溜まっているので、木下君をスタンドインに使って構図決めなどを2時間くらいしてから舞音を使って1時間ほどで撮影をした。
 

久留米まで来たついでに、この後大牟田まで南下し、カルタ記念館にお邪魔する。ここで、日本最古のカルタ(というよりタロットに見える)などを撮影させてもらった。この映像については、秋頃制作予定のPVで使用する予定である。舞音と数紀は白いドレスで撮影されていた。
 
(“アクアの子供2人”の共演!)
 
その後、柳川まで戻り、予約しておいた、“川下り”の撮影をした。現在川下りは感染防止の観点から3名以上で貸し切り運行ができるようになっている。ここに浴衣姿の舞音・数紀・木下および矢崎郁代カメラマンが乗って、夕方の光の中で川下りをする“女の子3人”の絵を撮影した。木下君は
「え〜?ボクも女の子浴衣着るんですか?」
と言ったものの
「いつも女の子の服は着てるくせに」
と言われると素直に着た。
 
(舞音も数紀も木下君は実際には性転換済みと思っている。でも舞音も木下君も数紀は性転換済みと思っている!)
 
このビデオでは、数紀も木下君も舞音のスタンドインではなく、共演者となる。
 
矢崎カメラマンは、
「恵美ちゃんも一緒に入りなよ」
と言ったが、
 
「私は引退した身だから」
と言って西岡(悠木恵美)は遠慮し、一応同乗して照明係をしていた。
 

川下りの後は“御花”で鰻のセイロ蒸しを頂く(むろん食べてる所も撮影する)。
 
みんなセイロ蒸しを食べたのは初めてだったので
「こういう鰻料理があったのか」
と驚き
「美味しーい」
と言って食べていた。
 
恵美は3人とは少し離れた位置で頂いていたのだが、しっかり矢崎さんに撮された。それで久々に恵美の姿がPVに入ることになる(ノーギャラ!)。
 
そのあと佐賀空港まで戻り、郷愁飛行場に帰還した。
 
この日はさすがに疲れたので、アルバム制作作業は休んですぐ寝た。
 

8月7日16:00から行われた女子バスケットボールの3位決定戦は91-76でフランスが勝利。エヴリーヌたちはしっかり銅メダルを獲得した。
 
しかし今回は最終1〜3位が予選リーグのB組に集中していたことになる。
 

8月8日11:30.
 
女子バスケットボールは、日本とアメリカの決勝戦が行われた。
 
アメリカは最初から全開であった。本気バリバリである。
あっという間に点差が開く。
 
第1Qで既に23-14である。日本は最初気合負けしたのかミスも目立った。
 
しかし第2Qになると気合を入れ替えて臨み、アメリカと互角に組み合う。得点チャンスを確実に決め、しっかり確実に点数を積み上げていく。
このピリオドは27-25と互角の点数である。
 
前半終わった所で50-39と11点差。これはバスケットではあっという間に縮む可能性もある点差である。
 
しかし第3Q、アメリカは引き離しに掛かる。畳みかけるような攻撃で、じわじわと点差を広げ、75-56と19点差まで広げた。このクォーターの点数は25-17である。
 
そして第4Q。日本は最後まで諦めずに戦う。点差はあってもプレイとしては全く負けていない。最後は千里のスリーが外れたものの、飛び込んで行った福井英美がリバウンドを取ってそのまま放り込み、90-75で終了となった。この第4Qだけなら19-15で日本が4点リードである。
 
試合としては負けたものの、アメリカが日本から手の届く所に来たのを感じたゲームであった。
 
(23-14 27-25 (50-39) 25-17 (75-56) 15-19 T,90-75)
 
こうして日本はこのオリンピックで銀メダルを取ったのであった。
 

郷愁村のプールで待機していた“津幡組”は8月9日(振)にA318で能登空港に飛び、津幡に戻る。
 
ジャネは競技を引退したので、パリを目指して競技を続ける筒石のサポート役、および百万石スイミングクラブでコーチをすることになっている。それでジャネは火牛ホテルの部屋も退去する予定だ。
 
「結婚するんですか?」
と青葉は彼女に尋ねたが
 
「マラと君康は結婚するかもね。私は知らない」
などと言っていた。
 
南野は取り敢えず来年5月の世界水泳に向けて津幡で練習を続ける。竹下と金堂も同じく世界水泳に向けて練習を続ける。南野は火牛ホテルの滞在が長時間になっているので、アパートか何か借りてもいいかとも思ったのだが、ホテルに住んでいると食事の心配もする必要がないし、“お隣さん”の竹下と金堂を見ているだけでも刺激になるので、結局ホテル住まいを続けることにした。彼女はアクアゾーンのコーチをしているので、それでお給料をもらっている。竹下リルは高校生である。
 

金堂さんは、所属としてはSTスイミングクラブ仙台教場に所属しているが練習は津幡で続ける。津幡にいる限りは、食事代も住居費も全く不要である。だから洋服代とか日用雑貨などの費用だけあればよい。金堂さんはその分は申し訳無いが親のスネをかじらせてもらおうと思っていた。
 
しかし若葉は彼女に言った。
 
「アクアゾーンでは所属との兼ね合いでコーチとかできないだろうけど、良かったらムーランでバイトしない?セントラルキッチンの勤務なら不特定多数との接触も無いし」
「やります!」
 
それで金堂さんは週3回、3時間ずつムーランのセントラルキッチンで食材の下ごしらえのバイトをすることになった。月給を8万円ほどもらえて日常の費用も出るので、親に負担を掛けずに済む。
 

ところで、郷愁飛行場から能登空港へのフライト中に“臨時プール”のことが話題になった。
 
「深川アリーナの地下駐車場に置いてた臨時プールって、オリンピック期間中だけの設置という約束だったんでしょ?終わったら解体したのかな?」
 
「あれ、もらってくれる人があったから、その人のおうちの裏庭に移設したらしいよ」
 
「よかったね。折角5000万円も掛けて作ったのに。すぐ解体ってもったいないと思ってた」
 
「でも25mプールを裏庭に置けるおうちって凄いね」
「年収何十億とかのお金持ちらしいよ。おうちの敷地も1000坪だって」
 
「1000坪!大邸宅だね」
「しかし年収何十億かぁ。世の中には凄いお金持ちがいるもんだね」
 

オリンピック期間中、郷愁村に泊まり込んでアルバム制作をしていた常滑舞音だが、まず童謡アルバムの方は8月3日に完成し、その後、通常アルバムの方も8月10日で完成した。
 
お盆まで掛かる予定が早く完成した背景には、仮歌作りの時、コテージ“桜”の同じ部屋に泊まり込んでいる水森ビーナ(柴田数紀)がエレクトーン係を引き受けてくれて舞音は彼女(彼?)の伴奏で歌だけ歌えば済んだのがあった。
 
これで舞音の負荷が大幅に小さくなり、長時間作業できるので早めの音源完成に繋がったのである。
 
「かずちゃん、私の歌いたいテンポでちゃんと演奏してくれるから凄く楽だった」
「舞音ちゃんの歌を聴いてたら、どのくらいのテンポで歌いたいのかは分かるから、それに合わせただけです」
 
などと2人は言っていた。
 

そういう訳で、舞音とビーナも8月11日には“桜”を退去し東京に戻った。
 
「かずちゃん、女子寮に移ってくるんだっけ?」
と舞音はビーナに尋ねた。
 
「移りません。ボク男子だし」
「何を今更白々しい嘘を」
 

東京に戻ってきたビーナ(数紀)に、川崎ゆりこが言った。
 
「ビーナちゃんが出演して好評のヘアドライヤーのCMだけどさ」
「はい」
「CM曲も歌って欲しいという話なのよ。ちょっと音源制作に行って来てくれる?」
「分かりました」
 
「あ、それとこの子、紹介しておくね。君のマネージングのサブに入ってもらうことになった、女子大生の川世宇津美ちゃん」
 
「川世宇津美です。よろしくお願いします」
と何だか可愛い女子大生である。
 
「よろしくお願いします。水森ビーナです」
と数紀も挨拶した。
 
「夏休みに入ったらすぐビーナちゃんに付いてもらうつもりだったんだけど、ビーナちゃんが熊谷に籠もってたから、しばらくアクアのヘルプに入ってもらっていた」
 
「それは無茶苦茶忙しかったでしょう」
「目が回りました!」
 

ともかくも数紀は東京に戻ると休む間もなく、スタジオに入って音源制作をすることになった。
 
これまで、松梨詩恩、高崎ひろか、白鳥リズム、七尾ロマンの仮歌を歌ったことはあるし、ここ1ヶ月近く常滑舞音の仮音源制作に関わっていたが、自分の歌をCDにするのは初めてである。
 
川世宇津美ちゃんの運転するMazda3 fastback (千里3が主として使用しているアテンザ・ワゴンの後継車)に乗って数紀はスタジオに行く。
 
そして少しドキドキしながら、数紀はスタジオの中に入った。
 
入口でいきなり転ぶ。
 
「君大丈夫?」
と30代の男性が言う。
 
「大丈夫です。いきなり足首を掴まれた気がしたんですが、きっと気のせいです」
 

今回の音源制作の指揮を執ってくれるのは、野潟四朗さんと言う人だった。
 
「取り敢えず歌ってみて」
と言って、譜面を渡される。ギターコード付きのメロディー譜である。
 
「済みません。キーボード弾きながら歌っていいですか?」
「うん、いいよ。これ使って」
と言って、スタジオに置かれていた、Yamaha PSR-E360 (61key)を指さされるので、その前に座る。数紀は譜読みをしてから、オートリズムを120の8 Beatに設定した。フィルインから伴奏を左手和音で弾きながら歌って行く。
 
途中でダカーポの戻り先が一瞬分からなくて出遅れたものの、すぐに追いついて何とか辻褄を合わせる。その他はあまり大きなミスは無しで、最後まで歌いきった。
 
「すみません。5ヶ所も間違いました」
と数紀は言ったのだが
 
「いや、いきなりこれだけ歌えるのはアクアのレベル」
と野潟さんは言う。
 
どうも褒めてくれているようだ。
 
「まあ間違った所は次修正すればいいんだけど、ここが少し違うかなと思った」
と言って、野潟さんは楽曲の“解釈上の問題”を少し指摘した。
 

数紀は野潟さんとやりとりしながら楽曲を練り上げていった。1ヶ所は
 
「ここは僕のほうが思い違いしていた。君の歌い方のほうが正しい」
と言われた所もあった。
 
2時間ほどの後、
 
「これで完成だね。文句付けるところがない」
と言われた。
 
「そうですか?ありがとうございます」
 
「この1曲だけで終わりのつもりだったけど、ここまで歌えるなら1曲だけのシングルにするのはもったいない。もう1曲入れちゃおう」
 
「はい」
 
それで野潟さんはどうもコスモス社長に電話したようである。それで別の譜面を送ってもらったようだ。その場でプリントして渡される。やはりギターコード付きのメロディー譜てある。
 
「これは缶コーヒーのCM曲で、まだ誰を当てるか決めてなかったらしい。これを歌って」
「はい」
「たぶん追ってこれのCF撮影も入ることになると思う」
「分かりました」
 
それでこの日はまた2時間ほど掛けて、缶コーヒーのCM曲の音源制作をしたのである。
 
「今日はほんとにいい仕事ができた。君は素晴らしい歌手だよ」
「ありがとうございます」
「ぜひまた一緒にやろう」
「はい、よろしくお願いします」
 
それで数紀は野潟さんとエア握手してから退出した。
 

川世マネージャー、及び、野潟さんからの連絡を外出中のコスモスに代わって社長デスク横のサブデスクで聞いた花ちゃんは、呟いた。
 
「やはり私の予想通り。結局音の正確性にこだわりを持つ野潟さんと、歌唱力の無いエーヨの組合せが最悪だったんだな。だから、水森ビーナとか七尾ロマンとか、他にたぶん四宮七菜みたいな正確な歌を歌う子には、野潟さんは相性がいいんだよ。一度、四宮七菜も当ててみたいな。個人的にはリンゴより買ってるんだけど」
 
それで、コスモス・ゆりこに簡単な同報メールをしてから、花ちゃんは、締め切りの迫った楽曲の編曲作業を続けた。
 

一方アルバム制作が終わって熊谷から戻った常滑舞音は、ドラマに出てと言われ、『風の街』というドラマに女子高生役で出た。レギュラーの生徒達がコーラス大会で出会う他校の生徒という役である。実は舞音はこのドラマの出演者と一緒にこのドラマのセットを利用した、音楽教室のCMに出演したことがあり、その時に一度ドラマ自体にも出てと言われていた。しかしなかなか時間が取れなかった。CM撮影後2ヶ月半もたって、やっとドラマ出演が実現した。
 
でもドラマに出たのはゴールデンウィークに撮影した『招きマネキン』以来3ヶ月ぶりであった。
 
舞音はひたすらCMを撮影し、その歌を歌っている感じだ。
 

オリンピックが終わった後、夏休み期間中、§§ミュージックではいつものようにネットライブ(あけぼのテレビで有料放送)を企画していた。日程はこのようになっている。
 
8月9日(振)白鳥リズム(司会:山本コリン、ゲスト:花貝パール)
8月14日(土)姫路スピカ(司会:大仙イリヤ、ゲスト:七尾ロマン)
8月15日(日)甲斐姉妹(司会&幕間:水谷姉妹)
8月16日(月)アクア(司会?:、ゲスト:恋珠ルビー)
8月21日(土)ラピスラズリ(司会:桜野レイア、ゲスト:美崎ジョナ)
8月22日(日)常滑真音(司会:長浜夢夜、ゲスト:山鹿クロム・三陸セレン)
8月28日(土)品川ありさ(司会:鹿野カリナ、ゲスト:西宮ネオン)
8月29日(日)高崎ひろか(司会:鈴鹿あまめ、ゲスト:水森ビーナ)
 
美崎ジョナは風谷リンゴにコスモスが付けた芸名である。美崎は、彼女の出身地・江差の名前がアイヌ語で岬を表す“エサウシ”という単語が語源になっていることと、リンゴの品種“ジョナサン”(紅玉)から来ている。彼女はやや孤高癖があることもあり、(安価で甘くて庶民的なリンゴである紅玉に寄せて)甘くて庶民的でみんなから愛されるようにという願いを込めて付けたものである。
 
花ちゃんは彼女が7月末に東京に出て来た時に彼女を呼んで
「君が現時点でレノンに負けているのは、歌の技術ではない。親しみやすさだ」
と通告し、毎朝鏡を見て笑顔を作る練習をしなさいと言った。
 
なお、川崎ゆりこは“桧山サニー”というのを提案したが、インパクトが弱いとして、コスモスが却下した。(江差町は檜山郡にある)
 

山鹿クロム・三陸セレンは「あんたたちいつも一緒にいるから一緒に出なさい」と言われて舞音のライブにセットで出演することになった。
 
「男物の服でも女物の服でも好きな方を着ていいから」
と言ったら、どうしよう?と言って悩んでいた!
 
なお、会場はアクアのみ小浜のミューズシアターで、それ以外は仙台の織姫である。バックダンサーは各地域の信濃町ガールズを動員予定である。(織姫は仙台空港にとても近いので使いやすいし、牽牛を予備に使える)
 
アクアをわざわざ平日にするのは、回線パンクに備えるためである。
 
またアクアがラストでないのは“万一”の場合に備えて“8月20日”より前にしておきたかったからである。また常滑舞音は、アルバム制作が8月16日くらいまでかかる可能性があったので、その後に日程を組んだ。
 

8月14日(土).
 
「昔話」シリーズの夏休みスペシャル第一弾『八岐大蛇(やまたのおろち)』が放送された。
 
主演・須佐之男命(すさのおのみこと)を七浜宇菜が男装で演じる。
 
物語は須佐之男命が天界で暴れて、怒った姉の天照大神(あまてらすおおみかみ:演アクア)が天岩戸(あまのいわと)に隠れてしまう所から始まる。
 
太陽神が隠れてしまったので世の中は真っ暗闇になる。
 
神々が話し合い、まずは岩戸の前で大宴会をして、天宇受売(あめのうずめ:演キャロル前田!)が岩戸の前で踊る。騒ぎを不審に思って岩戸の戸を開いた天照大神の手を天手力男(あめのたぢからお:演エレガント河田:元女子プロレスラー)がぐいっと引き、外に出して、しめなわを渡し「もうここから戻ってはいけません」と通告した。
 
しかしこれで太陽神が外に出て来て、世の中には光が戻った。
 

騒動の責任を問われて、須佐之男命は天界から追放になる。須佐之男命も反省し姉に謝罪してから地上に降りた。
 
そして歩いていると、川に箸が流れてくるのを見る。それで須佐之男命はこの上流に人が住んでいる所があると思って川の上流へと向かった。
 

須佐之男命が歩いて行くと、やがて村がある。そして一軒の家に中年の夫婦(演:佐竹宏信・南原夕子)と若い娘(羽田小牧!)がいて、3人とも泣いていた。
 
「お前たち何を泣いているのだ?」
と須佐之男命が尋ねますと、夫婦はこのような説明をした。
 
・自分たちには8人の娘が居た。
・しかし毎年八岐大蛇(やまたのおろち)がやってきて娘を1人ずつ食べてしまう。・そしてとうとうこの櫛稲田姫だけになってしまった。
・この子も今年は食べられてしまうのだろうか思うと悲しくて泣いている。
 
それで須佐之男命が“八岐大蛇”とはどのようなものかと尋ねると夫婦は説明した。
 
・ひとつの身体に8つの頭と8つの尻尾がある
・その長さは8つの谷と8つの山にわたる
・背中には多数の樹木が生えている
 

ここで須佐之男命は
「私は天照大神の弟である」
と身分を明かし、自分がその八岐大蛇を倒すから、娘を自分の嫁にくれと言った。
 
夫婦は驚いたが、娘を嫁にやることには同意した。そして、須佐之男命は夫婦に命じた。
 
「8つの門のある垣を作れ。そして門ごとに8つの桟敷を作り、各々の桟敷に樽を置いて強い酒で満たせ。それで八岐大蛇を待ち受ける」
 
それで夫婦は村人にも手伝ってもらい、1ヶ月がかりで8×8=64の桟敷を作り、そこに各々樽を置き、またこの桟敷を望む8つの門を持つ垣根を建設した。そして全ての樽になみなみとお酒を満たした。村の男たちが桟敷や垣根を作っている間に女たちがたくさんお酒を製造した。
 
撮影では、この桟敷・垣根は8m×8mの移動可能な台の上にミニチュアで作ったのだが。制作に8人がかりで8日間掛けた大がかりなものである(制作費が800万円かかっている:放送後公開した)。
 
(8分の1スケールを想定しているので8倍速で撮影すると実物大撮影っぼくなる)
 

やかて八岐大蛇がやってくる(CG)。八岐大蛇はお酒の匂いに誘われ、8つの門に首を突っ込み、各々の首が次々と8つの桟敷に置かれた樽の中の美酒を飲む。(8つの首が各々色と顔が違う)
 
それで酔っ払って大蛇は8つの首とも眠ってしまった。
 
すると、須佐之男命は刀身が1m以上ある剣(*4)を取り出し、眠ってしまった八岐大蛇の首を1つずつ切り落としていった。大蛇はしばらくもだえていたが、やがて動きが止まる。須佐之男命はこの大蛇を細かく切ってしまった。
 
須佐之男命が大蛇を切り刻んでいくと、1ヶ所で抵抗がある。調べてみると、大蛇の体内に1本の剣があった。これは美事な剣だったので、天照大神に献上することにした(*5)。
 
(*4)古事記には「十拳(とつか)の剣」と書かれている。“拳”というのは男性が手を握った時の幅で、須佐之男命はかなり体格が良いと思われるので、12cmくらいと考えると、1.2m ということになる。この刀は天羽々斬(あめのははきり)と呼ばれ、石上神宮(いそのかみ・じんぐう)に伝わることになる。
 
(*5)これが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)で、天皇家の“三種神器”(さんしゅのじんぎ/みくさのかむだから)のひとつである。別名は草薙剣(くさなぎのつるぎ)。この剣は、現在、名古屋の熱田神宮内に祭られている。なお、壇ノ浦の合戦で失われたのは、天皇の夜御座に置かれていたこの剣の分霊である(その後、伊勢の宝物庫にあった別の古剣が分霊として夜御座に置かれている)。
 

ドラマではこの天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)を須佐之男命(宇菜)が天照大神(アクア)に献上するシーンが10秒ほど流れてから、須佐之男命が“八重垣”の邸宅を建てて、そこに櫛稲田姫と一緒に住み、歌を詠む。
 
「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作る、その八重垣を」
 
日本最古の和歌とされるものである。幸せそうな須佐之男命(七浜宇菜)と櫛稲田姫(羽田小牧)の2ショットで物語は閉じられる。
 

しかしこのドラマは七浜宇菜演じる須佐之男命があまりにも格好良すぎるとして、大きく評価された。宇菜は元々女性ファンが多いが、その女性ファンたちが物凄く騒いでいたし、男性の視聴者にもかなり魅力的に感じられたようである。
 
一方で羽田小牧ちゃんの櫛稲田姫は物凄く可愛かった。彼は身長でも宇菜より低いので、2人の組合せがとてもよく似合っていた・
 
「女の子役なんて恥ずかしい」
と彼は言っていたらしいが、ここまで可愛くなるのを見せてしまうと、きっと彼には女の子役のオファーが殺到する。アクアは小牧ちゃんが“道を誤らない”ことを祈った。
 
しかし、このドラマは、天照大神がアクアで、天宇受売がキャロル前田で、天手力男はエレガント河田だし、全体的に性別がおかしいという意見もあった。キャロル前田はサンパの衣装のような露出の多い服で、ゴールデンタイムで許されるギリギリレベルまで“お肌”を見せていたが、バストも大きく、完璧に女性化しているのが視聴者にも分かった。何よりも色気が凄かった。
 
(「不覚にも立った」という男性視聴者の声多数)
 
しかし彼は一応男性タレントということになっているので、BPOから文句を言われる心配は無い!などと鳥山プロデューサーは言っていたようである。(それもあり普通の女優さんではなく、男の娘?を使ったようだ)
 
でも多くの視聴者は彼を普通の女優さんと思ったようである。
 
彼はかなりハイレグの衣装を着けていて、“そこ”に何かがあるようには見えなかったので、彼のことを知っている人たちも「取っちゃった?」と思ったようだが、本人は
 
「ボクはまだアクアちゃんみたいに性転換手術までは受けてないよ」
などと言っていた!
 

8月16日(月)には小浜のミューズシアターから、アクアのサマー・ライブが、ネットライブ形式で行われた。いつものように、大量のモニター・書き割り・スピーカーで3万人のリモート観客とつながった状態でのライブである。
 
前回リハーサル役をした水森ビーナが、常滑真音の音源制作でこの時期まで掛かる可能性があったので、今回のライブでは、リハーサル役に信濃町ガールズに加入したばかりの四宮七菜が起用された。これは彼女の身長(159cm)がアクアに近いのと、彼女ならアクアの声域がほぼ出るからである(上の方が3度ほど出ない)。
 
アクアの声域がほぼ出るのは今年の新人では、彼女とレノン・リンゴもいるが、リンゴは身長164cmで身長が違いすぎて使えないし、レノンは160cmでまだ近いが、「ドレス着て」と言われて逃げた!(普通の男子の反応)
 
それで四宮七菜に回ってきたのである。四宮七菜はアクアの代役と聞いて、物凄く張り切っていた。彼女もアクアの歌の振付は全部覚えていたので。スムースにリハーサルをおこなうことができた。彼女も2万人入るミューズシアターのステージに立って
「こんな所で歌うのは物凄く興奮する」
などと言っていた。
 

そして当日のライブ。ビーナの時間が取れたので、彼に司会をさせた。ビーナは女物の浴衣姿(帯の背中にうちわを刺している)で司会をした。彼は本当に度胸が据わっているので、滞りなく司会を務めた。ちなみにアクアは彼のことを
「高崎ひろかちゃん・松梨詩恩ちゃんの妹さんなんですよ」
と紹介した!
 
アクアは前半は5月のライブと同様、可愛い白のドレス姿で出て来て、冒頭『綺羅星の如く』を歌った後、北里ナナ名義の歌を中心に歌った。
 
ゲストコーナーで恋珠ルビーが『シンドルバッド』の主題歌を含む3曲をビーナのキーボード伴奏で歌った後、後半のアクアはいつものようにメンズスーツで登場して、アクア名義の歌を歌った。
 
今回はダブルボイスの中の『男の子女の子』を1人男女デュエットで歌うという“離れ業”もやってみせて「すげー!」と称賛されていた。
 
司会のビーナが
「アクアちゃんって本当に凄いですね。男声と女声でハモる所もあると素晴らしかったのですが」
などと言うのでアクアが
 
「それは口が2つ無いと無理」
と答えて、ネットで繋がっている観客からも笑い声が出ていた。
 

今回のアクアライブでは、(リンゴ・レノンを含む)新入団の信濃町ガールズをA318で小浜に連れて行き、バックダンサーをさせた(両端に風谷リンゴと池田芽衣を置き、他の子は2人の踊りを見て真似して踊れるようにした)。
 
しかし間近でアクアの生歌唱を聴いたメンバーたちは
 
「アクアさん本当に凄い!」
と感嘆したようである。
 
ダンサーのリーダーとして左端で踊ったリンゴも
「あの歌唱を生でこんな間近で見て、私は自分の鼻をへし折られました」
と言っていた。
 
彼女にとっては本当にいい勉強になったようである。
 
なお、バックダンサーのユニフォームは、白地に水色のアクアマークの入ったタンクトップ(下着が透けない加工がされている)に女子メンバーはアクア色のスカートだが、男子メンバーは同じデザインのショートパンツ・キュロット・スカートの三種を渡され、どれを穿いてもいいよ、とゆりこが言っておいたら、鈴木春南はかなり迷った末にキュロットを穿いてパフォーマンスをした(実際にはほぼスカートに見える)。
 
でも池田芽衣から
「春南ちゃん、普通のスカートでもよかったのに」
と言われていた。
 
もうひとりの男子メンバー礼音はショートパンツを穿いたが、芽衣は
「礼音ちゃんもスカート似合いそうなのに」
と言っていた。
 
「ハマりそうで恐いからやめといた」
などと礼音は言っていた。
 

8月16日(月).
 
青葉は矢鳴春花さんに送ってもらい、Jヴィレッジに行った。自分で運転していこうかとも思ったのだが、帰りがどうなるか分からないので、車を現地に置かないことにしたのである。
 
男女あわせて60-70人の人が集まっていた。
 
石崎部長から聞いていた人数よりかなり多い。
 
だいたい20代の人が多いようである。それで結局何の“オーディション”なのだろうと思いながら待っていたら25-26歳の女性に声を掛けられる。
 
「あのぉ、もしかして水泳の800m,1500mで金メダルを取った川上選手?」
「はいそうですが」
 
するといきなり
「もう負けた〜!」
と彼女は言って頭を抱えた。
 
一体何?何?
 
「オリンピックのゴールドメダリストも参加するのでは他の人はチャンスが無いな」
「いや、そのくらいの身体能力が求められるのだと思うよ」
 
などと会話を交わしている人もある。
 
何なの?私、何をさせられようとしてるの?
 
「川上さん、どこかの放送局と契約してるの?」
「私、石川県の〒〒テレビのアナウンサーです。オリンピック準備のため3月から休職していましたけど」
「へー」
「一応今回のオーディションの後、復帰するつもりです」
「ああ。復帰は2023年5月になるな」
 
へ!?
 

この日は最初に尿を取り、身長・体重・血圧・視力・聴力が測定された後で、採血もされた。どうも最初に健康チェックするようである。更にレントゲンに心電図・内科検診、そして歯科検診!があった。青葉は全部「OKです」と言われたが、この健康チェックで15人「帰っていいですよ」と言われたらしい(歯科検診で半分落ちたらしい)。
 
その後、英語のペーパーテストがあった。ペーパーテストが終わってから、英語の口頭試問もあったが、簡単な会話だったので、青葉は普通に応じた。その後、数学のテスト、物理のテストもあった。数学は多項式同士の足し算・掛け算、ベクトルの足し算に行列の掛け算ができれば問題無いレベル、1つだけ二次方程式の解の公式を使う問題があった。物理のテストは運動の法則と重力加速度を理解していれば解ける問題だったので楽勝だった。
 
これらの試験が終わった後、大型バス2台(1台には20人しか乗せない)で移動して、1時間半ほど掛けて伊達市の梁川プールに来た(Jヴィレッジには25mx4のプールしかない)。
 
ここまで来たのは38名という話だった。つまり英語・数学・物理の試験で20人近く落とされたことになる。
 
このプールを貸し切りにしているようであったが、ここで1500mを泳いで下さいと言われた。
 
ここは50m×8レーンのプールなので8人ずつ5回に分けて泳ぐ。
 
青葉は先頭の組で泳いだが、2位以下に大差を付けてゴールである。というか青葉がゴールした時、他の人はまだ5〜7往復程度しかしていなかった。
 
時間が掛かるので、2組目まで終わった所で1〜2組で1500m泳いだ12人がJヴィレッジにバスで帰った(4人はリタイアでそのまま帰郷!)。
 
それで後の方は見ていないのだが、後の方の組ではリタイアする人が続出したらしい。
 
ただし500m以上泳いでリタイアした人は一応OKになったらしい。途中でリタイアした人は、1000mの記録を2倍あるいは500mの記録を6倍したものとすると説明された。
 

この日、“青葉は”Jヴィレッジに泊まったのだが、この日宿泊したのは水泳でリタイアしなかった人、18人だけだった。500m泳げなかった人はそのままお帰りになっている。既に最初の参加者の4分の1になっている。
 
(水泳が重視されたのは、泳げないと“無重力訓練”ができないからだったことを後で知ることになる。歯科検診があったのは、虫歯があると気圧の変動に耐えられないからである:軽度なら治療してもらえばOK)
 
翌日8月17日は自転車40km ランニング10kmをしてもらいますと言われた。それで昨日の水泳1500mの成績の時間差を付けて出発する。青葉はプロテクターとヘルメットを付けて先頭で出発した。2位の人は25分だったらしいので、青葉の10分後に出発する。
 
真夏にしっかりプロテクターにヘルメットまで付けていると暑いなと思ったが、安全のためにはやむを得ない。途中の給水場では、毎回しっかり水分補給しておいた。
 
結局後方に誰の影も見ないまま(競泳選手の脚力は大きい)、終点でヘルメットとプロテクターを外し、ランニングになる。青葉はサングラスだけ付けると走り始めた。
 
10kmくらいなら一気に走れるので、そのままひたすら独走してゴールに入った。ゴールで水分補給しながら休んでいたら、2位の男性は青葉の15分後にゴールした。自転車かランニングでも更に差が開いたようであった。3位の女性は更にその10分後であった。青葉は彼女に見覚えがあったので声を掛けた。
 
「卓球の白浜選手?」
「はい、そうです。川上さん、どのくらい待ってました?」
「25分くらいかな」
「さすがぁ!それがオリンピックでメダル取る人と代表にもなれない人の差か!」
などと彼女は言っていた。
 
でもトライアスロンって結構きついなと青葉は思った。
 
なお、2位で入った男性は青葉は知らなかったが、横川さんといって、バレーボールで日本代表チームに入っていたこともある人だったらしい。どうも今回のオーディション?は、日本代表クラスの身体能力のある人で上位は占められたっぽい。
 

結局この3人が“合格”と言われる。
 
それで青葉が
「すみません。これ何のオーディションだったんでしょう?」
と尋ねると
「川上さん、まさか何のオーディションか聞いてなかったとか?」
と白浜さんから言われる。
 
「はい、とにかくここに行ってくれと言われたので」
 
「それでトップ合格するのが凄いよなあ」
と横川さんが言っている。
 
「これは日食観測取材のオーディション」
と見たことのある人。この人は確か・・・陸上競技の選手だった気がする。陸上選手が3位以内に入れなかったのか。水泳で遅れたのかな?
 
しかし日食!?
 
「どうして日食にこんな体力テストがあるんですか?」
「なんか特殊な観測用飛行機を使うらしいのよね」
「その飛行機では加速度が8Gくらい掛かるらしいよ。だから身体能力が無いと耐えられない」
「すみません。それロケット打ち上げの時にかかる重力より大きい気がします」
 
たしかスペースシャトルの打ち上げ時に掛かる重力が3Gくらいだったと思った。
 
「うん。ロケットより凄い」
「戦闘機がドッグファイトする時にパイロットに掛かる重力でも5Gくらいらしいよ」
「それより大きい訳か」
「だから強い身体能力のある人を求める」
 
(ロケットの打ち上げでもトラブルなどがあると8Gくらい掛かることがあるので、宇宙飛行士は8Gに10分ほど耐えられるように訓練する)
 
「でも川上さん話聞いてなかったの?」
「何にも聞いてません」
 
「事前に話すと逃げられるかもと思って話さなかったんだったりして」
「あはは」
 
私耐えられるかしら?
 
「宇宙飛行士レベルの体力を要求されるから、身体能力の高い人を3人選抜して1年間 NASAのジョンソン宇宙センターで訓練するという話だった」
 
「うっそー!?」
 
私、アメリカに1年間行ってこないといけないの?
 
「だけど、川上さん、水泳はどうするの?来年福岡の世界水泳とか3年後のパリ五輪とか」
「私、東京オリンピックで引退しますよ。もう退部届も出しました」
 
「それは世間が許さないと思う」
「うん。金メダル2個取って、日本記録2つも持ってて、まだ若いのに引退とか、日本がというか世界が許さん」
 
「むしろこんなタイミングで引退したら絶対ドービング疑われる」
「そんな不正はしませんよー。私死にたくないし」
「だったら、まだ現役続けるべきだと思う」
 
「川上さんが現役生活を続けるので辞退するとかだったら4位の僕が繰り上げになるけどな」
と言っているのは、確かこの人、テニス選手だったと思った(後で水崎さんという人と知る)。
 
確かに私が現役続けますと言ったら、この話は辞退できるかも知れない。でもそしたら、少なくとも来年の世界水泳までは現役を続けなければならない。
 
前門の虎・後門の獅子とか言ったっけ?(なんか少し違う気がする)
 
 
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【東風】(3)