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■新生・触(4)

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8月28日(火)。東京の淳から電話があり、裁判所から性別の取り扱い変更認可の書類が届いたということだった。手術の翌日東京に戻った淳が前もって準備していた申請書を提出してくれて、その結果が届いたのであった。
 
「おめでとう和実」
「ありがとう、淳。これで私たち結婚できるね」
「そ、そうだね。えっと・・・いつ頃結婚しようか」と淳は焦った感じで言う。
「学校を出てからかなあ。でも籍だけ先に入れちゃう手もあるよね」
「そうだね」
「まあ、私たち既に実質結婚している気もするんだけどね」
「確かにそれはそうなんだけど」
 
その件は取り敢えず和実の体調がもう少し回復してからまた話し合うことにする。
 
青葉たちに話したら、桃香が「おお、それはお祝いしなくては」などと言って、その日の晩御飯は散らし寿司になった。作ったのは和実だが!
 
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「へー。これで和実ちゃんは法的にも女の人になったのね」
とFAXで送ってもらった裁判所からの手紙を見ながら朋子が言う。
 
「戸籍や住民票が切り替わるには半月くらい掛かるらしいです。ですから東京に戻ってから、国民健康保険とか、国民年金とか、運転免許とか、大学の学籍簿の変更とかやります」
「あれ?運転免許には性別欄無いよね」と桃香。
「ええ。でも警察の内部の書類を書き換えてもらわないといけないから」
「ああ、なるほど」
 
「千里ちゃんはまだこの審査結果出てないの?」と朋子。
「あ、まだ申請してないです。千葉に戻ってからしようかと思ってた」と千里。
「でも早めにやっておけば、新学期から女子学生として通えるんじゃないの?」
「確かにそうだ! 申請書出そう」と桃香。
「私はまだ千葉との往復しきれない」
「私が行ってくるよ」
 
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というので桃香は翌日日帰りで千葉まで往復して裁判所から用紙をもらってきた。
 
「話が面倒だから、私が当事者のような顔して説明も聞いてきた」
「えっと・・・いいのかなあ」
「ついでにいくつか質問されたのも適当に答えといた」
「それ絶対まずいって!」
「私はオカマですと言ったら、たいていみんな信じてくれる」
「うーん・・・」
 
朋子が笑っていた。
 
「だいたい私は女子トイレ使ってて、あんた男じゃないの?と言われたことがある」
「あはは」
「千里はむしろ男子トイレ使ってて、女は女子トイレ使えとか言われなかったか?」
「何度も言われた」
「和実なんかもそうじゃないか?」
「ああ、私あまり男子トイレ使ってなかったから」
「青葉と似たタイプだな。それは」
「高校時代、結構学生服のまま学校の女子トイレ使ってたし」
「ああ、それも青葉と同じだな」
 
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それで桃香が持って来た書類に千里が記入する。海外での手術なので国内での医療機関の診断書が必要であるため、松井先生の病院まで行き、診断書を書いてもらってから、また桃香が千葉まで日帰り往復して書類を提出した。
 
順調に行けば1ヶ月で認可が下りるので、おそらく新学期(10月)までには性別の変更が完了するであろう。
 

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この時期この家の中で暮らしていたのは、朋子・青葉、桃香・千里、和実の5人であるが、忙しすぎる青葉、体調の回復が遅れていた千里、に代わって、和実がいちばん家事をしていた。特に晩御飯は、買物も含めて和実がするようになったので朋子が「なんか晩御飯が充実した!」と喜んでいた。ちなみにいちばん元気な筈の桃香は、御飯を作る気は全く無い。
 
この富山県滞在中、和実はさすがに石巻の姉から着付けの手伝いに呼び出されることは無かったものの、エヴォンの店長とはけっこう電話でやりとりをしていた。
 
そんな中で和実がいちばん驚いたのが、自分が銀座店に転出した後の本店チーフの問題であった。
 
和実が性転換手術以降店を休んでいるので、本店はサブチーフの麻衣を中心に動いていた。それをベテランのメイド若葉や瑞恵がサポートしていたし新宿店チーフの悠子も時々本店に顔を出して、色々相談に乗ってあげたりしていたようであった。そして9月15日に銀座店オープンに伴って和実がそちらのチーフとして転出すると、麻衣が後任の本店チーフになるということで、だいたい合意が成立していたのであるが・・・・
 
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「いや本店チーフなんだけどね。麻衣が9月14日で退職することになった」
「え?」
「今辞めると、和実ちゃんも不在で本店が大変だからということで、和実ちゃんが戻ってくるまでは本店のサブチーフ、実質チーフ代行として仕事してもらうけど、新体制になるタイミングで退職すると」
「転職でもするんですか?」
 
麻衣は和実より3つ年上で今年24歳になる。学生時代に始めたメイドをついつい卒業後も続けていたが(なかなか就職先が見つからなかったのもあったらしい。メイドの前はイベントコンパニオンなどをしていたという)、もしふつうの会社などに勤めようとしたら年齢的には今年あたりが限界だろう。20代後半の女性で実務経験が無いと、なかなか仕事が無い(30代になるとまたパート需要がある)。
 
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「いや・・・それが」
と何だか永井の歯切れが悪い。
「どうかしました?」
「うん。実は結婚するんだよ」
 
「おお!それは目出度い! あれ、でも麻衣が男の人と付き合ってるなんて全然気付かなかったなあ。特にデートでそわそわとかみたいなのも無かったし。相手はどういう人なんですか?」
 
「うん。それがね。。。。」
「はい? 麻衣のファンの誰かととか?」
 
個々のメイドには結構個人的なファンが付いている。和実にも和実の性別を承知の上で、かなりのファンがいる。
 
「僕なんだ」
「へ?」
「ああ、そのぉ。年末に僕と麻衣は結婚式を挙げようと思ってて」
「うっそー! 一体いつの間にそんなことに。ああ。それに店長、自分は商品には手を付けないって言ってたのに」
「うん。ポリシーには反するんだけどね。好きになっちゃったものは仕方無いかなと」
「いや、祝福しますよ」
「ありがとう」
 
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そこから先はひたすら永井がおのろけを言い、和実も、もっと言えもっと言えという感じで囃し立てた。永井は今年32歳だから麻衣とは年の差8つということになる。永井からすると半分娘みたいなもので、可愛くてたまらないという感じのようだ。
 

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「まあ、そういう訳で本店のチーフは若葉ちゃんに継いでもらうことにした」
「おお、何だか△△△学閥で占められちゃいますね」
「あはは、結果的にはそうなるかな」
 
永井、盛岡ショコラの店長である神田、京都マベルの店長である高畑はみんな△△△大学の出身で、和実自身と若葉も△△△大学に在学中である。
 
「そういえば若葉ちゃんって結構いい所のお嬢様なんだってね。僕も知らなかった」
 
「ええ。自分の家のことあまり話しませんし、持ち物とかも質素だから気付かないですよね。何度か彼女の家に行きましたけど、とっても素敵なお家ですよ」
 
「へー。それが何でメイドのバイトなんかしてるのかね。お金には困ってないだろうに」
「男性恐怖症克服のためらしいです」
「ほほお」
「でも全然治らないらしい」
「ああ」
 
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「合コンで何となくペアになった男の子とホテルに行ってはみたけど、いざ彼のおちんちん見たら怖くなって逃げ出して来たなんて言ってました」
「かなり重症っぽいな」
 
「女の子の恋人は作ったことあるらしいですけど、男の子はダメだって話です」
「しかしまあ男性との接触に慣れるのにはうちは割といいかもね」
「です。適度の距離感がありますから。いかがわしいことはされないし」
「うんうん」
 

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震災前、和実は数百万の貯金があった。高校時代メイド喫茶に勤めていてそのお給料はほとんど使っていなかったし、大学に入ってからも質素な生活をしていたのでどんどんお金が貯まった。しかしそのお金を震災後1年でほとんど使いきってしまった。
 
被災地支援のボランティア活動で買出しの資金やガソリン代などは色々な人から寄せられた寄付を当てていたが、その買出ししてくれる人やドライバーをしてくれる人のお弁当代・お茶代などは和実とエヴォンの店長が折半して自腹で出していた。他にも通信費とか管理用サイトの維持費とか結構細かい経費が掛かった分もこのふたりで出していた。また特に初期の頃は買出し自体を結構自腹でしていた。また寄付の金額はどうしても変動があるので、被災地から「こういうのが欲しい」と言われていた時に資金が足りない場合、追加でお金を出したこともある。
 
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そういうボランティア活動以外でも、自分の実家の修繕費を出したり、姉の美容室の設立資金を出したりもした。現地の自助グループなどに資金援助したこともあった。それで震災から1年経った頃には手許には120万ほどしか残っていなかった。ちょうど自分が受ける性転換手術代ジャストくらいだなと思っていたのだが、お金を使い切ると何かあった時にまずいよと言われ、手術代は淳が出してくれた。そしてそのまさに「何か」が起きてしまった。
 
「いやもうびっくりした」
と母は興奮冷めやらぬ感じで電話口で話していた。
「消防車も来て大騒ぎだったんだよ。幸い消防屋さんのお世話になる前に父ちゃんが消火器で消し止めたんだけどね」
「良かった、良かった」
 
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盛岡の実家でボヤ騒ぎが起きたのであった。消防局の人が調べた所原因は漏電で、早急に配線設備を更新した方がいいと言われた。この家は築後50年ほど経っている。更には震災で痛んだ分もあったであろう。それで電気工事店に取り敢えず漏電箇所の調査を依頼した所、壁の中に埋め込まれた配線などがあり、調査のために家屋を一部解体したりする騒ぎになり、凄まじく調査費用が掛かったということであった(漏電は概して調査費用が大きく、実際の工事費用自体はそれほどでもない)。更に今回の事故で冷蔵庫・洗濯機・テレビなど多数の家電品が故障してしまっていた。
 
「どうしよう? 調査の代金も払えないよ」
などと母が泣きついて来たので
「お母ちゃん、それ私が払うよ」
ということで、調査費・工事費、それに冷蔵庫・洗濯機・テレビなどの買換え代金で60万送金した。
 
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更に姉の方から、美容室の運営会社の資本を増強したいので追加出資を打診されているのだけどと言ってきた。最初はほんとに再開して客が来てくれるか不安があったので資本金500万円で始めたものの順調なので資本金を1000万に増強して財務体質を改善したいということだった。
 
「それでさ、設立の時に和実に立て替えてもらって50万出資してたから、もし良かったら50万更に出資しないかと言われて」
「ああ、いいんじゃない。出資してあげたら?」
「私、お金無いもん」
「えっと・・・・」
 
ということで姉に50万送金してあげた。それで完全にお金が無くなってしまった!
 
そこで銀座店オープンを前にして東京に戻る時、和実は青葉に打診した。
 
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「ごめーん。ちゃんとヒーリング代金の分は確保していたつもりが急な出費が相次いでしまって。しばらく貸しておいてくれない? 年末までには払うから」
と言って、取り敢えずの内金で20万青葉に渡した。(これも淳から借りた)
 
すると青葉は
「和実さ、震災の復興のためにたくさんお金使ってしまったんでしょ? だから私も震災復興の側面支援ということで、今回のヒーリング代金は10万でいいよ」
と言って、20万円のうち半分返してくれた。
 
「そもそも私はお金持ちからはたくさん取って、お金の無い人からは少ししか取らない主義だから。和実の経済力が回復したら、もっと料金取るよ」
「了解。頑張って経済力と体力と回復させるよ」
「うん」
 
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青葉は取り敢えず今年いっぱいは週に2回くらいリモートでヒーリングしてくれることになった。その間の料金も月1万にしてもらった。1年前の和実の経済力なら青葉は1回5000円くらい取っていた所だろう。
 
 
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