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■新生・触(3)

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和実は8月1日に退院した。その日は病院で青葉がヒーリングしてくれた後、青葉の母が和実と胡桃を小松空港まで送ってくれたので、よくよく御礼を言って別れた。1週間分のヒーリング代金+小松空港までのガソリン代として10万円入りの封筒をお母さんに渡した。青葉が「後でまとめてでいいよ」
などと言って受け取ってくれなかったためである。しかし
青葉の母は封筒の中身を見て
 
「これたぶん多すぎる」
と言って、7万返してくれた。
「ガソリン代はお互い様だから気にしなくていいし。これでも取り過ぎかも知れないけど、また後で調整ね」
「はい」
 
小松空港から仙台行きに搭乗する。和実はしばらく石巻の姉の所で静養することにしていた。東京に戻っても淳が今システムの作り込みや打ち合わせで多忙なので、帰りも遅くなったり徹夜になったりで、あまり和実の面倒を見てあげられない。それで姉のアパートに同居することにしたのである。
 
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「お姉ちゃん、彼氏を連れ込む時は私、車で外に出てるからね」
「連れ込むような彼氏が居ないよぉ」
 

石巻にいる間も、青葉はこちらと「ライン」で繋いだ状態でリモートヒーリングをしてくれた。このリモートヒーリングというのは実は電話も何も掛けない状態でも出来るらしいのだが、やはり通話ができる状態にしてやった方がラポールが安定して、しっかりできるらしい。
 
和実はここでゆっくりと身体を休めて体力回復させるつもりだったのだが・・・必ずしも休ませてもらえなかった。
 
昼間横になって本など読んでいると、姉から電話が掛かってくる。
 
「和実〜、着付けのお客様がいるの。今誰も手が空かないからヘルプ〜」
「はいはい」
 
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ということで美容室まで出て行き、女性のお客様の和服の着付けをする。和実は大学1年の時に友人に誘われて教室に通ってしっかり習ったので、普通の付下げや浴衣はもちろん訪問着や礼服、更には振袖などでもきちんと着付けすることができたし(美容師の資格を持ってないので業務としてはできないが)婚礼衣装でも着付けすることができた。
 
着付け以外でも
「ごめーん。今日物凄く忙しくて。お弁当を8個買って届けてくれない?」
などと雑用を頼まれることもあった。美容室はかなり流行っている感じだ。春に新しい名前で美容室を再開した時は美容師さん4人だったのが現在助手を含めて7人になっているが、まだ手が足りないということで募集を出しているらしい。
 
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「和実、いっそ美容師の資格取らない? 震災のボランティア終わったから少し時間取れないかな。夜間、美容師学校に通えば2年で国家試験受けられるよ」
「うーん。悩んでしまうなあ」
「だって和実性別変えちゃったから、ふつうの会社じゃ採用してくれないでしょ?美容師は腕さえあれば性別問題は誰も気にしないよ」
「ハッキリ言ってくれるね」
 
確かにこの時期、和実は大学を出た後の就職について結構悩んでいた。
 

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昼間休んでいる時に電話してくるのは姉だけではなかった。
 
エヴォンの店長の永井もしばしば電話してきて、けっこう長時間話していた。
 
「銀座店だけどさ。やはり文化の町・神田、遊びの町・新宿と違って、おしゃれな町ってイメージあるじゃん。だから銀座店はメニューの値段も少し高くして、高級感を演出しようと思ってね」
 
「高くって幾らくらいですか?コーヒー600円とか?」
「まさか。そんなに取らないよ。本日のコーヒー480円、オムレツセット900円かな。コーヒーはジャマイカ系。オムレツセットにはサラダも付ける」
 
本店は本日のコーヒー380円、オムレツセット700円、新宿店はコーヒー400円、オムレツセット750、コーヒーはどちらもサントス系がメインである。
 
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「ささやかですね。まあ、そのくらいの価格差は良いのでは。調度とかはどんな感じにするんですか?」
 
「神田店は英国のヴィクトリア朝風のインテリア(これは盛岡のショコラと同系統)、新宿店はルイ王朝風(これは京都のマベルと同系統)にまとめたんだけど、銀座店はもう少しモダンな雰囲気の現代英国王室っぽい調度にする」
 
「へー」
「メイドの制服も少し系統を変えたのを、古い友人のデザイナーと今煮詰めているところでね」
「わあ、それはちょっと楽しみかも。でも各店を回る上級メイドは制服が2つ必要になるんですね」
「そうそう。神田店・新宿店用と、銀座店用ね」
「なるほど」
「メイドの個人的なファンは両方見に来るよ」
「ああ、なんかあくどい商売だ」
 
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「ふふふ。あと、ひとつ目玉として生の音楽を流そうかと思ってる」
「生の音楽ってバンドとかですか?」
「まさか! 王侯貴族だよ。バンドじゃなくてアンサンブルだね。弦楽四重奏とか、ピアノとフルートのアンサンブルとか」
「凄い。あれ? でも生演奏すると風営法に引っかかるのでは?」
 
「深夜はNG。でも、深夜になる前ならいい」
「深夜って?」
「午前0時から、日出まで。でもそもそもうちは12時までしか営業しない」
「確かに!」
 
「臨時で午前0時を過ぎる時刻まで店を開けておく場合も、0時過ぎは演奏はしないようにして、ステージにはロープ張っておけばいいんだよ」
「なるほどー」
 
「後、客が音楽に合わせて歌を歌ったりしていても、それを褒めたり拍手したりしたらダメ。褒めたら接待になるから」
「微妙な話ですね」
「うん。上手な客がいたら褒めたくなるかも知れないけど、そこはスタッフに徹底させる」
 
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エヴォンにしても、盛岡のショコラ・京都のマベルにしても、風俗営業ではなく(酒類を提供しない)飲食店営業なので「接待行為」が発生しないようにかなり気をつけている。生演奏については、客とデュエットしたりすると接待行為になるが、単純に演奏をするだけなら「遊興させる行為」になる。この場合、風営法によって(風俗営業ではない)飲食店の深夜遊興行為が制限されているのである。ちなみに有線放送の音楽を流すだけなら、何の制限も無い。
 
「あ、生演奏したらJASRACにお金払わなくちゃ」
「うん。そちらはもう契約したよ」
「偉いですね。どのくらい払うんですか?」
「包括契約にした方が楽ですよと言われたけど、僕はJASRACの包括契約というのは廃止すべきだと思っているから1曲単位できちんと払う方式にした」
 
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「えらーい!」
「だから、ちゃんと何を演奏したかを報告するよ。だっておかしいじゃん。包括契約では誰の曲を演奏したか報告しないから、ちゃんと演奏した曲の作者にお金が行かないもん」
「ですよね〜」
「その報告は君がやることになるから、よろしく」
「ウィ、ムッシュー!」
 
「ちなみに料金は、うちは客単価が安いから1曲120円だよ」
「なるほど。でもその120円を回収するのもけっこう大変そう。30分で8曲くらい弾いたら1000円でしょ。お客さん2人くらい増えないとペイしない」
「ふっふっふっ」
「ん?」
 
「クラシックの曲はほとんどが著作権切れ」
「あ! うまーい!! だから弦楽四重奏とかなんですね」
「そういう訳でもないけどね。それに演奏者へのギャラを払うから、やはりある程度の集客ができないときついよ」
 
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「確かにそちらの方が著作権使用料より高いですね。オープンしたての頃は生演奏もあって雰囲気良かったのに最近はCDばかりなんて言われないように頑張りましょう」
「うん。頑張ろう」
 

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8月19日(日)。和実は石巻の姉のアパートを出て、富山の青葉の家に移動した。しばらく青葉の家に居候させてもらって、ヒーリングを受けることにしたのである。9月中旬には銀座店のオープンが待っている。それまでにできるだけ体調を回復させておきたかったし、また今までのようにリモートヒーリングをしてもらうと、リモートでやる分青葉の負荷が大きくなっていた。青葉の負荷を減らすことと、和実の体調回復の後押しという双方の利害が一致してしばらく青葉の家にお邪魔させてもらうことにしたのであった。この状態に早く移行したかったのだが、青葉が18日にコーラス部の全国大会に出場するため、それまではあまり時間が取れないということで、待っていたのである。
 
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「全国大会3位おめでとう!」
「ありがとう。まあ結局私は本番ではソロを歌わなかったんだけどね。2年生の子に歌ってもらった」
「へー。やはりまだ体調が万全じゃなかったの? 御免ね。そんな状態で私のこと頼んで」
「ああ。でも大会だってので仕事完全オフ状態でホテルでひたすら寝てたからお陰で体調が物凄く回復した感じなんだけどね」
「昨夜の青葉のパワー、凄まじかったもん」
「うふふ」
「それで完全に体調回復したら、どんなパワーが出るのか恐ろしいくらい」
「うん。そのあたりは春に高野山の山奥にいる師匠の所に行った時も言われたんだけどね」
「へー。あの霞を食って生きてるって人?」
「うん。私も一週間霞を食べて生活したよ」
「凄いなあ」
 
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この時期、青葉の家には青葉の姉、桃香と千里が居て、やはり同時期に性転換手術を受けた千里のヒーリングを青葉は毎日していた。また、23日になると、アメリカで性転換手術を受けたアイドル歌手の牧元春奈も市内の知人の家にやってきて、こちらは毎日夕方に青葉が先方に出向いてヒーリングをしていた。この夏はとにかく青葉本人に和実、千里、春奈と性転換ラッシュだったのである。青葉は自分自身を含めて4人のヒーリングを一手に引き受け、随分と痛みを和らげ、傷の回復を促進してあげていたのである。
 
「ところで、桃香さんと千里さんって、青葉とどういう関係になるの? 何となく今まで聞きそびれていて」
「どちらもお姉ちゃんだよ」
「そのあたりを詳しく」
 
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「お母ちゃん(朋子)の実の娘が桃香姉ちゃんだよ。桃香姉ちゃんと千里姉ちゃんはレスビアンの関係で同棲している。それで震災の直後にボランティアに来ていて、家族を全部無くして途方に暮れていた私を保護してくれた」
「ああ」
「で、最初ふたりが私の後見人になってあげると言ってたんだけど、桃香姉ちゃんのお母ちゃんが、まだ学生のふたりでは中学生を育てきれないでしょと言って、自分が私の後見人になってくれて。だから桃香姉ちゃんと千里姉ちゃんは親代わりじゃなくて姉代わりということになったの」
「なるほど、やっと分かった」
 
「でも私という存在が、桃香姉ちゃんにも千里姉ちゃんにも都合がいいみたい」
「ふみ」
「どちらも私のお姉ちゃんだから、私という存在を通してふたりは姉妹、つまり親族なんだよね」
「ああ」
「うちのお母ちゃんからしても、千里姉ちゃんは桃香姉ちゃんの伴侶という意味で義理の娘でもあるけど、法的な被後見人で養女に準じる存在である私の姉代わりという意味でもやはり娘なんだよ。だからこの家族で私はみんなを結びつける要(かなめ)になってるんだよね」
「なるほど」
 
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「桃香姉ちゃんは千里姉ちゃんと事実上夫婦のつもりでいるけど、千里姉ちゃんはそれを否定はしないけど、自分ではあくまで友だちと主張する」
「でも夜は一緒に寝てるんだよね?」
「そうそう。だから千里姉ちゃんは桃香姉ちゃんの愛を受け入れてはいるし、結構セックスもしてたみたいだけど、元々千里姉ちゃんの恋愛対象はあくまで男の人だから」
「ああ、なんか凄く微妙な関係なんだ」
「うん。桃香姉ちゃんも千里姉ちゃんが男の人と結婚しようとしたら阻止するなんて言ってるけど、実際に恋人ができたら身を引くと思うなあ」
「忍ぶ愛なんだね」
 
「うん。もし身を引いたとしても、私という存在を通してふたりが親族であるのは変わらないから」
「青葉って、桃香さんと千里さんの関係の保険でもあるんだ!」
「うん。そういう意味で私って結構役に立ってるよね」
「立ってる立ってる」
 
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