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飛鳥時代から平安時代頃までの貴族というのは、だいたい早朝出仕してお昼前くらいに執務を終えるのが一般的で、勤務時間は5〜6時間だったようですが、それはあくまで一般的な多くの貴族の場合であり、忙しい人は忙しいのが、どこの世界でも、いつの時代でも常です。涼道(実は橘姫)は侍従(現代でいえば内閣官房のようなものか?)に任じられたこと、それに天皇や東宮から期待されていることもあって仕事が多く、夕方近く、時には夜遅くまで仕事をしていました。おかげで、花子(実は桜君)が「橘と話ができなくて寂しい」と漏らすほどだったのですが、同僚からも
「涼道君、大丈夫?」
と心配されるほどでした。
「平気、平気。僕は丈夫なのが取り柄」
と笑顔で返事する涼道でしたが、彼(実は彼女)は多忙に仕事をしている中、毎月1度、3日くらい休むのを常にしていました。
さすがにあれほど仕事してたら、そのくらいは休まないと身体がもたないのだろうと同僚たちからは思われていたようですが、実際は生理でした!
「月のものって面倒くさーい!」
と少輔命婦などにグチをこぼす涼道ですが
「どんなに男並みの姫様も、さすがに月のものだけはどうにもなりませんね」
と笑って答えていました。
「これどうしても毎月来るんだっけ?」
「40歳くらいまでは毎月来ますよ。妊娠している間と赤ちゃん産んでしばらくは来ませんけどね」
「赤ちゃん産む時かぁ!」
でも自分は男として暮らしていて、どうすれば赤ちゃん産むようなことになるのだろう?と疑問は感じます。
「でも姫様、生理が来る周期が不安定みたい」
と少納言の君が言います。
「これ規則正しく来る人もいるの?」
「多くの人は28日ごとに来るのですよ。でも姫様みたいに周期が乱れる人もけっこういますよ」
「まあボクは女としてはあまり優秀じゃないから」
「男としては優秀なんですけどね」
「えへへ」
もっとも涼道は生理の間、さすがに書類の持ち出しなどはしないものの、企画を練らなければならないものの下書きをしたり、あちこちに連絡しなければならないものについては、手紙を書いて家人に持たせたり、時には従者の兼充や俊秋などを使いに出したりして、結構仕事をこなしていました。
譲位の後は、権中納言になりましたが、これは今でいえば一般の大臣クラスの職であり、多忙さはますます増大しました。
ちなみに普通の貴族にとって(権)中納言というのは、出世の極みのような地位です。左大臣・右大臣の下に大納言(2名)があり、その下に中納言(3名)がありましたが、権中納言というのは中納言に準じるものです。中納言の仕事がたくさんあるので、追加で任官したもの。いわば“店長代理”とか“張出横綱”のようなもの。神社でも禰宜(ねぎ)のサブとして権禰宜のいる神社はありますね。
平安時代の官僚を無理矢理現代に当てはめると、左大臣が総理大臣、右大臣が官房長官、大納言は財務大臣や外務大臣クラスの重要閣僚、中納言が経産大臣・法務大臣・総務大臣クラス、権中納言は国土交通大臣・文部科学大臣・厚生労働大臣・農林水産大臣クラスでしょうか。参議は国会議員相当か(定員は8名とひじょうに少ないですが)。
あの水戸黄門が権中納言(それで中納言の中国名(*6)で黄門と呼ばれる)になっています。偉そうにしていた悪代官などが「恐れ多くも先の中納言」と言われて、「ははー」と、みんな平伏するような、とーっても偉いのが中納言なわけです。
水戸光圀が権中納言になったのは63歳。伊達政宗も権中納言になっていますが、彼が任官されたのは60歳。実際、平安時代でも、権中納言に任じられるのは、参議を15年以上務めた人で、ベテランの官僚が長年勤め上げた後に得られる地位でした。
が・・・摂関家では権中納言は、大納言・大臣などに昇進するためのステップにすぎませんでした。涼道も父が関白・左大臣に出世したので、その後継者として、わずか16歳で権中納言になったわけです。
(*6)唐風官名
皇太子 東宮(とうぐう。皇太子のお住まいは東宮御所)
上皇 仙洞(せんとう。上皇のお住まいは仙洞御所)
関白 阿衡(あこう。宇多天皇と藤原基経の阿衡紛議で有名)
左大臣 左府(さふ)
右大臣 右府(うふ)
内大臣 内府(だいふ。家康を内府というのは将軍就任まで内大臣だったから)
大納言 亜相(あそう)・門下侍中(もんかじちゅう)
中納言 黄門侍郎(こうもんじろう。略して黄門)・門下侍郎(もんかじろう)
参議 宰相(さいしょう。宰相中将はこれ)
少納言 尚書郎(しょうしょろう)・門下給事(もんかきゅうじ)
近衛大将 幕府(ばくふ)。“幕府”は後に征夷大将軍を意味するようになる。
中務省(総務省相当) 中書(ちゅうしょ)
式部省(人事院相当) 吏部(りぶ)
治部省(諸氏の族姓の管理) 礼部(れいぶ)
民部省(民政特に租税) 戸部(こぶ)
大蔵省(出納・財宝管理) 大府(だいふ)
宮内省(宮内庁相当) 工部(こうぶ)
八省の内、兵部省・刑部省はそのままである。
なお、中務省・式部省・兵部省の長官である中務卿・式部卿・兵部卿は天皇の血筋に近い親王が名誉職的に任じられることが多く、事実上の統括者は中務大輔・式部大輔・兵部大輔であった。各長官は適当な人が居ないと空席になっている場合もあった。
さて、重治の兄・博宗は一の君の陸子を天皇(朱雀院)、二の君の虹子を東宮(今上)に嫁がせていたものの、陸子は皇子も皇女も産むことなく、皇后にもなれないまま終わってしまったなと嘆き、また虹子の方もまだ子供を産んでいないのを憂えていました。
そんな中、新たに左大臣になった弟の息子・涼道(実は橘姫)は、朱雀院にも今上にも覚えが良く、今後の宮中の中心人物になっていくだろうと考え、この甥とは強いつながりを作っておきたいと考えます。そこで右大臣は四の君・萌子を中納言に差し上げようと考えたのです。
兄からぜひにと申し込まれた重治は困ってしまい
「あの子はまだ若くて結婚など興味が無いようなのです」
などと言ったものの、
「男女のことは結婚してから覚えればいいですよ。ぜひ姻戚関係を結んで両家で帝(みかど)を支えていきましょう」
などと言われ
「一応聞いてみます」
と言って持ち帰ります。
それで(涼道の母である)秋姫に相談するのですが、秋姫は笑って言いました。
「宮中に出仕していて全くバレてないのですから、結婚くらいさせたって平気ですよ」
「しかし、結婚すれば夜の生活があるぞ」
「四の君はいつもぼんやりしているし、ねんねです。あんなウブな娘くらい簡単に欺せますって」
と秋姫は自信満々な表情で言いました。
秋姫にそんなことを言われると、左大臣も何とかなるかも知れないと考え、この話を受けることにしたのです。
橘君は父と母から、女性と結婚しろと言われてぶっ飛びます。
「無茶ですよ〜。私、ちんちん無いのに」
「ああ。ちんちんの使い方は分かってるね」
「宮中で仕事をしていたら、男の同僚たちが色々言っているので何となく分かりました。夜の営みはどうすればいいんです?」
「向こうは結婚って何をするのか知らないから、適当におしゃべりでもして過ごせばいいよ」
「それでいいんですか〜?」
そこで橘君は渋々、初めてラブレターなるものを書いて使いに持たせます。
《これやさは入りて繁きは道ならむ山口しるく惑はるるかな》
一方の四の君は物心付いた頃から「お前は帝(みかど)の妻になるんだぞ」と言われて育ってきていたのに、帝ではない人、しかも中納言ごときの低い位(と萌子は思っている)の男に嫁げと言われてショックを受けていました。そんなの酷い・・・とは思うものの、相手は宮中で女官たちが随分騒いでいる男だとも聞きます。届けられた文を見ると、文字が物凄く男らしく格好いい。こんな格好いい文字を書く人は凄い人かもと少しだけ興味を持ちました。
それで父にせかされて、お返事を書きました。
《麓よりいかなる道に惑ふらむ行方も知らず遠近の山》
このあと数回の文のやりとりをした所で、このあたりでよいだろうから婚儀をしようということになります。
さて、平安時代の婚儀の方法ですが、男が3日続けて姫の所に通ってきて、三日夜餅(みかのよのもちい)を食べ、露顕儀(ところあらわしのぎ)をするという手順で行われます。つまり古代からの伝統的な結婚形式である“夜這い”の形を蹈襲して、熱心に通ってくる男がいたのが、親にバレてしまい、それなら今後は家族同然に付き合おうと女の親が男を歓迎して宴をする、という建前を取る訳です。
それで手筈を整えて、その月の27日夜から29日夜まで3日間通い、翌日8月1日に宴をするということで両家の間で合意に達しました。おめでたいことだから朔日に宴をしましょう、と手筈を整えた橘君お付きの少納言の君は右大臣家の四の君お付きの近江という女房に提案して、向こうも了承したのですが、そういう日取りにしたのは、闇夜に近いので、橘の性別がバレにくいという考えもありました。一方の近江もその日取りなら、姫の生理も終わっているはずと考えて了承しています。
それで日程を告げられて涼道はやれやれと思います。気が重い中、服装や姫への贈り物などを準備していたら、25日、涼道の方に生理が来てしまいました。
「ありゃ〜。でも四の君の所に行くのは3日後だから、どうにかなるかな?」
「婚礼が終わった後になるかなと思ったのですけどね。最悪、布を当てておけばいいですよ。姫様の月のものって軽くて、あまり出血が多くないし、3日目だから、一晩くらい何とかなるでしょう」
お務めの方は26日から翌月3日まで7日間お休みにさせてもらいましたが、周囲は「結婚の準備で忙しいのだろう」と思ったようです。でも実は前半は生理休暇だったのです!
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男の娘とりかえばや物語・各々の出発(2)