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■体験取材(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2015-10-11

 
生来の適当な性格で、大学4年の12月中旬になって「君、論文がまだ出てないんだけど」と指導教官から言われ「論文って何ですか?」と訊いて絶句された。僕はそれから必死で卒論を書き、お情けで3月卒業にしてもらったが、最後の方はそんなことやっていたので、当然就活なんてできなかった。
 
3月下旬に卒業式を終えてから「あ、仕事見付けなきゃ」と思う。学生課で尋ねて呆れられる。こちらではもう来年の卒業生の分しか紹介できないので職安に行きなさいと言われて職安に行くが、文学部卒なのに英検も4級しか無いし、TOEICなんて受けたこともないし、簿記もできないし、運転免許さえ持ってないというので職安の人も悩む。
 
「ここ行ってみる?」
と言われて老人福祉施設の介護の仕事に行ってみたが3ヶ月で退職した。自分には無理だと思った。
 
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若い男ということで、腕力を要する仕事に期待された感じがあったが、老人どもの腕力がハンパ無いのである。70歳を過ぎていると思われる認知症+統合失調症の女が自分には制御できなかった。凄まじい力で暴れるので何度も殴られたし数回気を失って他のヘルパーさんに介抱されたこともある。ひっかかれるのは日常茶飯事で生傷が絶えなかった。これはこちらが身体壊すか(相手を制御するのに暴力を使ったと言われて)逮捕されるかの択一だと思って、強引に辞めさせてもらった。
 

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「このあとどうすっかなあ」
と思い、電車の棚に載ってたスポーツ新聞を取って何気なく見ていたら
「社員募集」
という広告がある。それで、その新聞社に電話してみたら
「取り敢えず来てみて」
というので行ってみる。
 
後から考えたらスーツでも着て行きゃ良かったと思うのだが、僕は何も考えずにポロシャツとジーンズという格好で行ってしまった。面接してくれた部長さんにも
 
「ラフな格好ですね」
と言われたものの、僕が
「済みません。移動中に新聞を見て気づいて連絡したもので」
と言うと
「通勤の時はちゃんと背広着てくださいよね」
 
とだけ言って、後は色々会話した上で簡単なペーパーテスト(現在日本の首相は誰ですか?とか、愛知県の県庁所在地は何市?とか、水を作る元素は何と何?などといった常識的な問題)を受けさせられてから
 
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「じゃ仮採用で。3ヶ月試用期間のあと良ければ本採用」
と言ってもらえた。
 

それで僕はスーツ持っていなかったのを安売り店で8000円のスーツを買って、そのスポーツ新聞社に勤めることになった。8月初旬のことである。
 
基本的に使いっ走り、記事の入力、校正(一応文学部卒というのを期待された感じ)、それに後は電話受付やお茶くみ・食器洗いなどである。お茶くみは女子社員たちもしているが、元々女子の少ない職場(採用しても多くがすぐ辞めてしまうらしい)なので、おかげでお茶・コーヒー・紅茶を入れるのが随分うまくなった気もする。
 
しかしスポーツ新聞なんて、あまり見たことが無かったのだが、すげーといつも思っていたのが、セックス面の記事である。
 
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エロ小説とか、際どい写真なども載っているが、風俗店などに「体験取材」した記事は「ひゃー」と思って見ていた。「愚息も昇天」って、つまりあれがああなるってこと?そんなの堂々とこんな所に書いていい訳〜?
 
「これ仕事で、女の子と気持ちいいことしてるんですか?」
と僕は先輩の田島さんに訊いてみた。
 
「まあ仕事半分、趣味半分じゃね?」
と田島さんは答える。
 
「契約記者の記事が大半だけど、俺も体験取材何度かしたことあるよ」
「へー!」
 
「最近は直接タッチせずに女の子が着衣のまま男に馬乗りになって股間をすり付けるとか、服の上から触るだけとか、生殺し的なのが多いけどさ。俺が一度行ってきたのでは、ちゃんと口に咥えて逝かせてくれたよ。ゴム付きだけどね」
 
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「くわえるって・・・」
「まさか、お前フェラティオって知らないの?」
「調べてみます!」
 
それで僕はネットで調べてフェラティオの意味を知って愕然とした。あそこを女の子が口に咥えて舌で舐めるなんて、そんなのがありなの!?と驚いた。僕は高校時代も大学時代も恋愛なんてしたことなかったし、そういうのには全く無知だったのである。そもそも風俗とソープの違いもよく分からずに当時は仕事をしていたのであった。
 

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10月になって、最近けっこう新しいスタッフが増えたから新入社員歓迎会をしようなどという話になる。
 
どうも僕もその「新入社員」の中にカウントされていたみたいで、新入社員はみんな何か芸をしなければならないと言われる。
 
畑山君・川原君・山田君はバンドをやると言った。僕も誘われたのだが、
「ごめーん。僕、ギターも弾けないし、歌も下手だし」
と言って断る。
 
桜井さんと柿沼さんは漫才をやるという話だった。森本君は手品を披露、林君はサッカー選手で、サッカーのボールを使った何か芸をするらしい。金崎君は民謡を習っているとかで三味線の弾き語り、木立君は絵が得意ということで当日はスケッチブックとサインペンで皆さんの似顔絵を即興で描きます、などと言っていた。
 
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僕は何も芸が無いので悩む。
 
学校の成績は体育も音楽も図工(美術)もいつも1だった。高校では音楽を選択したがお情けで赤点ギリギリの点数で単位をもらっていた。
 
僕が悩んでいると、田島先輩が
「うーん。じゃお前、これやれ」
と言ってセーラー服を渡された。
 
「何するんですか?」
「コスプレだよ」
「コスプレって?」
「お前、これ着て女子中生に扮して、みんなに酌して回れ」
「ひぇー!」
 

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それで社内の会議室を借りてちょっと着てみたものの、鏡に映った姿を見て気持ち悪くなる。何このできそこないのオカマみたいなのは〜? と思うがチェックしてくれた田島さんは
 
「まあ、こういうオカマは時々いるよ。取り敢えずお前、足の毛は剃った方がいい」
 
それでカミソリを買って帰って、自宅アパートで剃ろうとしたのだが、全然剃れない! これどうやったら剃れる訳〜? と困る。カミソリで体毛を剃るのは結構要領がいるのだが、当時そんなことは知らなかったのである。かなり悩んだ末に、毛をハサミで切った上で、最後は電動ヒゲ剃りを使って剃ってしまったが、剃る時刃に毛が引っかかって凄く痛かった。
 
それで出て行って当日、会場の居酒屋のトイレ(むろん男子トイレ)で背広とズボンを脱ぎ、セーラー服を着て、渡されたカツラ(付け方がよく分からないので取り敢えず頭に乗っけた)を付ける。
 
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ちょうどそこに知らない男性客が入ってきてこちらを見るとギョッとした感じ。
 
「ごめん!」
と言って飛びだしていくと、少しして
「キャー!」
という女の子数人の悲鳴が聞こえた。
 
何かあったのかなと思いつつ男子トイレから出て行くと、桜井さんが居る。
 
「田島さんからちょっと手伝ってやってと言われたのよ」
と言い、お化粧されることになる。
 
「眉毛が太いんだよね。これで女に見えないから細くしていい?」
と訊かれる。
「うん。いいけど」
それで桜井さんは僕の眉毛をハサミで切り、少しカミソリで剃ったようである。そのあと、化粧水・乳液を付けられ、リキッドファンデーションを塗られた上でアイカラーを施される。これが何種類ものパレットのようなもので入れていくので、女の子たちはよくこんな面倒なことやってるなあと思った。そのあとアイライナーを入れられるが、これが目の縁ギリギリに入れられるので凄く怖い! マスカラを塗られて、ビューラーでカールを付けるのだが、これがけっこうまた怖いし少し痛い感じである。
 
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その後チークだが、これもまた2種類のチークカラーを使って大きな筆ではたくように付けられる。最後は口紅だが、最初に細い筆で縁取りして、中を塗っていくようだ。
「イーとして」
「イー」
という感じで口を細くして、口角にしっかりと塗られる。こんな所にまで色を塗られるとは思わなかったので結構ドキドキしている。
 
「うーん。こんなものかな。あ、円山君、ウィッグがきちんとハマってない」
と言って桜井さんはカツラの留め金をきちんと付けてくれた。ちょっときつい。たぶん女性用だから僕の頭には小さいのかもという気がした。
 
「でも可愛くなったよ。ちょっとそこの洗面台の鏡で見てごらんよ」
と桜井さんが言うので見てみる。
 
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うっそー!
 
そこには可愛らしい女子高生みたいな顔が映っていたのである。
 
「田島さんから円山君が女装すると聞いて、あ、似合うかもと思ったよ。女装したことなかった?」
などと聞かれる。
 
「一度も」
「このセーラー服は持ってていいらしいし、この化粧品は円山君用に買ったものだから、このままあげるね。少しお化粧、自分でも練習してみるといいと思うよ」
などと彼女は言う。
 
「さすがにセーラー服で出歩いていたら逮捕されそう」
「まあ職質くらいはされるかもね」
 
などという会話をしてから宴会会場に桜井さんと一緒に入った。
 

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会場では畑山君たちがバンド演奏をしていた。音楽もあまり聴かないので誰の曲かは分からないけど、確か有名な曲だと思った。桜井さんに促されてビールを持ち、会場を回って酌をしていく。
 
最初は端に座っている部長だが、部長は
「あ、ありがとう」
と言って、黙ってコップを差し出し、僕がビールを注ぐとステージの演奏を見ながら無言でビールを口に運ぶ。
 
次の課長も同様である。3人目の主任の所に来た時
「君誰だったっけ?」
と訊かれる。
 
「新人の円山です。よろしくお願いします」
と笑顔で言った。
 
「円山君って男じゃなかったっけ? 女の円山も居たっけ?」
と主任。
「円山君は今日から女として勤めることになったんですよ」
と桜井さんが横から言う。
 
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「へー。可愛いからそれでもいいかもね」
などと言って主任は笑っている。
 
その会話を聞いて、今酌をしてもらった部長と課長も
「え?円山君だったのか。全然気づかなかった!」
と言って驚いている。
 
「こんな可愛い子、うちの部にいたっけとか思ってたよ」
などと課長。
 
「私も充分可愛いと思いますけど」
と桜井さんが主張する。
 
「うんうん。桜井さんも美人だよ」
と課長さんもフォローが大変だ。
 
「私、全然芸が無くて歌も楽器も絵もできないから何しよう?と言っていたら、これしなさいと言われて」
と僕が言うと
「ちゃんとゲイができるじゃん」
などと課長さんが言っていた。
 
「課長、ゲイとトランスジェンダーは違いますよ」
と桜井さん。
 
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「ごめん、ごめん。その辺は一応理解しているつもりだけど。じゃ明日からはこの格好で出てくるの?」
などと課長さんから訊かれる。
 
「22歳でセーラー服はさすがにまずいでしょうから、ふつうのブラウスにスカートかな」
などと桜井さん。
 
「うんうん。頑張ってね」
などと課長さんは言っていた。
 
えーっと、これ冗談だよね?と僕は内心少し焦っていた。
 

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