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「緊急避妊薬・・・・って言っても分かるかな?」
「赤ちゃんを作れなくする薬?」
「今、命(めい)の女体は排卵期なんだよ。そんな時にコンちゃん付けずにセックスしたら妊娠しちゃう」
「僕、赤ちゃんできちゃうの?」
「中学生で、しかも男の子が、赤ちゃん産みたくないでしょ?」
「そうですね。。。赤ちゃんは産みたいけど、もう少し大人になってからかな」
「だから、これで流しちゃうから」
「赤ちゃん、殺しちゃうの?」
「赤ちゃんになるのは妊娠6週間後。それまではただの細胞。だから、いつもの月経と同じだよ」
「良かった」
「2週間後くらいに月経来るだろうけど、ふだんより重いかも知れないから夜用を用意しておくといい」
「はい」
「あと、これ強い女性ホルモンだから。しばらく、命(めい)のおちんちん立たないと思うけど我慢してね」
「ああ、そのくらいはいいです」
「男の子の身体に女性ホルモン入れると性欲が一時的に上昇するから」
「え?」
「性欲は強くなるけど、おちんちんは立たない」
「わあ。。。辛そう」
「付けずにやった報いよ。今度からはする時は絶対付けさせること。だいたい今日あんた1枚持ってたでしょ?」
「もしどうしてもする展開になった時に付けなきゃと思って」
「それを理彩に付けさせれば良かったじゃん」
「性別が逆転して動転しちゃって、というかそれ認識した時は既に入れられてた」
「まあね。あれは事故だったね」
「どうして逆転しちゃったの?」
「理彩ちゃんのパワーだよ。あの子も排卵期だったから、パワーが暴走したんだろうね。あの子物凄く強い霊的な力を持ってるのに無自覚なんだもん」
「へー」
「女の子同士って近くに居ると生理周期が連動しちゃうの。理彩ちゃんの排卵期は命(めい)も排卵期になりやすい。それをいつも目安にしてて」
「はい」
「取り敢えず絶対にお昼にその薬飲み忘れないように」
「分かりました」
まどかが「人間」ではないと気付いたのは、小学4年生頃だったろうか。
まどかと知り合ったのはほんとに物心付くか付かない頃だが、まどかという名前の人を自分の母も、理彩の母も知らないようであった。神社の近くで良く会うので、きっと神社関係の人なんだろうと思っていた。実際神主さんと何やら話しているのを見たことも何度かあった。
しかし、まどかは色々な場所に神出鬼没に現れ、時にはふたりの危ない所を助けてくれたし、時にはいたずらされて、けっこう大変な目にも遭わされた。遠足の距離を2倍歩かされたこともあるし、垂直に切り立った崖を登らされたこともある。でも理彩も命(めい)も、そんなまどかとの「少々荒っぽい遊び」を楽しんでいた。
最初はふたりの前に、一応人間らしい現れ方・退場の仕方をしていたまどかだったが、その内、こちらに気を許してきたのか、ふっと現れたり、ふっと消えたりすることもあり、一時期命(めい)は、まどかさんって幽霊とか、あるいは自分の守護霊とかなんだろうか、と思っていた時期もある。
実際、友だちや母などのそばにいた時に、まどかが現れて何か告げてから立ち去ったりした時に、他の友だちや母がまどかに気付いてないようであった。どうもまどかが見えるのは、自分と理彩だけのようなのである。先代の神主さんにも見えていたようだが、息子さんの代になってからその息子さんには見えないようである。
そして、まどかは時々命(めい)の身体を貸してね、といって中に入り込んでくることもあった。
「実体でないとできない作業があるのよ」
などとまどかは言って、命(めい)の身体に入ったまま、山奥の洞窟や崖で薬草を取って来たり、何か物を人に届けたりということをした。そんな時、命(めい)の身体は一時的に女体に変えられていた。
「だって、おちんちん付いてたら入れないから、入る前に女の子にするの」
などと、まどかは言っていた。
「理彩に入れば、理彩にはおちんちん付いてないのに」
「理彩ちゃんは霊媒体質じゃないんだもん。命(めい)は霊媒体質だから中に入れるのよ」
でも、そういう女体になっている時にしばしば命(めい)は理彩と遭遇して、更にその女体の状態を理彩に見られていた。
「あ、メイったら、今日もおちんちんが無い」
「うん、おちんちんは今日は家で寝てるんだ」
などと命(めい)は答えていた。
しかし理彩との遭遇はしばしばまどかの計算外のようで
「なんで、あの子、ここにいるのよ?」
などと、よく言っていた。
まどかが「幽霊」や「精霊」とか「守護霊」の類いではなく、もっと高位の存在だと命(めい)が考えるようになったのは、まどかの声の「聞こえる方角」
からである。
命(めい)は小さい頃から、狛犬さんとか、御神木さんとか、あるいは眷属さんとでもいうべき人?たちの声が聞こえていた。自分の守護霊だと思う声も時々聞くことがある。たぶん自分が生まれた時に死にかけてたので、そんな身体だから聞こえるんだろうな、と命(めい)は思っていた。しかし、まどかの声は、狛犬さんなどから聞こえてくる声とも守護霊とかから聞こえてくる声とも、明らかに違う方角から聞こえてきていた。
そして、まどか自身が姿を現さない時でも、その方角から聞こえてきた声には、命(めい)は絶対的に信頼を置くようになっていった。
ただ命(めい)も、それではまどかが何なのか、ということについては、思い起こす単語はあるものの、それを具体的な単語として口に出したり、あるいは心に浮かべたりすることはできるだけ避けていた。それはむやみに口に出すべき言葉ではないと思っていたからである。
旅先でふたりが初めて(男女逆転でだが)セックスしてしまった夜が明けた朝、命(めい)は目が覚めた時、何だか腕が重たいと思った。
変な寝方しちゃったかな? と思って、そちらを見ると、何やら物体がある。命(めい)はその物体が「顔」であり、「理彩の顔」であることに気付くのに、たっぷり30秒は掛かった。
「理彩」と小さい声で呼びかける。
「理彩、ちょっと起きて。なんでこんな所にいるの?」
「理彩」
と呼びかけながら命(めい)は理彩を揺り起こす。
「ん? あれ? 命(めい)、おはよー」
と理彩は大きな声で言った。
それで母が起きてしまった。あぁぁ、と命(めい)は心の中で溜息を付いた。
当然、お説教である。隣の部屋に居た理彩の両親も呼んできた。
「あんたたち、いつそういう関係になったの?」
「いや、別に何も関係は無いんだけど」
「でも、一緒に寝たんでしょう?」
「あ、ごめんなさい。私、夜中にトイレに起きて、戻る時部屋を間違えたみたいで」
「そんな馬鹿な言い訳しないで。怒らないから、正直に言いなさい」
既に怒ってるじゃん、と命(めい)は内心思うが、まさかそんなことは言えない。
「いや、ほんとに、僕も朝目が覚めたら理彩が寝てるからびっくりした所で」
「命(めい)、なんて無責任なこと言うの? 理彩ちゃんが他にはお嫁に行けなくなるということをしたという自覚が無いの? そもそもちゃんと避妊したんでしょうね?」
「お母ちゃん、天地神明に誓って僕と理彩は今夜はセックスしてない」
「ほんとにしてないの?」
「してません」
と命(めい)と理彩は声をそろえて言ったが、あまり信用していない感じだ。双方の両親が顔を見合わせている。
「あのね。理彩、もししたんなら、すぐお医者さんに行って、緊急避妊薬を処方してもらったほうがいいの。怒らないから、したんなら、ちゃんと言って」
と理彩の母。
ああ、それはむしろ僕の方なんだけど、と命(めい)は内心冷や汗である。
「お母ちゃん、ほんとにしてないよ」
「理彩はバージンです。もし嘘だったら、僕今すぐ自分の性器を切り落としてもいいくらいです」
「いや、命(めい)はむしろ切り落としたいでしょ?」と理彩が突っ込むので「茶々入れない」とたしなめる。
「はーい」
30分ほど話し合ったが最後は命(めい)が
「万一理彩が妊娠した場合は、僕、中学出たらすぐ就職して仕事して赤ちゃん育てて行きますから」
と言ったので、そこまで覚悟があるなら様子を見よう、ということで、やっと話は収まった。
そして命(めい)と理彩はあらためて、もしセックスするときは絶対に避妊具を使う、ということをしっかり双方の両親に約束した。
「とりあえず、1箱買ってきましょうか」
と理彩の母が言うが命(めい)は
「一応1枚持ってます」
と言って、いつも持ち歩いているバッグの中に入れたポーチからコンちゃんを取り出して見せる。
すると理彩が
「あー! そんなの持ってたんなら、昨日の夕方誘った時にちゃんとセックスできたじゃん!」
などと言う。命(めい)は微笑んで
「だって、高校生になるまでは、しない約束だよ」
と言った。
しかしかえってこのふたりのやりとりで、ほんとに昨夜はしなかったのかも、と両親は思ってくれた雰囲気もあった。
命(めい)は「例の方角」から「クスクス」という笑い声を聞いた。
命(めい)たちが◇◇高校に合格した月の下旬。H先生は来年の◇◇高校留任を校長から内示され、図書館の先生(司書教諭)と理科主任、バスケット部の顧問が離任するので、その中のどれかを引き受けてくれないかと打診され、一晩考えて明日回答しますといって学校を出た。
教師生活20年になるが、いわゆる底辺校ばかりを回ってきた。底辺校と言っても都会の高校と田舎の高校ではまるで別物だ。15年ほど都会の学校を回って精神的に疲れていた時、ほんとに何も無い山の中の高校に赴任して4年務めた。その4年の山の中の生活が、H先生の疲れた心を癒やし、また何かをしたい欲求を生み出していた。そして昨年◇◇高校に転任してきて前任校同様素直な子供たちに囲まれ、充実した教師生活を送っていた。司書教諭の資格は20代の内に何となく取っていた。しかし閑職という気もする。バスケット部の顧問なんていいかも知れない。スポーツ部の指導経験は無いが、中学時代はバスケット部でガードをやっていた。
そんなことを考えながら先生は自宅方面へ車を走らせていたつもりが、ふと気付くとまるで反対側の●●町に出ていた。あれ?
疲れてるな。こういう時は少し休んだ方がいいと思い、ちょうど見かけた居酒屋の駐車場に入れる。車だからアルコールは飲まないが、少し胃を満たしてから帰ろうと思った。メニューを見ていた時「あら?」と声を掛ける女性がいる。
「H先生ですよね!私、$$高校でお世話になったRです」
「ああ、久しぶり」と言ったものの、その名前の生徒の記憶が無い。確かに$$高校には10年ちょっと前に赴任していたが。
「わあ、懐かしいなあ。私、先生に会うまでは凄い生活乱れてたけど、先生に自分の人生なんだから、親とか教師への当てつけで自分を潰したりせずに、自分が本当にしたいことをしろ、って言われて」
そんなことを言ったことあったかも知れないなあ、という気はする。乱れている生徒たちに敢えて鉄拳をふるって多数の不良生徒を更生させたこともあった。たださすがに40代になると、あの時代のようなパワーはもう無い。
その女性は向かいの席に座ると、話を続ける。
「私、あれからほんと自分の人生考え直して、少し勉強でもしてみようかなと思って通信講座受けはじめて。結局あの学校は退学しちゃったけど、フリースクールに通って、大検受けて、大学に行ったんです」
「それは頑張ったね」
「人よりは遠回りの人生生きてる気もするけど。それで大学生も人より多く7年もやって」
「おお、それはたくさん勉強したね」
「でしょ? でも何とか卒業出来たから」
「偉い、偉い」
「それで在学中に図書館の司書の資格取って」
「へー」
「今は福井の田舎の小さな町の図書館で司書してるんですよ」
「おぉ」
「何か図書館って面白いんですよね。色々な人がそこに自分の可能性を探しにきているみたいで」
「ほほぉ」
「人より余計な経験してきた分かなあ。本棚を眺めながらゆっくり歩いている人、テーブルで何冊も本を積み上げて一所懸命読んでる人、それぞれの心の中の思いが見えちゃう感じで。時には本は半ば飾りでひたすら勉強してる学生さんとかもいますけど」
「ああ、図書室って自習にも便利だよね」
「都会の大きな図書館だと自習室とか設置されてる所もありますけど、田舎だと様々な目的の人がごっちゃ。それもまた面白くて」
Rは何だか話が止まらないようで、ここ12年くらいのつもる思いをひたすらしゃぺり続けた。H先生はその元生徒の話を聞いていて、ああ自分の指導がこの子の人生を豊かなものにしていったんだなというのを思い、嬉しくなっていた。それとともに、彼女が語る図書館でのいろいろな出来事も興味深く聞いていた。
彼女とは食事も一緒にとりながら結局閉店まで話を続けた。ふたりは名刺を交換し、携帯のアドレスも交換して別れた。
H先生はその日とてもいい気分で帰宅した。そして翌日校長に司書教諭を引き受けたいという意向を表明した。