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「お待たせ〜。ってあれ?お友だち?」と命(めい)。
「な訳ないでしょ。済みません。連れが来たので失礼します」
と言って、理彩はその場を離れようとした。
ところが向こうは
「ね、ね、お姉ちゃんたち、2人一緒でいいから、少し遊ばない?」
などと言い出す。ひとりが理彩の腕を。ひとりが命(めい)の腕を掴む。理彩が振り解こうとしたが、理彩の力では離せない。
その時ひとりの男の子がバタフライ・ナイフのようなものを取り出したが、別の子に「アホ、やめろ」と言われて引っ込めた。
うーん。物騒な物持ってるな。さて、どうしよう、と命(めい)は考えた。すんなり帰してくれる雰囲気ではない。あまり刺激すると、武器で脅されるかも知れない。走って逃げようとしても、こいつらの方が足は速いだろう。こんな町中で多分あまり乱暴なことはされないとは思うが、こちらも面倒な事にはなりたくない。
その時、斜め左上の方から
「川に飛び込んで」
という声が聞こえた気がした。
「こっち行こう」
と言って命は自分の腕をつかんでいる男の腕を相手の呼吸の隙を狙って振り解き、続けて理彩の腕を掴んでいる男の腕も手首を掴んで外す。そして理彩の手を取って公園の端の方に走った。
「おい、そっちは!」と男の子のひとりが叫ぶ。
「危ないぞ!」という声。
「ちょっと何するの?」と目の前の川を見て理彩が訊く。
「いいから、ここ飛び込むよ」
「えー!?」
と言いつつ、ふたりは手すりを乗り越えた。後ろに男の子たちの声が迫る。命(めい)は理彩の手をつかんで、川に向かって飛び込んだ。命(めい)の体重に引かれて理彩も落下を始める。きゃーっと理彩が叫んだ。
次の瞬間、ふたりはベッドの上でバウンドしていた。
「きゃっ」と理彩が短く叫ぶが、水面などにぶつかった訳でもないので、何だ?何だ? という表情。
「ここは・・・?」
「僕たちの部屋だね」と命(めい)。
「今の夢か何かだったんだっけ?」
「現実だと思うけど」
「何で、私たちここにいるの?」
「神様のお陰かな。『川に飛び込んで』と言われたから飛び込んでみた」
「命(めい)、神様の声が聞こえるの?」
「うーんと。右斜め前からの声は子供の頃からよく聞いてたけど、今回みたいな左斜め前からの声はごくたまにだよ」
「その右とか左とか前とか、何?」
「斜め後ろからの声は自分の守護霊とか自分が使っている式神とかの声。斜め前からの声は、神様やそのお使いさんとかからの声。声と言ったら語弊があるかな。言葉みたいな概念の塊というか」
「よく分からないけど、前にもこういうことあったんだ?」
「そうだね。危ない時には助けてくれる感じ」
「それでもよくあそこで飛び込めたね」
「あの声は僕、絶対的に信用しているから」
「ふーん。命(めい)、やっぱり巫女さんになれるよ」
「巫女さんは女の子でなきゃなれないかな」
「命(めい)は性転換して女の子になるから問題ないでしょ」
「僕が性転換するのって確定なの?」
「もちろん」
翌朝、ふたりが朝予備校に向かっていると、通りかかった公園の所に警官やら報道っぽい人やらがたくさんいる。
「何かあったんですか?」と命(めい)は記者さんっぽい人に尋ねてみた。
「ああ。何か若い女の子が集団暴行受けて川に投げ込まれたらしくて、捜索中」
「きゃー、怖ーい!」
と命(めい)が両手を口の所に置いて怖がってみせると、理彩は命(めい)って、こんなぶりっ子もできるのかと少し呆れた。
「君たちも夜ひとり歩きしないように気をつけてね」
「はい」
と言って、命(めい)と理彩は一緒に予備校の方へ歩いて行った。
「ねえ、何か凄い話になってない?」と理彩。
「うーん。警察もカラギャンをしぼる口実できていいんじゃない?」
と命(めい)は他人事のように言った。
しかし女の子が川に落ちたという話を投げ込んだのでは?その前に暴行したのでは?などと話を発展させてしまう警察って凄っ!とふたりは思った。
講座は刺激的で、ふたりは自分たちがかなり実力を付けてきているのを感じていた。ポイントの分かりやすい講義と演習で頭の中の知識が再構成されていく!ふたりは空き時間に塾内のパソコンを使ってその場で採点される模試などもやってみたが、日に日に得点が上がって行っていた。
この講習を受けるまで、ふたりともセンター試験の社会はどの科目を選択するのか決めていなかったのだが、他の受講生たちから得た情報・意見で、倫理を選択することを決めた。
それまで命(めい)は日本史、理彩は世界史を想定していたのだが、そんな暗記するものの多い科目を選ぶより、覚える量が少なくて済み、かなりの問題を一般常識でも解ける倫理を選んで、その分の勉強時間を英語や国語に振り当てた方がいい、というのが多くの受講生の意見だった。
こういう「受験戦略」的なものも、ふたりが持っていなかった知識だ。
「ただし理彩ちゃん、もし京大の医学部に志望校変更する可能性があったら倫理は使えないからね。あそこ公民じゃなくて地歴からしか選べない」
「もしその予定があったら地理がいいよ。最悪の選択は日本史」
「あ、私京大受けるつもりは無い。八つ橋よりタコ焼きが好き」と理彩。
「おやつで選ぶのか!」
「命(めい)ちゃんの理学部なら京大でも倫理使えるよ」
「あ、私、理彩と別の学校に行くつもりないから」
「おお、さすが愛!」
基本的にはみんな休み時間もずっと勉強していて、そういうみんなの勉強する姿勢にも、ふたりは強い刺激を受けたのだが、1度だけ、少し仲良くなった女の子グループで、梅田まで出ていっしょにおやつを食べたこともあった。
女性専用のお店だったので、理彩は命(めい)が躊躇ったりしないかなと思い様子を見ていたが、何の抵抗も無く中に入っていくので「ほほぉ」と内心思う。命(めい)って、ひょっとして私が女装させたりするの以上に普段から女の子してたりしない? という疑惑が広がる。6月にショッピングセンターで倒れた時も、女物の下着付けてたしなあ。。。眉なんて、いつも細くしているし。
そう思って観察していると、おしゃべりしたり、パフェを食べる時の仕草が凄く女っぽい! ってか可愛い! なんかあらためて惚れ込んじゃうなあ。私って、これまで命(めい)を自分の彼氏と思っていたけど、むしろ彼女だと思ってみるのもいいかも知れない。命(めい)を私の彼女にして、彼氏は別に調達したりして。昼間男の子とデートして女としてセックスして、夜は私が男役で命(めい)とセックスするなんてのもいいなあ。。。。などと理彩は、妄想が暴走しつつあった。
すると命(めい)から
「理彩、今絶対Hな妄想してる」
と指摘されてしまった。
「うん。排卵期だから」
「理彩、一週間前にも排卵期だって言ってた」
「こないだは左の卵巣からの排卵、今は右の卵巣からの排卵」
「理彩の子宮忙しすぎる!」
その時、命(めい)の向こう隣の子が
「あ、しまった。ナプキン切らしちゃった」と言う。
すると命(めい)は
「あ。あげるよ」
と言って、バッグの中からポーチを取りだし、ナプキンを1個取り出すと渡してあげる。その子は「サンキュー」と言って席を立ちトイレに行ったが、理彩は『なんで命(めい)がナプキンなんて持ってるのよぉ!』と叫びたくなった。
講習も大詰めの10日水曜日。理彩のおじ、太造が大阪に出張してきたので、理彩と命(めい)は梅田で一緒に食事をした。
命(めい)はいつもの女の子の格好のままだが、太造は「可愛いねぇ。姪が1人増えたみたいだ」などと言っている。太造は自分に子供がいない分、理彩たち姪や甥にいろいろしてくれる。
「こんなに可愛いんだし、本当の女の子になっちゃってもいいんじゃない?」
などと太造まで言う。
「私こないだパソコンでちょっと写真の整理してたんだけど、ふと気付いたら男の子の格好した命(めい)の写真って全然無いのよね。みーんな女の子の格好したのばかり」
「うーん。日常の9割くらいは男の子の服を着てると思うけどなあ」
「9割も男の子してない気がする。いっそ学校にも女子の制服で通って来ない?」
太造は夏休みだし、少しくらいおしゃれもいいでしょ?などと言って、理彩と命(めい)に、お揃いのイヤリングを買ってくれた。イヤリングをするのは初めてという命(めい)に理彩が付けてあげたら可愛い! ふたりでイヤリング付けているところを太造に写真撮ってもらったが、やっぱり私、命(めい)を自分の彼女にしたい!と、理彩はあらためて思った。
そしていよいよ講習も12日金曜日で終了する。ほんとに密度の高い2週間だったなと理彩は思った。
講習が5時限目18:50で終わった後、命(めい)と理彩は、千草、麻矢なども含めて女の子8人のグループでサイゼリヤに行って夕食兼8月前半講習の打上げ兼情報交換会をした。8人の内2人は後半の講習にも出るらしいが、千草などは後半は高校の補習の方に出ると言っていた。
「いいなあ。私たちの高校は補習が無いから」と理彩。
「うちは補習あるけどレベルに問題があるから後半は自宅でZ会やってる」と麻矢。「私たちも後半はZ会と進研ゼミだね」と命(めい)。
「でも理彩ちゃんのレベルなら、医学部専門コースを受講しても良かったのに、何でこちらの一般コースを受講したの?」
「ああ、それは命(めい)と一緒じゃないと、嫌だから」と理彩。
「・・・・ね、マジでもしかしてふたりって恋人?」
「うーんとね。私は別に恋人とは思ってないけど、命(めい)は私のこと恋人と思っているみたい」と理彩。
「好きって何度か告白してるけど、理彩は返事くれない」と命(めい)。
「きゃー」
「でも、私たちの関係が何かとかの話については、受験終わるまで一応封印しておこうって言ってるのよね」と命(めい)。
「ああ、確かに今の時期にあまり恋愛とかやってられないもんね」
「だけど、命(めい)ちゃんから理彩ちゃんへの片思いという見解にしては、理彩ちゃんも命(めい)ちゃんと同じコースでないと嫌だったのね」
「まあ、そのあたりは深く突っ込まないということで」
「ああ、でも女の子同士の恋愛ってのもいいなあ」と麻矢。
「取り敢えず、洋服を共用できるのは便利よ。私たち、相手の下着でも洗濯せずにそのまま着ても平気だけど、一応緊急の時以外は下着は共用せずにアウターだけ共用することにしてる」と理彩。
「なるほど、その線がいいかもね」
「でも確かに男の子の恋人とは、服の共用はできないよね」
「無理矢理共用するのもいいかもよ。彼氏にスカート穿かせるのとか楽しそう」
「ああ、楽しいかも!」
命(めい)はただ笑っていた。
「あと、トイレに一緒に並べるのも女の子同士の便利な所よ。長い列ができてた時に、恋人が男の子だったら『きゃー待たせちゃう』と思っちゃうけど、女の子同士なら待ちながらずっとおしゃべりしていられるもん」と理彩。
「あ、それ凄く便利かも!」
命(めい)は何だかんだ言いながらも、理彩ったら自分たちは恋人とほとんど認めてるじゃん、と思いながら会話を聞いていた。