[*
前頁][0
目次][#
次頁]
意識を回復した時、そばに理彩のお母さんの顔があった。
「あ、こんにちは」
「あら、目が覚めたのね。だいじょうぶ?命(めい)ちゃん」
状況を把握しようと少し首を動かす。どうもここは病室のようだ。
点滴されている。
あ、今のやっぱり夢だよね。残念・・・・と思ってから、何でおちんちんを切られたのが夢だったというのを残念と思うんだ?と命(めい)は自問自答した。
「私、どうなっちゃったのかな」
「倒れた時に、理彩の携帯の番号が表示されていたのよ。それで電話が掛かってきて。命(めい)ちゃんのお母さんに電話したら、大阪にいるというから、代わりに私が出てきた」
「ごめんなさい。手間掛けてしまって」
「ううん。命(めい)ちゃんも理彩も、斎藤さんちの子であり、うちの家の子でもあるからね。何かの時はいつでも頼っていいんだよ」
「ありがとうございます」
季節外れのインフルエンザのようだということであった。
「これ起きたらすぐ飲ませてと言われた」
と言ってカプセル入りの薬を渡される。
「ああ、タミフルですね」
お母さんが水をくんできてくれたのでそれと一緒に飲む。
「面会時間、あと1時間くらいだし、それまで付いててあげるね」
「ありがとうございます」
「お母さんたち、明日の夕方くらいに戻るらしいから、その頃までには命(めい)ちゃんも回復してるんじゃない?」
「そうですね」
「明日も朝1度来てあげるよ。何か欲しいもの無い?」
「うーん。ポカリとか」
「OK」
「あと欲しい物思い出したらメールしてね。持って来てあげるから」
「すみません」
意識はかなり明確になってきたが、どうも身体が動かない感じだ。それを言うと1日くらいここで寝てるといいよ。受験勉強で疲れがたまってたんじゃないの?などと言われた。
首だけは何とか動くので病室の様子をうかがう。どうも4人部屋のようである。田舎の病院なので、どうも他の患者はお年寄りばかりのようだ。
しかししばらくしている内に微妙な違和感を感じる。
「お母さん、つかぬことを伺いますが・・・・」
「なあに?」
「ここ、もしかして女性用病室ということは・・・・」
「あれ?そうなんだっけ?」
と言って、お母さんは周囲を見回している。
「あら、ほんと。他の患者さん、おばあちゃんばかりね」
「あはは」
「命(めい)ちゃん、普段着なら十分女の子に見えるもん。間違われたのね。でも若い女の人とかじゃなくて、おばあちゃんたちなら問題無いよ」
「そうかな」
まさかさっきの夢が本当で、私おちんちん切られちゃったから女性用病室に入れられたってことないよね?などと思う。ところで付いてるんだっけ?
などと思っていたら尿意をもよおしてきた。
「どうしよう。トイレに行きたいけど、立てない感じだし」
「ああ、そこに尿器が」
と言って、ベッドの横のかごに置かれていた尿器をお母さんが取ってくれた」
「ありがとうございます」
と言って受け取ったものの、あれ?と思う。
「これ・・・女性用の尿器ですね」
「あら、ほんとだ。看護婦さんに言って男性用のもらってくるね」
「あ、いえいいです。たぶん、私、こちらの方が使いやすいかも」
「へー」
命(めい)は小学生の頃に原因不明の熱で一週間ほど入院した時に尿器にうまくおしっこができず、何度も漏らしてしまったことを思い出していた。すると年配の看護婦さんが「いっそ、女の子用のを使ってみる?」と言い、女性用尿器を持って来てくれたら、うまく漏らさずにおしっこができたのだ。
布団の中で病院のパジャマのズボンとパンティを下げる。おちんちんの位置を確認しようとして・・・・え?無い!? まさか、あの夢ってやはり現実で、おちんちん本当に切られちゃった?
と一瞬思ったものの、今日はタックしていたことを思い出す。
びっくりしたー!!
それなら変な方向におしっこが飛ぶことは無い。尿器の口をしっかりと身体に密着させる。反対側の手で浮いているところが無いことを確認する。
ゆっくりと放水する。密着させてるから大丈夫だとは思っても若干の不安がある。しかし漏れてる感じはしない。やがて放水終了。ほっと溜息を付き、尿器を身体から離し、ティッシュでその付近を拭く。尿器は脇のかごに戻し、ティッシュはゴミ箱に捨てた。
しかし、タックしてたんなら、どっちみち男性用の尿器は使えなかったなと思って少し微笑む。そういえば今更だけど、下着も女物を着けてるし。
こんな下着付けてれば、自分を着替えさせてくれた看護婦さんも、僕が女の子ではないなんて思わなかったろうな、と命(めい)は思った。
「ねえ、命(めい)ちゃん」
とお母さんが少し考えるように言う。
「はい」
「女性用尿器の方が使いやすいって、命(めい)ちゃんのおちんちん、あまり長くないのかな」
「あ、標準よりは短いかもです。一応結婚はできる程度の長さとは思いますが。立っておしっこできるし」
とは言ったものの、最近全然立ってしてないぞ、というのも内心思う。
「そう。それならいいか」
と言ってお母さんは微笑んだ。
「理彩とは・・・・その、何度かHはした?」
「まだしてないです」
「小さい頃からお互いの家に行き来してたし、私も無頓着すぎたかも知れないけど、いつも命(めい)ちゃんと理彩って同じ部屋で寝てるよね」
「ええ。でも、もしHするような場合はちゃんと避妊します」
「うん。それはきっとしてくれるだろうとも思ってはいたのだけど。いやちょっとね。ふたりがけっこうよく一緒の部屋で寝てるのにHしてる雰囲気は無い気がして、もしかして命(めい)ちゃん、完全な男の子ではないなんてことはないだろうか、なんて変なこと考えちゃった。それによく女の子の服着てるし」
「そうですね。理彩からはよく女の子になりたくない?とか言われますけど。一応、男の子の象徴は付いてるし、EDではないですし」
「ちゃんと立つんだ?」
「立ちます。理彩が握って立たせられたこともあります」
「ああ、あなたたち、そのくらいまではするのね?」
「ちゃんと婚約とかもしてないのにごめんなさい。私も理彩のに何度か触ってます。処女を傷つけるようなことはしてませんが」
「あら、理彩の処女は命(めい)ちゃんが、もらってあげてよ。熨斗(のし)付けて進呈するから」
「そうですね。私も理彩の処女、欲しいです。でも無理することもないかな、と。たぶん、私たちいづれ、そういうことになる気がするから」
「うん」
命(めい)は翌日無事退院した。担当のお医者さんは命(めい)のことを最後まで女の子だと思っていたようで、ブラジャーを外して聴診をしてくれた時は
「君、高校生にしてはバストの発達が少し遅れてるみたいだけど、婦人科の方受診してみない?」
などと言っていた。命(めい)は「いいです、いいです」と逃げておいた。
命(めい)は入院中は女の子の声で看護婦さんやお医者さんと話していたので、誰も命(めい)の性別に疑問を持たなかったようであった。診察券も作ってくれたが、性別は F と刻印されていた。健康保険証では性別男になっているのに!
7月の上旬の放課後。命(めい)が図書館から戻ると、理彩と春代が教室に居て、「あ、命(めい)、この制服着てくれる?」と言う。
理彩が体操服を着ているので理彩の制服のようである。
「いいけど、何すんの?」
と言いながら着替える。着替える間、春代は向こうを向いていてくれる。
「はい、着たよ」
と言うと、春代が
「じゃ、撮るね」
と言って、デジカメで数枚写真を撮られた。理彩があれこれポーズを指示するので、いろんなポーズで写真に収まった。
「はい、お疲れ様でした〜」と春代。
「何に使うの?」と命(めい)が訊くと
「うん。卒業写真アルバム。今、制作委員で手分けして、個人写真を撮ってまわってるのよね」
と言う。
「ちょっと待って。女子制服着た写真を収録しちゃうの?」
「うん。命(めい)も学生服の写真より、そちらの方が嬉しいでしょ?」
「そんなことない。ってか、女子制服着た写真が卒業アルバムにあったら親に仰天される」
「だってね・・・・」と言って、理彩と春代は顔を見合わせている。
「命(めい)は学生服を着てる写真より女子制服着てる写真の方が絶対可愛いもん。それに、命(めい)の女装なんて、みんな見慣れてるから、誰も仰天したりしないよ」
「えーん・・・」
7月上旬の土日。命(めい)たちの集落の神社で、夏祭り、通称「水祭り」が行われていた。命(めい)が自宅で勉強をしていると、理彩が「お祭りに行こう」と言って誘いに来た。
「命(めい)の分の浴衣も持って来てあげたよ」と言う。
「その浴衣って・・・・」
「当然、女の子用だね」
「やはりそうか」
「あら、可愛い浴衣ね」などと言う母の手で着付けしてもらい、その白地に赤や紫の桜模様がたくさんちりばめられた浴衣を命(めい)は身につけた。
「私、娘を産めなかったのが残念だなと思ってたけど、ちゃんと娘に育ってくれたから、嬉しいわあ。成人式には振袖着せたいくらい」
などと母は言っている。
「あ、きっと着ますよ。命(めい)、成人式は一緒に振袖着ようね」と理彩は言う。「うーん。振袖は高いからなあ」と命(めい)が言うと、
「ほら、お母さん、値段の問題だけみたい。本人、振袖着る気満々ですよ」
と、すかさず理彩は言った。
「それは楽しみね」
「いや、満々というほどじゃないけど」
「じゃ、70%くらい?」
「うーん・・・・」
「成人式の頃は、きっともう、おっぱいも大きくして、おちんちんも取っちゃってますよ」
「あらあら」という母は笑顔である。
ふたりで一緒に神社に行く。
神社の裏手から流れ出す清流にたくさんの灯籠が浮かべられている。神社の鳥居の手前に3つ出店が出ている。地元の小学校、中学校、高校の生徒がやっている出店で、売る品目は昔から決まっている。小学生たちは水風船、中学生たちはフランクフルト、高校生は心太(ところてん)である。
命(めい)たちは高校生の屋台で黒蜜を掛けた心太を買った。
「きゃー、斎藤先輩、可愛い!」
などと見知った2年生の売り子に言われた。
「こうして、命(めい)の女装姿の目撃者は着々と増えていく」
「もう今更だからいいけどね」
「そのうち男装の命(めい)を知る人が減っていくな」
「あはは」
「でも黒蜜の心太好き」
「黒酢も悪くないけど、甘いのいいよね」
ふたりはしばしその近くに立ち止まって心太を食べると、容器をゴミ入れに入れ、売り子の後輩たちに手を振って、鳥居を潜った。
「でも、このお祭り自体はずっと昔からやってるみたいだけど、売る品目は変遷してきてるんだろうね」
「そうだね。心太は古くからあったかも知れないけど、水風船もフランクフルトも戦後くらいじゃないの?」
「でも、この清流ってきれいだよね。水飲んでみたことあるけど、美味しいし」
「ああ、私も時々この水は飲むよ。美味しいよね」
「湧き水かな。神社の向こう側には川は無いし」
「神社の裏手に禁足地があるでしょ。そこに泉が3つあるのよ。そこから湧いてきているの」
「へー」
「3つの泉は少し高い所にあって、滝になって落ちてこの清流が始まっているらしいの。その滝がここの神様たちの象徴ね」
「ああ。竜神様だもんね。滝と竜って実質同じことだから。でもよく知ってるね」
「いつだったか宮司さんが教えてくれたよ」
「あの宮司さん、理彩がお気に入りっぽいよね」
「私、小さい頃ここの境内でよく遊んでたからね。うちに男の子がいたらぜひ嫁に欲しかったなんて言われたこともあるし」
「見事に女の子ばかりだもんね、あそこ。宮司さんの子供が3人とも女で、その子供たちも今のところ全員女」
「凄い女系家族だよね。跡継ぎのことで悩んでるみたい。よそから宮司を入れると、色々秘儀の引き継ぎができないからって。この村出身の人でないと出来ない神事がいくつかあるんだよね、この神社」
「へー」
ふたりで神社の拝殿でお参りをし、そのあと境内の縁台に座って少しおしゃべりしていたら、さっき話していた当の宮司さん、辛島和雄さんが寄ってきた。
「あれ?誰かと思ったら命(めい)ちゃんか。相変わらずそういうの似合うね」
「あ、どうも。最近こういう格好に慣れてきた自分が怖いです」
「お花の会のパンフレットにも、凄く美人に写ってたし」
「あはは、お恥ずかしい」
昨年、理彩のお母さんがやっているお花の会でパンフレットを作った時、その表紙を振袖姿の命(めい)が飾ったのである。
「今年の稲は豊作っぽいよ。神様のお陰だね」
「よかったですね」
「祈年祭もうまく行ったし。田植え祭りもうまく行ったし」
「祭りの出来不出来って、何かで分かるんですか?」
「うん。祭りの後である神事をすると分かる。田植え神事は本当はあそこに男の子が混じってたら神様に叱られるんだけどね」
「えー!?」と命(めい)。
「でもあの時、僕は命(めい)ちゃんなら大丈夫のような気がしたから、してもらったんだ」と宮司さんは言う。
「へー」と理彩。
「結果、大吉だった。神様から見ても、命(めい)ちゃんは女の子だったんだね」
「おお、神様認定証付きで命(めい)は女の子」と理彩。
「うーん。嬉しいような嬉しくないような」と命(めい)。