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真那はため息をついた。
ガタンとわざと大きな音を立てて立ち上がり、つかつかと傍に寄る。
「星も全く悪戯(いたづら)の度がすぎる」
と大きな声で言う。
「悪戯(いたづら)なの〜?」
と周囲の声。
「これ手品なんだよね〜」
と真那。
「手品!?」
「イリュージョンね」
「嘘!?」
「星ったら、教室でこういうのやったら、みんな驚くじゃん。この中の11人は偽物のホログラフィー。本物は1人」
と真那は言った。
「ホログラフィ!?」
「いつの間にそんな装置を」
「どれが本物?」
と先生も戸惑いながら見ている。
「みんなおんなじ顔してる。これじゃ、本物も偽物も分からないよ」
「でも私は本物分かるよ」
「どうやって見分けるの〜?」
「今から私がキスする人が本物」
と真那。
そして『星』と心の中で呼びかけた。12人の星の中の1人だけが『何?真那』と返事した。
「星、ちゃんと1人に戻りなさい」
と言って、真那はセーラー服を着た星の1人にハグするようにして、その唇にキスした。
すると他の11人が消えて、真那がキスしたセーラー服の星だけが残った。
「この子が本物」
と真那は笑顔で言った。
しかしそのことより、女子たちからも男子たちからも声があがる。
「キスした!」
「これってあれ?」
と真那の親友の想良が言う。
「魔法に掛かった王子様に、愛するお姫様がキスしたら魔法が解けるってやつ?」
「それに近いかもね〜」
と真那。
「じゃ愛してるの?」
「そうだなあ。こないだ落ちて大怪我する所を助けてもらったし、恋人になってもいいよ」
「女の子同士で?」
「私は構わないけど」
と真那は大胆に言う。
「すごーい!」
「レスビアン!?」
「いや斎藤さんは男の子だという疑惑もあるから、男の子であれば普通の組合せだよ。奥田さんが女の子であるなら」
と吉野君が言っている。
「真那、女の子だっけ?」
「とりあえずちんちん付いてないし、生理あるし、たぶん女の子」
「じゃカップル成立?」
すると星が照れるようにして言った。
「私も真那のこと好きだけど、取り敢えずお友達ということでいい?」
「うん。いいよ」
と真那は微笑んで答えた。
昼休みに星(結局セーラー服である)と真那は校舎横の芝生の所に座って話した。ふたりが並んで座っているので、教室の窓から見てなにやら話している子たちもいる。
「古くなっていた風邪薬の副作用だと思う。自分でも分裂してびっくりした」
「でも分裂した1人1人の記憶と意識もちゃんとあるんでしょ?」
「よく分かるね」
「ずっと考えていたんだよね。こないだ私を助けてくれた時も、私の落下のしかた異様だった。たった4mくらいの距離を落ちるのに、あんなに時間が掛かる訳ない。h=(1/2)gt
2 つまり h=4.9t
2 だから t=√(4/4.9)=√0.81=0.9 でもあの時は0.9秒どころか3〜4秒時間があった」
「ああいう時って、凄く長く感じるものだよ。人生が走馬燈のように思い起こされるなんて言うじゃん」
「走馬燈は死ぬ時だよ!」
「うふふ」
「そもそも抱き留められてすぐに想良が私を覗き込んだ。あの子は階段を降りてきたのに。それに星に抱き留められる前に身体がクッションで抱き留められる感じになって停止した。そのあと星が受け止めてくれたから、私衝撃が全く無かった」
「ふーん」
「だからあれって星が私を空中停止させてくれたんだと思う。その上で合理的な説明が付くように星は抱き留めてくれた」
「真那って想像力が豊かだね。そんなこと起こりえないよ」
「星にならできると思う」
「僕、魔法使いでもないし」
「うん。魔法使いでもない。超能力者でもない。星はそういう類いのものではない。それに星って性別が自由自在じゃん。だから星って、もしかして・・・・」
と真那が何かを言おうとしたら、星は真那の唇に自分の右手人差し指を立てた状態で当てて停めた。
(教室の窓からふたりを見ている子たちは「間接キスだ!」と騒いでいた)
「その単語は、ここでは言わないで」
「うん。言ってはいけない気もした」
それでふたりは微笑んで握手した。
真那はここはキスじゃないのかなあと思ったものの、あまりキスする勇気がないので(さっきはそれしか手段が無いからキスしたけど)、握手で妥協した。
「でも部活どうしよう?」
と星は本当に困ったように自問する。
「ごめんねー。私がよけいなこと言っちゃったから」
「いや、どうせ体育の授業に出たらバレることだったから」
「どこか1つに入ってしまえばいいと思う。そしたら、○○部に入っているからと言って、他の勧誘を断れるよ」
と真那は言った。
「そっかー」
「今関わっている男子サッカー部か女子バスケ部かに入っちゃったら?」
「それもいいかなあ。じゃ、女子バスケ部にしよう」
「ふーん。男の子なのに女子バスケ部に入るの?」
「だって男の子ということにしたら、男子サッカー部にしか出られないけど、女の子ということにしておいたら、どちらも出られるでしょ?」
「じゃ、女の子を基本にするんだ? でも星って男の子が7くらいで女の子が3くらいじゃない?」
「よく観察してるね〜。実はそのあたりに近いと思う。ぼく本当は女装好きの男の子なんだよ。でも女の子たちとガールズトークするのは純粋に好き」
「そうみたいね。だから、服装も学生服でもいいんじゃない?」
「そうだなあ。部活勧誘問題が決着したらそれでもいいかも」
「学生服を着てても、女の子たちは星とおしゃべりしてくれるよ」
「それは感じた」
それで結局、星は女子バスケ部に入部届を出して、正式に女子バスケ部員になった。バスケ協会にも早急に登録することにした。
男子バスケ部の馬場君が
「斎藤君、女子の方に入るの〜?」
と言ったが、
「ごめんね〜。なりゆきで」
などと星は言っていた。
実際、弱すぎる男子バスケ部では星もやる気が起きないだろうが、そこそこのプレイをする女子バスケ部なら、けっこう星も気合いが入るだろう。星が女子バスケ部に入ったついでに、真那は女子バスケ部のマネージャーをしないかと誘われた。
「スコアの付け方が難しそう」
「あ、それは私が教えるよ」
と友芽が言った。
「真那ちゃんもバスケ協会に登録していい?」
「うん。まあいいよ」
ということで、ついでに真那まで名前をバスケ協会に登録しておくことになった。真那はてっきりマネージャーとしての登録と思ったのだが、あとで会員証をもらったら、選手として登録されていた!
土曜日。バスケ大会の4回戦と準々決勝が行われる(先週1〜3回戦が行われた。但し1回戦は3つしか行われなかった。参加校が67(=64+3)校だったためである)。
星と真那は、真那のお母さんの運転する車で、大会が行われる天理市まで行った。友芽と麻季も乗って5人乗りであった。
それで大会が始まる前に練習していたら、事務局の人から、部長の菜香と星が呼ばれた。別室に入る。
「斎藤星さんって、先週、男子の方に出ていませんでした?」
「すみませーん。頭数が足りないので、顔貸してと言われて出たんですよ」
「あなたは男性ですか?女性ですか?」
「女です」
と星がごく平常な顔で言い切るので、菜香は内心「ほほぉ」と思った。星は実際女の子の声に聞こえるような声で話しているので疑義はもたれないのではないかと思った。
「女子なのに男子の試合に出たんですか?」
「いけませんでした?申し訳ありません」
「一応女子は男子の試合に出てもいいことにはしているのですが、ひとりの選手が複数のチームに所属してはいけないことになっているんですけど。あなた、バスケ協会への登録は男子チーム?女子チーム?」
「すみません。現在女子バスケチームに登録申請中で、まだ会員証来ていませんけど、これ一応彼女のidです」
と菜香が言って登録番号の控えを見せる。
「id番号が女子の番号ですね。1年生?」
「はい、そうです」
「それでは斎藤さんが女子チームに登録されるのであれば、女子の試合にだけ参加するということでいいですか?」
「はい」
「では先週の男子チームの試合は登録されていない選手を出したということで失格扱いにしますけど」
「仕方ないですね。どっちみち負けましたし」
「そうですね。本来なら20-0で負けという形にするのですが、既に90-18という試合結果が確定しているので今回はそのままにしますが、今度からは気をつけてください」
「はい。申し訳ありませんでした」
と菜香と星は一緒に頭を下げた。
「あ、そうそう。斎藤さんが女性であるというのを何か確認する書類とかありますか?」
「えっと・・・保険証でいいですか?」
と星は言った。
「いいですよ」
「こちらです」
と言って、星はバッグの中から保険証を出して事務局の人に見せた。
「確かに女と印刷されていますね。ありがとうございました。確認しました」
と言って、事務局の人は保険証を返してくれた。
「まあ、実際この子、おっぱいも大きいし、男の訳ないですよね」
と菜香は言う。
「確かにですね」
と事務局の人も笑って言った。
そういう訳で、性別疑惑(?)も晴れて星は女子選手として通すことになってしまったのだが、チームの所に帰る途中、菜香から聞かれた。
「星ちゃん、本当に女の子だったのね」
「今はですね〜。バスケの試合やる時はちゃんと女の子にしておきます」
菜香は首をひねる。
「でも保険証も女になっていたし」
「ああ。どっちの保険証も持ってますよ」
と言って、星は2つの保険証を出してみせた。
「男になっているのと女になっているのとがある」
「私の性別が不安定なので、トラブルを避けるために、うちの父が保険証を2つ作ってくれたんですよ。実際、私自分でも意識しない内にいつの間にか性別が変わっていることもあるんですよね〜」
「何それ〜?」