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「事代主神って、どこが発祥でしたっけ?」
と教海が訊く。
「奈良県の葛城ですよ」
「おお、意外に近くだ!」
「大国主神(おおくにぬしのかみ)と宗像(むなかた)の姉妹神との子供たちですね」
と言って、まどかはメモ帳にこのように書いて教海に渡した。
辺つ宮の高降姫との子:事代主神(下鴨神社)・高照姫(中鴨神社)
奥つ島の田心姫との子:鴨大神(高鴨神社)・下照姫(長柄神社)
「葛城ではこの4つの神社が四角形の形に配置されているんですよ」
「それは一度行ってみたいなあ」
「あれ?神奈川県の熱海(あたみ)の近くにも三島神社とかありませんでした?」
と禎子が訊いた。
「あの付近は静岡県」
と教海が訂正する。
「あれ〜〜!?」
「伊豆の三嶋大社はちょっと複雑で、事代主神が畿内から出雲に移動して、そこで国譲りに遭い、出雲(いずも)に居られなくなったので、伊豆(いず)に移動して、ここに島を多数出現させて、最初三宅島に鎮座したのだけど、火山の噴火が強すぎるので、白浜に移動し、更に広瀬を経由して現在の三島市に移動したのよね」
とまどかは簡単に説明したが、出雲の国譲り神話を知っている教海は感心したように頷いているものの、その知識が無い禎子は、よく分からない〜という感じの顔をしていた。
大三島神社でお参りしてから境内を歩いていたら、30歳くらいの男性が一行に近づいて来た。
「これはこれはN大神様、何か用事でした?」
と彼はまどかに声を掛けた。
「ご無沙汰しております。M大神様。今日はただの観光なんですよ。こちらの女の子が修学旅行で広島岡山を訪れる予定だったのが、直前に風邪を引いて、行けなくなったということだったので、代わりに連れてきたんですよ」
「そういうことでしたか。じゃお土産に伊予柑でも差し上げましょう。後でそちらのお車に届けますから」
と彼は言った。
「ありがとうございます。じゃこちらは桃か何かでも後で届けさせますね」
とまどかは彼に言っていたが、命(めい)が何だか渋い顔をしていた。
その後、隣接する道の駅でお土産物などを見てから駐車場に戻ると、車のそばに17-18歳くらいの少年が立っている。
「こちらM大神よりN大神様へのお土産です」
と言って、伊予柑がどっさり入った袋を差し出した。
「ありがとうございます」
とまどかが言い、命(めい)が受け取って、車に積んでいた。少年は会釈して去っていった。
この後、尾道方面に戻り、レンタカーを返して、新幹線で大阪に戻り、そのあと2台の車に分乗して奈良に帰還した。
まどかがE村まで戻るということだったので、真那はまた、まどかのRX-7に乗せてもらった。月は眠たそうにしていたので、真那の父が運転するラウムに命(めい)と一緒に乗って奈良市まで寝ていたようである。RX-7の後部座席に真那は星と並んで座った。
「奈良市まではいいけど、その先の道がなかなか厳しいよね〜」
とまどかが言うが
「それもあと3日の辛抱だよね」
と星が言っている。
「ああ、8月1日開通の吉野東道路ね?」
と真那もその話に思い至って言う。
「うん。今は奈良市とE村の間は1時間半くらい掛かっているけど、あの道ができたら半分で済むかもと言っている人もいた」
と星。
「だったら凄く便利になるね」
と真那は言いつつも心配する。
「でもこんな田舎にそんな立派な道を造る意味あるのかなあ」
「急病人が出た時とかに、奈良市に転送するのに凄く助かると思う。今まで助からなかった人が助かるようになるかも」
「それはあるかもね〜」
「実際、あの道はE村やU村だけじゃなくて周辺のX町やM村・S村の人も助かるし、何と言ってもG市から奈良市への交通も劇的に改善されるからG市の人も凄く喜んでいるみたいだよ」
「なるほど〜。でも有料道路になるという話だったのに結局無料なんですね」
「係員を置いて料金徴収するための費用が、どう考えても徴収できる料金より大きいというので、料金は取らない方がましらしい」
「やはり利用者があまり見込めないんだ!」
「そういえば大三島で伊予柑をくれた人はお知り合いですか?」
と真那はこの時、何気なく訊いた。
「真那ちゃん、あの人見えていたんだ?」
と星が訊く。
「へ?」
「なるほどねー。君、なかなか面白そうな子だ」
と運転しているまどかも楽しそうに言っていた。
真那はさっぱり訳が分からない気分だった。
この日、奈良市で星が降りる直前、彼女は真那に言った。
「真那ちゃんだから、触らせてあげる。ぼくの胸を触ってごらんよ」
「え?」
と言って、真那はおそるおそる星の胸を触る。
「あれ〜〜?」
星の胸は男の子のように平らだったのである。ブラジャーは着けているもののその“中身”が無い。スカスカである。
「さっき有効期限が切れちゃって、男の子に戻っちゃった」
「それどうなっているの?」
「ぼくは男女どちらにもなれるけど、一度変更すると半日くらいは再度の変更ができないんだよね〜」
と星は言っている。
「まさか今ちんちんある?」
「あるよ。触ってもいいよ」
「遠慮する!」
と真那は言う。さすがにおちんちんに触るなんてできない。
「友だちなんだから別に構わないのに」
などと星は言っている。
「じゃそれ本来は男女どちらなの?」
と真那は訊いた。
「ぼくには元々性別というものが存在しないんだよ」
と星は笑顔で言うと
「じゃ、またね〜」
と言って、手を振って降りていった。
2025年春。
真那は中学生になった。そしてこの年の3月末に、星たちの一家が真那が住んでいるE村に引っ越してくると聞き、真那はワクワクする思いであった。
理彩の勤務先は奈良市内の病院のままで異動した訳ではないのだが、命(めい)の果樹園の事業が本格化して、村に住んでいないと仕事に支障を来す状況となってきたので引っ越すことにしたらしい。理彩は村から車で40分ほど掛けて奈良市内の病院まで通勤するが(昨年開通した吉野東道路経由)、自動運転システムを搭載した車を使用するので、特に高速を走行中は、ほとんど運転席に座って景色を眺めているだけだという話だった。奈良市内・E村村内は何かあったら怖いから手動運転すると言っていた。
「でもそれ自動運転中は寝たりしないんですか?」
と真那が訊くと
「うん。大丈夫。景色がきれいだし」
と理彩が言うが、命(めい)は
「公式見解ではそうみたいね」
などと言っていたので、やはりうとうととすることもあるのだろう。
一家には今年2月、光という妹も生まれて子供は3人になっていた。理彩は出産の前日まで医師として仕事をし、出産後一週間で職場復帰したらしい!
そういう訳で一家が引っ越してくるので、当然、同じ学年の星も真那と同じ中学に行くことになる。星とは引越の時にも会ったが、引越の作業中は男の子の格好をして「ぼく」と言っていたのに、一段落して汗を掻いた服を着替えてきた時はスカート穿いて「わたし」という自称を使っていた。
真那は星が学校には果たして学生服を着て出てくるか、セーラー服を着て出てくるか、考えると、わくわくした気分になった。本人に訊いてみたが
「うーん。。。どっちだろうね」
などと言っていた。
入学式当日、真那が真新しいセーラー服に身を包み、中学校に出て行くと、学生服を着た星がこちらを見て手を振った。真那はちょっとホッとしたような残念なような微妙な感情になった。
男の子の星も好きだけど、女の子の星も好きなんだけどな〜、などと思う。女の子の方が気軽にお友達としてつきあえるもん。
小さな村の中学なので新入生25人で1学年1クラスである。
ほとんどが真那と同じ小学校からの進学だが、2人、山奥の分校の小学校に通っていた子がいた。その2人と奈良市内から引っ越して来た星の3人が、いわば「転入生」に近い感じであった。
星は最初のホームルームでもふつうの男の子としてふるまっていた。星のことを知っている子が少ないので、誰も彼の性別には疑問は持っていないようである。真那が星に視線をやっているので
「斎藤君、けっこうな美形だよね。真那の好み?」
などと友人の想良(そら)が訊く。
「親戚なんだよ」
「あ、そうだったのか」
「三従姉妹(みいとこ)になるのかな」
「み?」
「又従兄妹(またいとこ)の子供同士、言い換えると従兄弟(いとこ)の孫同士」
「かなり遠いね!」
「しかも途中で養子が入っているから血のつながりはない」
「ああ、だったら結婚可能なんだ?」
「え〜?」
真那はそれまで星を“恋愛”とか“結婚”といったチャンネルで考えたことが無かったので、そういう指摘は想定外であった。
だって女の子同士だし・・・などとも内心思う。
まあ男の子になっている時もあるけどね。
その日は給食を食べて掃除をしたら終わり、というコースであった。全員で机・椅子を教室の後ろに寄せた上で、生徒25人が5人ずつ5つのグループに分かれ、教室、教室前の廊下、階段、階段下にある生徒玄関、トイレという5ヶ所を掃除した。トイレ担当の班は男2人・女3人だったので、実際には男2人で男子トイレ、女3人で女子トイレを掃除した。真那や想良は階段の所、星は玄関の担当になった。
それで真那はモップを持って階段の所を拭いていたのだが、おしゃべり6割・掃除4割くらいの感覚である。しばしばモップが停まってしまう。実際モップを動かすのは結構な筋力を使うので、休み休みでないと辛いというのもあった。
それで掃除よりおしゃべりの割合がかなり多くなってきたあたりで、何気なく、真那は階段上の手摺りの所にもたれかかった。
「あ、そこダメ!」
と想良が声をあげる。
「え!?」
と真那は言ったが、その時は既に遅かった。
手摺りは真那の身体を支えてくれず、ベキッという音と共に真那は後ろ向きに身体が半回転して、頭を下にして落下してしまったのである。
真那は声もあげることができなかった。
そもそも事態を把握できなかった。
しかし真那は3秒ほどの後、がっちりとした腕で抱き留められた。
正確には、真那は最初柔らかいクッションか何かで受け止められたような感じがした。そして身体が停止した所を腕に抱かれたのである。
「真那大丈夫!?」
と言って覗き込むようにする想良の声。こちらに寄ってくる数人の足音。
真那は一瞬意識が飛んだ気もしたが、想良や泉美が心配そうに自分を見ている。
「真那立てる?」
という星の声がして、真那はゆっくりと床に降ろされた。真那は星に抱き留められていたのである。
真那は自分の身体をあちこち触ってみた。どこか痛いところあるかな?と考えてみたものの、特に問題は無さそうである。それでおそるおそる身体を起こし、やがて立ち上がった。
「斎藤ナイス!」
という男子の声もする。
「かなり距離離れていたのに、よく間に合ったな」
というのは桜井君の声だ。
ちょうどそこに1年担任の南原先生が駆けつけて来た。
「どうしたの?」
「奥田さんが、そこの手摺りの所から落ちたんです」
「あそこ危ないから触るなって大きく書いた紙貼ってたのに」
「後ろ向きに近づいたから、彼女気付かなかったみたいで」
「でもそれをちょうど下にいた斎藤君が受け止めてくれたんです」
「ほんと?良かった」
と先生も安堵した様子である。
「ふたりとも怪我は?」
「大丈夫みたい」
「ぼくは平気です」
「とりあえず保健室で見てもらおう」
「奥田さん、歩ける?」
真那は少し足を動かしてみる。
「歩けるみたいです」
それで南原先生が真那と星を保健室に連れて行った。保健室の先生は真那に服を脱ぐように言って身体を見ていた。触ったりして痛みは無いか?と尋ねている。むろん南原先生と星はカーテンスタンドのこちらに居る。見た感じは大丈夫そうということになり、次に星が見てもらったが星も大丈夫そうである。しかし保健室の先生は、念のため病院でもCTか何か撮ってみた方がいいと言ったので、結局南原先生が自分の車にふたりを乗せて、吉野東道路を走り、G市の市立病院まで行った。20分ほどの行程である。E村の村内にはCTまで撮れる大きな病院は無い。