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(C)Eriko Kawaguchi 2017-06-18
週明け、星がセーラー服を着て学校に出てきたので
「うっそー!?」
「斎藤君、どうしてセーラー服?」
などという声があがる。
「えー?だって、私女の子だし」
などと本人は言っている。
しかし真那はセーラー服姿の星を見て、むしろホッとした気持ちであった。だって、その方が仲良くしやすそうだもん。
「星は、男の子の服を着ていると男の子にも見えるけど、女の子の服を着ていると、ふつうに女の子に見えるんだよね〜」
と真那が発言すると、
「女の子になりたい男の子?」
という質問が入る。
「星は男になったり女になったり、変身するんだよ」
と真那は言った。
「何それ〜?」
みんなは真那の冗談と思っているようである。
まだ新学期早々で、そもそも生徒の顔を全部覚えていない先生も多く、この学校は男女混合名簿であることもあり、「斎藤」と呼ばれて、セーラー服の星が返事するのを、多くの先生が全く気にしなかった。
担任の南原先生は、星を生徒相談室に呼び出して、セーラー服を着てきた意図を尋ねたようである。そしてその話し合い内容は伺い知れないもののその後、南原先生は星のセーラー服について特に何も言わなかったので、結局是認されることになったのだろうと真那は思った。
真那はセーラー服の星を数日観察していて、どうも星がこういう格好で出てきた意図は「部活の勧誘を断る」のが理由ではないかという気がしてきた。
実際、週末に星がバスケの試合でもサッカーの試合でも活躍したという話が広まると、月曜日に野球部でも、柔道部でも、卓球部でも、陸上部でも
「斎藤君、うちに入ってくれないかなあ」
「斎藤君、試合だけでも出てくれないかなあ」
という声が出ていたのである。
ところがセーラー服を着て学校に出てきた星を見ると、勧誘の声がピタリと停まってしまった。
唯一、星に声を掛けたのはサッカー部の佐藤君である。
「斎藤さんさぁ、道山先輩の怪我が治ってまたプレイできるようになるのに3ヶ月くらい掛かるみたいなんだよ。それまででもいいから、試合に出てくれないかなあ。こないだの試合で奥田さんにも出てもらったけど、サッカーは男子チームに女子が参加しても構わないんだよ」
星が女子かもということで「斎藤さん」と呼びかけている。
「そうだね。試合の時だけなら」
「うん、それでいい」
ということで、結局、星はサッカー部の試合にだけ出るようにしたのであった。
星は体育はどうするのだろう?と思っていたのだが、どうも南原先生とお話した時に、着替えはここを使ってと指定されたようで、1階の多目的トイレを使って着替えて来た。
この日の体育は男子対女子でサッカーをしたのだが、友芽(ゆめ)が
「斎藤さん女子だよね?」
と言って、星を女子チームの方に引っ張ってきたので、これでなかなか良い勝負になった。
女子にもテニス部のリンダとか、バスケ部の友芽とか、結構運動神経の良い子がいる。真那もわりと運動神経は良い方である。それに星が加わったことでハンディとして女子チームに入っている鳴海先生も含めて男子に充分対抗できたのである。
最初男子はサッカー部でもある佐藤君が1点取るが、女子もコーナーキックを星が蹴って、それをバスケ部の友芽がきれいにシュートを決める。更に鳴海先生からのパスを星がゴールの隅に蹴り込んで女子は逆転する。
その後、星からのパスで真那までゴールを決め、終了間際に葛城君が1点取ったものの、そこまで。3-2で女子が勝った。
「斎藤を女子に取られたのが痛かった」
と佐藤君などは言っていた。
しかしこの日の授業で星が女子チームに加わったことから、星は他の女子とも打ち解け、休み時間はだいたい女子たちとおしゃべりしているようになる。実際、星は女の子の話題にちゃんと付いてくるので
「星ちゃん、充分女の子だね〜」
とみんなから言ってもらっていた。
トイレも「星ちゃん、一緒にトイレ行こう」などと他の子から声を掛けてもらって、一緒にトイレに行く。星は列に並びながら明るく他の子とおしゃべりしているので「星ちゃん女子トイレに慣れてるんだね〜」と半分感心したように、半分は呆れているように言う子もあったようである。
ともかくも星は女子トイレに受け入れられてしまった。
「ねぇ、星ちゃん、女子なんだったら、今週末の女子のバスケの大会に出てくれない?」
と友芽が言った。
「土曜日?日曜日?」
「土曜日に4回戦と準々決勝があって、勝ち上がれば日曜日の準決勝と決勝」
「うーん。日曜日の男子サッカーに出るって約束しちゃったしなあ」
先週勝ったので今度は3回戦があるのである(1回戦は不戦勝だった)。ちなみに女子のバスケも先週、1回戦不戦勝の後、2回戦と3回戦を勝って今度の週末の4回戦に進出している。
「土曜日だけでもいいよ」
と友芽は言う。
「じゃそういうことで」
と星。
それで今週末は星は土曜日に女子のバスケに出て、日曜日には男子のサッカーに出ることになったようである。
星は何だかためいきをついていたが、運動神経のいい子は勧誘されるよね〜と真那は思っていた。
ところが・・・
木曜日、星は何だか調子が悪そうであった。
「風邪引いちゃったかなあ」
などと言ってマスクをしている。
「病院行った?」
と心配そうに泉美が訊く。
「行ってない。お父ちゃんがお医者さんだから、薬もらった」
「星ちゃんのお父さんってお医者さん?」
「うん。奈良市の病院に勤めているんだよ。外科だけどね」
「まあ外科でも風邪くらいは診るかもね」
「手術で治そうとしたりして」
「風邪の手術って何するのよ〜?」
「ああ、うちのお父ちゃん、人の身体を切るのが大好きみたい」
「外科の先生にはそういう人、よくいるよね〜」
「星のお父ちゃんって、手とか足とか首とか切ったりするの?」
「首を切ったら死ぬよ!」
「あ、そうか」
「むしろ胴体を切るのが専門みたい。胃や腸を切ったり、腎臓を摘出したり、肝臓の癌とかになっている所を切ったり、盲腸とかヘルニアとか前立腺の手術、卵巣や子宮の摘出とか睾丸の摘出、陰茎の切除」
「最後の方で凄いもの聞いた気がした」
「性転換手術もするよ」
「じゃ、星、そのうちお父ちゃんに手術してもらう?」
「ああ、性転換したかったら、いつでも手術してあげるよとは言われている」
「ほほぉ」
真那はそれって、男から女にするのか、女から男にするのか、どちらなんだろうと疑問を感じた。
ともかくもそれで星は学校にも薬を持って来て、飲んでいたようであるが、給食の後で薬を飲んでいた星が、その薬のシートを落としたので、近くの席にいた真那が拾ってあげた。
「ありがとう、真那」
と言って星が受け取る。しかしその時、真那は気付いた。
「ね、この薬、2018.3.31って印字があるけど大丈夫?」
「え? あれ〜。ちょっと古すぎたかも」
現在は2025年4月である。
「でもお医者さんしてる、お父さんからもらったんじゃないの?」
「そうなんだけど、うちって結構古い薬が転がっていることあるんだよね〜。お母ちゃんが見つけたら捨ててくれるんだけど、お父ちゃん、わりと無頓着で。元気な時なら私も気付いたと思うんだけど」
「いや、薬というものは元気でない時に飲むものだ。これ危ないと思うよ」
「だよなあ。帰ったらお父ちゃんに文句言おう」
授業が終わった後、スクールバスの時刻まで図書館で待つ。真那も星も本を読みながら、スマホでチャットしつつ待っていた。
その時、星にメールが入ったようである。
『友芽ちゃんからか。今日体育館が確保できたんだけど、バスケの練習に出られない?だって?』
と星がひとりごとのようにつぶやいたような気がした。
「今日の体調じゃ無理だよね」
と真那が言うと
「え!?」
と星は驚いたような声を出した。何だろう?と真那は思ったのだが、そこにまたメールが入ったようである。
『今度は佐藤君か。今から1時間くらい校庭がサッカー部で使えるんだけど、来れない?か・・・』
と星はまたつぶやくように言った気がした。
「サッカー部からもお誘いか。ほんと星、人気だね」
と真那は小さい声で言った。
星は少し困惑したような顔をしていたが、やがて真那の顔を見てつぶやいたような気がした。
『真那、この声が聞こえる?』
「聞こえるけど。あれ?今、星、唇動かさなかったね。腹話術?」
『真那、声を出さずに強く“思って”ごらんよ』
『へ?思うってどんな感じ?』
と真那は考えたのだが、それが星に『聞こえた』ようである。
『うまい、うまい。真那、心の声が使えるんだ?』
『何それ〜?』
『今私たちがしてるような会話だよ』
『え?よく分からない。私、声出してないのに、ちゃんと星と会話ができてる』
『いわゆるテレパシーに近いね』
『うっそー!? そんな超能力みたいなのって』
『まあ相手が私だからかもね』
と星は優しい微笑みで言った。
『でも女子バスケ部と男子サッカー部の両方からお誘い来ちゃったけど、どうしよう?』
『風邪気味なんだし、帰った方がいいと思うけど。あと20分くらいでスクールバスの第1便が出るよ』
『そうだなあ』
『身体が3つくらい欲しいかもね』
と真那が言うと
『ほんとほんと。まあ風邪は治そうと思えば自分の力ですぐ治せるんだけどね』
などと星は言っている。
『身体は1つなんだから、帰るというのに1票』
と真那は言う。
『身体が3つあればかぁ』
と星は言ったのだが、その瞬間、まるで分身の術でもするかのように、星が3つに分かれてしまった。
『え〜〜〜!?』
と真那は驚く。
『あれ?3つになっちゃった。まあいいや。このまま1人は体育館でバスケ、1人は校庭でサッカー、1人は帰ろう』
などと3人の内、真ん中にいる星が言っている。
『じゃ君は男の子になって校庭行ってサッカーしてよ。風邪は治しちゃうね』
「OK」
『君は女子のまま、体育館でバスケね。君も風邪は治しちゃうね』
「いいよ」
真那はその“心の声”で話すのが真ん中の星だけだというのを認識した。他の2人は話しかけられてもふつうに耳に聞こえる声で返事している。
『私は真那と一緒に帰って家で寝てようかな』
『うっそー』
「じゃ、真那、そろそろスクールバスの所に行こ」
「あ、うん」
それで星はあと2人の星に手を振って、真那と一緒に図書館を出るとスクールバスの所に行ったのである。
真那は夢でも見ているのかと思った。だって・・・・人間が3つに分裂するとかある?? スクールバスに乗った星はごくふつうに、真那と話したり、想良の問いかけに答えたりしている。
それで、さっきの分裂のことについては、真那もあまり深くは考えないことにした。