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余興ではやはり龍笛を披露する。千里は子供たちからも離れて演奏用の部屋に移動し、そこでひとりだけで演奏した。例によって落雷付きである。
「千里ちゃんの龍笛、久しぶりに聴いた。なんだか神がかってるね」
と言っていた人もあった。
保志絵さんは
「千里ちゃんの演奏の録音を再生しても落雷は起きないんだよね」
などと言う。
「所詮は音だけコピーしたものですからね。録音なんて」
と千里は笑顔で答えた。
「でもネット中継はちゃんと神々しさが伝わってくる」
「リアルタイム中継ですから」
千里がヴァイオリンを弾くのを覚えていた人もあり、
「ヴァイオリンはしないの?」
などという声も掛かる。それで千里はいったん制御を新郎新婦に返してから、演奏用の部屋を出て、4人の子供たちを見てくれていた桃香の部屋に行き、声を掛ける。
「そこのバッグの中のヴァイオリン取って」
桃香がバッグを開けるとビニール袋に包まれたヴァイオリンが入っている。
「こんなの持って来てたんだ?」
「私、必要なものは全部事前に分かるから」
「それ復活したよな。一時期はできなくなってたのに」
「うん」
それで元の部屋に戻り、急いで調弦してクライスラー『愛の喜び』を演奏した。これでもまたたくさんの拍手をもらった。
「千里ちゃん、ヴァイオリンが凄くうまくなってる」
「まあここ12年ほどの間の進歩ですね」
千里たちは理歌の旭川での結婚式に出席した後、玲羅や貴司の両親たちとともに留萌を訪れた。
「千里は勘当されていた間、留萌にも来てないんだっけ?」
と桃香が訊くが
「うちの母ちゃんに会うのに何度か来てるし、保志絵さんに会いにも来てるよ」
「ああ、貴司君と留萌で会っていたのか?」
「それが、私高校3年の時以来、1度も貴司とは留萌で遭遇してないんだよね」
と言って千里は苦笑する。
「そうそう。貴司が来れる時は千里さんの都合が付かず、千里さんが来れる時は貴司が都合付かず」
と保志絵さんも笑っている。
「ふたりが同時には姿を見せないから、実は千里さんは貴司兄さんの女装ではという説も出ていた」
と美姫。
「そんな無茶な!」
「貴司が女装してたらお巡りさんが飛んでくるよ」
などと保志絵さんは言っている。
最初に千里の実家を訪れる。
ここは現在千里の両親が2人で住んでいる。2DKの市営住宅である。
ふだんは津気子と武矢だけで、むしろ広すぎるくらいだと言っていたが、この日は千里・桃香・貴司、貴司の両親、朋子、が来て8人も居る。
むろん、戸も窓も全開放で扇風機まで掛けている。
千里たちの子供4人は美姫に見てもらっている。三密(集近閉)を避けるため玲羅夫婦も遠慮した。
最初に朋子が
「ご挨拶が遅れました。娘さんを頂きます」
と千里の両親に挨拶した。
「不肖で変態な娘で申し訳無い」
などと武矢は言ったが
「こちらも変態な娘で申し訳ないです」
と朋子も言っていた。
「なんて挨拶なんだ?」
と津気子が呆れていた。
その後で、貴司の両親も千里の両親に挨拶する。
「紆余曲折ありましたが、またお世話になります。千里さんを頂きます」
と貴司の父・望信が挨拶し、
「なんか二重売りみたいで変な気分ですが、よろしくお願いします」
と武矢は返していた。
その後で頼んでいた仕出しの膳を並べて食事会をした。例によって食事の間は無言で、話したい場合はLINEのメッセージでやりとりした。千里の父は放送大学とか行ったおかげでこの手の操作は大得意である。いちばん悩んでいたのは貴司の父であった。
なお、京平たち4人は別の場所でお子様ランチ風の御膳を出してもらい、喜んで食べている様子が美姫からのLINEで伝えられた。
食事会の後、千里の両親を残し、他のメンツで貴司の実家に移動した。
千里が持参していた紅茶とクッキーを出し、保志絵はお酒を出して(実際には開けないまま)しばし歓談した。
この家は4LDKの造りである。台所・居間の他に部屋が4つあり、貴司がまだここに居た頃は両親が1部屋、貴司・理歌・美姫が1部屋ずつ使っていた。2008年春に貴司が大阪に出て1部屋は住む者が居なくなったが、夏過ぎにここに淑子が「ゲームをするため」礼文島から出てきて貴司が使っていた部屋に住むようになった。
現在は理歌・美姫ともに旭川に出て行ってしまい、両親と淑子だけが住んでいるのだが、この日は美姫が戻って来ており、今夜は(初夜でホテルに泊まっていて不在の)理歌の部屋に貴司と千里が泊めてもらうことにしている。朋子と桃香は適当な時間に子供たちの居るホテルに引き上げることにしていた。
「君たちって高校時代からセックスしてたんだろ?」
などと桃香はストレートに訊く。
「この家の貴司の部屋でもしたし、旭川の私の下宿先でもしたよ」
と千里も開き直って答える。
「不純異性交遊だな」
「桃香に言われたくないな」
桃香は高校時代にも多数の女の子を毒牙に掛けている。
千里たちの引越は12月下旬、かなり押し迫った時期に実行した。
「しかし年に2度引っ越すとは思わなかった」
「転居届けが大変だったね」
今回書いた転居届は6枚である。
・高園桃香&早月
・村山千里
・細川貴司&緩菜
・篠田京平(親権者の阿倍子さんに依頼)
・川島由美(親権者の千里の権限)
・鈴江彪志(大宮から移動)
「彪志君以外は、実際ひとつの家庭だけど、法的には5世帯が同居してるんだよな」
「来年の6月になったら1つ減るから」
「もっと減らせないんだっけ?」
「考えてみたけど京平と由美を入籍すれば2枚にまでは減らせる。但し桃香と早月以外が全員細川になってしまう」
「それは仲間外れにされるみたいで嫌だ」
「結局子供の苗字が4人バラバラの状態が安定なんだよね」
などといいながら、千里は桃香は早月たちを千葉につれていかなくてもいいのだろうと考えていた。向こうは今の家を建てた時以来、早月と由美の居場所を確保してくれている。
なお、血縁関係の無い者を「同居者」として同じ住民票にまとめる手はあるのだが、ここまで複雑になっていると、むしろまとめないほうがスッキリするということで、その手法は使用していない。
千里は新しい家を買った直後から“車の置き場所”に悩んだ。1台や2台ならどこかの月極駐車場でも借りればいいのだが、取り敢えず4台の車がある状態である。そこで千里は隣の家が空き家になっているのに気付き、そこの所有者を調べて見ると、大阪に住んでいて埼玉に戻るつもりはないということだった。ただ狭い土地なので、あまり言い値がつかず放置していたらしい。千里はこの土地(8m×9m 22坪)を4000万円で買う交渉をまとめた。ここに建っていたボロ家を崩した上で、ビット付き昇降式駐車場を建てた。
ここで普段はどちらのユニットも全部下まで下げておき、支柱だけが建っている状態である(夜中にぶつけないように蛍光デーブを貼っておく)。この最上段を来客用として使用し、普段は地下に隠れている段に、車を駐めようという趣旨である。
結果的にこの隣接する敷地の下を5mほど掘ったので、千里は家からガレージへの通路を作るという名目で事実上の地下室を作ってしまった。
浦和の家の図(再掲)
住居の1階にある約4.2m x 2.5mのクローゼット部分の床を外し地面を5m掘って結果的にこの部分は1回天井まで8mほどの高さになった。
床はコンクリート/防音材/フローリングという構造にし、壁と天井にも防音材を貼り付けた。怪我防止のため壁には更にラバーを貼り付ける。ここは元々窓の無い部屋であったので防音構造にするのもかえって楽であった。但し感染症対策で強制換気し、常に空気が入れ替わるようにしている。高い部分に窓を開け、床付近に換気扇を設置して、ウィルスが溜まりやすい床付近の空気を積極的に排出する。これは津幡や若林のジョギングコースと同じ原理である。
その上で部屋の家の中心側の壁にバスケットのゴールを設置した。ゴールを設置した壁は建物とは直接つながっておらず、新たに床から立ち上げたもので振動が建物に伝わりにくくしている。ゴールの高さは可変にして3.05m(中学以上)と2.60m(ミニバス)のどちらにでも対応できるようにする。
これは千里と貴司自身の練習用でもあり、また京平たちに遊ばせるためのものでもあった。実際子供たちはこの半地下の部屋を面白がり「冒険」に使っていた。
この部屋の長辺は4mちょっとあるので、部屋の端に立ってゴールを狙うと、実はフリースローサークルからゴールを狙う距離になり、素人はこの距離からでもボールが届かない。実際桃香は10本撃って1本も入れきれなかった。
「生まれる前から仕込んでおいた」だけあって京平はかなり興味を示した。しかし5歳の京平の腕力ではまだ2.60mのミニバスのゴールにも直下からボールが届かないので、実際に入居した後で、更に低い1.40mまで下げられるように貴司と桃香が協力して改造した。これだと早月でもたまに入ることがあった。
「桃香さん、こういう工作ごとが得意みたい」
と貴司。
「うん。電気とか日曜大工とかは私の担当。裁縫とか料理は千里の担当」
と桃香。
「ほんとに桃香さん、お父さんって感じだ」
「私は京平からお父さんと言われているから」
「そうか。僕は京平のパパなんだ」
「そうそう」
京平は阿倍子をママ、貴司をパパ、千里をお母さん、桃香をお父さんと呼び分けているのである。
この部屋は「ガレージへの地下通路」名目の事実上の地下室(広さは7m×8mで、天井の高さは4.5mほど)とつながっており、そこからドリブルしてきてこの部屋の奥のゴールへシュートするというプレイもできる(部屋の入口にも上から下ろせるゴールがある)。
家の1階中心にある廊下からサービスルームに入ると滑り台(転落防止ネット付)があるので、これを滑ってサービスルームの床(地下5m)に到達できる。ここから地下室を通ってガレージの地下2階まで行き、そこからエレベータで地上(ガレージの裏手)に出て、ガレージの横の地面を歩いて通り側の廂(ひさし)に出て、廂の下を歩いて玄関に戻る、というのは子供たちにとって、ワクワクする冒険で、京平が先頭に立って4人で無限に走り回っていた。由美も周回遅れにはなるものの、頑張って走っていた。
↓再々掲
千里は子供たちが走り回っている時に車が出入りすると危険と考え、眷属に頼んで、ガレージ横から前面に出る箇所にゲートを作り、車が出入りする時はこれを閉じ、またセンサーによって廂部分に子供がいる時はガレージ前のチェーンが開かないようにコントロールするシステムを導入した。
千里は2階の南側の6畳の203番の部屋にワーキングテーブルを2つ並べ、片方にパソコンを置き、片方に61鍵のキーボードを置いた。
「これって何だっけ?」
「私の仕事道具。私作曲家だし」
「そういえばそうだった!」
「演奏家なら88鍵のを置くだろうけど、作曲作業には88鍵は大きすぎるんだよ」
と千里は解説する。
「でもこの部屋がいいの?今取り敢えず空いている隣のクローゼットでもいいのに。あそこにも防音工事すればヘッドホン無しで鳴らしてもいいのでは?」
「だって桃香と一緒に寝た後、夜中に起き出して仕事するパターンが多いと思うし」
「それって私が後ろから悪戯してもいいのかな?」
「節度を持ってもらえば。あと締め切りが厳しい時は勘弁して」
「ふむふむ。締め切りが厳しい時に後ろから突っ込めばいいんだな?」
「いきなり〜?」
なおそのクローゼットは逆に窓を開けて(元々窓があったのを塞いであったので、それを復活させた)京平のベースルームにすることになった。京平は普段は1階の和室に居て、夜は彪志と寝るが、青葉が来ている時は201番の貴司の部屋で寝る。が、千里が貴司と寝ている場合は、この自分の本来の部屋で寝ることになる。