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■女たちの羽衣伝説(8)

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信次を追って行った眷属たちは結果的に見落としてしまったのだが、呪いの小動物のごく一部は《呪いマーカー》の付いている信次の方ではなく、本来の呪いのターゲットである千里のそばに寄ってきていた。
 
雪娘と《いんちゃん》は2人だけでは対処できそうに無いと思い、これどうしよう?と思っていたのだが、そこにちょうど桃香が到着した。
 
そして桃香がアパートの中に入った来た瞬間、千里に迫っていた小動物たちがパッと散ってしまったのである。
 
『桃香さんの力?』
と《いんちゃん》が独り言のようにつぶやく。
 
『まさか。桃香さんって霊感というものとは最も縁遠い存在』
と《雪娘》は言う。
 
『でもこんなに分散してたら1匹1匹は潰せる』
『よし。やろう』
と言ってふたりは数十メートル四方に散らばった霊獣たちと戦い始めた。
 
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その時、千里は信次の上司から信次が事故死したという連絡を受け、ショックで茫然自失状態になっていたのだが、そこに桃香が到着すると桃香は千里を励まして、一緒に病院へと向かった。
 
『あ、移動した』
『私たちも千里に付いていこう』
と言ってふたりが戦いを中止して、桃香と千里に付いていった時、残っていた霊獣たちがみんな千里たちのアパートの中に飛び込んでしまった。
 
『どうする?』
『取り敢えず放置』
 

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病院で千里は信次の遺体に対面し、激しく泣いて、自分を失ってしまったかのようであった。そこに千里たちの住んでいたアパートがガス爆発で崩壊したという報せまで入る。
 
千里の眷属たちと《雪娘》が顔を見合わせた。
 
『いや残った霊獣たちがアパートの中に全部飛び込んで行ったんですよ』
『たぶん千里が持っていた何かにも元々マーカーが付けられていたのだと思う』
『そこに霊獣が作用してガス爆発を誘発したんだろうな』
 
『じゃこれで呪いは終わり?』
『どうだろう?まだどこかでスタンバイしてる奴らがいるかな?』
などと眷属たちは言っていたが
 
『これで終わったよ』
と《くうちゃん》が言うので、それで眷属たちも戦闘モードを解除した。
 
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信次の遺体は千葉に運んで、向こうで葬儀をおこなうことになった。爆発事故のあったアパートは桃香と太一(信次の兄)で、特に重要そうなものだけ回収した。そして信次の遺体を彼の愛車ムラーノの荷室に乗せ、桃香と太一で交代で運転して千葉に戻った(もっとも桃香が運転したのは1回だけである)。
 
(最終的な回収作業は青葉から連絡を受けた新島さんが自身名古屋に向かい、名古屋で千里が参加していたバスケチームの友人、そして千葉に向かう前にいったん名古屋入りした青葉の3人で行なった。信次の会社の人も手伝ってくれた)
 
事故の翌日7月5日が友引だったので、6日(先負)に通夜、その翌7日(仏滅)に葬儀が行われたが、千里は喪主は務めたものの、実際にはまるでお人形のような状態、何を聞かれても無反応で、実際の様々な手配は桃香と康子が主となり、青葉や太一とも相談して進めた。
 
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その後、桃香は半月掛けて名古屋から仙台まで駆け回り、信次の会社との交渉、アパートのガス爆発問題、そして仙台で代理母さんのお腹の中で育っている子供の問題などを精力的に話し合った。
 
父親が死亡した以上(特別養子縁組ができないので)代理母のプロジェクトも中止して中絶すると主張する医師に対して、桃香はその子を守るため必死に医師を説得した。なお中絶は法的には21週まではできるが当時15週であった。元々押しが強く交渉事の上手い桃香の勢いに負けた医師は代理母さん本人とも相談の上、プロジェクトは続行し、出産後子供を千里たちに普通の養子として引き渡すことを約束してくれた。但し最終的にこの子の法的な扱いは変則的な手法をとることになる。
 
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会社との労災交渉などもシビアだったのだが、この代理母問題が桃香としても一番たいへんだったと後に桃香は語った。
 

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信次の四十九日は8月21日(火)であったが、実際の法要は日曜日の19日に行われた。千里は再度喪主として法要に出席したものの、相変わらず心ここにあらずという状態であった。
 
康子・太一・桃香は、ひょっとして千里はしばらく精神科に入院させた方がいいのでは、とまで話し合ったが、結論は「もう少し様子を見る」ということであった。
 
「千里さんは強い人です。きっと自分を取り戻せます」
と太一が言った。
 
「お母さん、百ヶ日法要が過ぎたら、千里を私のアパートに連れて行っていいですか?私と千里は20歳の時から7年くらい一緒に暮らしていたから、私と暮らしていれば自分を取り戻せると思う」
と桃香は言った。
 

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8月23日(木)。
 
朝御飯の後、川島家に訪問者があった。
 
「羽衣さんでしたっけ?」
 
と千里は言ったが、彼女とどこで会ったのか思い出せなかった。
 
「お線香あげさせてもらっていい?」
「はい。お願いします」
 
それで羽衣は仏檀にお参りして香典を供え、阿弥陀経をまるごと暗誦した。千里と康子は後ろで合掌していたが、康子はこんな長いお経をそらで唱えることができるって、この人はもしかしたら凄い尼さんなのだろうか、と思い合掌していた。
 
やがて長い長いお経が終わってから羽衣は康子に言った。
 
「お母さん。今日1日、千里さんをちょっと借りられますか?」
 
「ええ。連れ出してください。きっと気分転換にもなりますし」
と言って康子は千里を送り出してくれた。
 
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羽衣は赤いアテンザワゴンを持って来ていた。千里はぼーっとしたまま助手席に乗り、羽衣が運転席に座って車をスタートさせる。
 
かなり走ってから千里はやっと気づく。
「あれ?これもしかして私の車?」
「そうだよ。ちょっと借りた」
「あ、いいですよ」
 
赤いアテンザの中で千里はぼーっとしたまま景色を眺めていた。羽衣は千葉北ICから高速に乗ると、東関東道/首都高/東名(新東名)/名神と走り、やがて吹田ICで降りると、小さな病院の前で車を駐めた。
 
「ここどこですか?」
と千里は尋ねた。ここに至るまで千里はずっと景色に目をやっていただけで、一言もしゃべっていなかったのである。
 
「今日ここで赤ちゃんが生まれるの。それを見せてあげたくて」
「誰の赤ちゃん?」
「千里ちゃん、あなたの子供だよ」
「え!?」
 
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それで羽衣に導かれて千里が病院の中に入っていくと、貴司が廊下に居るのでびっくりする。
 
「貴司、何してんの?産婦人科で」
「あ、いや子供が生まれそうなんで」
「貴司が産むの?」
「なんで僕が産まないといけない? 産むのは美映だよ」
「いつの間に貴司、女の子になったのかなと思った」
 
千里は貴司と会話していて、なんだか自分の調子が出てくるのを感じていた。
 
「性転換して女の子になっても子供は産めないよ」
「あら。私は男の子から女の子になったけど子供産んだよ」
 
「千里、いつの間に産んだの?」
「内緒」
 
羽衣がいつの間にか姿を消しているので、結局千里は貴司とこのあと2時間ほど話しながら、美映の出産を待った。
 
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15時頃、分娩室から「おぎゃーおぎゃー」という声が聞こえてきた。
 
千里と貴司は「わぁ」と声を挙げ、うっかりキスしてしまった。
 
「あ、ごめん」
「今のは無かったことに」
「OKOK」
 
分娩室から看護婦さんが出てきて告げる。
「産まれましたよ。女の子ですよ」
「すごーい。貴司、今度は女の子のパパになったね」
と千里は貴司を祝福した。
 
「中に入って赤ちゃん見て下さい」
と看護婦さんが言うが
「私はさすがにまずいだろうから帰るね」
と千里は貴司に告げて、その場を離れた。
 
病院の外で羽衣が待っていた。
 
「千里ちゃん、帰りは自分で運転する?」
「じゃちょっと気分転換に運転します」
 
それで千里がアテンザの運転席に乗り、羽衣が助手席に乗った状態で車は出発する。
 
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「千里ちゃんの身体、あと少しで治るの。あと半年ちょっとかな」
と羽衣は言った。
「治す?私やはり病気なのかなあ。なんか最近記憶が全然残らないの」
と千里。
 
「そうだね。あなた自身というより、あなたが持っていた天女の羽衣を私が預かってちょっと修理していたんだよ。あなたって実は天女だから」
 
「すみません。よく分かりません」
「あなたはそもそも大天女様のしもべだからね。千里ちゃんや京平君は豊受大神(とようけのおおかみ)別名・倉稲魂神(うかのみたまのかみ)が統括するグループに所属している。豊受大神は若い頃、但馬国でまだ並みの天女として暮らしていた頃、水浴びをしている時に、羽衣を近くに住む男に隠されてしまったのよ(*1,*2)」
 
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「あ、それで結婚したんでしたっけ?」
「そうそう。でも何年も暮らした末に、男がもう返してもいいだろうと思って隠していた羽衣を出すと、天女はその羽衣を身につけ子供たちも連れて男の元から飛び去った」
 
「そのヒロインが豊受大神だったんですか?」
「そうそう。私も豊受大神を信奉しているから、広く見れば私も千里ちゃんや京平君と同系統。まあ3人とも別の支社の社員同士って感じだね」
 
「へー」
 
「だから千里ちゃんも天女の羽衣を持っているんだよ。でもちょっと私がうっかり壊しちゃったの」
「あら?そうだったんですか」
「きっちり修理して返すからね」
 
「はい、それはそれで構いません」
 
(*1)羽衣伝説には男が隠すパターンと老夫婦が隠すパターンがあり、豊受大神(豊宇賀能売神)に関わる伝説は本来は老夫婦が隠す方のパターンである。羽衣がここでなぜ男と結婚する方の物語を語ったのかは不明。
 
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(*2)千里が所属している羽黒山山伏集団を統括する羽黒山大神は倉稲魂神と同体であるとされる。一般に倉稲魂神は稲荷神社の神、豊受大神は伊勢外宮の神として認識されている。京平は稲荷大神のしもべであり、羽衣は豊受大神のしもべである。これが羽衣の言う「別の支社の社員」の意味である。
 

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「でもあなたには京平君もいるし早月ちゃんもいるし、仙台の潘さんのお腹の中にいる女の子もいるんだから、あまりうちひしがれている時間無いよ」
 
千里は運転しながら考えていた。
 
「あの子、女の子なんですか?」
「そうだよ。あなた子供3人のお母さんなんだからね。頑張らなくちゃ」
 
羽衣は今3人の母と言った。しかし千里は自分は京平や、潘さんのお腹の中の子の母親かも知れないけど、早月にとっては母ではなく父だけどなあと思った。でも早月の親で女だから母親でもいいのかなと思い直す。
 
「ほんとにそうですね。私信次のことがショックでぼーっとしてたけど、ボーっとしてる暇なんて無かった。私また頑張ります」
と千里は答える。
 
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「東京に戻ってきたんだし、バスケの練習もまた再開するといいよ」
「ほんとだ!そうしよう」
 
「その山子ちゃんはもうしばらく千里ちゃんに預けておくから」
と言って千里が携帯に付けているリスの形のストラップに触る。
 
「あ、この子、羽衣さんから頂いたんでしたっけ?」
「うん」
「すみません。全然覚えてなかった」
「ちょっと択捉島で拾ったリスなんだよ」
「あ、リスのこと、北海道では山子っていいますね。ヤマゴってそういう意味だったのか」
 
「ほら、ちょっとおいで」
と羽衣が声を掛けるとヤマゴは千里の携帯から離れて生きているリスの姿になり、羽衣の掌に載った。
 
「わ、生きてる!?」
「うん。生きてるよ。お腹空いたから食べちゃおうかと思ったんだけど、あまりお肉無いみたいだし、ちょっと眷属にさせてもらった」
 
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「へー」
「はい。千里ちゃんの所に戻って」
と言うと、ヤマゴはまた千里の携帯のストラップに擬態した。
 
「なんかこの子の言う通りに動いていると、不思議と物事がうまく行くんです」
「実は千里ちゃん自身が本当は分かっていることを伝えているだけ」
「え〜?そうなんですか」
 
「あなたの天の羽衣の修理が終わったら、それ自分で分かるようになるから、その時はまたヤマゴを回収にくるね」
「はい」
 

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千里は名神を運転していて、ふと思い返すように言った。
 
「でも私なんだか変」
と千里は言った。
 
「何が変なの?」
「貴司の奥さんが子供産んだら、私、嫉妬してもおかしくないのに、今日はすごく嬉しいの。やはり私もう貴司のこと、思い切ることができたから、純粋に祝福する気持ちになれるのかなあ」
 
「千里ちゃん、信次さんのこと好きだった?」
と羽衣が訊くので千里は涙を流しながら
「はい」
と答える。
 
「今日生まれた子、緩菜(かんな)ちゃんと名付けられるんだけどね」
「わあ、かわいい名前」
 
「あなたが嬉しかったのは、あの子があなたの子供だからよ」
 
千里は首をかしげた。
「でも貴司と美映さんの子供ですよね?」
 
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「その内分かるわ」
と羽衣は優しく千里に言った。
 
「あ、そうそう。これ使うと思うから取り敢えず1袋、用意しといた」
と言って羽衣が見せてくれたものを見て、千里はギョッとした。
 
「これ3年前にも使ってるから分かるよね?」
「あ、はい」
 
それで千里はやっと羽衣がなぜ自分を大阪まで連れて来たのかを理解した。
 
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女たちの羽衣伝説(8)

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