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青葉と彪志は千里を送り届けた後、夕食を4人で一緒に取ってから彪志のアパートにタクシーで戻って行った。
翌日。
千里は桃香に朝御飯を作って食べさせ、早月にもおっぱいをあげてから一度用賀の自分のアパートに戻る。そして自分は仕事に出かけようと思い、あれ?と思った。
私、どこに行けばいいんだっけ?
考えてみる。
私、二子玉川のJソフトに勤めているSEだよね?だから会社に行くよね?でも私ってバスケット選手だよね? 日本代表からは落とされたけど、レッドインパルスの練習に行かないといけないし、練習に行く前に、雨宮先生から頼まれている作曲もしなくちゃ。だから、午前中カラオケ屋さんかホテルにでも行って部屋を借りて作曲作業をしてその後、お昼くらいからレッドインパルスの練習場所に行けばいいんじゃないかな?
あれ〜!?でもそしたら会社の方はどうすればいいんだろう???
千里は毎日川崎に行き、レッドインパルスの練習をしていた記憶が明確にあった。しかし二子玉川に行ってJソフトでお仕事をしている記憶もまた明確だった。
私が2人いるんだったりして!?
そんなことを悩んでいた時、玄関のピンポンが鳴るので出ると、天津子ともうひとり56-57歳くらいの女性である。
「天津子ちゃん、おはよう」
「千里さん、ちょっといい?こちらは私の師匠の羽衣」
「初めまして。汚い所ですが、どうぞ」
と言って千里はふたりを部屋に上げる。
この時、天津子はこれまで何度かここに来ていたので平気だったが、羽衣は玄関の両脇の柱に貼ってある、阿字・吽字の梵字にギクッとした。
何?ここ? ここ人の住まいじゃなくて神様の住まいだよぉ! そう考えた瞬間、羽衣には千里の「正体」が分かってしまった。
千里はふたりに座布団を勧め、とりあえずお茶を出した。冷凍していたクッキー生地をオーブンに入れて加熱スイッチを押す。
「羽衣さんってお名前は聞いていたのですが。なんか凄い方だと伺っていましたが、本当に凄い方みたいですね」
と千里は笑顔で言った。
天津子は千里を見ながら言った。
「千里さん、師匠の凄さが分かる?」
「だって何といえばいいのかなあ。醸し出している雰囲気みたいなのが尋常じゃないですよ。そうだ。昔青葉がお世話になったものの、もう4年前に亡くなった瞬嶽さん。あの方と同じくらい凄いです」
と千里は笑顔で言う。
「千里さん、ちゃんとオーラが見えてるんだ?」
と天津子が言うが
「いや、見えてない」
と羽衣は厳しい顔で言った。
「オーラの見える人には私や瞬嶽のオーラは見えない。今千里さんは普通の霊感人間程度の状態になっている」
「やっぱり昨日の副作用でしょうか」
と天津子が心配そうに言う。
「昨日?何かありましたっけ?」
と千里。
「千里さん。私は謝らなければならない。昨日凄まじい敵と対決をして。その時、私は不覚にも自分のパワーをうまく使いこなせなくて、千里さんのパワーをお借りしたのです。でもその時、千里さんからパワーを引き出しすぎてしまって、あなたいったん死んだんですよ」
「私死んだんですか?じゃ、私幽霊?」
「ちょうどそこに来た青葉ちゃんが、まだあの世にあなたの魂が旅立つ前にあなたを蘇生させたので、あなたはまだ生きています」
「わあ、私、青葉のおかげで助かったんですか?」
「ええ。でも死んでしまった時にあなたの色々なものを壊してしまったみたいで。私、ちょっとあなたのお師匠さんに叱られちゃって」
「私の師匠??誰かな?」
「ああ。やはりそれも忘れてしまっているのね。それで私、頑張ってあなたの《羽衣》を治すから、2年待ってくれない?」
「2年?」
「もしかしたらもう少し早く直せるかも。でも私があなたの《羽衣》を治し終わった時、たぶんあなたは自分のお師匠さんの名前を思い出せると思う」
千里は話が見えなかったが、その時オーブンが加熱終了の音を鳴らす。それで千里は焼きたてのクッキーを皿に並べて持って来た。
「美味しい」
と天津子が声を出す。
「千里さん、旭川に居た頃より上手になってる」
「あの頃も楽しかったね。天津子ちゃんが最初まるで男の子みたいだったのがどんどん女らしくなっていったし」
「あの頃、私、千里さんが男の娘だなんて言うから、すっかり欺されましたよ」
「私、男の娘だけど」
「またそんな嘘を言って。だいたい千里さん2年前に京平君を自分で産んだじゃないですか」
と天津子が言ったが、突然京平の名前を出されて千里は涙が出てきた。
「あれ自分でもよく分からなかったの。京平って結局、私が産んだの?」
「そうですよ。でもあれは上手にあなたのお師匠さんが調整して、そのことをほとんどの人が気付かないようにしてたの」
と羽衣は優しく言う。
「実際、京平君にお乳をあげてたでしょ?」
と羽衣。
「いっぱい搾乳した。その搾乳したお乳がいつの間にか消えてるの。ひょっとしたらこれ京平が飲んでくれているのかなとは思ってた」
と千里。
「うん。京平君が飲んでたんだよ」
「そうだったのか」
と言ってから千里は寂しそうな顔になる。
「羽衣さん、私、いつか京平と暮らせるでしょうか?」
と千里が涙顔で尋ねると
「まあなるようになるよ」
と羽衣は言う。
そして羽衣は、千里に小さなストラップを渡した。
「千里さんこのストラップを持っていて下さい。これがあなたを今から2年間導きます。このストラップの言う通りしていたら、あなたはうまくやっていけるはずです」
「言う通り?」
と千里がそれを受け取りながら、首をかしげて尋ねると
「俺、ヤマゴ。よろしくな」
とストラップがしゃべるので、わっと思う。
「その子のしゃべる声は千里さん以外には聞こえないから」
と羽衣は言った。
「そうだ。千里さん、今千里さんはパワーをあまり貯められないみたいだけど、昨日の御礼に私のパワーを少しだけ分けてあげるね」
と天津子は言うと、千里の手を握ってしばらく目を瞑っていた。
「なんか私、今、凄く元気になった気がする」
と千里は言った。
そしてそれから千里はハッとするように言う。
「あのぉ、羽衣さん」
「はい?」
「私、てっきり羽衣さんのこと、女性と思っていたのですが、男性だったんですね?」
「へ?」
「だって、おちんちん付いてますよね?」
「ああ、これか?」
と羽衣は困ったような顔をして言った。
「でもあんたさっきまではこれ見えなかった?」
「ええ。今天津子ちゃんに何かエネルギーみたいなの頂いたおかげで見えるようになった気がします」
「実は***の法を使って、性転換して女になろうとしていて、途中で集中を乱してしまって、性転換を完了させられなかったんだよ。それでこういう中途半端なことになってしまって」
と羽衣。
「あ、女性になりかけですか?」
「そうそう。1年しないと***の法は再度は起動できないし。誰か他の人にやってもらう手はあるけど、***の法なんて、持ってそうな人を知らないんだよね」
(**の法の使い手として虚空がいることは当然羽衣も認識しているが、ライバルなので、意地でも虚空には頼りたくない)
「他の人にならできるんですか?」
「うん」
「羽衣さん、私の服の中に手を入れて左の10番目の肋骨に触ってください」
「ん?」
と言って羽衣はそこに触って来たが
「あ!」
と言う。
「ここに瞬嶽師匠がコピーした***の法が入っているので、これを利用できませんか?元々は戦前に活躍した凄い霊能者さんが持っていたものらしいんです。瞬嶽師匠はそれを単純コピーしたらしくて」
「ああ。それは誰か見当が付く。じゃ借りる」
と言って羽衣は千里の《データベース》を使用して***の法を再実行した。秘法は約15分で完了した。
「うまく行った気がする」
と言って羽衣は自分のお股を触っている。
「やった!ちんちん無くなった!嬉しい!!」
「良かったですね」
と千里。
「師匠、ついでにまた若くなってる」
と天津子が言う。
確かに羽衣はさっきまで56-57歳くらいかなという外見だったのに、今は50歳前後くらいに見えるのである。
「うん、この法って性別も変わるし、年齢も若くなるんだよ。実を言うと若返りの方が主で、性別変更がおまけ」
「師匠、おいくつでしたっけ?」
「私も忘れたぁ。まあコウちゃん(瞬嶽)よりはずっと若いよ」
「100歳は越えてますよね?」
「内緒。いや、ここしばらくは女の外見なのに変なものが付いてるから、男とも女ともセックスできなくて困ってたんだよ」
と羽衣は喜んで言っているが、天津子は渋い顔をしている。
「羽衣さんはそっちの方がお好きなんですね」
「そりゃそうだよ。セックスがパワーの源。肉食うのもいい。コウちゃんは霞ばかり食べてたから早死にしたんだと思うなあ。やはりタンパク質が身体を作るんだよ」
早死にしたと言っても瞬嶽は1886年生・2013年没で享年128である。
「お肉はいいけど、男女関係が乱れているのが師匠の唯一の欠点だと思うなあ」
などと天津子は言っている。
「天津子ちゃんもこれ覚える?天津子ちゃんこれを修める条件を満たしてる。時々性別変えるのっていいよ。男湯にも女湯にも入れるって楽しいから」
「別にいいです」
「自分で性転換しなくても、誰か性転換させたい人がいたらその人にも使える。ただし1度使うと次は1年後まで使えない」
「まあ確かにコロコロ性別を変えてたら世の中混乱しますね」
「そうだね」
「個人的にはレイプするような男を片っ端から女に変えてしまいたい気はするな」
「ああ、それはいいことだ。じゃ教えてあげるよ。あるいは千里ちゃんから直接コピーする手もある」
「一応師匠から習うことにします」
「OKOK」
羽衣たちと千里は1時間ほど話したが、帰り際羽衣は言った。
「じゃ幸せになってね、千里さん。昨日はあなたがいなかったら私も死んでいたし、他にももっとたくさんの犠牲が出るところだった。あなたは日本をいや世界を救ったのよ」
「私、そんな大したことしたのでしょうか?」
「うん。その上、私をちゃんと女にしてくれたから。もう感謝しても、し尽くせないよ」
「私は自分ができることをしていくだけです」
「あ、そうそう。色々してもらって悪いけど、私たちがこのドアを閉めてから5秒後に今日私たちと会った記憶は消滅するから」
「へ?」
「グッドラック!」
と言ってから羽衣はドアを閉めた。
千里は首をかしげながらその場に立っていたが、5秒後、自分がなぜここに立っているかが分からなくなっていた。
「千里、キーボードとパソコンとバスケットの道具を持って出かけなよ。そして適当なカラオケ屋さんに入って、頼まれていた楽譜を書きなよ」
と《ヤマゴ》が言った。
「会社には行かなくていいの?」
「そっちは何とかなるから。千里はたまーに会社に出るだけでいいんだよ」
「ふーん。ま、いっか。でもなんであんたしゃべるんだっけ?」
「千里は色々なものと会話できるはず」
「へー」
「まあ、ゆるゆると少しずつ思い出せる時がきたら思い出すよ」
千里はこのストラップ自体をどこで入手したのだろうと疑問を感じたものの、取り敢えず作曲用のお道具と、バスケット用のお道具を用意し、戸締まりしてアパートを出ると近所の駐車場に駐めているミラに乗り込んだ。