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「この車、気に入りました。買います」
と千里は言う。
「ありがとうございます。お支払いはローンか何かにしましょうか?」
「お値段幾らですか?」
「オプション次第です」
というので、店の中に入って打ち合わせする。
「カーナビ、ETC、クルコン、バックモニターは必須ですね」
と千里。
「はい、こういう大きな車では、特にバックモニターは付けておかれた方が良いですよ。後部座席用ディスプレイは?」
「別に必要ないです。車に乗っててテレビなんか見てたら酔いますよ」
「ルーフスポイラーとかは如何ですか?」
「この車、車高が高いので欲しいです。高速とか走る時にあると安心」
「アルミホイールはいかがですか?」
「うーん。それは別にいいです」
「リモコンエンジンスターターは?」
「そんなの車に乗ってからエンジン掛けるのでいいです」
「ガソリンがもったいないよねー」
「うんうん。乗ってすぐ冷房が効かなくても我慢我慢」
などということで、オプションパーツを取捨選択していった。
「以上ですと、お値段は348万円7200円になりますね」
と店長さん。
「頭金無しで残価設定型3年ローンに致しますと1ヶ月6万円ほどになりますが」
ということばに少し不安げな顔を桃香がしたが
「ああ、350万円なら現金で払います」
と千里は言った。桃香が「うっそー」という顔をしている。
「口座を教えて頂けますか?即振り込みますので」
「はい!」
と店長さんは言って、まずは購入用の書類を渡されるので記入する。桃香にも見てもらって内容確認の上で店長に渡す。保険はミラに掛けている保険を車種変更(当然金額も変更)して使用することにし、ミラは廃車にすることにした。
コーヒーやケーキなども出て来て、ディーラーの若いお姉さんが早月の相手をしてくれたりもして、京平も早月もご機嫌な中、細かい手続きが進行する。それで書類の確認が終わったところで再度正確な金額を計算確認した上で、店長が口座番号を教えてくれたので、千里はスマホ(ピンクのアクオス)を操作してその口座に現金を振り込む。
(桃香は千里が“いつもの”ガラケーではなくスマホを使用していることに気づかなかった。ちなみにガラケーでは銀行口座の操作などはできない)
「振り込みました。確認してください」
と千里が言うのでパソコンで確認している。
「はい!ご入金頂きました」
「引き渡しはどのくらいになりますか?」
「一週間程度で。あのぉ」
「はい」
「キャッシュで頂いたので、サービスでアルミホイールに致しましょうか?」
「ああ。サービスでしたら歓迎です」
何やら色々と記念品をもらってお店を後にする。タクシーチケットまでもらってしまったので、大型のタクシーを呼んで、自宅まで戻った。取り敢えず由美におっぱいを飲ませ、早月と京平にジュースを飲ませる。
「よく350万も残高があったね」
と桃香が感心したように言う。
「やっぱりさ、いつまでも悲しんでいたら、落ち込むばかりじゃん。だから去年は一昨年仕事できなかった分も取り戻すほど頑張ってお仕事したから」
「やはり悲しかったんだな」
「悲しいにきまってる」
それで桃香が千里に長時間のキスすると、早月と京平がにやにやしてふたりを見ていた。
「千里、何やら楽譜をいつもいじってるよね。千里、楽譜の清書とかコピー譜の作成とかしてるんだっけ?」
「私作曲家だけど」
「なんだと〜〜〜!?」
しかしこの年、千里はもっと大きな買い物をすることになる。
日曜日(2月9日)、貴司が千里たちの新居にやってきた。息子の京平に会うためである。京平は父と会うのは久しぶりだったので、凄く嬉しそうにしてじゃれついていた。
お茶とお菓子を頂いた後で「ふたりだけで遊園地にでも行ってくるといいよ」と言って送り出した。その後で、桃香に指摘される。
「これで千里は合法的に自分の彼氏をうちに入れられるわけだ」
「別に彼氏じゃないよー。もう別れてから久しいし、それに貴司は結婚しているし」
「千里、貴司君が関東に移ってきたなんて私は聞いてなかったぞ」
「あれ?言ってなかったっけ?」
「で、貴司君、今どこに住んでるの?」
「あ、えっと、どこだったかなぁ・・・」
「どこ?」
と訊く桃香の顔が怖い!
「川口市とか言ってたかなぁ」
「ここの近くだね」
「そうだっけ?」
「こら、白状しろ。貴司君の近くに住みたいから、浦和にマンション借りたろ?」
「そんなことは天に誓ってありません」
「全然信用できん!」
「でも桃香も遠慮せずに季里子ちゃんちに行ってもいいんだよ」
「まあそれは行くけどさ」
と言って桃香はトーンダウンした。千里は、桃香は年末からずっと高岡に居て、その後はずっと自分と一緒に行動しているし、しばらく季里子ちゃんちに行ってないのではと少し心配した。
「桃香〜。そろそろ京平たちが戻ってくるから」
「じゃ、あと1プレイ」
「もう・・・」
京平が貴司と一緒に出かけた後、千里と桃香は濃厚なプレイを6時間ほど続けていた。
「毎日私を満足させてくれるなら、多少の浮気は目こぼししてやるぞ」
と桃香。
「だから浮気じゃないってのに」
と千里。
「その嘘つく根性が許せん。2本入れるぞ」
「2本はやめてー! 私のは天然物と違って1本しか入らない仕様なんだから無理したら壊れて使えなくなっちゃう」
「うーん。使えなくなるのは困るな」
「でしょ? いちばん困るのは桃香のはず」
「仕方無い。指3本で我慢してやる」
「えーん」
6時の時報を聞いた所でさすがにやばいよということで終了し、シャワーを浴びて服を着る。早月と由美には、適宜、御飯やおやつをあげていたのだが、早月は「おかあちゃんたち、なにしてたの?」と不思議そうな顔で聞いていた。
「ちょっと運動してただけだよ」
「へー。つかれなかった?」
「さすがに疲れたかも」
「でも、おかあちゃん、おちんちんあるんだね?」
「ああ、ときどきね」
「へー。わたしも、おにいちゃんみたいに、おちんちんあるといいなとおもうことあるよ」
「ほしくなったらつければいいんだよ」
「ふーん」
千里は教育に良くない会話だなと思って聞いていた。
なお早月は、桃香を「おかあちゃん」、千里を「ちーかあちゃん」と呼び、京平は桃香を「おとうちゃん」、千里を「おかあちゃん」、と呼ぶ。由美はまだ充分しゃべれないので、千里を「まー」、桃香を「もー」と呼んでいる。
京平と早月の会話はしばしば聞いていてそばに居るおとなのほうが頭が混乱する。
貴司から遅くなってごめん。今から帰るというメールが来るので「マクドナルド買ってきて」とメールした。それで貴司はマクドナルドを買ってから京平をこちらに送ってきたが、あんまり千里たちと一緒に居ると色々面倒なことになるとまずいので、ということで、京平を千里に託すと、すぐ帰って行った。
その後で、みんなでマクドナルドを食べる。子供たちはマクドナルドが大好きだ。京平は「モスよりマクドが好き」と言うので、桃香は「最近の子供の味覚は嘆かわしい」などと言っている。
「おにいちゃん、きょうはどこいってたの?」
「遊園地に行ってたんだよ」
「へー。それたのしいところ?」
「早月も、幼稚園になったら行けるよ」
「ふーん」
確かに2歳ではまだ遊園地は楽しめない。
京平は無理なこどもっぽい話し方をやめて、本来の話し方にしている。桃香はその変化に気づいていないようだ。京平は実は中身は中高生くらいの男の子である。しかし、しばしば“幼児の美味しい所”の“いいとこ取り”をしている。阿倍子は銭湯で京平を自分と一緒に女湯に入れていたようだが、千里は京平は絶対に女湯に入れてはいけないと考えている。
翌日、2月10日(月)大安、阿倍子が新しい彼氏・立花晴安と結婚式を挙げた。どちらも再婚だしということで、ほぼ親族だけの質素な結婚式だった。
(この時点での日本国内の新型コロナ感染者は156人で患者が急増しかかっていた時期で、まだギリギリ結婚式を開くことが許される状況だった)
この結婚式に千里と桃香は3人の子供を連れて赴いた。
京平に母の花嫁姿を見せるのが主目的であった。
「ママ、びじんになってる」
と京平は明るく言って、阿倍子はその言葉に涙していた。
でもロビーで待っている最中に早速京平は賢太と喧嘩していた。全く! 本当に相性が悪いのだろう。
本来なら阿倍子との微妙な関係上、結婚式や披露宴に出る義理も何もないのだが、阿倍子には親族というと母くらいだし、友人も皆無なので、桃香に子供たちを見てもらっておき、千里は阿倍子の友人として式と披露宴に出席した。阿倍子側の出席者は、阿倍子の母、母の彼氏(阿倍子の実の父)と千里の3人だけである。
もっとも晴安の側も、晴安の両親と姉2人およびその夫の6人だけである。
晴安には実は男性の友人がいない。女性の友人はいるのだが、遠慮したようである(二次会には3人出てくれた。後述)。
披露宴で新郎新婦に花束を渡すのは、京平と賢太にやらせた。さすがにふたりとも、この役目をする間は喧嘩は自粛していた(でも終わってロビーに出たらまた喧嘩していた)。早月と一美は何だか仲良くしていた。女の子はやはり「取り敢えず仲良さそうな真似をしてみる」というのが得意な子が多いようだ。
披露宴の時、阿倍子のお母さんから声を掛けられた。
「京平を預かってくださることになって、私、挨拶にも行かずにごめんなさい」
「いえいえ。京平君に会いに、気軽に出て来てくださいね。住所は阿倍子さんから伝わってるとは思いますけど、念のため」
と言って、千里は友人に出した転居通知のハガキを1枚、お母さんに渡した。
「子供2人子育て中だったので、もうひとりくらい行ける行けるというので、預かることにしたんですよ。それに京平君って、なぜか小さい頃から私に結構なついていたんですよね」
「貴司さんが阿倍子と結婚しているのに、あなたと時々会って、京平とも一緒に遊ばせていた神経が理解できませんでした」
とお母さん。
「阿倍子さんにも言いましたけど、私は貴司が阿倍子さんと婚約するまでは競いあったけど、貴司が阿倍子さんを選んでふたりが婚約した後は、離婚するまでの間、一度も貴司とはキスもセックスも決してしてませんから。それに阿倍子さんの見てない所では京平君にも会ってませんよ」
と千里は言った。
「今となってはそれを信じていい気がします」
とお母さん。
「でも、まんまと美映さんに横取りされて、悔しい!と思ったんですよ」
と千里。
「私もまさか第三の女が出てくるとは思いも寄りませんでした」
とお母さん。
「でもあなた、離婚まではって言ったけど、その後貴司さんとは?」
「阿倍子さんが離婚した時はこちらは別の男性との結婚を決めていた時期でしたから。でもあれは瞬速すぎて、知った時には終わってました」
「私もほんとにびっくりしたわ」
「ってか貴司って女性関係がルーズですよね」
「全く」
「ただ、あいつ、見知らぬ女性とはできないみたい。愛してもいない女の前ではそもそも立たないらしくて。風俗とか行ったことないというのは本当みたいですよ」
「でもこれだけ浮気されてはね」
「だいたいひとりの女性との関係が長続きしないタイプみたい。私とは中学生の時からだから、既に腐れ縁ですけどね」
「なるほどねえ」
それでお母さんは、近い内に一度お伺いしますねと言って別れた。
(でも浦和には来なかった。実際問題として、遠出する体力も無いだろう。今回も入院中の病院から一時外出ということで彼氏に付き添ってもらって大阪まで来ている)