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「千里、今日は素直だな。やはり小さい頃からスカート穿いてたんだ?」
と桃香が言う。
「当然」
「京平もスカートとか穿いてみる?」
と桃香が言う。
「スカートいいなあといったらママがかってくれたから、ときどきはくよ。でもおとこのこがスカートはいてたら、いけないのかなぁ」
と京平。
「何だ穿いてるのか。別に男の子がスカートくらい穿いてもいいと思うよ」
と桃香。
「ふーん。はいてもいい?」
「じゃ、新しいスカート買ってあげようか」
「うん」
と京平が嬉しそうに答えるので、千里たちはスーパーに寄って、京平に合うスカートを2着買って帰った。京平はその日はずっとスカートを穿いていて、朋子からも
「あら可愛いね」
と言われ嬉しそうにしていた。
「京平、神戸では保育所に行くという話になってたみたいだけど、こちらでは幼稚園に行こうよ」
と千里は京平に言った。
「わあ、ようちえん?それもたのしそう」
「じゃ明日、幼稚園の面接に行こうね」
「うん」
多くの幼稚園の入園試験はこの時期既に終了しているのだが、千里は神戸に住んでいた親戚の子供を急にこちらに引き取ることになったのでと簡単に事情を説明した上で、定員に余裕があれば入れて欲しいと、浦和区内の複数の幼稚園に打診してみた。するとその中のひとつが一度連れてきてみてということであったので、本人がこちらに来たところで明日面接に行くことにしていたのである。
なお、京平は阿倍子が貴司と離婚した時に、阿倍子を戸籍筆頭者とする戸籍を新たに作り、そこに入籍されて篠田の苗字を称している。今回阿倍子の結婚により、篠田の戸籍に京平だけが取り残された形になっており、住民票の上でも京平だけの住民票になっていた。それを京平の親権者である阿倍子の権限で、千里たちの住む浦和に住民票だけ移動させている(戸籍は神戸のまま)。
ちなみに早月は、高園桃香を戸籍筆頭者とする戸籍に入っていて高園の苗字。また由美は、最初「川島由美」単独の戸籍が作られた後、川島信次・千里の婚姻により作られた戸籍に、信次の死亡・除籍後、養女として組み入れられて川島の苗字である。
つまりこの家は法的には3家族(高園桃香+早月/川島千里+由美/篠田京平)が同居していることになっているのである。
「今度引っ越しする時は、転出届・転入届を3つ書かんといかん。面倒だ」
などと桃香は言っていた。都内のアパートから浦和に引っ越してきた時も、転出届・転入届を2つ書いている。
ちなみに桃香の戸籍は皇居!千里の戸籍は千葉市内の、康子の実家の住所に置かれている。
翌日(2020年2月7日金)、お昼過ぎに千里は京平を幼稚園に連れて行き、面接を受けた。
最初に京平を手の空いている先生に預けてから、千里と園長先生だけで話す。まず京平の履歴について説明する。
2015.6.28 大阪府豊中市生まれ。父は元日本代表のバスケット選手。
2018.1.21 両親が離婚。母と一緒に神戸の母の実家へ。
2020.2.05 母が再婚するため、京平は千里が引き取ることにする。
千里は京平が母の再婚相手の子供たちとどうしても性格が合わないため婚家に連れていくことを断念したことを説明した。
「失礼ですが、あなたと京平君の関係は?親族と聞きましたが」
「実は私はあの子の遺伝子上の母なんです。あの子を作る時に、不妊治療していて、人工授精でも体外受精でも、どうしても受精卵が育たなかったので、友人の私が卵子を提供したんですよ。彼女には姉妹どころか女性の若い親族が全くいなかったので」
と千里は“ここだけの話”ということで本当のことを話した。
「遺伝子上の母ということで、私はあの子が生まれて以来、しばしばあの子と会って一緒に遊んだり、身体の弱い彼女に代わって、乳幼児検診につれていったり、北海道に住む祖母に会わせに連れていったりしていたんですよ。だから私はあの子と最初から仲良しだったので、彼女の新しい夫の連れ子と性格的に合わないということになった時、私が引き取ることにしたんです」
「つまり実のお母さんなんですね」
「ええ。法的には赤の他人ですけどね。DNA鑑定書も作っているんです」
と言って、貴司と千里が京平の遺伝子上の父と母であるとしたDNA鑑定書も提示した。
「分かりました。でしたら保護者になるのは全然問題ないですね」
と園長先生は言ってくれた。
ここで京平を連れてくる。京平と遊んであげていた先生は
「この子、4歳とは思えない、すごくしっかりした子ですよ。行儀もいいし」
と報告してくれた。
幼稚園の入試問題をさせてみるとパーフェクトである。紙に描いてある図形をハサミで切り抜く課題も、性格に線のジャスト外側を切り抜いた。幾つかの質問をしても京平はしっかり受け答えをする。
「かなは読めるかな?」
などと言って絵本の一節をコピーしたものを渡すと、よどみなく、しっかり朗読したし、登場人物のセリフは本当にその人物が話しているかのようにしっかりした抑揚をつけて読む。但し関西アクセントである!
このアクセント問題については
「いろんな地域から来て、いろんな方言を話す子がいるから大丈夫ですよ。日本語が少しあやふやな外国人の子もいますし。子供たちって言葉だけじゃなくて視線とか雰囲気とかで結構意志を伝え合うんですよ」
と言って、あまり心配する必要無いだろうと言った。
と園長先生は言った。
それで京平は4月からこの幼稚園に通うことになったのである。その場で園長先生は入園試験合格証を書いてくれた。
(新型コロナの影響でまさか幼稚園が閉鎖されるとはこの時点では思いも寄らない)
面接を終えた後、市内の洋服店に幼稚園の制服を作りに行った。
採寸してもらおうとしたのだが、いきなり「年長さんですか?」と訊かれる。「いえ、4月から年中です」と答える。
「サイズは120サイズですね」
と採寸してくれた女性は言った。120サイズというと普通は小学1年生のサイズである。
「この子のお父さん、バスケットの選手で身長188cmあるんですよ」
というと
「だったら、きっともっと大きくなりますよ。お母様も身長高いですものね」
と売場の係の人は千里を見て言う。千里は身長168cmくらいでバスケット選手としては中型なのだが、一般的な女性の身長からするとかなり高い部類である。
「ええ。私もバスケット選手なので」
「じゃ、きっとこの子は2040年頃の日本代表ですね」
と係の人。
「なんか周囲から期待されて困っちゃうんですけどね」
と千里は言っておいた。貴司の前の会社での監督、船越さんなどが京平を見て「この子はバスケやるような顔をしている」などと言っていた。
そういう訳でまだまだ伸びるだろうからということで、130サイズの制服を購入することにした。
「あれ?したはズボンとスカートがあるの?」
と京平が訊く。
「うん。男の子はズボン、女の子はスカートだよ」
と係の人。
「ぼくどちら?」
と京平が千里に訊くので
「京平は男の子だけど、女の子のスカートを穿きたければそちらを穿いてもいいんだよ」
と千里は答えた。
すると京平は
「スカートもかわいいけどなあ」
などと言って悩んでいる。
「でもせいふくはズボンにしとこうかなあ。スカートはいてあそんでるとよくめくれるんだもん」
「そうだね」
「じゃズボンでおねがいします」
と京平が言うので
「はい、じゃズボンにしようね」
と係のお姉さんも笑顔で言って、そちらを渡してくれた。
でもお店を出てから京平は
「スカートもかわいかったけどなあ」
などと、まだ悩んでいた。
幼稚園が終わった後、桃香と待ち合わせてマクドナルドで腹ごしらえをしてから、自動車屋さんに行った。
実は最初はミラが調子が悪く、もう限界ではないかという話から始まった。
「あのミラ、今年も車検すんの?」
「うーん。そろそろさすがに限界かも知れない。最近エンジンの調子がおかしいよね」
「千里、いっそミニバン買わないか?」
「そうだね。ミニバンがあるとこどもたちを全員乗せられるよね」
ミラではチャイルドシートは1個しか取り付けられない。アテンザは2個取り付けられるが、子供が3人いると1人あふれてしまう。ミラとアテンザに分乗して移動する手はあるが、桃香の運転する車なんて、危なくてとても子供は乗せられない!!
そこで大きな車を買おうという話になったのである。
この日は桃香は早月・由美を連れてバスで出て来ていたのだが、マクドナルドで落ち合った後は、千里が由美を抱っこ紐で抱いて京平の手を引き、早月は桃香が手を引いて、行ったのは日産の販売店である。
「チャイルドシートを3つ取り付けられる車を探してて、何人か車に詳しい人や、子供2人以上抱えているママさんとかに相談したら日産のセレナを推薦する人が多かったんですよ」
と千里は言うと
「ええ。セレナにチャイルドシート3つ取り付けている方はおられます」
と応対してくれた店長さんが言った。
「某社のミニバンに3つチャイルドシートを取り付けておられる方も聞いたのですが、その方は、助手席、2列目、3列目に1個ずつ左右互い違いに付けて、奥さんが2列目の横に乗ると言っておられたんです。でも助手席のチャイルドシートは危険ですよね」
と千里。
「はい大変危険です。エアバッグが開いた衝撃で死亡する事故が起きています。どうしても取り付けたい場合はエアバッグのヒューズを抜いたりして作動しないようにする必要がありますが、それでも助手席という位置は車の内部で最も危険な座席なので、そこにお子様を乗せるのは推奨できません」
と店長さん。
「セレナなら、2列目と3列目に2個ずつ最大4個取り付けても大丈夫だと言っていた人がいたので」
「やってみましょう」
ということで、実際にセレナの2列目と3列目に2個ずつチャイルドシートを設置してみた。
由美を3列目のチャイルドシートに乗せてから、
「京平、早月、ちょっと2列目に座ってみて」
と言って2人も実際に座らせてみる。
「けっこう余裕ありますね」
と千里。
「今荷室が狭いですが、上のお子様が成長なさった場合はチャイルドシートが不要になるので、余計ゆとりが出ると思います」
と店長さん。
「まあ、これでシルクロードを横断するのでなければ大丈夫だな」
と桃香。