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■娘たちの二十面相(5)

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(C) Eriki Kawaguchi 2019-10-26
 
アクアは映画『キャッツアイ−華麗なる賭け』の主題歌と挿入歌『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』も歌うことになっており、それを収録した新しいシングルの音源製作を9月1-3日に行った。
 
今回制作した曲の内、『真夜中のレッスン』は岡崎天音(マリ)と大宮万葉(青葉)の作品で、『恋を賭けようか』は琴沢幸穂という新人作家の作品だった。
 
本当は今回はマリ&ケイの作品と、醍醐春海の作品で構成する予定だったのだが、ケイのほうはローズ+リリーのアルバム『郷愁』の制作で全く余裕がない状態だったので、大宮万葉が対応した。
 
そして醍醐春海は7月4日の事故以来“調子を落として”埋め曲レベルの曲しか書けない状態だということだったのだが、彼女が優秀な後輩がいるので、といって紹介してくれたのが琴沢幸穂だったのである。コスモスは琴沢から新曲を書いて送ってもらい、ひじょうに良い作品だったので使わせてもらうことにした。
 
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2017年9月3日(日).
 
この日千里2は青葉が少しやばいなあと思い館林**寺の“身代わり人形”を青葉に渡すべく、大宮の彪志のアパートに投函してこようと思った。8月5日に金沢で“霊の回収”をした直後に頼んでおいたものである。
 
朝、オーリスに乗ってお寺に入り“特製強力身代わり人形”(見た目は普通のと変わらない)を頂いてから東北道に乗り南下する。ここでお腹が空いてきたので羽生PAに入った。それで降りようとしたら、隣に赤いランエボが停まった。
 
「あれ?千里?」
と言ったのはレッドインパルスのチームメイト鞠原江美子である。もっともレッドインパルスで活動しているのは千里3だ。
 
「この車は初めて見た」
「うん。借り物〜」
 
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「そうだ。木曜日に千里が道に落ちているの見付けて私にくれたロト7、1万円当たってたんだよ」
「それは凄い!」
 
と言いながら《きーちゃん》に状況を訊こうとしたが、近くに居ないようである。その落ちていたのを拾って江美子に渡したのも、きっと千里3だろう。
 
「山分けで、一緒にウナギでも食べない?」
「いいね!」
 
と言ってこのPAで展開されている“鬼平・江戸処”内のうなぎ屋さん・忠八に入る。
 

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席に座って鰻重を注文するが、千里2が内心焦りながら必死に江美子の話に合わせておしゃべりしていた時、ふと彼女は言った。
 
「でも今日は分身してるなと思って、どちらが本体だろうと思っていたけど、こちらが本体だったね」
 
「分身?」
 
「このアプリで千里の位置を見ていると時々分身していることがあるんだよね。ほら、今日は川崎にも千里がいる。残像か何かかなあ」
 
と言って、江美子は自分のスマホに表示される地図を見せてくれた。
 
「このアプリ、まだ使ってたんだ!」
「携帯はガラケーからスマホに変わったけど、id/passで設定を引き継ぐことができたんだよね。子供の位置をお母さんがチェックするみたいな使い方が多いんだよ」
 
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「元々その用途のアプリだもんね」
 
「他にも純子とか不二子とか、何人かの位置情報をもらってるんだよね。私、方向音痴だし」
 
2008年の冬、出羽山の修行に初めて参加した江美子が、山駆けをしている時に、他の人たちより遅れた時、千里の居る位置を見てそこに追いつくため、千里(の携帯)の場所を、自分の携帯に表示するアプリなのである。
 
しかし地図を見てそこに行ける人は方向音痴ではない気がする。
 
それより問題はそのアプリの表示である。確かに今千里(千里2)が居る羽生PAの他に、もうひとつ川崎市内にもマークが表示されているのである。津田山駅の付近だ。
 
これ・・・千里3のマンションじゃん!
 

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鰻重を一緒に食べた後、まだしばらく休んでいるという江美子と別れてから、大宮方面に向けて運転しながら千里は考えた。
 
千里3が津田山に居るのは全然問題無い。
 
問題なのはなぜあのアプリにその位置が表示されたかである。
 
考えている内に千里2は重大な結論に達した。
 
《千里3はT-008を持っている》
 
それは4月に《きーちゃん》が3番から取り上げたはずだった。しかしきっと《きーちゃん》は欺されたんだ。
 
ということは・・・
 
《千里3は分裂を知っていて、しかも自分は気付いていないふりをしている》
 

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千里2は大宮で彪志のアパートに“身代わり人形”を投函した後、中古スマホショップに行った。そして千里3が使用しているのと同じ、AQUOS SERIE mini SHV38 champagne-pink の白ロムを購入した。
 
これを《きーちゃん》や《つーちゃん》などに頼まずに自分で買いに行ったのは、眷属を使うとそれが千里3に筒抜けになるかもと考えたからである。
 
それで用心したのだが、この時点では千里2も3番の情報網の状況に見当が付かなかった。そして実際、千里2がAquosを買ったことは数日中に3番にも知られ、ふたりはこの後2年間「たぬきときつねの化かし合い」(龍虎による)をすることになる。
 

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コスモスは『真夜中のレッスン/恋を賭けようか』のPV制作まで終わった所で、今後も琴沢幸穂の曲を使うなら、一度本人と会っておきたいと思った。それでその付近の話をしようと思い、代理人になっている天野貴子のオフィスを訪れた。2017年9月9日(土)のことである。
 
ところがコスモスは天野のオフィスで、偶然、天野と“琴沢幸穂”が打合せしているところに遭遇してしまう。この“琴沢幸穂”というのは千里だった。
 
千里は天野のオフィスを出てから、当惑した表情のコスモスをお茶に誘い、そこで驚くべきことを語った。それは4月16日に落雷に遭った時、自分が3つに分裂してしまったということだった。それを語ってくれたのが3番だったが、2番はこの日、北海道で自動車レースに出ていた。コスモスはその日の内に1番とも会えるようにした。
 
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それで千里(千里3)の説明では、7月4日の事故以来調子を落としている1番が《醍醐春海》の名前を使うことにして、2番と3番は共同で《琴沢幸穂》の名前を使っているということだった。
 
そして千里3は自分が分裂したのと前後してアクアも3つに分裂したことを語った。
 
「やはり?なんかアクアって3人くらいいるんじゃないかという気がしてた!」
とコスモスは言った。コスモスは霊感が強い訳ではないが、物事を素直に見る性格なので、何かおかしいと思っていたようである。
 
千里が他の人に自分とアクアの分裂のことを語ったのはコスモスが最初になった。
 

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千里(千里3)から、1番はiPhone(故障中)、2番はガラケーのT-008、3番はAquos Serie を持っているという話を聞き、コスモスは自分のスマホに入っている各々の番号を確認し、千里1・千里2・千里3とコメントを入れた。
 
「だったら分からなかったら、持っている携帯を見せてもらえば、誰なのかは判別付くかな」
とコスモスは言ったのだが、千里3は注意する。
 
「携帯なんて、いくらでも同じ型を用意できるよ。そんなものより、本人が持つ雰囲気とか性格を見て判断した方がいい。オーラだって偽装されている可能性もある。オーラの小さい人が大きく装うのは難しいけど、オーラの大きい人は小さく装うことができる」
 
コスモスはハッとした。先週『少年探偵団』で使用する、最新の3Dフェイスマスクを使ってみせたら、アクアは「顔が同じでも雰囲気で分かる」と言ったではないか。
 
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そうか、物理的なものに頼るより、本人の雰囲気を見ればいいんだとコスモスは考えた。この日は3番とは時間を置いて2度会い、その間に1番とも会ったのだが、2番とも近い内に会っておきたいなと思った。
 

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また千里3はコスモスに、絶対秘密事項だけどと断った上で、上島雷太に起きつつあることを話し、対策を取るべきだと話した。
 
「§§ミュージックの歌手は上島さんの歌多いでしょ?」
「うん。何と言っても春風アルト先輩の旦那さんだから大量に使っている」
「上島さんに不祥事が発生すると、それ全部歌えなくなるよ」
「やばいね。これ、他の人には話せないけど、個人的に対策を取るよ」
 
「今、1番が埋め曲だけなら高速に書ける状態になっているから、あの子にたくさん書かせてストックを作る。それとね。1番の楽曲作りを見ていて思いついたんだよ。ああいう書き方はコンピュータにもできないかなと思って」
 
「へー!」
 
「それで自動作曲が使えないかという気がしている。ただ、コンピュータが作った曲って、色々人間が手直しする必要があると思うんだよ。そういうのがある程度の速度でできる所。つま最低限の品質が取れて作業余力のある編曲工房に心当たりがない?」
 
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「上島さんの破綻はいつくらいだと思います?」
「私も色々調べさせたんだけど、どうもP代議士は年を越せない感じ。その後検察が動き始めたら、たぶん来年の春か夏頃までには何かが起きる。まあ杞憂で済めばいいんだけどね」
 
「だったら今から人材育成をさせても何とかなりますよね?」
「なると思う」
 
「ちょっと心当たりがあります。それに杞憂で済んだ場合は、研修生の内の何人かをその楽曲でデビューさせますよ。正直今アクアの売上げが凄まじすぎるんで、税金を減らすためにも経費を発生させたいからデビューも進めたいんですよ」
 
「その子たちが売れて、更に売上げが凄いことになったりして」
「そうなったらいいですけどね」
 
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それでコスモスは紅川にも告げずに単身台湾に行き、アクアの『エメラルドの太陽』のアレンジをしてくれた向日葵音楽工作工房の創立者である楊海民(ヤン・ハイミン)と会った。
 
実はコスモスは楊海民さんが日本で作曲家として活動していた頃、彼から何度も楽曲を頂いていた縁があった。コスモスは彼に、詳しい事情は言えないが、近い時期にたくさん楽曲のアレンジ、更には作曲まで依頼する可能性があるので、アレンジャーを増員して育成してもらえないかと依頼した。その育成資金も提供していいと言うと、楊さんはかなり乗り気になった。
 
その日の内にだいたいの線で合意したが、コスモスはこの後も楊さんとLINEを通してたくさん話し合い、若いアレンジャーを5人東京に留学させてJ-POPの感覚を学ばせることになった。
 
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コスモスが千里から千里とアクアの分裂のことを聞いた翌日の9月10日(日).
 
『キャッツアイ−華麗なる賭け』の暫定ラッシュができたので、見てもらいたいと制作側から§§ミュージックに連絡があったので、結局持って来てもらうことになった。この日ラッシュを見たのはこういうメンツである。
 
コスモス、ゆりこ、和泉、山村マネ、紅川、三田原、青葉、丸山アイ。
 
アクアはバラエティ番組の収録で出ていたので、コピーをもらい、仕事が終わってから見てみてということになった。
 
「これが本来のアクアだね」
という声が多い。
 
「やはり昨年の『時のどこかで』は無茶なスケジュールで撮っているから、アクアが疲れを隠しきれていなかった。演技にもキレが無かった」
 
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「いやそれはアクアだけじゃなくて、出演者全員そうでしたよ」
「元原マミちゃんもダウンして3日くらい休んだし、沢田峰子さんもダウンして後半は1日3時間の稼働になったし、黒山明(ケン・ソゴル役)君のボディダブルの子も倒れて別の子と交替したね」
 
「あの子、結局半月くらい入院したらしい」
「それは気の毒に」
「黒山君本人よりも演技力があったから、監督が好んで多用したからね。河村さんも謝っていたよ」
 
「あれは半月で3ヶ月分くらい仕事したからなあ、全員」
 
「今年はアクアの表情が本当にいい」
 
「でもアイちゃんも、こんなに演技力があったんだね」
と三田原さんが言っていた。
 
「浅谷刑事のキャラが本当によく生きている。この物語では浅谷って結構鍵を握るんだよね」
 
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「まあキャッツ特捜班は浅谷以外は全員キャッツに去勢されちゃってますからね」
とアイが言うと、山村が一瞬お股を押さえる仕草をしたのには、コスモスと青葉だけが気付いた。
 
「アイちゃんとアクアだけだよね。完全に男女を演じ分けきっているのは」
と和泉が言っている。
 
「フェイはやはり基本が男の子みたいで、平野刑事はいいけど、瞳が男っぽい。ヒロシも武内刑事は男らしくていいけど、泪まで男らしくなってしまった」
 
「まあ今回はそのあたりのコンセプトにさすがに無理がありましたね」
と監督も認めている。
 
「ところで本騨真樹ちゃん(木崎刑事役)の女装があまりにも美しすぎたのだけど」
とアイ。どうも自分のことから話を逸らしたいようだ。
 
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「あれは家庭内強制女装をさせられているのでは、とある筋からの情報で」
などと、ゆりこが言っているが、ゆりこと山村星歌本人が元々親しいので、“ある筋”というより、本人からの情報だろう。
 
「メイクの練習はだいぶしてるとは言ってたね」
とコスモスまで言っている。あまりプライバシーに踏み込んだことを言う人ではないが、このくらいは構わないだろうと思ったのだろう。
 
「今回の映画ではメイクは本人がしているし。自前のメイク道具入れ持って来てたし」
「すごーい!」
 
「いや、スカート姿に全然違和感が無かったもんね」
 

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娘たちの二十面相(5)

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