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玲央美の方は今季はロースターに入ることができなかった。これはやはり千里のポジションであるシューティング・ガード(フランス語ではアリエール)に比べて玲央美のポジションであるスモール・フォワード(フランス語ではエリエール)は人材が豊富で競争率も高いという問題もあった。それに似たような実力なら若い選手・国内選手が優先される。外国人がロースターに入るには、チームの中心になるくらいの実力が必要だ。
しかし玲央美は、実力がこの数ヶ月間でかなり上がってきたとして解雇はされず、そのまま練習生を続けて1年後のロースター入りを目指すことになった。就労ビザは取れたので、身分は練習生のままだが、アジアカップから戻った8月以降、育成支援費として毎月500ユーロ(6万5千円)をもらえることになった。新たに発行された選手証には senior stagiaire (上級練習生)と書かれていた。しかし実際玲央美はこの数ヶ月間でかなり自分が進化したのを感じていた。
そういう訳で2017-2018シーズンには、千里と玲央美のLFBでの対決は実現しなかった。
ちなみに玲央美は千里がマルセイユに居ることを知っているが、千里2も千里3もこの年は玲央美がオルレアンに居ることを知らなかった。
(**)フランス語でのポジション名
Point Guard = meneur(f=meneuse) ムナー/ムナーズ
Shooting Guard = arriere アリエール
Small Foward = ailier(f=ailiere) エリエ/エリエール
Power Foward = ailier fort(f=ailiere forte) エリエ・フォー/エリエール・フォルト
Center = Pivot ピヴォ
サッカーだと"arriere"はバック、"ailier"はウィングの名称である。アリエールとエリエールの聞き分けは日本人には結構辛い。
玲央美は結局日本の昼の時間帯にジョイフルゴールドで練習し、フランスの昼の時間帯にオルレアンで練習するので、毎日12-13時間練習することになる。
「しかし昼も夜もバスケするのは、なかなか大変だぞ。千里は音楽活動までしていたみたいだけど、一体いつ寝てたんだ?」
と玲央美はぶつぶつ言っていた。
玲央美の日常生活(秋−冬)
FRA__ JPN
21-22 05-06 夕食?
22-04 06-12 睡眠(6h)
04-05 12-13 朝食?
05-12 13-20 日本で練習(途中で昼食?)
12-13 20-21 仮眠(1h)
13-21 21-05 フランスで練習(途中でおやつ?)
玲央美は腕時計を2つ用意し(様々な大会の記念品としてもらった腕時計がたくさんある)、片方を日本時間、片方をフランス時間に設定していた。
「どうしても1日5食になるし、どれが朝御飯か分からないけど、そういうことを千里も言ってたな」
アクアは7-8月の全国ツアーが終わった後、映画『キャッツアイ−華麗なる賭け』の撮影に本格的に入った。昨年のように半月で作ろうなどという恐ろしい撮影ではなく、7月上旬から始めて9月上旬まで2ヶ月間で撮影する予定である。アクアは正式なクランクイン前の6月頃から、スケジュールの空いた時に来て、1人で演技するシーンをかなり撮影した。そして7/17-20の集中撮影日に他の人との絡みを撮影し、その後はツアーが終わった後の8/07-31に本格的撮影をした。その中で8/18-20は香港に行って豪華客船での撮影を行った。
例によって1人だけ飛行機で香港に行き、あと2人は山村が転送してくれる。ホテルの部屋も2部屋用意し、片方に休憩中の子が隠れているパターンである。しかし4月のプーケット行きの時にどうしたのか、疑問に思わないのが、全てアバウトな山村らしい。
映画の主な配役
来生愛・内海俊夫刑事 アクア
来生瞳・平野猛刑事 フェイ
来生泪・武内刑事 ヒロシ
ねずみ・浅谷光子刑事 丸山アイ
木崎信彦刑事 本騨真樹
課長 大林亮平
主要キャストが全員男女2役をするという凄いキャスティングである。木崎刑事役の本騨真樹も、木崎が女装好き(?)というキャラなので、映画内で女装を披露している(真樹の女装は美人である−美人すぎて原作と違うと言われた!)。x
なお山村・アクアのパスポートは期限に余裕があったが、葉月のパスポートは11月までであった。残存期間は大丈夫か確認したのだが、香港は滞在日数+1ヶ月の残存期間があれば大丈夫ということだったので、そのまま使用することにした。コスモスは「それ帰国したら更新しておきなよ」と言っておいたのだが、実際には忙しすぎて、更新ができなかった。
香港での撮影では、実は豪華客船のオーナーがアクアのファンだったので撮影に協力してくれたのだが、到着した日はそのオーナーから主要キャストと監督がディナーに招待された。
「ディナーだって」
「きっと美味しい御馳走が出るよ」
「誰が行く?」
「じゃんけん」
勝ったのはNであった。じゃんけんは様々な当番を決めるのに日常的にやっていて、Fの勝率が高いのだが、この日はNが勝ち、Fが悔しがっていた。
Nは本当に素敵な料理を味わい、御礼も兼ねてその場で自分でピアノ(豪華なグランドピアノだった)を弾きながら『サンダーボルト−青天の霹靂』を歌った。オーナーは感動しているようだった。ディナーに招待された4人(アクア、フェイ、丸山アイ、ヒロシ)は各々色紙にサインを書いて進呈した。
さてその晩から撮影が始まる。
キャッツアイはレオタード姿での撮影が多いのだが、この演技はFが恥ずかしがったので、だいたいNがやった。但し可愛い水着を着て泳ぐシーンは、M・Nともに「勘弁してぇ」と言ったのでFがやった。ここで6月から学校や深川アリーナなどでたくさん泳ぐ練習をしていたのが役立った。
アクアたちはこの撮影中に丸山アイが、自分たちの分裂に気付いていることを知った。
香港での豪華客船での撮影を終えて帰国後、アクアたちは国内のスタジオやオープンセットで鋭意撮影を続け、2017年8月30日(水)に撮影は終了した。アクアがほとんどNGを出さなかったことから、撮影がどんどん進んだのが大きい。あまりに早く撮了したことから、出てきた日数に応じてギャラを払う契約の役者さんたちに、本人の出場頻度に応じて、4-10回分のギャラを追加で払うことにしたほどであった。
2017年8月31日(木).
アクアは前日までに『キャッツアイ』の撮影が終了したので、次の仕事の話をしたいという連絡で、10時頃、事務所に出て行った。
「おはようございます」
と言って中に入る。
「ああ、お疲れさん。予定より随分早く終わったみたいね」
と社長のデスクの所に座っていた青い服を着た“コスモス”が立ち上がって笑顔で言った。
アクアは顔をしかめる。
「2回しかNG出さなかったんだって?さすがだね」
と社長デスクの隣に置かれた副社長デスクの所に座っていた黄色い服を着た“コスモス”も立ち上がって、笑顔で言う。
「他の人がセリフ間違っても、アクアがうまくフォローして本来の筋に戻してしまうから『今のそのまま活かそう』なんてことになったのも多かったとか」
と左手の簡易テーブルの並び(ここは§§プロのタレント用の席)の所に座っていた、桃色の服を着た“コスモス”も立ち上がってアクアを褒めた。
アクアはため息を付くと、まず正面の社長のデスクの所に居る青い服の人物に
「何の冗談ですか?、副社長」
と言い、続いて副社長の所に座っている黄色い服の人物に
「桜野みちるさんも」
と言い、最後に簡易テーブルの並びの所の桃色の服の人物に
「そして社長も」
と言った。
「なんで分かったの〜〜!?」
と3人が言う。
「アクアがびっくりしている所に『私忙しいから3人に増殖してみた』と言おうと思ったのに」
「ちゃんと録音した声と合うようにリップシンクの練習したのに」
「服の色もそれぞれの人物のイメージカラーに合わせたのに」
などと言っている。
「顔だけ揃えても、声を同じにしても、雰囲気が違うから分かりますよ」
とアクアは言う。
「それひょっとして凄くない?」
「あんた、もしかして一卵性双生児を見分けられる?」
「一卵性双生児は難しいです。雰囲気も似てるから」
「なるほどー!」
「でも精巧なフェイスマスクですね」
とアクアは言った。
「これはね、目的の人物の顔と、自分の顔を3Dスキャンして、コンピュータで差分計算をして、このマスクをつけることで、ちょうど目的の人物の顔になるように作られているんだよ」
と社長のデスクの所に座っていた川崎ゆりこが自分のフェイスマスクを外しながら言う。
「じゃ、ひとりひとり専用なんですね?」
とアクアが訊くと
「そうそう。ゆりこちゃん用のマスクを私が付けてもコスモスちゃんの顔にはならない」
と副社長のデスクの所に座っていた桜野みちるがフェイスマスクを外しながら言う。
「それで社長は生の顔だとバレるから、自分の顔に偽装するマスクをつけたんですね?」
「そういうこと。アクアが本当はバストがあるのに、ブレストフォームで偽装しているかのように見せるため、薄いブレストフォームをCカップのバストの上に貼り付けているのと同じ」
などと言いながらコスモスは自分のフェイスマスクも外す。
「ボクは本当にバスト無いですけど」
と答えがらも「バレてる〜」と思う。
「うん、そういうことにしておこうね」
「まあそれで1月から3月まで3ヶ月間放送する、アクア主演のドラマなんだけどね」
「今年は3ヶ月なんですね」
「そうそう。夏に映画を撮って、10月から連続ドラマというのは無茶すぎ」
「それで映画の公開も12月にしたしね」
「そうでないと編集が間に合いませんよ」
「ほんとほんと。昨年の映画は興行収入は大きかったけど、それはアクア人気によるもの。内容的には、がっかりした人が多かったと思うよ。今年こそはちゃんとしたものを完成させてもらわないと、アクアは人気だけで演技は今一なんて言われかねない」
「それは困ります」
「それで次のドラマは『少年探偵団』をやるから」
「何か海外の子供向けミステリーか何かですか」
「江戸川乱歩の作品なんだけどね」
「明治の文豪か何かでしたっけ?」
「昭和の作家なんだけど」
「ああ、惜しかった!」
明治と昭和で近いのか?と平成3年生れのコスモスは突っ込みたくなったが、ぐっと我慢する。
みちるは呆れて、ゆりこは忍び笑いしているが、コスモスは気を取り直して、江戸川乱歩という推理作家が昭和初期から数十年にわたって書いた少年探偵シリーズという作品群があるのだと説明した。
「一種のシットコムなんだよ。怪人二十面相という変装の名人の大泥棒が居て、お金持ちの家から宝石とか純金の仏像とかを盗むという予告状を出す。それに対抗するのが明智小五郎という私立探偵。それを助けるのが奥さんの文代さんと少年助手の小林芳雄。そして小林少年を慕う男の子たちが結成した少年探偵団」
「へ−。名探偵コナンの少年探偵団みたいなものですか?」
「あれよりは随分本格的に役立っているよ。コナンの少年探偵団は、江戸川乱歩の少年探偵団へのオマージュだね」
「そうだったのか」
「まあそれでドラマの中で他人に化けるのにこのフェイスマスクを使うんだよ」
「そういうことだったんですか。でもこれ表情が乏しいと思います」
「うん。だから、変装を解いて実は誰だったかというのをバラす時だけ使う」
「なるほどー!!」
「でも5-6秒程度なら、照明に気をつけると結構誤魔化せるよ」
「暗ければ行けるかもですね」
「基本的には大林亮平君演じる二十面相が例えば川崎ゆりこ演じる伯爵夫人に変装するという場合は、大半の演技はゆりこ自身が変装した二十面相を演じる。変装を解くシーンだけ大林君が演じる」
「それ役者さんはかなり演技力を要求される気がします」
「うん。これは結構難しいドラマだよ。俳優さんたちのギャラも大きい。アクアのプロジェクトで予算が確保できるからこそ、成立した企画だね」
「へー!!」
実際の本を読んでみた方がいいと言われ、龍虎は『少年探偵団』『悪魔人形』、『魔人ゴング』という本を借りて帰り、“3人で”1冊ずつ読んだ。
子供向けの本なのでスイスイ読める。そして3人は相次いで読み終わった。そして言った。
「なんで、小林少年って無意味に女装するの〜?」
「なんで、少女助手のマユミが男装するの?」
それで話し合う。
「少女助手というのもいるんだ?」
「そうそう。この本に出てくる」
「じゃ明智探偵の助手って、少年助手が女装して、少女助手が男装する訳?」
「小林少年が女装して行くより、花崎マユミがそのまま行けばいい気がする」
「花崎マユミが男装しなくても、小林君が行けばいい気がする」
「女装・男装が目的化しているんじゃない?」
「要するにボクの女装が映したいんだよ」
「結局それが目的かぁ!」
「もう手段が目的化してるね」
「それはドラマのことだけじゃなくて、原作の少年探偵団についても言える気がする」
「これって多分毎回女装させられるよ」
「ボクの女装を映さないとファンがうるさいもんね」
「ま、いっか。結構面白かったし」
「うん。最初から誰が二十面相かって分かりやすいしね」