[*
前頁][0
目次][#
次頁]
それでともかくも、千里はこの軽トラ・トレーラーを信子に2月12日(水)の1日貸してあげることにしたのである。
「ちなみに誰か牽引免許持ってる?」
「ホーン女子の詩葉さんが大型免許と牽引免許持っていたはずです」
「凄いね!」
「佐川急便で2年くらい働いていたそうです」
「プロじゃん!でも女の子で大型トラックのドライバーやってたって凄いね」
「市内配送のスタッフには結構女性もいますけどね。でも詩葉さんは髪短くしてるし低音ボイスだし、てっきり男子と思われていて、出先の営業所で女子トイレに入ろうとすると『君そちらは違う!』とか言われていたとか」
「あはは」
「そうだ。忘れる所だった。信子ちゃん、性別修正終わったんだって?おめでとう」
「わっありがとうございます。でも先週裁判所からの通知もらったばかりなのに」
「青嶋さんから聞いたよ」
「醍醐先生のおかげです。こんなに早く性別が変えられたことに驚きました」
「半陰陽の場合は、どうかすると裁判で揉めて数年かかる場合もあるからね」
「きゃー」
「あとGIDの場合の性別変更との違いがよく分かってない裁判官もいる」
「そのあたりって、裁判官に限らず、分かってない人は全然分かってないみたいですね」
「うん。そもそもオカマと半陰陽の違いが分かってない人もある」
「それ思いました」
信子の場合まだ未成年なので、実はGIDということにした場合「性別変更」はまだできない。半陰陽の「性別修正」ということにしたので、年齢とは関係無く、戸籍上女性になることができたのである。
「青嶋さんは、デビュー前に信子ちゃんの性別が法的に女性になったので、ホッとしたみたいなこと言ってたよ」
「そのあたり微妙ですよね」
「うん。ローズ+リリーのケイもそのあたりが活動の障壁になっていたのもあったみたいだしね」
「ケイ先生にもお世話になりました」
「デビューの予定とか定まったんだっけ?」
「4月くらいになる予定です。その前に写真集とデビュー曲のPVを撮影するのに3月3日から8日までグアムに行ってくることになりました」
「信子ちゃん、パスポートは?」
「戸籍に性別修正が反映されるのを待ってすぐ申請します」
「大変だね!」
2月12日の引越は1日で5人の引越をしなければならないというので、リダンリダンの8人総掛かりで1つ1つ作業をしていくのだが、なんといっても戦力になるのは、男子3人なので、その3人はクタクタになったようである。4人で持たなければならないものは、信子が持つようにしたが辛そうにしていた。それで詩葉も手伝おうとしたが「詩葉さんは運転で疲れるから無理しないで」と言って、信子が頑張った。ドライバーが疲れると事故が怖い。
「でも信(のぶ)ちゃんホント辛そうだった」
「やはり女の子の身体になってから筋力が極端に落ちた」
「やはりホルモンの関係なのかなあ」
「そうみたい」
「しかし1ヶ月分くらい働いた気がする」
「ほんとにお疲れ様」
「ビール飲みたいけど未成年は禁止って言われたし」
「そうだね。だから私たちだけ頂く」
と言って、ホーン女子の4人だけ、美味しそうにサッポロ冬物語を飲んでいた。
2月12日、ローズ+リリーの新曲“愛のデュエット”のPVを、よみうりランドで撮影したが、ここで男の子役はヒロシ(ハイライトセブンスターズ)、女の子役はフェイ(レインボウ・フルート・バンヅ)がやってくれた。ふたりとも全ての楽器をきれいに弾きこなして、ケイも感心していた。
ふたりは撮影終了後
「ね。役割交替してみない?」
と言って、フェイが男の子役、ヒロシが女の子役で演じてみて、念のためこれも撮影するだけは撮影したが、フェイの男装もヒロシの女装も全く違和感が無く、ケイはまた感心していた。
「ちなみにヒロシちゃんは女の子になりたい男の子ではないよね?」
と冬子は尋ねる。
「ボクは普通の男ですよ〜」
と女装のヒロシ。
「普通ではないと思うけど」
と男装のフェイ。
「ちなみに、フェイちゃんは男の子になりたい女の子ではないよね?」
と冬子が訊くと
「え?ボク、普通の男の子ですよ」
とフェイは答える。
「いや、普通のも何も、そもそも男の子ではない気がするけど」
とヒロシが言うのに対して
「確かめてみる?」
とフェイは誘うような視線で言った。
しかしマネージャーさんからストップが掛かった!
2月22日 群馬県の某温泉で深夜、フェイと早紀が女湯で遭遇し意気投合した。
「ボクみたいな子が他にもいたって感激」
などとフェイが言うので、早紀は少し罪悪感を感じながらも
「マコちゃんみたいな子がデビューしたので、ボクも凄く勇気付けられた」
と言った。
「いい事務所見つかるといいね。でもホントにボクが紹介しなくて大丈夫?」
「うん。いくつか感触のいい事務所はあるから、そこを攻めてみる」
ふたりが盛り上がって、お風呂からあがった後も、部屋で少しおしゃべりしようよ、などと言いながら脱衣場に出て服を着ながら話していたら、ちょうどそこに蔵田樹梨菜(蔵田孝治の妻)が入って来た。
しかし樹梨菜は男にしか見えないので、フェイたちは悲鳴を上げ、通報しようとした。「待って。俺、女だから」と言って樹梨菜は裸になってみせる。
「ちんちん、あるじゃん」
「これは作り物」
と言って、それも取り外した。
「いいけど、お兄さん、ちんちん取ってから女湯に来なよ」
「ごめーん。夜中だから誰もいないかと思った」
騒動が一段落した所で、樹梨菜はハッとして訊いた。
「ね。君たちこそ、男の子ってことは?」
「ボクは女湯に入るのが趣味なんだよ」
「ボクは女湯でおどおどしている男の娘を物色するのが趣味」
「あんたら通報しようか?」
「通報してもいいけど、確実にお兄さんの方がつかまると思う」
2014年2月24日(月).
阿倍子は2度目の体外受精を行った。今回は前回冷凍保存していた卵子4個の内の2個を解凍したが、1個は死んでいるようだった。それで生きている方の1個を子宮内に投入した。
今回は新たな受精を行う必要はなかったので、射精も不要で、千里と貴司のデートもパスとなった。千里は一応貴司と電話では話したのだが、どうも射精できないのが辛いようであった。
「ところで誕生日だけど、何か欲しいもの無い?」
「貴司と阿倍子さんの離婚届け、ダイヤの指輪とプロポーズの言葉」
「ごめーん。それはまた後日話し合うということで」
2014年2月25日(火).
暢子は東京に出てきてから2度目の給料をもらった。それでこの資金を元に引っ越そうと考えた。不動産屋さんに行き「江東区内で安い所無いですか?」と言い紹介してもらって、一発で決めた。南砂町駅から歩いて15分という所の築68年!(終戦後すぐに建てられたらしい)のアパートで賃料と管理費合わせて2.8万円である。1Kでトイレは付いているが、お風呂は無い。
「千里、敷金と礼金を貸してくんない?」
「いいよー」
「ついでに保証人になってくれたりしないよね?」
「それもOK」
「それと引っ越すのに、千里のハイゼット借りられる?」
「ハイゼットでもいいけど、今もっと大きな車を借りているんだよ。それ持って行くよ」
「へー。どんな車?」
「2トントレーラー」
「2トンでトレーラー??」
「アクティで2トンのトレーラーを牽引しているんだよ。だからアクティ側にも多少荷物が載るよ」
「見てみたーい!!」
「じゃ当日、それ持って千葉のアパートに行くね」
「助かる。引越自体も手伝ってもらえる?」
「平日ならOK」
ということで、暢子は2月26日(水)に、千里と桃香のアパートから新しい江東区内のボロアパートにお引っ越しをすることにしたのである。
それで千里も不動産屋さんに行き、敷金・礼金を“例のカード”で払うと共に、保証人の判子を押してあげた。千里のカードを見て、担当者がギョッとしていた。
千里は《たぶん霊的な処理が必要だろう》と思い、自分もその物件を見たいと言って、不動産屋さんの車に同乗して、そこに見に行った。
ところが・・・・
車から、不動産屋の人、暢子と千里が降りると、その途端、目の前のアパートが物凄い音を立てて崩壊してしまったのである!
「嘘〜〜!?」
と声をあげたのは不動産屋さんの人であった。
千里はチラッと後ろを見たが《こうちゃん》がニヤニヤしている。
ま、いっか。
ここはさすがの私でも手に負えないと思ったもんね〜。
「ここ他の住人は?」
と暢子が訊く。
「いません。若生さんがただひとりの入居者になる予定でした」
「でもこれでは入居できないですね」
「待って下さい。事務所に戻って、どこか代わりの物件を探します」
それでいったん事務所に戻り、適当な安い物件を探す。アパートが崩壊したというので、そちらの後処理にも数人飛んで行ったようである。
「ここはどうでしょう?南砂町からはだいぶ離れてしまいますが、東大島駅から徒歩12分のワンルームなのですが」
とさっきの家に案内してくれた人が言う。
「ここはお風呂付きですか!」
と図面を見て暢子が言う。
「はい。ユニットバスで、浴槽も狭いですが」
「いいな。家賃は?」
「52,000円です」
「でもさっきの所なら28,000円だったのに」
「分かりました。44,000円でいかがです?」
「44は《死死》と読めちゃいますね」
「うっ・・・ちょっと待って下さい」
と言って、担当者は店長を呼んでくる。すると店長は
「ご迷惑お掛けしましたし、41,000円で如何でしょう?《良い》と読めますよ」
「借りた!」
それであらためて《家賃の2月分(日割り)・3月分、および敷金》の差額を千里が現金で払った。礼金はさっきのアパートの礼金のままでよいですと言われた。
客を案内したら目の前で崩壊するという前代未聞のケースだったので配慮してもらったようである。
あらためて案内してもらったが、ここは崩壊したりすることは無かった。千里はその場で、そこにたむろしていた妖怪群を全部処理させ、更に結界も張って、変なのが入って来られないようにした!
なお暢子のこの新たに借りたアパートから40 minutesの練習場所であるS体育館までは3kmほどの距離があるが、暢子はこれを自転車で通おうかなと言った。
「ところで千里、自転車を買うお金、貸してくんない?」
「OKOK」
と千里も苦笑しながら答えた。
「何ならスクーター買えるくらいのお金貸そうか?」
「うーん。スクーターは便利だけど、自転車で足腰を鍛えたい」
「なるほどねー」
会社への通勤についても、東大島駅の駐輪場を借りて、そこまで自転車で通うと暢子は言った。千葉から通っていたのに比べると随分楽になる。
「いっそS体育館の自転車置き場にこっそり駐めておいたらどうかな?」
「S体育館から駅までけっこう距離がある気がするけど」
しかしともかくも翌2月26日に千里は軽トレーラーを持って来て、暢子の荷物を千葉から東大島まで運んだのであった。この車を見た暢子は
「こんなの初めて見た!」
と喜んでいた。