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■娘たちのマスカレード(6)

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結局21日は大阪市内のホテルに(1人で)泊まった。そして22日(月)は普通に会社に出たが、この日の午後、アジア選手権に出る男子日本代表12名が発表され、貴司はその中に入っていた。それを高倉部長に報告すると
 
「うん。頑張っておいで」
と笑顔で言ってくれた。それで貴司は翌23日からアジア選手権が終わるまで会社は休むことになる。
 
夕方会社を出るが、今日は明日の準備もあるので市川の方には行かないことにして青池さんにメールを入れておく。しかし阿倍子が住んでいる千里(せんり)のマンションに行く気にはなれないので、結局ミナミに行き、何度か入ったことのある居酒屋に入って、カウンターに座り、キリンラガービールと、おでんに鶏の唐揚げを頼んだ。
 
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それでビールを飲みながら食べていたら、隣にOL風の27-28歳くらいかなという感じの女性が座った。彼女は生ビールの小ジョッキを頼み、枝豆とホッケの塩焼きを頼んだ。それで生ビールをぐいっと一気飲み!してから「お代わり!」と言った。
 
すげー!と思って貴司が見とれていたら彼女はこちらを見て
「あなた腕が凄く太い」
と言われた。
 
「あ、えっとバスケットをしているもので」
「へー。スポーツマンなんだ!なんか格好いいなあ」
 
それから貴司は彼女と会話がはずんでしまった。彼女は日本のバスケットのことはあまり知らないものの、NBAの選手の名前をたくさん知っていた。自身も中学校の頃はバスケットをしていたらしい。それでNBAの話題で盛り上がってしまったのである。
 
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2時間ほど楽しく会話した後で、スナックに移動し、カラオケを歌いまくった。彼女は歌も凄くうまかった。
 
「もしかして元歌手とか?」
「秘密」
「へー!」
 
それで12時近くまでスナックで飲んだ後、呼吸で誘いあって、ラブホテル街に来てしまった。
 
「いいの?」
「うふふ」
 
彼女は明確な返事はしないものの、嫌がったりはしていない。むしろ積極的になっている感じもあった。それで雰囲気でお店を選び、パネルを見ながら、「どの部屋にしようかなぁ」などと言っていた時、
 
誰かが貴司の手を取って『地獄の部屋』のパネルを押してしまう。
 
「へ?」
と声をあげて振り向くと、怒りに満ちた顔の千里であった。
 
千里は連れの女性に向かって言った。
 
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「申し訳ないけど、私この人の妻なの。帰ってくれない?」
 
と言って千里は金色のマリッジリングを見せる。女は素早く貴司の左手薬指を見た。そこにも同じ形の金色のマリッジリングがはまっている。「あれ?この人、結婚指輪してたっけ?気付かなかった!」と思ったものの彼女は
 
「分かった。帰るね」
 
と笑顔で言って、バイバイをして通りの方に行こうとする。貴司が慌てて彼女にタクシーチケットを渡したので
 
「サンキュー。楽しかったよ」
と言って、彼女は帰っていった。
 
貴司はその時自分が結婚指輪(携帯に付けているステンレスのもの)をしていることに気付き、あれ?俺これいつ填めたっけ??と考えた。
 

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彼女の姿が遠くなってから千里は言った。
 
「貴司、信じられないよ。来月には阿倍子さんと結婚するんでしょう?それなのに、他の女とホテル行くなんて。あり得ないよ」
 
「すまん」
と貴司はマジで反省して答えた。
 
「そんな奴は地獄に墜ちるがいい」
 
と言うと千里はバッグの中から拳銃!?を取り出した。貴司はギョッとして
 
「待て。話せば分かる」
と焦って言うが、千里は黙って引き金を引いた。
 
カチッという音がして銃口の先に火が点く。
 
「ライターか・・・」
と言ってホッとする。
 
「このライターあげるね。じゃね。永遠にサヨナラ」
と言ってそれを手渡すと、千里は振り向いて帰ろうとした。
 
「待って。千里、君と話したい」
 
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「ふーん。何話すの?私がここ1年ほどの貴司の行動でどれだれショックを受け、どれだけ傷付いたと思ってんの?さすがに愛想が尽きたよ」
 
「すまん。本当に済まん」
と貴司は謝る。
 
千里は少し考えてから言った。
 
「じゃ話を聞いてもいいけど、最高の部屋を要求する」
「最高って?」
「帝国ホテル大阪のスイートルーム」
「うっ。財布が痛いけどいいよ」
 

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それでラブホテルには「申し訳無いがキャンセルする」と伝えた上で、千里と貴司はタクシーで帝国ホテル大阪に行った。スイートルームが空いているか訊くと、インペリアルスイート27万円が空いているということだったので、貴司はその部屋を借りると言った。料金は貴司のゴールドカードで決済した。記帳を求められるが千里が
 
「私が書くね」
と言って、細川貴司40歳、細川千里22歳、と記帳した。それで鍵をもらい、ボーイの案内でインペリアルスイートに行った。
 
「ここ、すごーい!こんなお部屋、初めて泊まったよ」
と千里がはしゃいでいるので、貴司もホッとする。
 
「でも千里、40歳は無いよ」
 
と貴司は千里が記帳の時、貴司の年齢を40歳と書いたことに文句を言う。
 
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「私をたぶらかして、阿倍子さんもたぶらかしたんだから、年齢くらい誤魔化しているかもしれない」
 

この夜、ふたりは再度腹を割って話し合った。そして3〜4時間掛けて話しあっている内に、千里の怒りも少しは収まってきた。
 
それで2人は、4月に話したこと。“京平をつくるための悪だくみ”についても話し合った。そして千里は迷いながらも、とうとう言った。
 
「私も凄く悩んだ。悩んだ上で、ここは我慢することにした。だから貴司、阿倍子さんと結婚してもいいよ」
 
「いいの?」
と貴司の方が戸惑うように尋ねる。
 
「その代わり、京平ができたら速やかに離婚して、私の所に戻って来て」
 
「それについては今は確約できない」
「まあいいよ。どうにでも手段はあるし」
と千里は言った。
 
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「手段って?」
「例えば貴司を殺して遺体を引き取ってくるとか」
「何か全然ジョークに聞こえないんだけど」
「当然。マジだから」
「うーん・・・」
 

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「結婚式はどのくらいの規模にするの?日本代表だから大変でしょ。招待客は200人くらい?」
「いやそれが・・・」
 
と言って貴司は、会社関係にも、バスケ関係者にも、自分が昨年千里と結婚したと思われているので、今更他の女性との結婚なんて話はできない。それで誰も招待できないと言った。千里は可笑しくなって忍び笑いをしていた。
 
「でも、1人先輩が理解してくれて、彼を含めて3人出てくることになったんだよ」
「親族関係は?」
「それも大半の親族は僕は千里と5年くらい前から結婚しているものと思われている」
「まあ実際に私は貴司と今でも夫婦であるつもりだよ」
「うん」
と貴司は言ってから一呼吸おいて
 
「母ちゃんも妹たちも出席は絶対拒否と言った。でも父ちゃんに頼み込んで、父ちゃんだけは出てくれることになった」
「ふーん」
 
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千里は腕を組んで考えた。
 
「じゃ出席するのは、貴司と阿倍子さん、阿倍子さんのお母さん、会社関係者3人、貴司のお父さん、この7人かな」
「そんなものだと思う」
 
結婚式なのに、新郎の親族がほぼ全員出席拒否?それはさすがに“阿倍子さん”が可哀相だ。
 
「私、理歌ちゃんと話してみる」
「ほんと?」
「私はその結婚式をできたらぶち壊したい」
「うっ・・・」
「でも愛する人に恥を掻かせたくも無い」
「・・・・」
「だから少し話してみるよ」
「うん」
 

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「疲れたね。寝ようか」
と千里は朝6時近くになって言った。
 
「そうだね。じゃ、いつものように、僕は床に寝るね」
と貴司は言ったのだが、千里は言った。
 
「一緒に寝ようよ」
「ほんとに?」
と言って貴司が凄く嬉しそうな顔をするので、千里は呆れる。
 
こいつは猿か!?頭の中にはセックスのことしか無いのか!???もうこいつはマジで去勢した方がいいな、と思考したら《こうちゃん》が楽しそうな顔をして手術用のメスを研いでいるので押しとどめておく。
 
「ただしお互い着衣。タッチ無しというのでどう?」
と千里は言った。
 
貴司は凄く哀しそうな顔をした。しかし
「分かった。それでいい」
と答えた。
 

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「それとお互いの距離を5m取る」
「ベッドの幅が5m無いよ!」
「じゃ仕方ないから50cm」
「それでも端から落ちる」
「仕方ないなあ。10cm」
「そのくらいなら何とかなるかな」
 
それで2人は交替でシャワーを浴びてきた上で、きちんと服を着た上で、同じベッドに寝た。
 
「このベッド気持ちいい!」
「さすが27万も払っただけのことはあるね」
 
千里は婚約破棄以降、何度か貴司が寝ている所に添い寝したことはあったが、お互い意識のある状態で同じベッドに寝たのは初めてであった。
 
「じゃ、おやすみ、マイダーリン」
と言って千里は貴司にキスした。
「おやすみ、マイハニー」
と貴司も答えた。
 

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7月23日(火).
 
千里と貴司は11時頃まで眠っていた。起きた時爽快だったのは、最高級の部屋の超快適なベッドのせいだけではない気がした。
 
貴司を起こして一緒にコーヒーを飲んだ。貴司はかなり疲れた顔をしている。まあ明るく元気だったら、ぶん殴りたいけどね。
 
チェックアウト時刻を少し過ぎた12:15くらいに部屋を出て、フロントに行き、チェックアウトの手続きをした。そのままレストランのフロアに行き、中華料理店で1人1万円のコース料理を食べた。
 
「普段阿倍子さんとは、どんな所でデートするの?」
と千里が訊くと貴司は何か考えている風。さすがに彼女のことを自分には話したくないのかな?と思っていたら、貴司はやがて言った。
 
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「僕、阿倍子とデートした記憶が無い」
「は!?」
 
「阿倍子と会ったのは・・・彼女とこんなことになる前に数回会って彼女の悩み相談に乗ったのと、間違いでセックスしてしまった夜と・・・」
 
「間違い?」
「実は・・・」
 
と言って、阿倍子と1晩すごしてしまった夜のことを語ったら、千里は呆れていた。しかし同時に千里は“これは絶対操作されている”というのを感じた。これなら貴司が言うように、京平の肉体を作るために貴司は彼女と結婚しなければならないのかも知れないという気がしてきた。
 
「その後は、彼女のお父さんの葬儀の日、流産した日、12月頭に彼女に年賀状を書いてもらおうと思って会いにいった日、3月30日に彼女がマンションに押し掛けてきて、翌日に彼女の引越を手伝って・・・。その後は週に1回郵便物を確認しに行く時に数分間言葉を交わす程度かな」
 
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千里は腕を組んで考え込んだ。
 
「普通、その状態は“交際している”とは言わない」
「だよなあ」
 
「ひょっとして貴司、彼女より私との方が多く会っていたりして」
「あ、それは間違い無くそうだと思う」
「呆れた!」
 
しかし千里は少し楽しくなった。この際、貴司の法的な妻というのは一時的に阿倍子さんに貸してもいいや。実質自分が貴司の妻であり続ければいい。
 
「でも貴司、会社では私が貴司の妻だということになっているんでしょ?だったら扶養手当とか、健康保険とか、年金とか、どうすんの?」
 
「どうしよう!?」
 

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千里は貴司と一緒に23日の午後の新幹線で東京に向かった。そして東京駅の駐車場に駐めていたインプで貴司を北区のNTCまで送っていった。
 
「アジア選手権頑張ってね」
「うん。頑張る。ありがとう」
 
と言ってキスして別れる。そして千里は羽田に向かい、新千歳に飛んだ。そして札幌に行き、理歌がバイトを終えた所をキャッチする。一緒に近くのイタリアン・レストランに入った。そして千里は彼女に結婚式に出席してくれないかと頼んだ。
 
「お姉さん、それでいいんですか?」
と理歌は不快そうに尋ねる。
 
千里は3月に貴司からもらったネックレスを見せた。
 
「高そう!」
「これをエンゲージリング代わりにしてもいいくらいの値段だよね。多分。恐らく、貴司が私とすぐには結婚できない状態になったことから、“つなぎ”として私にくれたんだと思う。だから私もお返しにiPad miniを贈った」
 
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「まるで婚約指輪とそのお返しみたい」
「私はそのつもりだよ」
 
「・・・・・」
 
「私は自分が貴司の妻であることを再度確信した。だから阿倍子さんをsecond wife として認めてあげるよ」
「モルモン教みたい!」
 
「だから貴司の正妻として、貴司に恥は掻かせたくないんだよ。それでせめて理歌ちゃんと美姫ちゃんだけにでも出席してもらえないかと思ってさ」
 
理歌はかなり渋ったものの、自分の出席については再検討してみると言ってくれた。それでも美姫は絶対に出ないと思うと言った。
 
「だって美姫は私やお母ちゃん以上に兄貴のこと怒ってますよ」
「怒ってくれるということで、私は救われる気がするよ」
「だったら私も出ない方向で」
「そこを何とか出てくれる方向で」
 
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娘たちのマスカレード(6)

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