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■娘たちのマスカレード(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2018-11-03
 
貴司たちの合宿は6月26日まで続いたのだが、23日(日)のお昼、貴司は
「ご親戚の人が来てますよ」
と言われ、面談室に出て行く。
 
来ていたのが名古屋の病院に入院していたはずの阿倍子の母・保子だったので、びっくりする。
 
「お母さん、退院なさったんですか?」
「いえ、入院していたんですが、細川さんが近くまで来ていると聞いて外出してきました」
と保子は言う。
 
保子は最初に自分の入院費を払ってくれていることに御礼を言った。
 
「いえ、お見舞いにも行かず、すっかり不義理をしておりまして」
「それはいいのですが、本当に忙しいみたいですね」
「そうなんですよ。日本代表に選ばれたので、ひたすら練習で、自宅に帰る暇も無くて」
 
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「それなんですが、細川さんがあまりにも忙しいというので、阿倍子が不安がっておりまして」
「はい」
 
「結婚式はいつあげるんですか?」
「えっと、すみません。9月までひたすら大会が続くので、その後でまたあらためて話し合えないかと」
 
「でもそんなこと言っていたら、またシーズンが始まるのでは?」
「それはそうなのですが・・・」
 
「結婚式の日取りだけでも決めて頂けませんか?」
と保子は厳しい顔で貴司に言った。
 
「そうですね・・・」
「7月19日で躍信(阿倍子の父)の一周忌です。それで喪が明けますから、その後すぐにでも、式だけでもあげませんか?」
 
「それは・・・・」
 
「それとも阿倍子とは結婚できないとでも?」
「いや、そういう訳ではないのですが・・・」
「でしたら式を挙げて入籍してください」
 
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保子は一歩も引かぬ姿勢であった。それで貴司は保子の勢いに負けて式を挙げて阿倍子と入籍することを約束してしまったのである。
 
「では結婚式は8月9日・金曜日に」
「分かりました」
 
そう約束してしまってから、貴司は「どうしよう?」と悩んでしまった。
 

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男子の刈谷合宿と並行して女子代表は6月19日から26日まで東京NTCで合宿をしていた。そして男女の合宿が終わってから1日おいて、6月28日から30日までは、日本代表男女の国際親善試合がおこなわれた。
 
28,29日(金土)が仙台で30日(日)が東京である。対戦相手は女子はモザンビーク、男子はフィリピンである。多分勝てるだろうという相手だったが、期待通り男女とも3連勝した(でも男子はこの後のアジア選手権でフィリピンに大敗する)。
 

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親善試合が終わった後、貴司は総武線に乗り、千葉に向かった。そして西千葉駅で降りて、千里(と桃香)のアパートに向かった。
 
《きーちゃん》はこの日、L神社にいたのだが、貴司が来たことを察知し、《くーちゃん》に頼んで、グラナダのアパートでお昼を食べていた千里本人を西千葉駅前に転送してもらった。
 
千里はパンを手に握ったまま転送されてしまったので「何?何?」と慌てている。しかし貴司が西千葉駅の出札口から出てきたのを見て、ギョッとして取り敢えずパンはポケットの中に入れ、転送してもらったミュールを履く。
 
貴司は千里を見ると、深刻な顔で
「千里、話がある」
と言った。
 

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千里は貴司の顔を見ただけで用件がだいたい分かった。とりあえずふたりで近くの居酒屋に入る。
 
「すまない」
と貴司は居酒屋であるのに、床に頭を付けて千里に謝った。
 
「阿倍子と結婚式をあげて籍も入れざるを得なくなってしまった」
 
千里はじっと貴司を見るだけで何も言わなかった。貴司は土下座の姿勢のまま、言い訳がましく、状況を説明したが、千里はさっぱり理解できなかった。
 
お母さんから強引に言われたからって、だったら私が常々言っていることは何なのさ?せっかくお母さんと会ったのなら、その場でハッキリ阿倍子さんとは結婚しませんと宣言すればいいじゃん。何やってんのさ?
 
千里はもう貴司に愛想を尽かしたくなってきた。
 
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このまま話を聞いていたら自分は決定的なことを言ってしまうかも知れない。そう思った千里は立ち上がった。
 
「貴司」
「うん?」
 
千里は顔を上げた貴司の上に、コップに入っているお冷やを注いだ。
 
「わっ」
 
千里は自分の分のコップ1杯を全部注いでしまうと、貴司のコップも取り、その水も貴司に全部掛けた。
 
そしてサヨナラも“言わずに”テーブルを離れ、店を出てしまった。
 
『くうちゃん、スペインに戻して』
『分かった。千里、今日はお酒でも飲んでぐっすり寝ろ。そうしないと神経がもたないぞ』
と普段寡黙な《くうちゃん》が珍しくアドバイスした。
 
『何のお酒がいいかな?』
『今夜は強い奴がいい。ヘレス(jerez:シェリー)かな』
 
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水を掛けられた貴司は、出てきた料理も食べずに会計をしてお店を出た。
 
とぼとぼと歩いていたら
 
「細川君?どうしたの?」
と声を掛ける人がある。見るとMM化学キャプテンの石原さんである。
 
「石原さん・・・」
「俺、君の出た親善試合を見た後、千葉に親戚がいるんで、ちょっと寄ってきた所だったんだよ」
「ああ。あの試合を見に来てくださったんですか」
「凄い活躍だったじゃん。もうスターター確定じゃない?」
「いえ。今日頑張ったのはみんなボーダー組で、本当のスターターはみんな適当に流してましたから」
「ああ、そうなのかな。でもどうしたのずぶ濡れで。今日は雨とか降ったっけ?」
 
「石原さん、僕どうしたらいいんでしょう?」
 
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石原さんは少し考えるようにしたが、やがて言った。
 
「話を聞いていいから、その前にその服を着替えよう」
 

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結局近くのスーパーでジャージの上下を買って着換えた。そして石原さんと2人で近くのスナックに入った。
 
それで貴司は昨年6月頃からの出来事を2時間近く掛けて語った。
 
石原さんはあまり口を挟まずにじっと話を聞いてくれた。そして最後に言った。
 
「細川、君は馬鹿だ」
「そうですよね」
「千里ちゃんって、それ物凄くいい子じゃん」
「そう思います」
「でも彼女が何も言わずに席を立ったってのはさ、君の阿倍子さんとの結婚を認めるということだよ」
「そうでしょうか?」
「それを認めると口に出して言うのは、さすがに彼女のプライドが許さない。だから何も言わずに席を立ったのさ」
「・・・・・そう言われるとそんな気もしてきました」
 
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石原さんと貴司は更に1時間ほど話した。そして彼は言った。
 
「じゃさ、結婚式に俺は出席するよ」
「すみません!」
「あと、船越監督と高倉部長にも出てくれるよう、俺から話してやるよ」
「ありがとうございます。部長にも監督にも、どう説明すればいいんだろうと思っていました」
 
その日は結局貴司はスナックの閉店時刻まで水割りを飲みながら石原と話したのであった。
 

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貴司は母・保志絵に電話して、阿倍子の父の喪が7月19日で開けるので、その後、8月9日に大阪のRホテルで阿倍子と結婚式を挙げたいと言った。当然のことながら保志絵は激怒し、その結婚式は絶対に認めないと言った。貴司が何とか父母、理歌・美姫の4人だけでも出席してもらえないかと言ったが、保志絵は、誰も行かせないと言った。
 
保志絵は貴司との電話を切った後、千里に電話した。
 
「千里ちゃん、このままでいいの?」
「昨夜は一晩泣き明かしました」
「千里ちゃん、一度こちらに来ない?どうやって貴司にこの結婚を断念させるか、少し対策を話し合わない?」
 
「私と貴司さんは何か大きな運命の歯車に巻き込まれてしまっている気がします。たぶんこの結婚は停められません」
「じゃみすみす結婚式を挙げさせる訳?」
 
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「この結婚は5年もちません」
「・・・・・」
「だから放置します」
「千里ちゃん、そんなの我慢できるの?」
 
「4月に貴司さんと話したんです」
「何て?」
「貴司さん自身も意図しないまま、阿倍子さんと婚約してしまった。これはもしかしたら京平をこの世に連れてくるためなのではないかと」
「・・・・」
 
「高校時代にも1度そんなことを話したんですよ。私が直接京平を産んであげられないから、貴司は誰か他の人と結婚してもいいよと。でも結婚して最初に生まれた男の子に京平という名前をつけて欲しいと。それはたとえ誰が産んだとしても、私と貴司の子供だからと」
 
「・・・・」
「だから、もしかしたら阿倍子さんが京平を産んでくれるのかも知れません」
「だけど千里ちゃんも、赤ちゃん産めるよね?」
「まあ生理はありますけどね。本当に産めるかどうかは分かりません」
「生理があるのなら産めると思う」
「でも私、元男の子ですよ」
「それだけは嘘だ」
「うーん・・・・」
 
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親善試合の後、少し間を置いて、7月3-5日に男子代表は今度は東京NTCで合宿をした。貴司は合宿が始まるまで都内のホテルに滞在したが、ボーとしていて食事も忘れるほどであった。合宿に入っても貴司のプレイは精彩を欠き
 
「どうした細川?まるで金玉が無くなったみたいだぞ」
と言われて龍良から、しっかりお股の物体を握られた。
 
ところが貴司は倒れてお股を押さえている。
 
「細川?」
「龍良さん、強く握りすぎです。潰れるかと思いました」
「軟弱な。日本男児たるもの、金玉はプレス機でも潰れないように鍛えなきゃ」
「それ無茶です」
 
そして7月6日はウィリアム・ジョーンズ・カップに出るため台湾に飛ぶことになっていたのだが・・・・
 
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5日の晩、龍良がやや無理なプレイをして先日怪我した所をまた痛めてしまったのである。
 
「龍良、何やってんだ?お前!」
と監督は心配するより怒った!
 
「すみません。面目ないです」
 
それで急遽龍良は出場キャンセルとなり、男子日本代表は11名でウィリアム・ジョーンズ・カップを戦わなければならなくなったのである。
 

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2013年7月6-14日、台北市で男子ウィリアム・ジョーンズ・カップが行われたが、日本は台湾Bチームに勝っただけで、他の全てのチームに負けるという悲惨な成績に終わった。8チーム中7位で、実質最下位である。
 
龍良を欠く日本がどうにもならないことを露呈した大会であった。貴司も気を取り直して頑張ったものの、本調子ではなく、むろん龍良の穴を埋めることなど到底できない。
 

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7月15日に帰国した貴司はそのまま新幹線で姫路まで行き、播但線に乗って市川ラボに帰還した。
 
「ウィリアム・ジョーンズ・カップ結構頑張ったね」
と南田さんから言われる。
 
「でも全然ダメでした」
「日本弱いからなあ」
「皆さんもどこかの国の代表でしょ?」
「まあ俺たちは中国代表やったことあるし、七瀬は元アメリカ代表だよ」
「ああ、そうですよね!」
 
貴司としても心中は色々あったのだが、今はバスケで頑張るべき時だと気持ちを切り替えて練習に励んだ。
 

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千里は元々7月20日(土)から翌日21日に掛けて貴司とお泊まりデート(ただしセックスは無し)をするつもりだったのだが、先日千葉で会った時に、貴司が阿倍子といよいよ結婚式を挙げるという話を聞いてショックを受け、そのデートの約束自体も、実行するのかどうか曖昧な状態になっていた。
 
そんな折、青葉がその週末7月20-21日に東京に出てきて、桃香・彪志と一緒に食事しようという話が入って来た。更に朋子まで東京に出てくるということになった。それで貴司にメールした。
 
《7月20-21日だけど、青葉が東京に出てくることになって、私大阪に行けなくなった》
 
貴司も
《了解。また会える時に》
と返信したが、いつかまた千里と会えるだろうか?もう2度と会ってくれないかもという気がした。
 
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7月21日(日).
 
貴司は午前中阿倍子をA4 Avantに乗せて神戸まで行き、名古屋から新幹線でやってきた保子と3人で、阿倍子の実家で阿倍子の父の一周忌の法要をした。
 
“お坊さん”にお経をあげてもらい、お昼を一緒に食べた。
 
貴司はそのまま市川に帰りたかったのだが、夕方まで保子と一緒に結婚式に関する打合せをすることになる。
 
「じゃ出席者は、新郎新婦と、私と、そちらの会社の人が3人なのね?」
「はい。3人出てくれるそうです」
「あなたのご親族は?」
「申し訳無いです。それが全員どうしても時間が取れないようで、誰も出席できないのです」
 
これに保子が激怒した。
 
「親族が誰も出ないって、そんな結婚式がありますか! 結婚式は新郎新婦だけのものではないでしょ?双方の親族が、お互いに結びつくための儀式なんですよ。最低でも自分の親は同席するのが道理でしょ?それともあなたの親族はそんなことも分からない非常識者ばかりなんですか?」
 
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「済みません。もう一度頼んでみます」
「お願いしますよ」
と保子は念を押した。
 

どうしよう?と悩んだ貴司は父に直接電話した。
 
「父ちゃんを男と見込んで話がある」
と貴司は言った。
 
ビジネスの交渉なら得意な貴司も、この手の特に角の立つ話は苦手である。しかしそれでも頑張って父に、父ちゃんだけでも出席して欲しいと訴えた。その貴司の必死さに望信は言った。
 
「分かった。母ちゃんは絶対に出ないし、俺にも出るなと言っているけど、俺とお前の男同士の話だ。俺だけでも出てやる」
 
「ありがとう。本当に恩に着る」
と貴司は涙を流して感謝した。
 

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娘たちのマスカレード(5)

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