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龍虎たちが修学旅行に行く半月前。
2013年6月5日(水).
バスケットボール男子日本代表の第四次強化合宿が始まり、貴司は東京に出て5日間の合宿に参加した。今回も龍良さんは怪我からの回復がまだで不参加だったので、貴司は「性別疑惑の追及」をされることなく、練習に専念できた。龍良さんが居ないので、貴司はずっと自分の部屋でお風呂に入っていた。“あれ”も装着していない。
6月6日には千里から「今日は結納1周年」というメールが入っていた。それで夕方練習が終わった後、20時半頃に自室で、千里に直接電話を掛けて少し話したが、千里は特にふたりの結婚問題を出すこともなく、ふつうに楽しく会話できた。
しかし20:55になると千里が
「私今から練習に行かないといけないから、またね」
と言って電話を切った。
この時間から練習?と驚き、貴司も許可を取ってコートに行き自主的に練習をした。貴司がやっていたら前山が来たので、彼と随分1on1をやった。
今回の合宿では、先日の東アジア選手権で貴司が活躍したことから、スターター枠のボーダーラインくらいの人たちがかなり厳しく貴司に対抗してくる感じで、貴司も彼らの真剣なプレイに大いに刺激される思いだった。
一方、日本女子代表の方は6月13日にアメリカ・ヨーロッパ遠征から戻ったのだが、6月19日(水)から第三次合宿に入った。合宿は26日までである。
貴司は6月5-9日は東京で合宿をしていたので会社も休んでいる。そして10日からはまた市川ラボに行き、ドラゴンズのメンバーと練習を重ねた。
そういう訳で、貴司は千里(せんり)のマンションには週に1回郵便物チェックに戻る以外は全く立ち寄らず、事実上市川ラボから遠距離通勤しているような状態にあった。A4 Avantは最初の頃、体育館の前にある一般駐車場に駐めていたのだが、貴司が6月上旬の合宿をしていた間に、1階の貴司が寝泊まりしている部屋のすぐそばに簡易カーポートが作られていて、雨に濡れずに車と部屋の間を行き来できるようになっていてびっくりした!
「なんか俺、もう千里(せんり)のマンションを解約してもいいんじゃないかという気がしてきた」
と独り言をいうが、そこには阿倍子が住んでいるので、解約する訳にもいかない。
貴司は結局阿倍子とはほとんど会話らしい会話も交わしていない。彼女は電話とかしてくるタイプでもないようである。
ところがその阿倍子が6月12日の昼休みの時間に貴司に電話して来た。
「何かあった?」
「あのね。お父さんが亡くなってから来月の19日で1年になるの」
「あぁ・・・」
「よかったら、1周忌の法要ができないかと思って。出席できるのは私とお母ちゃんくらいだから、大袈裟なことはしなくていいけど」
「それどこでやるの?」
「神戸の実家でやろうと思う」
「いいの?」
「そのくらいバレないと思うし」
「阿倍子さんとお母さんだけで、短時間なら問題ないかもね。風通しとかもした方がいいし」
「そうなの。それも気になっていたの」
「じゃ、神戸の実家にお坊さん呼んでお経あげてもらって、その後一緒にお墓参りくらいかな?」
「うん。そんな感じになるかな」
「お布施っていくらくらい出すもんだっけ?」
「よく分からないけど、私もお母ちゃんもお金無いし1万じゃダメかなあ」
「それはさすがに少なすぎる気がする。3万くらい包もうよ。僕が出すからさ」
「ほんと?ごめんね」
「いや、亡くなった後の三十五日法要にも出なかったし」
「海外出張中だったもんね。でも貴司さん、7月19日頃で空いている日ある?もし貴司さんが出られる日があったら、その日にしたいの」
「ちょっと待ってね」
さすがに阿倍子を放置しすぎたかなあと少し反省する。それでスケジュール表を見る。
「7月3日から15日まで台湾で大会をやっているんだよ。7月22日から8月7日までは今度はフィリピンで大会」
「忙しいね!」
と阿倍子は驚いたように言い
「だったら、17から21までの間かな?」
と尋ねる。
「平日は無理。20日も予定が入っている」
「ということは7月21日しかないじゃん!」
「じゃ、その日何とかするよ」
男子代表の合宿は次は6月21日から愛知県刈谷市のNBL所属ステラ・エスカイヤの体育館で行われることになっていた。
千里は6月20日15時頃、堂々と“細川の妻”を名乗って貴司の会社まで行き、まだこの後も仕事をする予定の一般の社員さんたちにスペインの菓子店で買ったフルーツケーキを配った。
「これ見たことない。どこで買ったんですか?」
「スペインに行って来た友だちのお土産なんですよ」
「へー!」
それで貴司と一緒に退出し、一緒にA4 Avantに乗ってドライブデートに出た。
「明日の朝までに刈谷市に送り届けるね」
「あ、うん」
それで千里が運転する車は近畿自動車道を南下。西名阪に入り、そのまま名阪国道を走って、針の道の駅(針TRS:「はりテラス」と読む)で休憩した。2年前にここに瞬嶽さんを乗せて立ち寄ったなあと思い出した。
「少し早いけど晩御飯食べようよ」
「うん」
それでレストランに入って一緒に食事をする。
「そうそう。これ誕生日プレゼントね」
と言って千里は紙包みを渡す。
「わぁ、ありがとう」
と言って貴司は受け取り、「開けていい?」と確認してから開ける。
「へ!?」
と言って貴司はそれを見て悩んでいる。
「《貴子ちゃん》って、女物の下着は持っていても、アウターを全然持ってないみたいだから、ドラゴンズの女子にお出かけとか誘われた時に困るでしょ?だから、こういうの1着持っているといいよ。これちゃんと貴子ちゃんが着られるサイズだから」
「助けて〜」
という訳でライトブルーのワンピースなのである。
「貴司が私と結婚してくれるまで、毎月女子服をプレゼントしようかな」
「変な気になったら困るから勘弁して〜」
「既に変な気になってる癖に」
「うっ・・・」
「ついでにこれもあげるね」
と言って小さな包みも渡す。
「ありがとう。これは?」
と言って開けてみる。
「すごーい!iPad miniだ!こんな高いものいいの?」
「誕生日にもらったネックレスのお返しかな」
「わぁ」
「私は静電体質だから使えないけど、貴司なら役立てられるかと思って」
「ありがとう!スコア付けソフトとか入れて、使うよ」
と貴司は喜んでいた。
その後、最近のバスケの話題などを話していたのだが、貴司が何か考え事をしている雰囲気である。
「何かあったの?」
「いや、千里不愉快かも知れないけど」
「そうだね。貴司がなかなかプロポーズしてくれないから不愉快」
「それを更に不愉快にして申し訳無いんだけど」
と言って貴司は7月21日に阿倍子の父の1周忌に出てくることを話した。
「それは出ていいんじゃない。行っておいでよ」
「すまん」
「まあ死んだ人にまで嫉妬しないし」
「うん」
「だから貴司は20日に私とお泊まりデートして、その足で阿倍子さんに会いに行くのね」
ふたりは7月20日にデートしようと約束していたのである。
「僕の罪悪感を煽るようなこと言わないで〜」
「へー。貴司にも罪悪感なんて、あったんだ?」
しかしその後はなごやかに1時間ほど掛けて食事をした。混み始めたのでレストランを出る。
「ここ温泉もあるんだね。入る?」
貴司はドキっとした。
「でも僕実は女物の下着を着けていて」
千里と会う直前まで女のような身体だったので女物の下着を着けていたのである。
「じゃ車の中で着換えて来たら?」
「そうしようかな」
「さっきプレゼントしたワンピースを着れば私と一緒に女湯に入れるかもよ」
「無理。絶対通報される」
今貴司は千里と会っているので男の身体に戻っている。
「だったら男物の下着に着替える?」
「そうさせてもらう!」
そんなことを言いながら、貴司は千里が近くに居ない場合、自分は女湯に入らなければならないのだろうか?と少し悩んだ。
ともかくも貴司は車の中で下着を男物に交換してきて、それで温泉に入った。むろん貴司は男湯に入る。そして千里はむろん女湯に入る。
千里は30分ほどであがったのだが、貴司はなかなか出て来ないので結局車の中で仮眠していた。19時頃やっと貴司は車に戻ってきた。貴司のお風呂が長いのは昔から謎だなと思っている。いったいどこを洗っているのだろう?
「でもだいぶ暖かくなったね。私服も着ずに寝ていたけど寒くなかったよ」
と千里が言うと
「千里、今服着てないの?」
と言って、貴司がドキドキしたような顔をする。
「毛布をめくってみればいいよ」
「うん」
それで貴司は車がロックされていることを確認した上で毛布をめくるがガッカリしたような顔である。本当に面白い。
「下着をつけてるのか」
「まあアウターは着てないよ」
「触ったりしたらいけないよね?」
「触ってもいいけど、その前にプロポーズして欲しいなあ」
「ごめーん」
千里は
「貴司も下着だけになればいいよ」
と唆し、ふたりは結局下着姿で“各々の”毛布にくるまって、後部座席でおしゃべりした。1時間ほど話している内に、やはりお風呂に入ったせいか貴司があくびをする。
「少し寝るといいよ。まだ時間はたっぷりあるし」
「うん。だったら、僕は床で寝るから」
「このクッション敷くといいよ」
「そうする」
それで2枚積んでいるロングクッションの1枚を後部座席の床に敷き、貴司はそこで自分の毛布をかぶって、すやすやと眠ってしまった。
千里はそっと貴司にキスをすると
「さて、私は練習に行ってこなければ」
と独り言のように言い、チームの練習用ジャージを着てから、スペインに行っている《きーちゃん》と入れ替わってレオパルダの練習に参加した。
千里がスペインから戻ってきたのは午前4時である。貴司は眠っているようだ。
『私も眠い。こうちゃん運転して』
『OKOK』
それで千里が後部座席の上で毛布をかぶって寝て、運転席には《こうちゃん》が千里に擬態して座り、車を発進させた。針から刈谷市までは2時間ほど掛かるが、《こうちゃん》は湾岸長島PAで車を駐めた。時刻は5時半である。ここから目的地までは30分ほどで行く。
「貴司、朝御飯食べよう」
と言って起こす。
「うん。あれ?ここは?」
「ここは長島。でもさっき御在所SAのコンビニでお弁当買っといたから」
「いつの間に!?」
「取り敢えずトイレ行ってから」
「うん」
「その前に服を着た方がいいけどね」
「そうする!」
それでトイレに行って来てから一緒にお弁当を食べた。
「弁当が4つあるのが凄い」
「弁当2個くらい行けるでしょ?」
「行ける行ける」
結局そこで7時頃まで休憩してから、千里(本人)が運転して伊勢湾岸道を進み、豊明ICで降りて、そこからほんの5分ほどでステラ・エスカイヤの体育館前に到着した。
「じゃ、頑張ってね」
「うん。ありがとう」
それでキスして別れた。
「こうちゃん。私も疲れたかも。車を市川に回送してくれる?私、スペインのアパートに戻って休む」
「うん、そうするといい。車は明日か明後日の朝くらいまでに到着すればいいよな?」
「いいけど、ガソリンは満タンにしといてね」
「OKOK」
それで《きーちゃん》と入れ替わりでスペインに戻り(スペインは夜中の0時半)、朝までぐっすりと眠った。
それで・・・こうちゃんは丸2日の事実上の休暇をもらったので、それに浮かれてしまい、うっかり、貴司の身体を女に変えるのを忘れてしまったのである。
貴司は千里の車が見えなくなっても、身体が男のままなので「あれ!?」と思った。それで念のため自分の身体を色々触っていたら、突然後ろから抱きつかれる。
「わっ」
と貴司は声を挙げた。
「細川君、久しぶり〜」
「龍良さん!」
「そうそう。お見舞いメール、サンキュー・サンクス・サークルKね」
「いえ、病院までお見舞いに行けたらよかったのですが」
「でも、細川君、今日はブラジャーつけてないの?」
「そういつもいつもはつけてないですよ〜」
「練習が終わったら、一緒にお風呂入ろうね〜」
「あはは、はい」
しかし貴司の身体はこの合宿の最中はずっと男のままだったので、安心してお風呂に入ることもでき、そして龍良さんにまた、ちんちんを握られたのであった。
「ねぇ、僕と一晩寝てみない?」
と龍良はあからさまに貴司を誘ったが
「すみません。結婚したんで勘弁してください」
と言った。
「ああ。村山さんと結婚したんだって?前山から聞いた」
「ええ。はい」
「だったら今晩は誰を誘おうかなぁ」
ちょって待て!