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大洗行きのチケットは昨日の内に買っておいたので乗船手続きをしてから待合室で待つ。実際にはほとんど眠っていた。やがて乗船案内があるので乗り込む。
18:45発の《さんふらわあ・さっぽろ》に乗り込んだ。
例によって2等のチケットであるが、この船は左舷・右舷が男女に分離されている。女性用の船室・トイレ・浴室が片側に集まっているので、男性とはあまり顔を合わせないまま旅を楽しむことができて安心である。
でもこういう所では、清紀みたいな子はどうするんだろうなと考えた。彼は男性が恋愛対象だから、男性に取り囲まれた状態では多分安眠できない。となると女装で女性寝室で寝るのかも知れない。取り敢えずあの子、女装していたら充分女の子に見えるし。女性に興味が無いから無害だし。
お風呂は混みそうだなと思いながらも覗いてみると、あまり人が居ない感じだったので、そのまま入る。脱衣場には5人居た。全員女子大生っぽい。
「派手なライダースーツ!まさかツーリングですか?」
といちばん若い感じの女の子(実は最年長だった!)から訊かれる。この子は女子高制服を着せたら充分まだ女子高生で通りそうだ。
「ええ。行きは八戸から苫小牧に渡って、帰りは大洗まで」
「すごーい!冬の北海道でもツーリングするんですね!」
「他人(ひと)にはお勧めできません。冬の北海道の道を走れるように改造した特殊なバイクを使いましたから。普通のバイクなら10分で死ねます」
「きゃー」
「乗用車と違ってタイヤが2つしか無いから、スタッドレスとか履かせても雪の上では無力なんですよ」
「やはり二輪と四輪じゃ違うんですねー!」
結局彼女たちとおしゃべりしながら入浴する。
入浴してて思った。
清紀は女装で乗船したらお風呂に入れない!
だってあの子、おっぱいは無いし、ちんちん付いてるし。
(千里は自分が身体改造前も女湯に入っていたことを忘れている)
5人は元々はお互い知らない同士だったのが、北海道旅行をしている内にあちこちで出会い、親しくなったらしい。
「偶然、全員楽器ができるんですよ」
「高校時代軽音とかしてたんですよね」
「私はギター専門だけどベースも弾けるには弾ける。実は三味線も弾く」
と言っているのが五和真希。
「私はベースが好きなんだけど、ギターも弾ける」
と言っているのが三嶋道代。
「個人的にはギターが好きなんだけど、高校の軽音部ではドラムス打ってた」
と言っているのは二見睦子。
「私はキーボードのある楽器なら何でも弾く。ピアノ、オルガン、電子キーボード、シロフォン、グロッケン、マリンバ、ヴィブラフォン」
と言っているのが四谷恵美。
「私は管楽器なんですよねー。トランペットも好きだけど、サックスが一番好き」
と言っているのが十勝萌子。
「ちょうどバンドができるじゃん!」
と千里は言った。
「それで実は札幌でスタジオに寄って、楽器も借りて2曲吹き込んでみたんですよ」
「おお、凄い!」
「何か5人で結構意気投合したね」
「みんな上手かった」
「よかったら、後で聴かせてよ」
「いいですよ〜」
それでお風呂からあがった後、千里はその5人と一緒に食事にも行く。
食堂はバイキング方式なので、最初に基本セットだけ取って来て、その後は食べながら皿の上のものが無くなったら少し取って来て食べるということを繰り返した。
彼女たちが作ったCDを1枚あげますよということで頂いた。
「何枚作ったの?」
「取り敢えず10枚作ったんですけどね〜」
「それは貴重なものを」
それでパソコンを取り出して聴いてみる。
「バンド名はMCCって言うんだ?何の略?」
「Mintie cut cory, 男の娘がちんちんを切る、かな」
「え〜〜〜!?」
「それ昨日遭遇した性別曖昧なおばちゃんから言われたんですけどね」
誰だ?それは?知り合いじゃないだろうな?
「それ実はローマ数字なんです」
「ああ!」
十勝萌子が全員の名前を紙に書き出した。
五和真希/四谷恵美/三嶋道代/二見睦子/十勝萌子
「偶然にも全員、名前に数字が入っているんですよね」
「ほんとだ!」
「それで5 x 4 x 3 x 2 x 10 で1200になります。これをローマ数字で書くと MCC になるんですよ」
「面白いね!」
「そういえば、ちさとさんはどんな漢字?」
というので《村山千里》と紙に書いてみせる。
「数字が入ってる!」
「ひとりでいきなり1000も稼いでいる」
「知り合いにこういう名前の子がいるよ」
と言って《折口万梨花》と書く。旭川L女子校で現在高校2年生。先日新しいキャプテンに就任したと聞いた。
「もっと上がいた!」
「上には上が居る」
と言って千里は更に《細川京平》と書いた。
「おお!これは大きい!」
「京って千かける千くらいだっけ?」
「それは百万にしかならない」
「あ、そうか!」
「億かける億で京だよ」
「遙かすぎる」
「でもMCCっていい名前だと思うよ」
「MMCと言い間違えたりする」
「それなら2100か」
「数字が入ってるなというのは意識してたんですよね〜」
「1200ってなんかいい数字って気がするし」
CDを聴いてから千里は言った。
「これ地元に戻ってから、もう少しアレンジを練ってそれで再度音源作って売り出すといいよ。売れるよ」
「売れます?」
「この曲はオリジナル?」
「ええ。《女子大生物語》は(四谷)恵美ちゃんの曲、《白い山と吹雪》は(五和)真希ちゃんの曲」
「みんなどこに住んでいるんだっけ?」
「それがバラバラなんですよね〜」
「ありゃりゃ」
「(五和)真希ちゃんは東京、(四谷)恵美ちゃんは金沢、みっちゃん(三嶋道代)は京都」
「むっちゃん(二見睦子)は香川、もえちゃん(十勝萌子)は博多」
「バラバラだね!」
「でも春休みくらいに一度集まってまた音源制作してもいいかもね」
「みんな何歳?」
「18歳から22歳まで」
「全員生れ年も違う」
「生まれ月も全員違う」
「現時点で年齢が5種類」
「学年は4つだけど」
「来週になると年齢も4つになってしまう」
「ほんとにバラバラだね!」
「こんなバラバラな5人が集まったのは奇跡じゃないかって言ってたんですよ」
「うん。奇跡だと思う」
「誰がいちばん若いと思います?」
「睦子ちゃんでしょ?」
「すごーい!どうして分かったんですか?」
「いや、今のは推理で解けた」
と千里は言う。
「そうなんですか?」
「現在年齢が5つあるのに、来週になったら4つになるというのは、18歳の子が19歳になるということ。つまりその子は1月生まれ。睦子というのはたぶん睦月(むつき)から取ったもので1月生まれだと思ったもん」
「すごーい!」
「探偵みたい」
「でも見た目では、萌子ちゃんがすごく若く見えるよ」
「そうそう。昨日会った性別曖昧な人も、もえちゃんが一番年下でしょ?と言ったんですよ」
なんかその性別曖昧な人って知り合いのような気がするなあ。
「もえちゃん童顔だもんね」
「車運転してたら白バイに停められて、何の違反したろう?と思ったら『中学生が運転したらいかん』と言われたって」
「あはは」
そういう訳で5人のプロフィールはこのようであった。
Sx 十勝萌子 福岡大学 22歳4年生 1989.5.17 牡牛 地(風)
Gt 五和真希 青山学院 21歳3年生 1990.6.25 蟹_ 水(火)
KB 四谷恵美 金沢美大 20歳1年(浪) 1991.4.07 牡羊 火(地)
B_ 三嶋道代 同志社女 19歳2年生 1992.2.15 水瓶 風(水)
Dr 二見睦子 香川大学 18歳1年生 1993.1.16 山羊 地(水)
「恵美ちゃん、金沢美大(石川県立金沢美術工芸大学)って凄い!」
と千里が言うと他の子も
「凄いですよね〜! ほんとに絵がうまいですよ」
「あ、このジャケットの絵が恵美ちゃん?」
「そうなんですよ」
「でも入るのに1年浪人しました」
「だってレベル高いもん」
「絵のうまい人ばかりで、気後れしますよ」
「それはお互いにみんなそう思っていると思う」
「千里さん、誕生日聞いていいですか?」
「1991年3月3日。太陽は魚で月は天秤。だからその書き方なら水(風)」
「あ、千里さん入れると1月から6月まで揃う」
「そうそう。3月生まれが欠けてるよねと言ってたんですよ」
「ちなみに千里さん楽器は?」
「キーボードも弾くけどフルートとか龍笛とか横笛に自信がある」
「あ、笛の担当が居なかったんです」
「どのくらい吹くんですか?」
「フルートも龍笛も持って来てるよ。聴く?」
「ぜひ」
それで食事もかなり食べたしということで食堂を出てデッキに行く。龍笛を取り出して吹いてみせた。
「すごーい!」
「物凄い迫力」
ついでにフルートも吹いてみせる。
「きれーい」
「格好いい!」
「ちなみにバンドとかする気は?」
「ごめーん。別のバンドに入っているんだよ。インディーズだけど」
「あらぁ残念」
「でも音源制作するときに時間が空いてたら協力してもいいよ」
「ぜひぜひ」
「ちなみになんて名前のバンドですか?」
「ゴールデンシックスというんだよね。これ去年作ったCD。1枚ずつあげる」
と言って5人に『海の旅路』というアルバムを配った。
「1800円って書いてある」
「仲良くなったからプレゼント」
「ありがとうございます」
「どのくらい売れてます?」
「一昨年作った『赤い情熱』は1200枚売れたんだけどね。これはまだ現時点で800枚くらい」
「インディーズでその数字は、物凄く売れている気がする」
「まあお小遣い程度にはなってるよ。1800円が1200枚売れると216万だけど、インディーズの場合この半額を制作者が取れる。約100万だけど、実際に制作に関わっているのが10人くらいだから、その貢献度によって比例配分している。まあ平均1人10万円ということで」
「美味しい!」
「君たちのバンドはもっと売れると思う」
「よし、春休みに集まろうよ」
「大阪か京都に集まらない?」
「その方が交通費が節約できるね」
その後おやつを調達した上で船室に行き、おしゃべりした。
「なんかバイキングで食べ過ぎた気もする」
などと言いながら、ポテチやクッキーを食べる。
結局消灯時間までずっとおしゃべりしていた。
千里は旅疲れもあり早めに眠ってしまったが、他の子たちは夜中すぎまで小声で話していたようである。
大洗港に到着したのは1/16 14:00である。
《こうちゃん》がZZR-1400を持って来てくれているので受け取る。
「凄いバイクですね!」
と萌子たちが驚いている。
「これで北海道も走りたかったんだけど、雪の上では普通のタイヤは無力だからそちらは別のバイクで走ったんだよ」
「へー!」
「夏ならこのバイクで走れたんだけどね」
ZZR-1400の前に6人で並んで《こうちゃん》に記念写真も撮ってもらった。
それで彼女たちと別れて千里は最後の行程を走った。
大洗(R6/R1/R16)横須賀 186km
横須賀から福島方面に行った時は国道15号(第1京浜)の方を通ったのだが、帰りは国道1号(第2京浜)を通ってみた。この付近は昼間はひたすら混んでいるが、バイクはあまり渋滞とは関係無いので、車線の間をすり抜けて進んでいき、結局18時頃、横須賀のスナックに戻った。
ZZR-1400のトリップメーターは八戸で記録した時978km、大洗で(どこを走りまわっていたのか3000kmを越えていたのを)リセットしてここまで186kmであった。Super Cub MD90/110改のトリップメーターが790kmを示していたので、合計1954km(1214 mile)で、千マイルならぬ1200マイルの旅であった。
1200といったら、萌子たちのMCCだなと千里は思った。それに貴司に買ってもらった婚約指輪の石が1.2ctである(貴司は取り敢えず230万現金でくれて、残り27万は月末まで待ってと言っていた)。12という数字に縁があるなと思う。
お店の前に先日も見たハーレーダビッドソンが駐めてある。その隣にZZR-1400を駐めさせてもらった。
10日の夜に会った人物がカウンターでビールを飲んでいた。