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10月は北海道では七五三が行われ、留萌P神社では10月20-21日には秋祭りが行われるが、今年はこのようにすることにした。
和弥:今年はまだ院生なのでフルには行かない。10月5日(金)に留萌に入り、10月28日(日)まで留まり、29日に伊勢に戻る。11月3日(土)は立花K神社の例祭なので前夜に姫路に来て日曜日の晩に伊勢に戻る。以降11月は姫路側の七五三のため毎週末に姫路に来る。
まゆり:産休で留萌には行かない。内地では七五三は11月なので、10月は妊娠にひびかない範囲で日常の神事をする。
花絵:今年は京都國學院の学生なのでフルには行かない。秋祭りのため19日(金)に留萌に入り、22日(月)に京都に戻る。
千里R:毎週金曜日の晩に留萌に行き、日曜日の晩に姫路に戻る。今年の“お留守番”は21日(日)の夜から28日(日)の朝までの1週間の予定である。この期間はY2も姫路でお留守番を頼むと言われている。留萌のP大神と姫路のK大神は同じ会議に出席する。
和弥が来る前、帰った後のP神社の祈祷は常弥が対応する。姫路で朝夕の祝詞は千里Y2(夜梨子)があげる。通常の祈祷は、まゆり(男の神主を希望する客には越智)が祝詞をあげ、弓佳が笛、和子が太鼓を叩く。平日夕方以降、休日は夜梨子が笛か太鼓のどちらかをする。
10月1日(月)は全国的に衣替えである。姫路では千里と清香は女子冬服、公世は男子冬服で登校した。例によって公世にも女子冬服を渡したが拒否した。
「でも記念写真だけ」
と言われて女子制服を着て、千里・清香と並んだ所をコリンに撮影してもらう。
「これ弓枝さん(公世の姉)に送ってあげよ」
「やめて。誤解される」
「正しく理解されるだけだと思うなあ」
記念写真を見た両親
「あの子もほんと女らしくなったね」
「大樹、あんたも公世と同じ学校行く?ここのセーラー服可愛いよ」
「俺は女の制服着る趣味は無ぇ!」
東の千里は美輪子から「今日から衣替えだよ。ここに制服置いとくよ」と言われ、何も考えずに「ありがとう」と言って、その服を着て登校した。東の千里は今年はこのパターンが多い。
10月5日(金).
和弥は15時前にこの日の授業が終わったので、学校でコリンの車に拾ってもらい、神戸空港に向かった。桜ジェットに乗り、旭川空港までフライト。20時過ぎに旭川に到着する。それでサハリンの車で留萌に向かい、22時すぎにP神社に到着した。お土産に赤福!を渡した。
今年の七五三参拝のピークは10月13-14日(土日)と思われるが、それ以外でも土日の参拝者は多いので、この日に留萌入りしたのである。
10月12日、三重県の赤福で賞味期限また原材料表示の偽装が発覚。10月19日に無期限営業停止処分となる。
10月19日(金).
千里は授業が終わるとすぐコリンの車で神戸空港に向かった。花絵も電車で京都から神戸空港に来た。今年は2人で桜ジェットに乗る。花絵さんが千里の分までお弁当を買ってくれていたので、機内で一緒に食べた。そして旭川からはサハリンの車で留萌に入る。22時頃、P神社に到着した。
(和弥の移動は5日で花絵と千里は19日)
花絵がお土産の“おたべさん”を出していた。
「花ちゃん、神職課程はどう?」
と菊子が訊く。
「大変です。覚えないといけないことがたくさんあって」
「そうだろうね」
「でも私は小さい頃から神社に関わってて予備知識があるからまだ何とかなりますよ。同じクラスに奧さんのお兄さんが突然亡くなって急遽継いでくれと言われて会社辞めてここに来たという42歳の人がいますけど、凄い大変みたい」
「42歳じゃつらいだろうな」
「しかも予備知識無しですしね。神社用語が覚えられないし、祝詞も覚えきれないし神様の名前も覚えきれないし」
「ああ」
「大麻って麻薬かと思ったと言ってました」
「あはは」
大麻というのは伊勢の神宮の御札(おふだ)のことである。
「御手洗(みたらし)と聞いたらお団子かと思うだろうね」
「それも言ってました!」
「ついでに“御手洗”(みたらし)の漢字を“おてあらい”と誤読する」
「難しいですよ」
「天照大神(あまてらすおおみかみ)の息子の名前なんでしたっけ?と聴かれたけど“天忍穂耳尊.(あめのおしほみみのみこと)”としか答えきれなかった」
「あの正式名はなかなか言えない」
「はい、千里ちゃん」
「正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊.(まさかつ・あかつ・かちはやひ・あめのおしほみみのみこと)」
と千里は即答する。
「若いとこういうのがすぐ覚えれるんだよね」
「40歳には厳しいね」
「でも忍穂耳尊の正式名が覚えれなくても神職の日常の仕事はできるから」
「最初は紙に書いてあるの見ながら祝詞奏上してればいいですよ、と言っておきました」
「そうそう。それでいい」
「氏子さんも跡継ぎさんが死んで急遽神職になったんだからって理解してくれるでしょうしね」
「うん。神宮の宮司とかするのでなければ大抵大目に見てくれるよ」
10月20日、関西国際空港で、エア・カナダ機が管制官の許可なく日本航空機着陸直前の滑走路に進入、日航機が着陸をやり直す事態が起きた。航空・鉄道事故調査委員会が重大インシデントとして調査する。
10月19日(金)23:50.
P神社の社務所の囲炉裏で維持されている神聖な火が、“名誉巫女長”千里の手でカンデラ(燭台)に移される。この火は今年1月には社務所建て替えのため、この火がここに来て以来初めていったんランプに移されたが数日後に新しい囲炉裏に戻された。退避と復帰の作業をしたのは、そもそもこの火を12年前にアトサヌプリから採ってきた千里自身である。
カンデラは和弥に手渡された。
10月20日(土)0:00.神殿に設置された3つの燈台に和弥の手でカンデラの火が移され、今年もP神社の秋祭りが始まる。
燈台に火がともるとすぐに神社境内に設置された多数のlEDランプも点灯され境内は明るくなる。
神殿の火は3人の“内輪の人間”により祭りが終わるまで不寝番で消えないように守られる。今年この番をしたのはこの3人である。
西田結子(和弥の叔母:民弥の妹)
村山津気子(千里の母)
高山右京(世那の父)
千里の父はこういう作業には全く信頼できない(火を守るどころか燈台を蹴って火を消してしまいそう)し、すぐ人とケンカするので母にお願いした。村山家で母が不在の間の父の世話は玲羅に頼んでいる。今年の秋祭りでは玲羅は父の世話をするのがお仕事である。
不寝番以外の人たちは一眠りしてくる。和弥は5時頃、一度番の人たちに声を掛けた後、もう一眠りした。今年は性別が変わることも無かった!なお昨年突然上から落ちてきた“羽衣”は今年は七尾さんが着ることになっている。大神が常弥の夢枕に立ち「和弥が持っている羽衣は末尾巫女に着せなさい」と言ったからである。
「それどうしたの?」
「昨年の秋祭りの最中に突然上から落ちてきたんですよ。田代さんによると明治時代の祭主衣裳だろうと。僕が着てみましたけど姉ちゃんに笑われたから女の人に着てもらったほうがいいと思ってました」
「そりゃこんなの男が着るのは変だよ」
「今の祭主衣裳もたいがい変ですけどね」
「いや、お前はわりと似合ってる」
それで和弥は普段の年の祭主衣裳を着た。袿(うちき)を数枚重ね着し、赤い裳(も:スカート)を着けて、最後に唐衣(からごろも)を羽織る。確かにこれって十二単(じゅうにひとえ)っぽい。
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女子高校生・秋のリスタート(3)