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■女子高校生・春の光(4)

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「手が足りないのよ。ちょっとフルートとヴァイオリンを演奏して」
とフェラーリを運転しながら雨宮三森は言った。
 
「フルートとヴァイオリンのどちらですか」
「両方」
「どちらかにして下さい」
「両方同時に演奏できない?」
「それはさすがに無理です」
「仕方無いわね。じゃ取り敢えずヴァイオリン」
「分かりました」
 
それで雨宮は千里を神戸市内のスタジオに連れて行った。ラッキーブロッサムのメンバーが居た。
「おはようございます」
「あ、千里ちゃんだ」
「この子にヴァイオリン弾かせるね」
「千里ちゃん、ヴァイオリン弾けるんだ。よろしくー」
「ヴァイオリンとフルートと両方弾いてと言ったら両方同時には無理ですと口答えするし」
「同時には無理ですよー」
 
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それでラッキーブロッサムの作成中の音源を聴かせてもらった。
「譜面書いてる時間が無いのよ。この音に合わせて弾いて」
「分かりました」
 
と言って千里は愛用の鈴木No.520を取り出した。
「何か安そうなヴァイオリンね」
「済みません。ストラディヴァリウスは昨日ヒグマに食べられたので」
「悪い熊だ」
「その熊はこちらに」
と言って、峠の丼屋さんの熊カレーを出す。
 
「何これ?」
「ヒグマカレーです」
と言ってラッキーブロッサムのメンバーにも配る。
 
「へー。ヒグマのカレー?」
「ヒグマは食ったことないな」
などと言いながら相馬さんが食べてみて
「あ、これ美味い」
と言う。それで他のメンバーも食べてみて
「おいしいね」
と言っていた。雨宮は熊カレーを食べた上で
「いくら何でももう少しまともな楽器無いかな」
と言って、スタジオのフロントに電話した。それでスタジオのスタッフはヤマハのArtidaを持って来てくれた。
 
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それで千里はこのヤマハの上級ヴァイオリンでラッキーブロッサムの曲にヴァイオリンパートを入れた。
 
「上手いね」
という声があがった。
 
「じゃフルート入れてみて」
「分かりました」
 
それで千里が“金狐”を取り出すのでざわっとする。
 
「いや、とにかく聴いてみよう」
 
それで千里は今度は“金狐”を使ってこの曲にフルートパートを入れた。
 
「上手〜い」
「そもそもそのフルートで音が出せるのが凄い」
「ね、ちょっとだけそのフルート貸してもらえない?」
とゆまが言うので千里は歌口をアルコールウェットで拭いて渡す。
 
それでゆまが吹こうとしたが音が出なかった。
「うん。普通まず音自体が出ない」
と貝田さんが言っている。
「演奏も凄い上手かった」
「入れてもらった節(ふし)もよくこの曲に合ってた」
「センスいいね」
「うちのメンバーに勧誘したいくらい」
「ねね。7時からのライブにも出てくれない?」
「え〜、私みたいな素人が出たら石が飛んできますよ」
「いや、君はプロ級」
 
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それで千里はこの“金狐”を持ってこの日のラッキーブロッサムの神戸ライブにサポートミュージシャンとして出演したのである(譜面はもらった:初見でよくそんなに吹けるねと褒められた)。千里は翌日の大阪ライブにも出演した。
 
ギャラは音源制作協力とライブでの演奏と合わせて150万円も頂いてしまった。ついでに作曲も依頼されたが、これはJに書いてもらった。
 
この後も千里は時々音源制作やライブツアーで声を掛けられたが対応したのはだいたいGかRである(Jが出たことも数回ある)。Bには金のフルートは吹けないと思う。JとGは金狐のコピーで練習していた。千里の高校時代のこの関連の収入は霊能関係に次いで多い。同じ事務所の他のアーティストの伴奏をしたこともある。担当はだいたいフルートだが、ヴァイオリンやベースとかキーボードを弾いたこともある。後に千里(東の千里)はKARIONやローズ+リリーの常連伴奏者になるが、実はその前時代に西の千里のラッキーブロッサム伴奏者時代があった。
 
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Gが大阪に行って、ラッキーブロッサムのライブに出た土曜日、Rは清香・双葉と一緒に星子の運転するアクセラで敦賀に向かった(コリンは和弥を伊勢から運んできたばかりで疲れているので星子の対応になった)
 
敦賀のフィッシャーマンズ・ワーフで車を駐める。運転手の星子も一緒に歩いていたら香織ちゃんと遭遇した。それで船着き場に案内してもらう。香織が40代の男性と話している。どうも香織のお父さんのようである。それでその男性が
「どうぞ。ご乗船ください」
と言うので千里たちはそこに停泊しているクルーザー?に乗り込んだ。てっきり観光船のようなものを想像していたので、意外だった。船体には「 Sarasvati」と書かれている。サラスヴァティはインドの女神様の名前である。日本の弁天様に相当する。昔なら「弁天丸」という感じだろう。
 
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乗船口の所には「若狭湾クルーズ5000円」と書かれている。高い!普通なら1500円とかの気がする。しかしこんな高いのにただで乗せてもらっていいのだろうかと思ってしまう。
 
 
ただ船は結構年季が入っている雰囲気だ。
 
香織に続いて千里・清香・双葉が乗りこみ、星子はそれを見送ったのだが、香織の父は
「お母様もどうぞ」
と言う。それで「お母様って私のこと?」という顔をした星子も乗り込んだ。
 

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香織の案内で甲板から階段を降りて船室に行く。これも意外である。遊覧船なら2階席とかの見晴らしの良いところに乗るのだが、外が見えない船室に入ってしまった。香織は廊下を歩いて、やがてラウンジのような所へ千里たちを導いた。
 
ビロードが敷かれたステージがあり、そこに小編成のオーケストラがいた。20人くらいで室内楽団という感じである。適当な席に座る。紅茶とパンケーキが出てくるので頂きながらおしゃべりをしていた。やがてラウンジの客が20人くらい入ったかなというところで楽団は演奏を始めた。ヴィヴァルディ『四季』の『春』である。
 

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なんかレベルが高い!完璧にプロのオーケストラの音である。こんな田舎の遊覧船の中でこんな演奏を聴くとは思いも寄らなかった。双葉が
「なんか凄くうまくない?」
と言う。
「うん。これは都会のプロ楽団レベルの音だと思う」
と千里も答えた。清香は退屈そうである!
 
やがて演奏が終わる。観客は少なかったが、その少ない観客から盛大な拍手が送られる。「ブラーヴィ!」(*5)という掛け声も掛かっている。指揮者が笑顔でお辞儀した。
 
清香が唐突に言った。
「千里、素敵な演奏聴かせてもらったから、お礼に千里も何か吹いたら」
 
清香はこの時、千里の龍笛でも聴かせたらという意味で言ったらしい。しかし清香の言葉を指揮者さんが耳に留め
「お客様、何かお弾きになりますか」
と言った。千里は困ったなと思いながらも立ち上がると
「じゃお茶濁しに」
と言って、バッグから金色狐を取り出すと星子に渡す。
「デュエットしよう。『金と銀』」
 
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星子が頷く。千里は銀桃を取りだして持った。それで星子と千里のデュエットでレハールの『金と銀』を演奏したのである。
 
千里はそもそも今日の運転手が笛のできる星子だったあたりから仕組まれていたなと思った。きっとどこかの暇な神様の悪戯だろう。
 
星子がメインメロディーを吹き、千里がそれに合わせて吹いた。『金と銀』はフル演奏すると20分近い曲なので5分程度で適当にまとめた。
 
拍手がある。
「金色のフルートと銀色のフルートで『金と銀』というのはシャレが利いてますね」
と指揮者さんが言っている。
「そのフルートちょっと見せてもらえます?」
とコンサートマスターさんが言うので星子がフルートを見せる。
「なるほど。金メッキのフルートか」
 
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「本物の金ではまず音が出ませんからね」
と千里は言うと、金狐を持って立ち上がる。そして金狐でガブリエル・マリの『金婚式』を軽く吹いた。
 
拍手がある。
「金のフルートでは音が出ない、とか言っておいて本物の金のフルートが出てくるとは凄い」
とコンマスさん。
楽団のフルート奏者さん(女性)が言った。
「お客様、よろしかったらセッションしませんか」
「何を」
「カノンとか」
「いいですね。星ちゃん最初に出て」
 
それで星子は金色狐でパッヘルベルの『カノン』の出出しを吹く。千里が4小節遅れで銀桃で同じ節を吹く。楽団のフルート奏者さんが4小節遅れで続く。
 
それで3本のフルートで『カノン』が楽しく演奏されたのである。
 
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こういうとき、技術的に一番弱い人が先頭を吹き、いちばん上手い人が最後を吹くのは基本である。それで千里は星子に先頭を吹かせた。
 
演奏が終わり大きな拍手があった。「ブラーヴェ!」(*5) という掛け声も聞こえた。「アンコール!」などという声まである。楽団のフルート奏者さんが
「アンコールです。何か吹かれませんか」
という。それで千里は今度は金狐を持つと軽くメルカダンテの『ロシア風ロンド』を吹いた。
 
拍手がある。「ブラーバ!」(*5)と声が掛かる。千里はお辞儀をすると
「お茶濁し失礼しました。後はプロの演奏家の演奏をお楽しみ下さい」
と言って指揮者に一礼し、着席した。それで楽団はモーツァルトの交響曲40番を演奏し始めた。
 
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ラウンジの客にはお食事が運び込まれてくる。更に星子にはワイン、千里には梅ジュースのグラスが置かれた。
「お客様。演奏ありがとうございました。これは船長からのサービスです」
というので、ありがたく頂いた。
 
お食事はビーフシチューと合鴨・野菜のソテーにスライスしてトーストしたバケットが添えられている。それにコンソメスープである。とてもセンスのいい味付けで、東京とかのフレンチのレストラン並みの味だと思った。
 
なるほど、この音楽と料理だから5000円取るのかと思った。これは東京湾クルーズとか博多湾クルーズとかの船のコンセプトに近い。シティライフを送っている人向けのサービスだ。
 
千里は香織に言った。
「こんな素敵な音楽とお料理をただでは悪いよ。せめて半額は払うよ」
と言って1万円札を出す。しかし香織は言う。
「千里さんの演奏は素晴らしかった。こちらこそギャラを払うべき。だから相殺にしません?」
 
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それで相殺することにした。
 
 
 
(*5) ブラボー(bravo)は性と数により次のように変化する。
 
女性形 brava 複数形 bravi 女性複数 brave
 
 
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