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■女の子たちの音楽生活(5)

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(C)Eriko Kawaguchi 2014-05-24
 
谷津さんがすごく熱心なので、千里たちも「まあ演奏するくらいなら」ということで、タクシーに分乗して市内のスタジオに移動した。
 
スタジオ備品のギター、ピアノ、ドラムスを借りる。千里は曲によりファイフやヴァイオリンを弾くことにする。
 
「あれ?今気付いた。あなたたち、こないだヨナリンの番組に出なかった?」
と谷津さんに訊かれる。
 
「出ましたー」
「あれでバンドも面白いね、という話になって練習し始めたんですよ」
「へー!」
 
「あれ?あの時、凄く髪の長い子がヴァイオリン弾いてたよね?」
と谷津さん。
「はい、私です」
と千里は手を上げた。
 
「あ、髪切っちゃったんだ!」
「あれ、ウィッグなんですよ」
「なんだ、そうだったんだ。いや、貞子役ができるくらい長いなと思って。あ、ごめんなさい。私、自分の名前が貞子なんで、あの映画が公開された頃は随分それでからかわれたのよね」
と谷津さん。
 
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「でも千里は4月まではほんとに、あのくらい髪長かったんですよ。千里、生徒手帳の写真を見せてあげなよ」
 
と言われるので、生徒手帳の最後のページに貼られている写真(3月に撮影したもの)を谷津さんに見せる。
 
「わあ、この写真ではどのくらい長さがあるかが分からない」
「腰付近まであったんですけどね。巫女さんをしていたので」
「凄い!」
「でも校則で長く出来ないんで切ったんですよ」
「もったいなーい」
 
「それで切った髪をウィッグにしてもらったんです」
「なるほどー」
 
「でも私も以前テレビに出た時に、貞子やるために伸ばしました、なんてジョークかましましたけど」
「あら?テレビに出たことあるの?」
「『ザッツ・ビッグ・オーディション』という番組で。準優勝でした」
「ああ、蔵田さんの番組だ!」
 
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「蔵田さんから、君が男の子だったらデートしたいなんて言われました」
「あはは。あの人、女の子には全然興味無いらしいからね」
と谷津さんは笑っていたが、鮎奈と京子は顔を見合わせていた。
 
「でも今は短く切っちゃいました」
「ちょっと切りすぎたよね」
「今のこの髪もウィッグなんですよ」
「あら、どのくらい切ったの?」
「千里、見せてあげなよ」
 
それで千里はショートヘアのウィッグを外して見せる。
 
「うっそーーー!?」
と谷津さんが絶叫する。
 
「なんで!??」
「バスケット部に入ったんで」
「嘘。あなたたちの学校のバスケット部女子って、みんなこんなに短くするの?」
 
「いや、男子バスケ部に入ったんで」
「この子、女子なのに強引に男子バスケ部に入ったんですよ」
「えーーー!? でも試合に出られないのでは?」
「それは特に禁止されてないみたいですよ」
「インターハイの予選でも大活躍だったもんね」
「あとちょっとでインターハイ行けたのに惜しかったね」
「すごーい!」
 
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谷津さんがロングヘアの方が絵になると言うので、千里はロングヘアのウィッグを着けた。そして、みんなで最近練習している曲の中から『残酷な天使のテーゼ』
『WHITE LOVE』『浮舟』を演奏したが、千里は『残酷な天使のテーゼ』ではファイフ、『WHITE LOVE』ではヴァイオリン、『浮舟』では龍笛を吹いた。谷津さんはその演奏をビデオに収めていた。
 
「なんか変わった横笛を吹いてるね」
「こちらは普通のアウロスのファイフです。こちらは龍笛です。これもプラスチック製ですが。本番用は神社に置いていて、これは練習用なので」
と千里は説明する。
 
「あ、巫女さんしてたって言ってたね」
「はい」
 
「でもちょっと気が変わった。超ベリーショート少女、五分刈り頭で何か適当な曲を演奏してみない?」
 
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などと谷津さんが言うので、千里がウィッグを外してヴァイオリンでオッフェンバックの『天国と地獄』を演奏した。
 
「長い髪の千里が天国で、五分刈りの千里が地獄だな」
というコメントが入る。
 
「いや、長い髪も美しいけど、この頭もインパクトあるなあ。でも君たち演奏うまいじゃん。何か凄く楽しいものを見せてもらった」
 
と谷津さんが満足そうな顔をしているので、千里は言ってみた。
 
「谷津さん、谷津さんが求めているアーティストが見つかる日を占ってみましょうか?」
 
「へー、占いするの?」
と谷津さん。
 
「この子、巫女さんしてた時、占い百発百中だったんですよ」
と蓮菜が言う。
 
「凄い。じゃ、見てもらおうかな」
 
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それで千里はバッグの中から愛用の筮竹を取り出す。
 
「千里、時々思うけど、そのバッグ、実に色々なものが入ってるね」
「魔女の鞄だよ」
「ああ、確かに千里は魔女が似合う」
 
実際には《たいちゃん》がその日必要になるはずのものを教えてくれるのでそれを入れていくようにしているのである。
 
千里は取り出した筮竹を2度左右に分け、それぞれ左手に残った竹の数を数えた。
「雷山小過で、応爻が初爻の辰。辰の日ですね。ちょっと待って下さい」
 
と言って千里はバッグの中に入れていた運勢暦を取り出す。
 
「次の辰の日は8月7日です。上越新幹線の沿線」
「へー! よし、行ってみよう」
と谷津さんは楽しそうに言った。
 
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谷津さんと別れてから、マクドナルドに行き、またおしゃべりとなる。最初にさっきテレビに出たことがあると言った話を追及される。
 
「ね、『ザッツ・ビッグ・オーディション』って、女の子のオーディション番組だよね?」
「まあ女の子として出たよ」
「そりゃ千里なら女の子で通るだろうけど」
「あの番組、レオタードになるよね?」
「あれ?私は水着だったよ」
「ああ、その時代か」
「中2の時」
「一昨年か。その年がそのシステムの最後の年だよね」
「今はレオタードで飛び箱とか縄跳びとかさせてるもんね」
「女の子が飛び箱するのを前から撮すのがミソだよね」
 
なんか番組の趣旨が迷走してるなと千里は思った。
 
「あれ水しぶきが凄くてさ。水鉄砲で水中に落とされた人から後で聞いたのでは結構あれ痛いらしい」
「それで千里は、女の子水着を着たのかな?男の子水着を着たのかな?」
「男の子水着なんて着られないよー」
「千里おっぱいあるもんね」
「じゃ、やはり女の子水着を着たわけだ」
「うん」
「女の子水着を着て、お股が膨らんだりはしてないよね」
「まさか。そんな恥ずかしい姿は曝せない」
 
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「つまり、その頃既に千里は性転換済みだったと」
「性転換なんてしてないよー」
「じゃやはり千里って元々女の子だったのでは?」
 

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そんなことを話していた時に、携帯にメール着信があった。見たら、貴司からで、「大阪到着」という短文メールである。「お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」と返信した。
 
「そこな少女は誰とメールしたのかな?」
と蓮菜から追求される。
 
「今の表情はどう見ても恋する乙女の顔」
「実際には非処女のようではあるが」
「相手は20万人の前でキスした人だな?」
 
なんかさっきより人数が増えてる!?
 
「まあ、そもそも着メロが宇多田ヒカルの『Addicted to You』(あなたに溺れているという意味)というので彼氏というのが分かる」
「その着メロの相手がお父さんだったりしたら異常だ」
 
「インターハイの開催地に到着したというだけのメールだよ」
と千里は答える。隠しても仕方無い。
 
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「ああ、恋している時って、その程度のやりとりの中にも愛があるんだよね」
「恋した経験のある者だけに分かるニュアンスだよね」
と鮎奈と京子も言うが
 
「うーん。そのあたりが私には分からんなあ」
と孝子は言っている。
 
「千里、女の子を好きになったことはないの?」
「私はレズではないよ」
「まあそうだろうな」
 
「女の子から好きになられたことは?」
「ある。でも私は女の子には興味無いと言って断ったよ」
「千里の性癖を知らなかったら、優しい男の子と思っちゃう子もいるだろうね」
「やはり千里が男の格好をしているのが悪い」
 
「千里、レズの女の子から好きになられたらどうする?」
「うーん。。。。悩むな」
 
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「私はレズって一度してみたい」
と京子が言うと
 
「男に飽きたの?」
と鮎奈から言われていた。
 

その日、帰宅すると、美輪子叔母が千里に言った。
 
「ねね、千里。うちのオーケストラでちょっとゲスト演奏してくんないかな?」
「何の演奏ですか?」
「ヴァイオリンソロ」
「それは無茶です! 私、移弦もまともにできないのに」
「みたいだよねー。千里って最初は良いけど継続的な練習をしない性格だから、なかなか上達しない」
「えへへへ」
 
「で、龍笛を吹いてくれないかと」
「そんなのオーケストラで使うんですか?」
「横笛協奏曲『カムイコタン』というのを今度やろうという話になっているのよ。この曲、日本の横笛をフィーチャーしてるのよね」
 
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「その横笛って、種類は?」
と千里は尋ねた。
 
「横笛って色々種類あるの?」
と美輪子は訊き返した。
 

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千里は説明する。
 
「日本の横笛には、比較的知られているものだけでも篠笛(しのぶえ)、龍笛(りゅうてき)、能管(のうかん)、高麗笛(こまぶえ)、神楽笛(かぐらぶえ)などがあります。篠笛には更に囃子(はやし)用・唄(うた)用・ドレミ調律があります」
 
「それってクラリネットのE♭管・B♭管・A管の違いみたいなもの?」
「唄用篠笛にはそれに相当するものがあります。一笨調子から十三笨調子まであって、一笨調子は大雑把に言ってF管、三笨調子はG管という感じです。でもこれは西洋音階じゃなくて日本音階なんですよ」
 
「日本音階って、ヨナ抜き?」
「ヨナ抜きってのは、西洋音階のファとシを外すと、日本音階の音に近い音が出るので、日本音階と西洋音階の折衷を取ったみたいな音階ですね。日本音階は西洋式で言えば純正律に近いんです。指穴を空ける時に整数比になるように空けて行きますから」
 
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「ああ、なるほど!」
「篠笛の唄用と龍笛は日本音階で作られています。縦笛の尺八も同じです。尺八も唄用篠笛と同様に調性に合わせて二尺三寸管から一尺一寸管まであります。二尺三寸管がA管、尺八の代表とも言うべき一尺八寸管はD管です。一方、篠笛の囃子用は指穴が等間隔に空いています」
 
「等間隔に穴をあけたら、どういう音階になるのよ!?」
「まあ独特の音階ですね。祭り囃子のあの調子は、その等間隔の指穴から生み出されるんですよ。更に問題なのが能管で、無調音楽っぽい不思議な音の響きが出ます。だから能管はメロディー楽器ではなくてサンバホイッスルなどと同様のパーカッションではと言う人もあるくらいです」
「あぁ」
 
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「その横笛協奏曲、実際に演奏されたCDか何かありませんか?」
「ちょっと待って。持ってこさせる」
 
と言って美輪子叔母は彼氏の浅谷さんに電話してCDを持って来てもらった。
 
「僕、御飯食べようとしてたんだけど」
などと浅谷さんが言うが
 
「ああ、今から千里が作ってくれるから食べて行くといいよ」
などと言う。
 
「いいですよ」
と千里は笑って答えて、3人で、浅谷さんが持って来た横笛協奏曲『カムイコタン』のCDを聴いてみた。
 
「これは等間隔に穴を空けた篠笛系の笛を使っていますね。横笛の発生過程では、結構等間隔に開けたものは多かったんです。簡単に作れるから」
と千里は言った。
 
「なるほど」
「でも、それだと他の楽器と合わせられないでしょ? それでちゃんと他の楽器と合わせて、穴位置も整数比にしてそれぞれの地域の音階に合わせた笛も生まれていったんです」
 
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「つまり等間隔の笛って、原始的な笛なんだ?」
「そういうことでしょうね」
 
ところが浅谷さんが持って来たもう1枚の『カムイコタン』のCDを聴いてみると、横笛の音階が全く違う。千里はちょっと悩む。
 
「横笛の音階がさっきと違うのは僕にも分かった」
と浅谷さん。
 
「これ、日本音階?」
「そうです。日本音階に合わせた笛です。音は金属的な龍笛の音じゃなくて篠笛系のシンプルな音ですから、恐らく唄用篠笛を使っているんだと思います」
 
「要するに、どんな笛を使ってもいいのでは?」
「だったら龍笛でもいいよね?」
 
「龍笛と篠笛って吹き方は違うもの?」
「トランペットとクラリネットくらいに違うと思います」
「そんなに違うのか」
 
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「でもいつ演奏会やるんですか?」
「8月13日」
 
「半月もないじゃないですか!?」
「うん。別の交響詩をやるつもりだったのが著作権上のトラブルが発生してね。JASRACが、著作権者が確定するまで許諾を出すのを保留すると言ってきた。それで急遽これをやることにしたんだよ」
 
「笛が特徴的だからフルートじゃなくて日本の横笛でやりたいねと言ったんだけど、うちのオーケストラのフルーティストに日本の横笛を覚えさせるには時間が足りなくてさ」
 
「既に美しく吹けている人が欲しいわけよ」
「ロハで使える人で」
「無報酬なんですか〜?」
「アマチュア・オーケストラだし」
「ってか出演者全員会場代に1人5000円払ってる」
「千里はその分の負担は無しで」
「まあ、ケンタッキーくらいおごってあげるよ」
「うーん・・・」
「覚えてくれれば、練習には2〜3回来てくれるだけでいいから」
「千里は初見に強いから、すぐ覚えるはず」
 
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千里は頭を抱えた。
 

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女の子たちの音楽生活(5)

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