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(C)Eriko Kawaguchi 2014-05-17
後半では向こうもさすがに千里が最大に警戒しなければならない相手と悟り、いちばん背の高い人がマンツーマンで千里をマークしに来た。そこで渋谷さんも千里ではなく毛利さんの方にパスしてそちらから3ポイントを撃つパターンが多くなる。それでも千里はしばしばうまくマークを外してフリーになり、そこでパスを受け取って3ポイントを撃っていた。千里をマークしていたはずの子はあれ?あれ?という感じで千里を見失っていた。
「村山って気配が無いからね」
「そうそう。近くに居ても気付かないことがしばしばある」
などと最後のインターバル(休憩時間)に白滝君と真駒君が話していた。ああ、それこないだM高校の橘花にも言われたな、と千里は考えていた。
第4ピリオドもやはり向こうは千里に最大限のマークをしてきたが、それでも千里は5本撃った内、3本のスリーポイントを決めた(後の2つは相手ディフェンスにブロックされた)。
この試合で千里は結局19本の3ポイントを決めて、フリースローの分まで入れて58点も取り、チームの大勝に貢献した。試合前に千里が黒岩さんに約束した点数の倍近い大量得点であった。
自分たちの試合が終わった後、他のチームの試合を見ながら休憩していたら、館内放送が入る。
「旭川N高校の村山千里君。生徒手帳持参で、1階の大会事務局まで来て下さい」
千里は左右の子と顔を見合わせる。ちなみに左側には留実子、右側には暢子が座っている。
「千里、お呼びだよ」
「何だろう?」
などと言いながらも千里は言われた通り、生徒手帳を持ち、事務局に行った。
「失礼します。旭川N高校の村山ですが」
「村山千里君?」
と背広を着た男性から訊かれる。
「はい」
「あれ?君、女子だよね。御免、御免。こちらの名簿では男子になってた。ちょっと待っててね」
と言ってその男性が奥の方のテーブルに行き、代わりにレディススーツを着た女性が出てきた。
まあ性別問題ではこういうのよくあるよな、と千里は思う。
「村山千里さん?」
とその女性から尋ねられ
「はい」
と答える。
「生徒手帳見せてください」
「はい」
と言って、女性に手渡す。写真と見比べている。
「いやに短く髪を切ったね」
「はい。長い髪ではプレイしにくいので」
「にしても、短く切りすぎでは?」
「いけなかったでしょうか?」
「ううん。いいんだけどね。それで私はJ*D*のスタッフです」
「はい?」
「アンチドーピングに関する仕事をしています。ドーピングというのは分かりますか?」
「何か麻薬とか飲んで試合に出るとかですか?」
「えっと、麻薬まで飲む人はいないと思うけど、筋肉増強剤とか興奮剤とか、いけないお薬を飲んで試合に出ることね」
「はあ」
「現在オリンピックなどの国際大会ではドーピングの検査をして不正行為がなされていないかを調べています。でも国内大会でも抜き打ち検査をして、スポーツ界からそういう悪習を追放しようという声が強くなっています」
「ああ、そうなんですか?」
「それで今回の大会がそのモデル大会に選ばれて、この大会で各支庁から1名ランダムに選手を選んで、ドーピング検査をさせてもらうことになりました」
「ああ、ランダムなんですか」
「ええ。それで村山さんが上川支庁の選手の中から選ばれたので、この検査にご協力頂けませんか?」
「検査って何するんですか?」
「おしっこを取って、その成分を調べて、変な薬が検出されないかとか、尿の成分の中にふつうの人と違うようなものが見られないかを調べます」
「ああ、おしっこ取るくらい構いませんよ」
「じゃ、お願いできますか?」
「はい」
「ちなみに今日あるいは昨日くらいに風邪薬は飲んでいませんか?」
「飲んでません」
千里は昨夜寝る時に葛根湯を飲もうかとも思ってやめといて良かったと思った。
「では最初にそこの自販機で烏龍茶か緑茶を買って飲んで下さい」
と言われて、150円を渡される。
「えっと?」
「おしっこを出やすくするためです。試合で汗をたくさん掻いているから、どうしてもおしっこの方は出にくくなっているんですよね」
「あ、だったら2本いいですか? さっき本当にたくさん汗掻いたから」
「いいですよ」
というので、検査官は300円を渡してくれた。
自販機でお茶のペットボトルを2本買い、開けて飲む。ほんとに1本目はあっという間に飲んでしまった。ちょっとだけ休んでから2本目を飲む。こちらは途中少し休み休み飲み干した。
「御馳走様。美味しかったです。ではおしっこ取ってくればいいですか?コップを貸してもらえますか?」
と千里は言ったのだが
「あ、いやこれは私の目の前でおしっこをしてもらいますので、一緒にトイレに行きましょう」
「は?」
「以前は自分で取って来てもらっていたのですが、それで他人のおしっこを隠し持っていて、それを入れてくる選手とかが出たんですよ。それで係員の目の前でおしっこしてもらう方式になりました」
「えーーー!?」
「それで必ず同性のスタッフが立ち会うんです」
ひゃー。なんつう検査なんだ!?
「検査やめますか?」
「いや、やりますよ。お茶ももらっちゃったし」
「では最初にあそこにあるコップの中からどれか好きなのを選んで持って来てください。それを使用します」
「コップを選ぶんですか?」
「検査官が不正をして無実の選手にドーピングの罪を着せたりすることがないようにコップは選手が選ぶことになっています。ペットボトルを私が渡さずに直接自販機で買ってもらったのも同様の理由です」
「へー!」
それで千里は並んでいるコップの中のひとつを選び、彼女と一緒にトイレに行った。むろん女子トイレに入る。そして一緒に個室に入る!
「まず上着をめくってお腹の付近を露出してもらえますか?」
「はい」
と言って千里はユニフォームの上をまくりあげ、ブラジャーに挟み込む。
「服の中に尿を隠し持つ人が昔はよく居たんですよ」
などと検査官は言っている。
「ズボンとハイソックス、パンティーを靴の所まで下げてください」
「はい」
それでハーフパンツを下げ、ハイソックスも足首の所まで降ろし、パンティーも降ろす。結果的に、ブラの下から足首近くまで裸の状態になる。まあ、これでは何も隠せないよな。
「足を開いて中腰になってください」
「はい」
うー。なんつー恥ずかしい格好じゃ!!
「では、容器は私が持っていますので、おしっこしてください」
「はい」
こんな状態で人に見られながらおしっこするなんて・・・凄い検査やらされるなあ。 と千里は思いながらも、昔留萌で病院の先生に言われたように、目の前の人は石か棒きれだと思っておしっこをした。検査官がコップを持ってそれを受け止めた。
「はい、結構です。あとは便器の中にしてください」
「分かりました」
それで後はふつうに便器に腰掛けておしっこの残りを出してしまう。ペーパーで拭いた後、パンティーとハイソックスにハーフパンツを上げ、上着も元に戻す。その後検査官と一緒に事務室に戻ったが、その間封印が終わるまで、尿を入れたコップを検査官と千里の「2人の目で」常に見ている状態にしておくようにした。選手・検査官双方の不正を防ぐためらしい。書類に署名をして解放される。検査結果は後で学校に通知しますと言われた。
チームの所に戻ると
「時間が掛かったね。何だったの?」
と訊かれる。
千里が説明すると、
「へー。高校生でもドーピング検査するんだ!?」
と驚かれる。
「でもそのくらいやった方がいいかも知れないよ。おかしなチームで若い子を本人もよく分かってない状態で薬漬けにして、変な育成している所とか、どうかした国ではありそうだもん」
「日本は薬飲ませるより、根性根性で押し切るコーチが多いけどね」
「まあ、それもそれで問題なんだけどねー」
「でも、ドーピング検査って何するの? 血液採取?」
「ああ。それをお願いした選手もあったらしいですけど、ボクは尿検査でした」
「ああ。じゃ、病院でやるみたいな感じで、トイレでおしっこ取って来て渡せばいいんだ?」
「と、ボクも思ったんですけどね。昔はそういうやり方だったけど、他人の尿を隠し持っていて、それを入れてくる人が出たんで、最近では係員の前でおしっこして、確かにその人の身体から出た尿であることを確認するようになったんだそうです」
「ひゃー、なんつー恥ずかしい検査なんだ!?」
「恥ずかしかったですよー」
と千里は言う。
「じゃ、男子トイレ行ってチンコ出して、目の前でおしっこしたんだ?」
「係員は滅多に見る人が無いという、貴重な村山のチンコの目撃者となった訳か」
「あ、いや、それがボクが事務室に行ったら、最初男の検査官が対応したのですがボクを見るなり、あれ?女子でした?ごめんとか言って、代わりに女の検査官が出て来て」
「・・・・・」
「それで一緒に女子トイレの個室に行って、目の前でおしっこしました。おしっこの出る場所を確認しないといけないとかで、半ば裸同然になってお股を広げて中腰になってしたから、滅茶苦茶恥ずかしかったです」
「・・・・・」
「ちょっと待て」
「女性の係官にチェックされた訳?」
「はい」
「じゃ、まさか係官は村山のお股の割れ目の中から小便が出るのを確認したとか?」
「そうです。あんな所、ふつう人に見せないから、もうそこに誰も居ないと思っておしっこしましたよ」
「それって・・・・」
「要するに、村山には、お股に割れ目があるんだっけ?」
「え?」
「つまり、村山って、お股は女の形してるんだっけ?」
「えっと・・・」
何だかみんな顔を見合わせている。小さな声でささやき合っている人たちもいる。
「まあ、千里は小学4年生の時以降、私が知っている範囲で少なくとも5回以上、女湯に入っているからなあ」
と留実子が苦笑しながら言う。
「結局、村山は女だってこと?」
「男ですけど」
「嘘つくな!」
とかなりの人数から言われて、千里はタジタジとなった。
その日、決勝リーグ2試合目で、貴司たちのS高校は室蘭V高校に負けてしまった。女子の方では、N高校は釧路Z高校に敗れた。なお、数子たちのS高女子はブロック決勝で敗れて決勝リーグに残ることができなかった。
道大会は3日目に入る。
この日の午前中、男子ではN高は昨日S高を破ったV高校に負けて1勝1敗となる。女子は5年連続インターハイに出ている札幌P高校に負けて2敗となった。一方貴司のS高男子はY高校に辛勝して1勝1敗となった。
女子の勝敗表
_P Z N F
P− _ ○ ○
Z_ − ○ ×
N× × − _
F× ○ _ −
男子の勝敗表
_V S N Y
V− ○ ○ _
S× − _ ○
N× _ − ○
Y_ × × −
午後、N高女子の試合が先にある。この時点でN高校女子がインターハイに行くためにはまず目の前の函館F高との試合に勝って1勝2敗になった上で、第2試合で札幌P高校が釧路Z高校に勝ちP高が3勝となることが必要である。すると残る3校が1勝2敗で並んで得失点差の勝負になる。その場合、N高校はF高校に、とにかく勝ちさえすれば良いのだが、P高校がZ高校に33点以上の点差で勝ってくれることが条件になる(P高校はF高校には54点差、N高校には27点差で勝っている)。
F高校の方はN高校に勝てばインターハイに行ける確率が高い(Z高校がP高校に勝って2勝になる確率はほとんど無い)のでどちらも必死だった。激しい争いになり、N高校はキャプテンの蒔絵さんも、2年の久井奈さんも5ファウルで退場となる中、1年の暢子が中心になって必死に頑張り、1点差でF高校に辛勝した。それで第2試合の結果待ちとなる。
そして男子の第1試合ではV高校がY高校に勝って3勝でインターハイ進出を決めた。Y高校は3年連続インターハイに行っていたのにまさかの3連敗で敗退である。最初のN高校との試合に大敗したので歯車がくるってしまったような印象もあった。