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「2点ゴールでは、橘花ちゃん11回・暢子ちゃん8回で、橘花ちゃんの勝利」
「橘花ちゃん、物凄く貪欲にゴール奪う。見習わないといけないと思った」
と暢子。
「暢子ちゃんは凄く巧い。私は型とか何とか無いから。中学の時はコーチにいつも、君のフォームは欠点がありすぎると言われてた」
と橘花。
「いや形よりも得点だよ。私はちょっと温室育ちだったんだろうな」
などと暢子は言っていた。
ひとしきり話が盛り上がったところで、また練習試合やりましょう、ということでその日は終了した。あらためてあちこちで握手したりハグしたりしてから解散した。
その日(M高校から直帰なので体操服のまま)帰宅したら、美輪子叔母の彼氏が来ていた。
「浅谷さん、こんばんはー」
「お帰り〜、千里ちゃん」
「ごめーん、先に食べてた」
「ううん。私が遅くなったから」
「適当に盛って食べてね」
「はーい」
ということで千里はいったん自分の部屋に入って体操服から、普段着のカットソーと膝丈スカートに着替えて居間に戻る。美輪子叔母さんが作ってくれていたカレーを盛って来て「頂きます」と言って食べる。
「でも千里ちゃん、ほんとにインパクトのある頭だなあ」
と浅谷さん。
「あははは」
千里は4月の入学式の直前に五分刈りにしたのだが、少し伸びてきたので、6月初旬に1000円で切ってくれるヘアカットの店に行って再度五分刈りにしてきた。お店の人が切る前に「ほんとにいいんですか?」と念を押した。
「せっかく可愛い美少女なのに。そんなに短い頭にして学校で叱られないの?」
「最初の頃は色々言われましたけど、慣れちゃったかも」
「まあ、賢二が欲情するのを防止する効果はあるかもね」
と美輪子。
「そんな、未成年には手を出したりしないよ」
と浅谷。
「どうだか。さっきも空気入れ換えるのに、千里の部屋の窓を開けてもらったら女の子の香りだ、とか言うしさ」
「なんですか?それ」
「いや、女性が居た場所に行くと、甘酸っぱい香りがするんだよ。特に10代の女の子が集団で居た所なんかに行くと強烈」
と浅谷さんが言う。
「分かる?千里」
「分かりません。そんな匂いするかなあ」
とは言ったが中学時代にも誰かにそんなことを言われたことがある気がした。誰だったかな??
「あれ、男にしか分からないのかも。でも千里ちゃんの部屋に入った時、千里ちゃんが出かけた後数時間経っているからか微かだったんだけどね。甘酸っぱい香りがしたんだよ」
「へー」
「あれって、フェロモンか何かの匂いなのかもね」
と浅谷。
「まあ、思春期の女の子ならフェロモンくらい出てるだろうね」
と美輪子。
「でも千里に手を出したりしたら、おちんちんチョキンとしちゃうからね」
「怖いなあ」
千里は笑いながらも、どうせチョキンするなら私のをして〜と思った。
ところで千里は旭川に出て来てN高校に入ってから、元々留萌で親しかった友人で旭川に出て来た子たちとも交友を続けていたが、このN高校でも新しい友人がたくさん出来た。特に親しくなったのが、鮎奈・京子で、これに千里と蓮菜を加えた4人は、全員特進組で授業の時間割が同じなので、よく一緒に行動していた。(留実子はクラスは同じだが進学組なので時間割が違い、0時間目や土曜の授業が無い。恵香も情報処理コースなのでなかなか遭遇しない)
京子は北海道最北端の町・稚内出身で、寮で暮らしている。N高校の寮は女子寮が2つと男子寮が1つあり(この学校は元々女子の人数が多い)、女子寮は男子禁制(父や兄弟でも不可)、男子寮は女子禁制(姉妹は不可だが母やそれに準じる人は記名して短時間滞在可能)である。
それでこの4人は、街に出たり、市立図書館などにもよく一緒に行っていたが、学校から近いこともあり、京子の寮の部屋にもよく行っていた。最初千里は女子寮の中には自分は入れないのでは?と言ったのだが「千里なら平気、平気」
などと言われて付いていった。
守衛さんが居る所を通る時、ちょっとドキドキしたが、守衛さんは何も言わなかった。
「まあ、千里が咎められる訳無いと思ったけどね」
と京子は言う。
「でも私、丸刈りで男子制服着てるのに」
「人の性別を判断する時の第1基準は《雰囲気》なんだけど、千里は完璧に女の子の雰囲気だもん」
と鮎奈が言う。
そういえば留実子の姉の敏美さんもそんなこと言ってたな、と千里は思った。留実子は最近ようやく敏美のことを「兄ちゃん」ではなく「姉ちゃん」とか「姉貴」と呼んであげるようになったようである。
「でもボーイフレンドを女装させて連れ込もうなんて子は居ないのかな」
「ああ、そういう例はあるらしいけど、だいたい入口で捕まる」
「まあ、そうかもね」
「女子寮の入口には、おちんちんセンサーが付いてるから。おちんちんのある子を連れ込もうとするとブザーが鳴るんだよね」
「ほほぉ」
「じゃ千里はブザーが鳴らなかったということは、やはり付いてないんだ?」
「なるほど、なるほど」
「私、付いてると思うけどなあ」
「取っちゃってること、隠さなくてもいいよ」
「でもそんなセンサー本当にあるの?」
と千里が訊く。
「作れたら結構売れるかもね」
「ところで前から思ってたけど、千里の一人称の使い方って微妙だよね」
と鮎奈が言った。
「ああ、千里は大勢の人がいる前ではボクと言うけど、少人数の親しい友だちの前では私と言うんだよ」
と蓮菜が言う。
「ああ、そういうことか」
「でも《ボク》のイントネーションが男の子たちとは違う」
「そうそう。男の子のイントネーションじゃなくて、ボク少女のイントネーションだよね」
「私も小学校低学年の頃はボクと言ってたけど、矯正されてしまった」
と鮎奈。
「特進組の女子には多分ボク少女、元ボク少女は多いと思う。鳴美もボク少女っぽいよね」
「うんうん、あの子もしばしばボクと言ってる」
「多分、千里もボク少女のひとり」
「ところで、みんな夏服はもう用意した?」
などという話が出たのは、5月の中旬頃であった。
N高校の夏服は、男子はワイシャツ(市販品でよい)・冬服と同じ色のズボン(冬服ズボンをそのまま使ってもよい)に冬服ブレザーと同色のニットベストを着る。女子はペールブルーのブラウス(標準品はあるが、似た色であれば市販品でもよい)・チェックの夏スカートに、やはりブレザーと同色のニットベストを着る。
「男子はベストだけ用意すればいいけど、女子はベストとスカートが必要だもんね」
「私は3月に冬服買う時、一緒に買ったよ」
と京子。
「私はこないだ買った」
と鮎奈。
「そうかぁ。私も買いに行かなくちゃ」
と蓮菜。
「千里は?」
「うん。どうしようかなと思ってるんだけどね」
「どうしよって、もしかして男子制服を着るか、女子制服を着るか?」
「あ、えっと・・・」
「図星っぽい」
「衣替えを機会に女子制服にしちゃったら?」
「えへへ」
「あ、その気になってる?」
「あ、いや。実は実家からの送金が途切れていて今お金があまり無いんだよね。日々の食費は下宿してる叔母ちゃんが出してくれているし、頼めば叔母ちゃんがベストも買ってくれるだろうけど、あまり負担を掛けたくなくてさ」
「ふーん」
「でも、私にここの女子制服をくれた先輩からは、実は女子制服の冬服・夏服の両方をもらってるんだよねー」
「だったら、それ着れば良い」
「それならお金を使わなくて済む」
ここにいるメンツには千里は冬服の女子制服姿を何度も曝している。
「でも男子のベストと女子のベスト、少し形が違うじゃん」
「ネックの形が少し違うね。色は同じだけど」
「着丈も違う。男子のは腰を覆う程度あるけど、女子のはスカートのベルト位置付近まで」
「うん。だから、男子の冬服ズボンの上にワイシャツ着て、女子仕様のベストを着ちゃったら、叱られるかなあ、とか・・・・」
「いや、そもそも千里は女子制服で学校に出て来ても誰も咎めない」
「そうかなあ」
「でもいいんじゃない? N高スクールカラーのブラウスも持ってるの?」
「うん」
「だったら、上半身はそのブラウスの上に女子仕様のベストを着ればよい」
「・・・・・」
「あ、かなりその気になってる」
「まあ、そこまで行ったら、下もスカートにしちゃえばいい」
「・・・・・」
「ああ、もう一押しで落ちるかな?」
結局、衣替えとなる6月中旬から、千里は一見ワイシャツにも見える実は白いブラウス(これまでもしばしばブレザーの下に着ていた)の上に女子仕様のベストを着て通学しはじめた。下は冬服のズボンである。むろん担任の先生も生活指導の先生も何も言わなかったが、女子の友人たちからは
「中途半端な」とか
「意気地が無い」とか
言われた。それどころか、千里のことを知らない先生からは
「君、何で下はスカートじゃないの? 風邪でも引いた?」
などと言われる始末であった。
ある時は、京子が自分の部屋に置いているパソコンで
「ちょっと凄いの見つけた」
と言って、画像を見せてくれた。
「なあに?」
と言って、全員机の傍に寄る。
「ちょっと、ちょっと何Hな画像見てるのよ?」
そこには男性器と女性器の画像が無修正で表示されている。
「これさ。左側がBeforeで、右側がAfterなんだよ」
「えーーーー!?」
「もしかして、これ性転換手術のBefore/After?」
「そうそう」
「すごーーい!」
「劇的Before/Afterだ」
「ほんとにきれいに女の子の形になるんだね」
「元の痕跡が無い」
多数の画像がペアで並んでいるが、左側には陰茎・陰嚢が映っているのに、右側には、陰唇と、いくつかの画像ではそれを開いて中の陰核・尿道口・膣口などが映っている。C,U,Vというの記号が書き込まれている。
「このCとかUとかVとか何?」
「Cはクリトリス(Clitoris), Uは尿道、英語ではユアリースラ(Urethra), Vはヴァギナ(Vagina)」
と説明する京子の英語発音は美しい。京子は英検2級を既に取っている。
「へー、女の子って、こういう形になってるんだっけ?」
などと鮎奈が言う。
「自分ので確認すれば良い」
「えー? そんなのどうやって見るの?」
「鏡とかで見たことない?」
「鏡で見るのか・・・・」
「千里も鏡で自分のを確認するように」
「千里の場合、鏡で左側を確認するわけ?右側を確認するわけ?」
「それはやや疑問だな」
「ね、これ別人ってことないよね?」
「だって、ほらこの人なんて、入れ墨が入ってる。右側の画像でも同じ入れ墨が入っているから、間違い無く同じ人だよ」
千里はその画像を食い入るように見た。凄い!この男の子の形が、この女の子の形になっちゃうなんて・・・・こういう手術受けたいよぉ。
「やはり、千里がいちばん熱心に見てる」
「こういう手術受けたいんだよね?」
「いや、既に千里は右側の状態になっているかも知れない」
「ああ、その疑いはかなり濃厚」