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このバイトの件で、美輪子叔母は
「私は反対」
と言った。
「だって、千里、毎日睡眠4時間で、朝4時から朝練して、学校を7時から夕方4時までして、それからバスケ2−3時間して。その後、夕食の後12時まで勉強して。全く休む暇が無い。それで土日もそんな予定入れたら、あんた壊れちゃうよ」
「体力の方は何とかなるかなあと思うんです。それより、経済的な問題が」
「あぁ・・・」
「ゴールデンウィークに実家に帰ってみて、やばさがハッキリ感じられました。父の仕事は当面見つからないと思います。私、授業料は免除してもらってるけど、それでも教材費とか参考書代とかで月1万円は掛かるし、バスケは部費は1000円だけど、ここのチーム強いから遠征費とかで月平均5000円から1万円は見ておかないといけない。それに叔母さんに下宿代を食費込み月3万払う約束で。だから一応私のお小遣いと定期代・携帯代含めて月6万送ってくれることにはなってますけどそれ絶対無理です。母が4月から正社員にしてもらったから月15万くらいもらえるみたいですけど、そこから3人分の生活費を確保して、こちらに6万の送金は不可能だもん。そもそもここ数年の父の収入減少で借金が増えてて返済が月5万はあるはず。送金は恐らくゼロになると思う。実際、今月はまだもらってないのよね。今の所、中学時代のバイトで貯めた貯金があるから、それで色々と払ってるんだけど」
「下宿代は要らないよ。あんたの御飯代くらい私が出すよ」
「それでもこの神社のお仕事で月4-5万もらえたら学費と部活の費用、携帯代・定期代くらいは払えるから」
美輪子叔母はしばらく考えていた。そして言った。
「分かった。但し条件がある」
「はい」
「朝練をやめなさい。バスケの練習は授業が終わってから19時までの学校が認めた時間帯のみ。でなかったら、あんた身体壊して入院して、病院代の方がよほど掛かる。そして多分、将来、性転換手術とかを受けられない身体になっちゃうよ」
千里は美輪子の言葉を噛み締めた。そして返事した。
「分かりました」
細川さんに、ロングヘア女子制服バージョンの姿を見せてしまったので、その件は明日細川さんが留萌に戻ったら貴司にも伝わるかな? と思っていたのだが、細川さんが戻る前、その夜の内に貴司から電話が掛かってきた。
「千里、今日のテレビ見たよ」
「わ、ヨナリンのなんちゃら愛は救うとか何とか見たの?」
「見た見た。やはり、あれ千里だよね?」
「うん」
「髪切らなかったの?」
「切ったよ。五分刈りだよ。あれはウィッグなんだよ」
「へー! いやツインテール可愛かった」
「えへへ」
「女子制服、着てるんだね」
「あの髪なら着れるね。普段の五分刈りではさすがに着れない」
「うん。だから、あの髪にして、女子制服着て学校に行けばいいんだよ」
「あはは」
「ヴァイオリン、少しうまくなってた」
「うん。少しだけど。まだ移弦は苦手。もっともあそこでは弦をいくつも調弦してる時間無かったからG線だけ合わせたというのもあるんだけどね」
「ああ、そうだよね」
「そうそう。シックスティーンの写真の件、何か言われた?」
と千里は貴司に訊いた。
「言われた。それで振られた」
と貴司は明るく答える。
「あはは。振られるかもねー。でも貴司って前から彼女作ってはすぐ振られているし」
「まあほとんどは千里に壊された気もするが」
「それは当然。知ったら破壊する」
「まあいいけどね。本気になったのは千里だけだし。それにとにかくも千里とは3年続いたからね。それに実は千里と付き合ってからなんだよ。他の女の子とも会話ができるようになったのは」
「ふふ。私は踏み台でもいいよ。でもまあ、それも終わっちゃったしね」
少しの間、無言の時間が流れる。
「千里は新しい彼氏は作った?」
「無理ー。バスケと勉強とで手いっぱい」
「そうかもね〜」
「でも貴司と縒り戻したりはしないからね、念のため」
「うん。僕たちは友だちということでいいよね」
「あ、でも神社の仕事、またするかも。学校の許可が取れたらだけどね」
「ふーん。千里の龍笛って何か聴いてて心地良いから」
「あれは心の赴くままに吹いてるだけなんだけどね」
「多分、アカシックレコードか何かに感応して吹いてるんだよ」
「じゃ、今日はそこいら辺まで含めて交換日記に書いて送るね」
「うん。こちらも練習試合のこととか書くよ」
月曜日、学校に出て行くと、蓮菜と鮎奈から呼ばれる。
「ね、ね、バンドやらない?」
「へ?」
「いや、土曜日に即興でやったバンドが面白かったなと思ってさ」
「うーん、でも私、時間無い」
「うん。特進組はお互いに時間無い。だから昼休み限定。それでも時間無いから週1回練習。今考えているのは毎週火曜日」
「へー」
「楽器はこないだは無茶苦茶だったけど、ギター、ベース、ドラムス、ピアノ、ヴァイオリン、フルート、クラリネット、トランペット、トロンボーン、鉄琴、大正琴、竪琴といった感じ」
「まだ多少の変動可能性はある」
「へー。でも大正琴に竪琴が入るんだ!?」
「昨日、何人かにメールしてみたら、そのくらいの楽器が確保できそうなんだよ。千里はヴァイオリン持ってたよね。器楽の時間に弾いてる」
「あれ、叔母さんからの借り物なんだけど」
「うん。だから借りちゃおう。だいたいみんな借り物だよ。私は弟の鉄琴をぶんどってくるし、梨乃もギターはお姉ちゃんのだし。鮎奈もお父さんが若い頃使ってたギター借りるし。ドラムスは軽音部の備品を貸してと言っておいた。ピアノは学校のを勝手に使っていいし」
「大正琴とか竪琴とかは?」
「大正琴は、孝子のお母ちゃんが昔通販で買ってやってみたけど即挫折して放置してるらしいんだよ。電話したら、送ってくれることになったって」
「ほほぉ」
「竪琴で、ライア(Leier)というタイプのを智代のお母さんが2年くらい前にドイツ旅行に行った時、現地で見て買ってきたのがあるらしいんだよ。買って来たまま全然触ってなくて飾り物と化していたらしいけど、智代が実家から持って来て練習してもいいと言っている」
「高そう」
「うん。2000ユーロというから30万円くらいしたらしい」
「きゃー。それが飾り物ってもったいなさすぎる」
「だよねー」
「今の所、参加者は4組・5組の女子を中心に10人から14人くらい」
「ボク、男子だけど」
「そんなこと主張してるのは千里だけ」
「千里が医学的に女子であることは確定済み」
「練習の時は女子制服着てよね」
そんな話をしていたら、近くにいた留実子が
「ふーん。バンドかぁ。頑張るなあ」
などと言っている。
すると蓮菜が留実子の傍に寄って、その腕に触りながら
「るみちゃん。この腕をボクたちに貸してくれないか?」
と言った。
「何?何?」
「ドラムスセットが君のように逞しい腕の女の子に叩かれるのを待っているのだよ」
神社のバイトの件は、本当にその神社の巫女さんをしていて東大文1(法学部)に合格した人が過去に居たということで、千里の家庭の経済状態が良くないことも考慮されて許可が降りた。但しその時、担任から言われた。
「君、クラスの他の子から聞いたけど、毎日朝練をしているらしいけど、それをやめなさい。でないと、君、身体がもたない。部活は規定通り、授業が終わってから19時まで限定」
「はい、それ下宿先の叔母からも言われました。夜12時くらいまで勉強してるから、それから朝6時まで寝ることにします」
「うん。睡眠はやはり最低6時間、できたら8時間必要だよ。受験直前になったらどうしても4−5時間になるだろうけど、それはもう最後の追い込みの時だから」
「はい」
千里がQ神社に出社して龍笛を吹いてみせると、その時、社務所に居た多数の神職や巫女さんが振り向いた。
「それ何の曲?」
「分かりません。その時、その場に応じて、自分でもよく分からない所から旋律が降りてくる感じなんです。その感じた通りに吹いています」
「君、チャネラーなんだね」
「ああ、そんなこと言われたことはあります。あ、一応留萌のQ神社で習ったお神楽の節も吹けますよ」
と言って、千里はそれも吹いてみせる。
「そのお神楽の節も美しい」
「いや、実は笛を担当していた巫女さんが病気で入院して3月から休職してるんだよ。他の巫女さんであまり上手な人がいなくて困ってたのよね。一応数人にお稽古受けさせてるんだけど、フルート吹ける人でも龍笛はまた勝手が違うみたいで」
「ああ、息遣いが全く違いますからね」
それでこの神社では主として龍笛の担当になることになった。
美輪子にも学校の先生にも言われて朝練をやめた千里ではあったが、何かで身体を鍛える必要を感じた。そこで通学を自転車に切り替えることにした。
美輪子の家から学校までは約6kmある。直通するバスが少ないので大抵途中で乗り換えるのだが、朝0時間目に間に合う時間に学校に行くには都合の良い乗り換えも無いので、結構な距離を歩いた上でバスに乗っていた。それで朝6時に出ても学校には0時間目の始まり(7:10)ギリギリに着いていた。
ところが最初から自転車で通学すると6kmの距離は千里の貧弱な脚力でも30分あれば着く。それで、この自転車通学に切り替えたことで、朝の時間に余裕ができてしまった。
つまり自転車通学は、体力を付けるのにも良く、通学時間も短縮できて、更にバス代も浮く、という一石三鳥になったのである。
「私、最初から自転車通学にしとけば良かった」
「でも雨の日はどうするの?」
「上下覆うレインコート着て」
「雪の日は?」
「あ、私、雪道を自転車で走るの得意」
「ところで、その自転車、かなり年季が入ってるね」
「これ小学3年の時から使ってるから」
「すると7年くらいか。買い換えてもいいんじゃない?」
「えー? まだ使えるのにもったいない。これ、そもそもお友だちのお姉さんが使ってたの、古くなったから捨てよう、なんて言ってたのをもらってきたんですけどねー」
「・・・・・千里、そのお姉さんはこの自転車どのくらい使ってたの?」
「さあ。多分5−6年かなあ」
「だったら、この自転車って12-13年経ってる訳!?」
「あ、そうかも」
「走る奇跡だ!」
「日本の製品品質の勝利ですよ」
6月に入ると体育の授業で水泳が始まる。千里はその一週間前、
「美輪子叔母さん、6月末にバイト代入ったら返すから、水着代貸して。もう貯金が尽きちゃって」
と言ったのだが、美輪子は
「水着代くらい私が出してあげるよ。毎朝お弁当作ってもらってるから1ヶ月で水着代分くらい浮いてるもん」
と言ってくれた。
「でも中学時代まで使ってた水着は入らないの?」
「中学時代までは、親が男子用水着を用意してくれてたんですよね。でも私は男子用水着は着られないから、小学1年の時以来、水泳の授業は全部見学してたんです」
「なるほどねぇ。おっぱいあったら男子用水着にはなれないよね。だったら、あんたカナヅチ?」
「水泳というもの、やったことないから」
「だったら、少し練習しない?」
ということで、その日の内に叔母さんと一緒にイオンに行ってスクール水着、アンダーショーツ、水泳帽(短髪用)、ゴーグル、着替え用のラップタオル、それに水着用のパッドを買った。取り敢えずその日、自宅で試着したが
「女の子の水着姿にしか見えん」
と言われる。
「男の子に見えたらたいへんです」
「胸はそのパッド凄く自然だね」
「粘着式だから多分少々泳いでも外れないんじゃないかなあ」
「お股も全く破綻してない」
「私、普通のショーツでも破綻しないように穿いてますよ」
「あんた、ハイレグとかまで穿いてるもんね。信じられん!」
と言ってから、叔母さんは少し考えるようにして
「ね、実はアレ自分で切り落としちゃったりしてないよね?」
「そんなことしたら大出血して大騒ぎになってます」
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女の子たちの友情と努力(7)