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■女の子たちの友情と努力(3)

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先に女子の1回戦が行われたが、圧勝であった。留実子も5回、暢子も10回ほどゴール決めた。その試合を見ていたら
「ね」
と千里に声を掛ける人がいる。
 
「はい?」
と言って振り向くと、市内のM高校のユニフォームを着た女子である。背が高いなと思った。軽く180cmを越えている。
 
「あなたは、なんで出ないの?」
と訊いてきた。
「あなた、試合前の練習で凄い遠くからポンポン、ゴール決めてたのに」
 
ああ、マジであの練習見てたんだ。
 
「ああ、私、男子の試合に出るから」
「えーーーー!?」
と言ってから
 
「それで、頭をそんなに短くしてるの?」
などと尋ねられた。
 
「ああ、これは単なる趣味です」
「ロッカーか何か?」
「私、ギターとかはできないなあ。ヴァイオリンは弾くけど」
「へー。でもロックヴァイオリンとかもかっこいいよね。ボンド知ってる?」
「あ、友だちがCD持ってたから聞いてた」
 
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などと話は途中で脱線してしまう。
 
「あ、私、中島橘花(なかじま・きっか)」
「私、村山千里」
 

それで少しして男子の1回戦がある。千里もベンチに入る。すると相手チームのキャプテンが
「そちら、女子が混じってるんですか?」
と訊いてきた。
 
「あ、本人が男だと主張してるので。でも女子が男子の試合に出るのは構いませんよね?」
と黒岩さんが審判に尋ねる。ちょっと、ちょっと。その言い方だと単に男勝りな女の子って感じなんですけどぉ。
 
「登録証は持ってますか?」
と審判が訊くので千里は自分の登録証を見せる。普通は選手の登録証は写真不要なのだが、千里の場合は宇田先生が写真付きでないと絶対疑われると言って写真を付けている。審判も写真と本人を見比べている。
 
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「なるほど。ちゃんと男子チームに登録されているんですね。だったら問題無いです」
と審判は答えた。
 
それでも向こうのキャプテンは
「何かやりにくいなあ」
などと文句を言っている。
 

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試合が始まる。
 
ポイントガードで副部長の渋谷さんがボールを運び、センターで部長の黒岩さんがフィジカルの強さを使ってゴール近くまで攻め入り、ダンクを決めてくるパターンが攻撃の主軸である。3年生の先発組はみんな背が高いのでリバウンドも拾いまくる。また、渋谷さんはスティールが巧く、相手がボールを盗られたことに一瞬気付かず、ドリブルを続けようとして、あれ? となるシーンもしばしばあった。第1ピリオドを終わって20対14と既に点差が開きつつある。
 
第2ピリオド、ポイントガードは2年の真駒さんに交替。シューティングガードとして千里が出る。オルタネイティング・ポゼッションがこちらの番だったので、第2ピリオドはN高校からの攻撃である。真駒さんが千里に上がれという指示を出すので全力で走る。ボールが飛んできた気配で振り向きキャッチする。
 
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ゴールを見る。距離は充分。そのままそこから撃つ。
 
入る。
 
わずか5秒で3点取った。
 

その後も、ロングパスあるいは真駒さんがドリブルで運んでから千里にパスしてのシュートなど、幾つかのパターンで、千里がどんどん点を取る。千里に警戒してこちらにディフェンスが寄ってきたら、それで出来たディフェンスの穴にスモールフォワードの白滝さんがすかさず侵入してシュートを奪う。真駒さん自身がそのままゴール近くまで行ってしまう場合もある。
 
それでどんどん点差は開いていった。
 
しかし・・・・
 
千里は高校生男子のバスケは、やはり中学生女子のバスケとは別物だなと思いつつあった。何が違うって、いちばん違うのがスピードである。中学生女子の試合が自転車なら高校生男子の試合は大型バイクという感じ。まだ敵が遠くにいるなと思っていても、次の瞬間そばまで来ている。
 
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それでこの日千里は珍しく2回も3ポイントを失敗した。そのあまりの急接近に動揺したのが原因であった。しかしその後はパスを受ける前に敵プレイヤーの動きを予測して一番撃ちやすそうな場所に移動しておくようにした。そうすることで、真駒さんもこちらにパスしやすくなるようである。
 
そして千里は自分の身体が結構素早く軽快に動くことも感じていた。
 
千里は黒岩さんから毎日2km(入学以降は5km)のジョギングを課されていた。そのジョギングは、体力が無いので、ほんとにゆっくりとしたペースで走っていただけである。しかしそれで瞬発力が出るようになっている気がした。自分が思っている以上の速度で移動できる。
 
またこれは黒岩さんにも、暢子にも言われたことだが、千里は気合いが凄い。1on1になると、結構気合いで相手を圧倒していた。千里が相手をギロッと睨んだ時の気迫は、気迫というより気魄、いやむしろ鬼魄と言っても良い。ふだんがとても優しく柔らかい雰囲気なので、その落差もより大きな効果となっていたようである。
 
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少なくともこの試合で対峙した相手は、千里が撃とうとしている所にダッシュしてきても、千里の前で気合い負けして近寄れずに立ちすくむケースがしばしばあった。
 
それで第2ピリオドの10分間で、千里は8本のシュートを撃ち、6本を成功させてひとりで18点取った。
 
第2ピリオドを終了して点差は50対18と大差になっていた。
 

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あまりにも大差が付いたので、第3ピリオドは出る予定の無かった子たちが出ることにした。1年生で男子の特待生で入った北岡・氷山のコンビを中心に、これまで出番の無かった子たちを入れて試合を始める。
 
こちらが控え組を出してきたようだというので向こうも燃えるが、北岡君も氷山君も強い。第1・第2ピリオドほど圧倒的ではなかったものの、このピリオドだけでも15対12とリードし、ここまでの点数は65対30となる。
 
第4ピリオドは第2ピリオドのメンツを中心に、スモールフォワードには白滝さんの代わりに本来はパワーフォワードの北岡君が入る形で試合を進めた。このピリオドで、千里は7本のシュートを撃ち、全て成功させた。
 
試合は85対36でN高校の勝利であった。
 
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相手は前年道大会に進出した強豪であったが、千里がひとりで39点も取ったので凄い点差になってしまった。
 

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試合が終わって相手チームと握手する時に相手キャプテンが千里に
 
「女子なんかとやれるか思ったけど、君凄い。確かに男子チームでやりたい訳だ。今日は完敗だけど、またやろう」
と笑顔で言った。
 
「はい。またやりましょう。私ももっと鍛えますから」
と千里はソプラノボイスで答えた。
 
コートから引き上げてきたら、出入口のところにさきほど千里に声を掛けたM高校の女子・橘花が居た。
 
「凄いですね! あれだったら男子チームでも活躍できますね。フォームも美しかったなあ。でも、女子チームの方ではやらないんですか?」
と千里に声を掛ける。
 
「両方には出られないから。複数チームへの登録はできない規定だし」
「あ、そうか。じゃ今度、練習試合やりましょうよ」
「じゃ、そのあたりは顧問を通して」
と隣に居た黒岩さんが言う。
 
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「ええ。言っておきます」
と橘花は言った。
 

1回戦で当たったチームはゾーン系の守りをしていたので、遠くから撃つ千里への防御がほとんど無力で、千里をチェックに来るとゾーンが乱れ、あるいは手薄になって、フォワード陣に攻め込まれるという悪循環を起こしていたが(*1)2回戦で当たったチームはマンツーマン系で、背が高くジャンプ力のある選手が千里をマークした。
 
(*1)4回くらい後で述べるように実は千里のような選手がいるチームにこそゾーンは有効である。但し1人マーカーを出して残りの4人でゾーンを守らなければならないので、それなりの連携練習をこなしていないとゾーンを運用できない。ゾーンは練習量が無いと有効に働かない守りである。マンツーマンはあまり練習していなくても何とか運用できる。
 
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千里は(男子としては)背が低いので、シュートの発射位置が低い。それで、撃ったシュートを叩き落とされるケース、叩き落とされまではしなくても指で触って軌道を変えられるケースがあって、最初に出た第2ピリオドでは千里のシュートは6−7割しか入らなかった。
 
そこで第2ピリオド途中から身長190cmの北岡君を入れた。すると千里が外したシュートを北岡君が拾いまくってダンクで叩き込むので、結果的に千里−北岡コンビでのシュート成功率は9割を越えた。千里も北岡君が拾ってくれるという安心感があると傍まで相手選手がチェックしに来ていても気にせず伸び伸びとシュートが撃てた。これで2回戦も圧勝できた。
 
結局この地区大会では、男子チームが優勝、女子チームは準決勝で負けたものの3位決定戦を制して、いづれも道大会(6月)への進出を決めた。鞠古君が在籍している旭川B高校男子チームも3位で道大会進出となった。
 
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今年のゴールデンウィークは、4月29(祝),30(日)の後、1-2日が平日で、3-7日が5連休というパターンである。それで千里は30日は旭川で過ごしたものの、3日から7日までは留萌に戻った。服装は中性的なトレーナーにジーンズであるが、途中の駅や列車の中でしばしば自分を振り返って見る人がいることを千里は認識していた。まあ女子の丸刈りは目立つよね〜。
 
普段のゴールデンウィークなら、どこか遊園地とかに出たり、映画を見たりするところだが、今年は父の失業でそれどころではない雰囲気であった。
 
「でも、お前のバスケ部もお金が掛からなくて済んで助かったよ」
などと留萌駅まで迎えに来てくれた母は言っていた。
 
「そうだね。バスケットシューズは中学の時から使っていたものがそのまま使えるし、うちの部はユニフォームは備品で、個人で買う必要無いから」
 
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「結局入学で使ったお金は、制服代、体操服代、内履き代、教科書代、くらいかねぇ」
 
「ボクがバイトとかできたらいいんだけど、特進組で特待生だと、バイトはよほどのことがない限り許可されないらしいから」
 
「いや、授業料を免除してもらっているだけで充分だよ!」
 

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「お父ちゃんの仕事、見つかりそう?」
 
「今回はスケトウダラの大型漁船がみんな一斉に廃業しちゃったからね。同業の他の船に移るとかもできずに、廃業した船の関係者はみんな苦労しているみたい。神崎さんとかは札幌の電機店に勤めることになって、この連休に引越。他にも30代以下の人では、旭川・札幌に移動しちゃう人多い。お父ちゃんは自分のことより、若い人の就職の世話とかでも走り回ってて、結果的に自分のことは後回しになってるみたい」
 
「まあ、上に立つ人のつらさだよね」
「そうそう」
 
果たして帰宅すると、父は見たことのある20代の男性と何か深刻そうに話をしていた。
 
「お父ちゃん、ただいま。あ、これお土産」
と言って旭川のお菓子、旭豆をテーブルに置く。
 
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「あ、それ私好き」
などと言って奥の部屋から玲羅が出て来て、少し取って持って行った。
 
「これ好きだけど、どうせなら男山でも買ってきてくれたら気が利いたのに」
などと父は言うが
「未成年にはお酒は売ってくれないよ」
と言っておく。
 
「今はそういうの厳しいみたいよ。お酒もたばこも子供のお使いというのは認めないんだよ」
と母が言う。
 
「不便な世の中だ」
と父は文句を言っている。
 

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台所で母と一緒にお昼御飯の用意をしていると父たちの会話が耳に聞こえてくる。どうも若い人は、職安に行ってみたが、そもそも登録されている仕事が少ない上に、色々資格の必要な仕事とか、専門的な能力の必要な仕事ばかりで、手がかりが見つからないと悩んでいるようだ。
 
「札幌あたり、あるいはいっそ東京に出ないと駄目ですかね」
「だけど東京に出る場合、出るだけで金が掛かる。家賃も高い」
「そうなんですよ!」
 
「旭川か札幌でまずは職業訓練校とかに行ってみるか?」
「それも考えたんですけど、職業訓練校で教えてくれるような技術を身に付けたとして、それで雇ってくれる所があると思います?」
「難しいなあ」
「でしょ?」
「でも多分、取り敢えず自動車の大型免許は取った方がいいと思うぞ」
「まずはそれから始めますかねぇ」
 
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《お父ちゃん、毎日のように、この手の相談に乗ってる》
と母が近くにあったメモ用紙にそんなことを書いた。
 
《お父ちゃん自身が職安の係員みたい》
《ほんとほんと》
 

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女の子たちの友情と努力(3)

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