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そんな少し深刻な話になっていた時、少し向こうの方で騒がしい声がした。
最初、酔っぱらいの集団か?とも思ったのだが、テレビの撮影のようであった。
「お、そこに女の子たちの集団が居る!」
などと言ってマイクを持って走ってきたのは、お笑いタレントのヨナリンだ。
「君たち、女子高生?」
「そーでーす」
「君たち、『ヨナリンの愛は身ひとつ世ひとつ生くるに無意味で地球を救う』
見てる?」
「見てませーん」
ここは「見てません」と答えるのがお約束になっている。そしてこれは生放送のはずである。
「何で君たち、見ないのさ? 面白い番組なのに」
「だって知らないもーん」
「私、テレビなんか見ない」
「私たちは勉強一筋だよ」
「ゲームもやらないよね」
「うちのテレビ、NHKしか映らない」
この辺はみんなノリで答えている。
「ああ、何て世間の狭い女子高生なんだろう。そんな女子高生にはこれだ!」
と言って、アシスタントのアイドル歌手・春風アルトちゃんが持って来たホワイトボードに、ヨナリンはマーカーで
《女子高生にいきなり楽器渡して、バンド演奏になるか?》
と書いた。
「何ですか? それ」
「おーい。楽器持って来て」
という声で番組スタッフが大量の楽器を運んで来る。
が・・・何だかバンドになりそうな楽器群ではない。
「何か色々ありますねー」
と春風アルトが言っている。
「木琴、三味線、竪琴、バイオリン、スターチャイム、大正琴、トライアングル、カスタネット」
「君たち8人いるから、楽器8個ね。1分以内に担当決めて」
とヨナリン。
「孝子、ピアノ上手いから、大正琴行けない?」
と蓮菜が言う。
「やれるかも」
「千里、ヴァイオリン弾けるよね?」
「うん」
「梨乃、ギター弾けたよね。三味線やってみない?」
「やってみる」
「私が木琴やるから、鮎奈は竪琴やって」
「OK。何とかする」
「花野子はスターチャイム、京子がトライアングル、鳴美がカスタネット」
「了解」
「君たち凄い! 10秒で決めた!」
とヨナリンがストップウォッチ片手に、本当に驚いたように言う。
「さすが蓮菜」
「パンドリーダー」
「ほほぉ、君がバンドリーダー?」
「そうですよ。ついでに作詞担当です。現代のハイネと呼ばれています」
「ハイネというよりルイベだな」
「よく言われます」
「じゃ作曲担当は誰?」
「あ、この子です」
と蓮菜は隣に居た千里を指さす。
「君が作曲担当?」
「はい。現代のメンデルスゾーンと言われています」
と千里もノリで答える。
「ああ。メンデルスゾーンというよりラーメン食べるぞーんだな」
「よく言われます」
「じゃ、演奏する曲はこれだ!」
と言って、またヨナリンはホワイトボードに書く。
『江戸っ娘回転寿司』
とヨナリンは書いた。
「みんな知ってる?」
と蓮菜が訊く。
千里、梨乃、鮎奈、が頷く。
「私、知らない」
と大正琴担当の孝子。孝子はクラシック系は強そうだが、ポップスには弱そうである。
「私が木琴でメロディー弾く。千里、ヴァイオリンで和音の根音を弾いて。梨乃は音の高さはあまり気にせずに三味線でリズムを刻んで。鮎奈は千里のヴァイオリンを聴いて5度違いの音を弾いて。孝子は大正琴で装飾音を入れて。鳴美は梨乃の三味線を聴きながら同じタイミングでカスタネット、京子は4拍ごとにトライアングル、花野子は自分で入れたいと思った所にスターチャイムでチャラララリン」
と蓮菜はあっという間にアレンジを決める。
「よし、それで行こう」
と鮎奈が言う。
「音合わせするよ」
と言って、蓮菜が木琴でラの音を連打する。千里はヴァイオリンのG線をそれより2度低いソの音に合わせたが、他の弦は放置。梨乃は三味線の一の糸を蓮菜の叩く音より3度高いドの音に合わせているが他の糸は放置のよう。千里もG線しか弾かないつもりだ(というか弾けない)が、梨乃もはなっから一の糸しか弾かないつもりのようだ。
「じゃ、行くよ。ワンツースリー」
と蓮菜が言って、演奏開始する。
この曲はドリームボーイズというポップロックバンドが昨年出した曲である。千里は曲は悪くないものの歌詞が軽薄すぎてあまり好みではないのだが、妹の玲羅が気に入って、ラジオで流れていたのを録音し、何度も繰り返し聴いていたおかげで、千里も記憶に残っている。曲全体が記憶に残っていれば、だいたいコード進行も分かる。千里は蓮菜が木琴で打つメロディーを頼りにヴァイオリンを弾いていった。
いちばん苦労していたのが竪琴の鮎奈で、どの弦を弾けばどの音が出るのか、最初なかなか感覚がつかめないようで、かなりの探り弾きをしていたが最後の方では結構正確に弾けるようになっていった。孝子は大正琴の1234567が各々ドレミファソラシに相当することはすぐに分かったものの、そもそも曲が分からないので、途中から開き直って、音程無視で適当に装飾を入れる形で演奏していた。
結構乗っていたのがスターチャイムの花野子で、かなりご機嫌な感じでチャララ、チャリリーンという感じで鳴らしていた。
とにかくもそれで曲は最後まで一度も停めずに演奏できた。
「君たちすごーい」
と言ってヨナリンが寄ってくる。春風アルトがパチパチパチと拍手している。
「凄い演奏を聴かせてくれた君たちには、僕が使い古した歯ブラシを記念にあげよう」
などと言って、本当に歯ブラシをポケットの中から出して、蓮菜に渡す。
「こんなの要らなーい」
と言って、蓮菜が歯ブラシをポイと捨てる。
「こら、ゴミは持ち帰らなきゃ駄目」
とヨナリンが言った所でCMに突入したようであった。
カメラが停まっている間にヨナリンが
「君たちほんとに凄かった」
と言って全員に握手を求め、千里たちも笑顔で握手した。ついでに春風アルトも「私も握手させてー」と言って全員と握手した。
「これ見た人が仕込みじゃないかと思うくらい凄かったね」
などと言っている。
「バンドリーダーのルイベちゃんは決断力あって漢らしいね」
「ああ。私、実は男なんですよ」と蓮菜。
「大正琴弾いてた彼女は、正統派の美人だね」
「愛人契約は月100万で考えていいです」と孝子。
「ベルを鳴らしていた子は、童顔でまだ小学生くらいに見えるね」
「13歳未満とHすると刑法犯になりますよ」と花野子。
「バイオリン弾いてたラーメン好きのツインテールの子はウルトラの母を思い起こしたね」
「命の母Aを飲んでますから」と千里。
(命の母Aを飲んでるという発言は結構この場に居た友人たちに信じられたような雰囲気もあった)
お笑いタレントさんには、カメラとかの無い所ではぶすっとしているタイプといつでも楽しいタイプがいるとは言うが、ヨナリンは完璧に後者のようである。
その後、ヨナリンは公園の別の場所に向けて走って行ったが、カメラが去った後で、放送局のスタッフさんが、本当の御礼にと、番組のロゴが入ったマウスパッドと、やはり番組ロゴ入りの4720円の図書カードを全員に配ってくれた。
「おお、4720円もある!」
「ああ、これ、ヨナリンを数字に直して4720円らしいよ」
「やや無理があるな」
「でももらえるものは嬉しい」
「何か参考書か問題集を買おう」
「うん。本屋さん行こうよ」
「嬉しいね、こういうの」
「ここで漫画買おうという話にならないのが特進組だな」
結局この後、みんなで本屋に行き、本当に各自問題集とか参考書を買った後、買物公園通り方面に行き、マクドナルドで1時間ほどおしゃべりした。
「ところで蓮菜って作詞するんだっけ?」
「詩は結構書くよ」
「『詩とファンタジー』に何度か掲載されたことあったよね?」
と千里が言う。
「すごーい」
「でもあの雑誌、去年の年末で廃刊になっちゃったんだよ」
「え?そうだったんだ」
「今の時代、詩を発表したいと思ったら自分のホームページ作ればいいしね。積極的に雑誌に投稿する人は減っているんじゃないかな」
「千里は作曲するの?」
「作曲という形ではしてないけど、キーボードを気ままに弾いたり、龍笛を心の赴くままに吹いたりしてるよ。全然譜面に残してないけどね」
「残さないのはもったいない」
「譜面は書けるんだっけ?」
「五線譜も龍笛の譜面も書けるよ」
「龍笛の譜面ってどんなの?」
と訊かれるのでレポート用紙に少し書いて見せると
「分からん!」
と言われる。
「でも私、五線譜のおたまじゃくしも分からないや」
と梨乃が言うと
「確かに!」
という声があがっていた。
マクドナルドを出て解散した後、千里は別の本屋さんに入って、最近の雑誌を少し立ち読みする。それからまた通りをのんびりと歩いて旭川駅の方に行った。学校からここまでは歩いてきてしまったのだが、帰りはJRで下宿近くまで行こうかと思い、時刻表を確認していたのだが、そこに「あれ?」と声を掛ける女性がいる。
振り向くと、細川さん(貴司のお母さん)だった。
「こんにちは」
と笑顔で挨拶する。
「留萌から出てこられた所ですか?」
「そうそう。今着いた。でも千里ちゃん、髪切らなかったの!?」
と細川さんは驚いたように言う。
「今は丸刈りです。この髪はウィッグなんですよ」
「へー! 全然ウィッグに見えない。凄く自然。自毛みたい」
「これ、切った自分の髪で作ってもらったウィッグだから」
「なるほどー。でも、その制服は?」
「えへへ。これも持ってるんです。一応学校には男子制服で通学してますよ」
「わあ。でもその髪でその服だったら、普通に女子高生だわ」
「はい、自分ではそのつもりです」
細川さんは、うんうんと頷いている。
細川さんは旭川のQ神社に用事があって出て来たらしい。細川さんが勤めている留萌のQ神社と同系列の神社である。今日は旭川で泊まりらしく、良かったら用事が終わった後で少し話さない?と言われたので、美輪子叔母にメールした上で細川さんに付いていった。
「時間があったら、市内の神社巡りしてみようかなと思ってたんですけど、まだ全然見てなかったんですよね」
「勉強忙しいでしょ?」
「ええ。特進組は朝7時から夕方4時まで鍛えられて土曜日も午前中授業があるし。それで4月はバスケの大会の準備もしてたし」
「うちの貴司も少しは勉強してくれるといいんだけどねー。あの子、バスケは頑張るけど、学校の成績は滅茶苦茶だから」
そういえば貴司の宿題を随分代わりに書いたなあ、と千里は中学時代のことを思い起こしていた。
晋治は学校の勉強もよく出来ていて小学校の頃も成績トップクラスだった。T高校でも上位グループに定着している。貴司は全く勉強しない子で、漫画を読んでる所しか見たことがない。ほんとにこの2人って対照的だよなという気がする。
細川さんがQ神社の年配の巫女さんで以前千里も会ったことのある斎藤さんと色々話している時、千里は少し離れた位置に立って待機していた。斎藤さんがチラッとこちらを見た。
「そちらは細川さんの娘さん?」
と巫女さん。
「あ、娘ではないのですが、それに近いような子です」
と細川さん。
「確か以前お伊勢さんに一緒に行ったよね」
と斎藤さん。
「はい、その節はお世話になりました」
と千里も挨拶する。
「髪が長いね」
「ええ、そうですね」
「それに凄い霊感がある」
「そうなんですよ」
「それ確かN高校の制服だよね。旭川に出て来たの?」
「ええ。この子、今年の春から旭川のN高校に通うようになったんですが、中学3年間は、うちの神社で巫女さんをしてもらいました」
「なるほどね」
「お神楽の龍笛が上手いですよ」
「お、それは聴いてみたいな」
「済みません。今日は龍笛持って来てないので」
と千里。
「うんうん。今度来た時にぜひ聴かせて」
「あ、はい」
などと会話を交わすが、今度来るのって、いつなんだろう?
「でも旭川に住んでるんなら、うちの神社の巫女してくれないかしら」
「あら、この子、いい巫女さんになりますよ」
などと細川さんとの間で勝手に話が進む。
「ごめんなさい。私、特進組で部活もしてるので、平日は朝7時から夕方7時まで学校にいるし、土曜日も午前中授業があるんですよ。そもそも特進組はバイトはめったに許可されないらしいので」
「あ。それは大丈夫だと思うな。以前うちの神社の巫女しながら、N高校の特進組に通っていて、東大に合格した子がいたから」
「へーーー!」
「それに、神社も平日は割と暇だから、土日の午後だけでもいいよ」
「わあ、どうしよう」
「あ、乗り気になってる、乗り気になってる」
「じゃ、こちらから学校に打診してみますよ。それで許可取れそうだったらお願いするということでどうかな?」
と斎藤さん。
「はい、それなら」
「土曜日は何時に授業終わるの?」
「12:20です。だからこちらに入れるのは13時過ぎでしょうか」
「じゃ、土曜日は13:30-17:30、日曜日は11:30-17:30、くらいの線でどうだろ?」
「部活の試合とかの時は休んでいいですか?」
「もちろん、もちろん。経験者だから、時給1600円くらいの線で。だから、土日入れたら1万6千円ね」
「わ!留萌で頂いてたのの倍だ」
と千里が言うと
「ごめんねー。うち、安くこき使っちゃって」
と細川さんが言った。
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女の子たちの友情と努力(6)