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3月31日(月)。母の勤め先が電気系統の故障とかで臨時休業だったので、千里と玲羅は母の車に乗せてもらって旭川まで出た。玲羅が『リロ・アンド・スティッチ』の映画を見たいと言ったので、それに付き合うことにしたのである。もっとも母は「あんたたちだけで見といで」と言って、千里と玲羅の分だけチケットを買って中に入れ、母はその間買物をしているということだった。
チケットの座席番号を探し、席を見つけて座る。
「あ、トイレ行っとこう」と言って玲羅がトイレに行ったので、戻って来てから「ボクもトイレ行ってくるね」と言って千里はトイレに行った。
家族や友人と一緒に行動している時にトイレに行くタイミングは、連れが行った《後で》行くというのが大事である。そうすると女子トイレの中で遭遇して、「あれ?」とか言われずに済むのである!
この映画は全てのスティッチシリーズの発端となった作品である。この映画がヒットしたことから、続編、そしてテレビシリーズまで制作されることになる。
玲羅がスティッチを見て「可愛い!」と言っていたが、千里はどこが可愛いのか良く分からないなあ、と思いながら見ていた。
「でもオハナというのは良いことばだね」と千里。
「うん。何だか感動した」と玲羅。
自分は将来自分のオハナ(家族)を持つことができるのだろうか。千里は映画を見てから自問していた。晋治との2年間の交際(とは言ってもデートは2年間に10回もしておらずほとんど手紙と電話での付き合いだったが)で、恋愛に関しては少しだけ自信を持つことのできた千里だったが、恋人にしてくれる人がいても結婚まで考えてくれる人なんているのだろうか。考えると、とめどもない不安に包まれてしまうし、私赤ちゃん産めるかなあ、などというのも不安だった。
映画を見た後、母との待ち合わせ場所にしている食事コーナーに行く。
するとバッタリ、親友の留実子と、そのボーイフレンドの鞠古君に遭遇した。デートかな?とも思ったが、そばに高校生かなという感じの制服を着た女性も居る。また留実子は男装している、というか学生服を着ている! (鞠古君も学生服だ)
留実子が手を振るので寄っていく。
「こんにちは〜」
と挨拶する。
「あ、村山、これ俺の姉貴」
と、鞠古君が年上の女性を紹介した。
「初めまして。鞠古君と同じ学年の村山千里です」
「その妹の玲羅です」
と挨拶する。
「こんにちは〜。知佐(ともすけ)の姉の花江です」
「いや、花和(留実子)と一緒に映画見てたら、バッタリと姉貴に遭遇したんだよ」
などと鞠古君は言っている。
「あ、私たちも映画見た。鞠古君たちは何見たの?」
「007ダイ・アナザー・デイ」
「へー。私たちはリロ・アンド・スティッチ」
「でも村山、可愛い服着てるな」
と鞠古君。
「花和君、学生服が凜々しい」
と千里。
「うん。兄貴から譲ってもらった」
と留実子。留実子のお兄さんは高校生であるが、小さくなったのをもらったのだろうか。しかしよくサイズが合ったなと千里は思った。
留実子は凄く男っぽいイントネーションで話している。こんな留実子を、千里は初めて見た。学生服着てるし、完璧に男の子に見える。
「お姉さんは、それE女子高の制服でしたっけ?」
「そうそう。4月から高校3年生」
「わあ。でもこの服、可愛いですね〜」
「千里ちゃんもE女子高に来る?」とお姉さん。
「そうだなあ」と千里
「E女子高は女子高だけど凄い進学校だから」と鞠古君。
「男子校のT高校と難関大学の進学率で競ってますね」と留実子。
「私は漠然とN高校を考えていたんですけどね」
と千里は言う。
「共学は恋愛の誘惑があるよ」
「まあ、そこは何とか我慢して」
「俺はE女子高には入れてもらえんだろうからなあ」と鞠古君。
「そうだね。おちんちん切ったら入れてくれるかもよ。切っちゃったら?」
とお姉さん。
「チンコ切るのか・・・・」
と言って鞠古君はチラっと千里に目をやった後、少し考えている風。
千里にはその鞠古君の表情が読めなかった。
「お姉さんは志望校はどちらですか?」
「私は千葉大学の理学部を狙っている」
「千葉大学? そんな大学があるんだ?」
と千里が言うと
「国立だよ。全国どこの都道府県にも国立大学はある」
と留実子が言う。留実子は少しは受験の情報を集めているようだ。
「へー。でも理学部って、北大には無いんですか?」
「あるけど、私の頭じゃ北大には通らない」
「ううん。それは難儀な」
「ついでに親元から離れて羽を伸ばそうと」
「ああ、それはいいですね」
「でも千葉大学って割と難関ですよね?」
と留実子が言う。
「まあ、旧六の一角だから」
とお姉さん。
「旧六?」
「旧帝の次に難しい所。旧帝は北大・東北大・東大・京大・名大・阪大・九大。旧六は千葉大・新潟大・金沢大・岡山大・長崎大・熊本大」
「へー」
「但し本当は旧六と呼ばれるのはその6つの大学の医学部・薬学部だけで、理学部は関係無いんだけどね」
「あらら」
「まあ私は医学部・薬学部に通る頭も無い」
「うむむ」
鞠古君たちがハンバーガーを食べていたので、千里は自分たちの分もやはりハンバーガーを注文してきて、しばらく話していた。
その内、留実子が
「ちょっとトイレ」
と言って席を立つ。すると千里も
「あ、私もトイレ」
と言って一緒に席を立った。
一緒にトイレの所へ行く。通路を入り込み、その奥が男女に分かれている。右に女子トイレ、左に男子トイレがある。千里と留実子はチラっとお互いを見た。
「どっちに入るんだっけ?」
とお互いに訊く。
「ボクはこちらかな」と左の男子トイレを指す留実子。
「私はこちらかな」と右の女子トイレを指す千里。
「じゃ、また後で」と言って別れる。
そして千里がトイレを済ませて出て来た所で、ちょうど留実子も男子トイレから出て来た。一瞬顔を見合わせる。そこにやはりトイレに来た様子の鞠古君。
ふたりのポジションを見て「ん?」と悩んでいる。
「お前らどっちに入ったの?」
と訊くので各々、自分が出て来た方を指す。
「俺、どっちに入れば良いんだっけ?」
「トモがもし男の子なら、ボクが入った方だね」
と留実子は言った。
「お前らを見てると悩んでしまう」
と言いながら、鞠古君は2〜3回、トイレの男女表示を見て、女子トイレに入ろうとして・・・・留実子に身体を確保される。
「こらこら、間違うな」
「いや、今本気で間違った!」
結局、留実子が鞠古君を男子トイレの中に押し込んだ。
5人がおしゃべりしている内に千里たちの母もやってきた。お互いに挨拶した上で母も適当なものを注文してくる。
「そうだ。こういうアプリがあるんですよ」
と言って、鞠古君のお姉さんがバッグの中からノートパソコンを取り出す。
「髪型シミュレーションソフトなんだよ」
とお姉さん。
「へー」
「都会の美容院とかにあるようなのですか?」
と千里。
「そうそう。あんなの。みんなの写真を撮っちゃえ」
と言って、お姉さんは携帯で、鞠古君、留実子、千里、玲羅に千里たちの母の写真まで撮り、そのデータをノートパソコンに放り込む。
「取り敢えず、知佐(ともすけ)を犠牲(いけにえ)にしてみる」
と言って、鞠古君の写真を開く。
「知佐がもしロングヘアになると、こうなる」
と言って、胸くらいまであるようなストレートのロングヘアにしてみる。
「すっごい違和感」
と留実子が言う。
「知佐、もし気が向いて性転換して女の子になったら、こういう髪型もいいかもよ」
「うーん・・・、性転換か・・・」
と言って、鞠古君は悩んでいる。
「俺、苗字が鞠古(まりこ)だからさ、小学校低学年の頃、「《こ》が付いてるからお前女だろ?とか良く言われてたよ」
「何かのカードの申込書にローマ字で (姓)Mariko (名)Tomosuke と書いて出したら、姓名逆に記載された会員証が送られてきたことあったよね」
とお姉さん。
「うん。立川ピアノちゃんのファンクラブ会員証。性別も女にされてた」
「ほほぉ」
「女性アイドルのファンって圧倒的に男ばかりだからさ、女子優待枠でチケットの予約申し込みができます、て葉書が来たんだよね」
「おおぉ!」
「申し込もうかと思ったけど、万一当選したら女装して見に行かないといけないから、やめといた」
と鞠古君は言うが
「女装して行けば良かったのに」
などと留実子が言う。
「いや、この画像見ても分かるだろ? 俺に女装は無理だよ。花和なら女装もできるかもな」
「ああ、女装くらいするよ」
と留実子。
「よし、それでは花和君を女の髪型にしてみよう」
と言ってお姉さんは留実子の写真を呼び出して、ゆるふわロングのヘアを設定した。
「女の子に見えるね」
とお姉さん。
「うーん。ボクはこんなに長い髪にしたことないな」
と本人。
「まあ、男子はそんなに長くすることないかもね」
と鞠古君。
「千里ちゃんもやってみよう」
と言って千里の写真を呼び出す。
「これを坊主頭にしてみる」
と言ってお姉さんはソフトを操作する。
「凄い違和感ある!」
と鞠古君と留実子。
「千里ちゃんは男装無理だね」
千里の母も何だか頷いていた。
「だけど性別なんて、結構分かりませんよね」
と千里の母が言う。
「うんうん。見た目通りの性別かどうかも怪しい人は結構いるよね」
とお姉さん。
「もしかしたら私が男かも知れないし」。
「男は女子高に入れてくれないのでは?」
と玲羅。
「いや。『少女少年』に出てくるレベルの子なら分からん」
と鞠古君。
「知佐は実は女かも知れないし」
とお姉さん。
「そういえばトモのチンコ見たことないな」
と留実子が大胆発言。それに対して鞠古君が
「じゃ今度見せてやるよ」
と言ったら、お姉さんから蹴ったくられている!
思わず手で押さえている鞠古君を留実子が笑っていた。
「花和君ももしかしたら女かも知れないし」
とお姉さん。
「ああ。一度自分の戸籍の性別、確認してみようかなあ」
などと本人。
「千里ちゃんも男かも知れないし」
とお姉さん。
「あ、その疑惑は昔からあった」
と鞠古君。
「玲羅ちゃんも男かも知れないし」
とお姉さん。
「あ、私男になりたいと思ってたー」
と本人。
「まあでも最終的には自分の性別は自分で選べばいいんですよ」
とお姉さんが言う。
その言葉に、千里も留実子も、そして鞠古君も各々何か考えている風であった。