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翌日午後の列車で留萌に戻った。戻り際、おばさんは千里に
「これ私が着なくなった服だけど」
と言って、可愛い女物の服をいくつか持たせてくれた。
「いつもありがとう」
「可愛い女子中学生になってね」
「うん」
と千里は笑顔で返事した。
そして列車が動き出してから、晋治のことをまた考える。
涙が出てきた。
悲しいよぉ。心が寂しいよぉ。
心の中にポッカリと大きな穴が開いたのを感じる。
嫌だよ。辛いよ。誰かこの穴を埋めてよ。
晋治が自分には2ヶ月くらいで彼氏が出来ると言ったのを思い出す。本当に作っちゃおうかな。だって、この心の穴、このままにしてたら、私、壊れてしまいそうだよ。
千里は列車の中で泣きながら、そう思った。
少し複雑な思いを胸に自宅に戻った千里は、困惑したような母の顔を見た。
「お母ちゃん、どうしたの?」
「いや。こないだ言ってた、神崎さんから中学の制服をもらったんだけどね」
「ああ、ありがたいね。学生服だって買えば結構するのに」
「いや、それが学生服かと思ったら、これなんだけど」
と言って、母が千里に見せたのは、何と千里が進学予定のS中学の女子制服、セーラー服であった。冬服・夏服ともに揃っている。
「ちょうど良かったね。セーラー服買わずに済んだ」
と千里は言った。
「でもお父ちゃんの言い方からは、学生服かと思って、やだなあと思っちゃった」
「どうも、神崎さんはうちの子はふたりとも女の子と思い込んでいたみたい」
そういえば自分は神崎のおばちゃんに何度もスカート穿いてる所を見せてたよな、と千里は今更ながら思った。
「神崎さんとこ、お姉さんと弟だよね?」
「うん。それで弟さんが着ていた学生服の小さくなったのをもらえるものと思ってたら、どうもお姉さんが着てたセーラー服をくれたみたい」
「S中の女子制服、もう10年以上変わってないみたいだもんね」
母は“父の手前”学生服も調達しておきたいと言った。そんなの買っても着ないからねと千里は言った。
「だいたい私の身体のサイズに合う学生服なんて存在するわけがない」
「千里、あんたウェスト幾つだっけ?」
「ウェスト55、ヒップ85」
「・・・・ウェスト55なんて学生ズボン、無いんだけど」
「だから言ったじゃん。ついでに言うと、85のヒップを納めるにはウェスト75くらいのズボンが必要なはず」
「でもウェスト55しかないのに75のを買ってどうするのよ?」
「お裁縫して自分で詰めるしかないと思う。ベルトで調整できる量じゃないから」
「私、裁縫とかできないよぉ」
うん。母が針と糸を使っている所なんて見たことない。うちにはミシンもない。
それで諦めたかと思ったら、母はレディースサイズの学生服!?(多分コスプレ用)を売っている所を見つけ、そこから通販で取り寄せることにした。普通に売ってる学生服より遥かに安い!
「多分、作りが適当なんだと思う」
と千里。
「でも千里は、おとなしいから、多少適当なのでも大丈夫かもね」
と母は言った。
「どっちみち、そんなの着ないし」
ちなみに神崎さんからもらったセーラー服を試着してみたら、多少大きいものの、ウェストをアジャスターで縮めると何とか着られることが分かった。
「神崎さんとこのお姉ちゃん、けっこうスリムなのに!」
と母は呆れていた。
でもしっかり、セーラー服を着た千里の記念写真を撮っていた!
小学校の卒業式。
他の子たちは、男子は学生服、女子はセーラー服を着て、出席した。しかし千里は制服を着ずに、黒いセーターと黒いスリムパンツという格好で出た(と千里は主張するが友人たちは全員否定する!)千里以外に、もうひとり、札幌の中学に進学する女子が1人、その中学には制服がないということで、代わりに黒いドレスを着て出席していた。
中学の制服を着ていないのが自分だけではなかったので、千里はちょっとだけ気が楽であった。千里だけでなく、参列した千里の母も気が楽だった。
また髪の毛も男子はみな中学の頭髪規則に合わせて短髪にしていたが、千里はこれまで通り、胸くらいまでの長さの長髪である。それで実際問題として、千里のことを女子と思い込んでいる保護者も多かった雰囲気である。
「あの長い髪の子、可愛いね」
「セーラー服着てないけど、私立に行くのかな?」
「どこの子だったっけ?」
などという会話も聞こえていた。千里がここまで髪を長くしたのは5年生の秋頃からなので、その後同級になってない子の親は千里のことを知らないのである。
卒業式の前夜、母は千里に「短く切ったりしないから」と言って、鏡台の前の椅子に座らせ、髪の端を切りそろえてあげていた。前髪も眉毛の上で直線に切ったので、お姫様カットという感じになっていた。
卒業式の帰り道、留実子と偶然一緒になった。
「千里、卒業式にセーラー服、間に合わなかったの?」
「ううん。あったけど、お母ちゃんがぶつぶつ言うから妥協した」
「ふーん。でも4月からはちゃんとセーラー服着るんでしょ」
「るみちゃんは学生服着たいんでしょ?今日はセーラー服着てたけど」
「るみちゃんは、セーラー服着たんだね」
「あんまり着たくなかったんだけどねー。ボクは本当は今日も学生服着たかったけど、お父ちゃんが心臓マヒ起こしちゃまずいから」
と留実子。
「そうだねー。性別なんて面倒くさい」
「ほんとほんと」
「るみちゃん、学生服は買ってないの?」
「お年玉、まだ取ってるし、買っちゃおうかなとも思ったけど、悩んでる」
「・・・・ね、うちで学生服、試着してみない?」
「え!?」
それで留実子を連れて千里は自宅に戻った。
「あ、るみちゃん、いらっしゃーい」
と母が笑顔で迎えてくれる。
「ただいま。玲羅は?」
「**ちゃんちに遊びに行ってるよ」
「だったら好都合! お母ちゃん、この襖閉めていい?」
「いいけど、何すんの?」
「内緒」
「・・・あんたたち、Hなことするんじゃないよね?」
と心配そうな母。
「まさか!」
と千里も留実子も言った。
それで4畳半と6畳の間の襖を閉めた上で、千里は自分の学生服を取り出す。
「学生服買ったんだ?」
留実子が着ていたセーラー服を脱ぐ。留実子はこの日、男物の上下下着を着け、更に男物のワイシャツを着て、その上にセーラー服を着ていた。ていた。たぶん、セーラー服を着るのが本当に嫌で、それを我慢するために、ワイシャツや下着は男物を着たんだろうな、と千里は思った。
「ボクに入るかな」
と留実子は少し不安気だったが、ズボンは問題無く入った。
「るみちゃんがくれる服が私に合うから、私たちあまり体形差無いはず」
「そうだね」
留実子は身長が170cm、千里が165cmである。
千里も神崎さんからもらったセーラー服を取り出して身につけた。
「ああ、ちゃんと持ってたのね」
「もちろん」
「でもるみちゃんが男物の服を着てても、鞠古君は何か言わない?」
「ボクがボーイッシュなのは構わないって。ヴァギナさえ付いてれば充分と言われた」
「うーん。でも男の子ってそうかも」
千里と留実子は見つめ合って笑った。
「でも鞠古君とHとかしたの?」
「さすがにまだする勇気は無いよ。冗談半分で、高校生くらいになったら、してもいいよとは言ってる」
「おお、凄い!」
「まあ、それまでボクとトモの関係が続いたらだけどね」
と鞠古。
その言葉を聞いて、晋治と別れてしまったことを千里はちょっと後悔していた。
ワークシャツの上に学ランを着る。ボタンはきれいにハマった。
「お、格好いい。ちゃんと中学生男子に見えるよ」
「千里も女子中学生に見えるよ」
と留実子は言ってくれた。
その時
「ホットケーキ焼いたけど、あんたたち食べる?」
という母の声。
「うん」
と千里が答えると、襖が開く。お盆の上にホットケーキを重ねた皿と、紅茶が2つ載せられていて、母がそれを持ってこちらに来る。
「あれ?千里、結局、学生服着たんだ?」
と言ってから、ん?という顔をして、メガネを取って目をゴシゴシしている。
「お母ちゃん、私はこちらだよ」
とセーラー服を着た千里が言う。
「あ、済みません。お借りしました」
と学生服を着た留実子が言う。
「えーーー!?」
と驚いたような母。
「私のセーラー服姿はこないだから何度も見てるじゃん」
「そうだけど」
「るみちゃん、学生服似合うでしょ?」
と千里。
「うん。凄く似合う!男の子に見える」
と母。
「千里ちゃんはセーラー服が凄く似合うし、学生服を着てもたぶん女子中生が友だちの借りて着ているかのようにしか見えない気がします」
と留実子も言う。
「だろうね。私ももう諦めるしかないかと思ってる」
それで留実子の学生服、千里のセーラー服姿の記念写真を母に撮ってもらい、データをありあわせのUSBメモリに入れて留実子に渡した。留実子はそのメモリを胸の所に抱きしめていた。