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「レディスの学生服なんて、あるんだ!?」
「私もびっくりしました」
「まあ、確かに世の中には男性用のブラとかもあるし」
「・・・・男の人でもおっぱいが大きい人いるんですか?」
「違うと思うよ。ただ着けたいから着けるだけだと思う」
「へー!それ女装とは違うんですか?」
「女装する人は、男性用ブラは着けたくないと思う。多分女性用のブラを着けないと満足できない」
「あ、それはそういう気がします」
「まあ、人の好みはそれぞれだし。性別なんて気にせず、着たい服を着ればいいと思うんだよね」
「そうですね」
「だから、千里ちゃん、髪を短く切っちゃっても、セーラー服堂々と着ればいいんだよ」
「・・・ほんとに、そうしたくなってきました」
「うん、頑張れ」
と静子は明るい顔で千里を励ました。
静子と別れてからスーパーに寄る。今静子と話したことを頭の中で反芻しながら千里は野菜売場を眺めていた。
10mほどの野菜売場を15分くらい掛けて見て結局何も買物カゴに入れないまま、お肉のコーナーまで来た。
あ、牛肉が安いな。今夜はお父ちゃん帰ってくるし、スキヤキでもしようかななどと思い、オーストラリア産牛肉グラム128円のを800g分ほど買う。自分と母・妹の3人なら200gもあれば充分だが、父はたくさん食べる。
そういえば晋治とデートした時も晋治はいつもよく食べてたよなあ、などと思う。男の人ってどうしてそんなにたくさん食べられるんだろう。身体の作りが違うのかな?などと考えていた時、お肉売り場の角で他の人とぶつかりそうになる。
「あ、ごめんなさい」
「ごめんなさい」
と言い合うが、千里の顔を見た相手は
「あら、村山さんだよね?」
と言った。
「あ、神崎さんのおばさん、こんにちは」
と千里は挨拶した。
「そうだ。このセーラー服、頂いてしまって、ありがとうございました」
今千里が着ているセーラー服は神崎さんの娘さんが以前着ていたものを捨てずにとってあったのを譲ってもらったのである。
「ああ、やはり娘さんだったよね」
「あ、はい。私は一応女の子かな」
「いや、うちの父ちゃんが、村山さんとこの息子さんが中学に入るから学生服の古いのあったら譲ってやって、なんて言うからさ。いや村山さんとこは確かふたりとも娘さんだったはず、と思って」
「あ、すみませーん」
「間違ってなくて良かった。こんな可愛い子に学生服着せたら変だわ」
「そうですね!」
などと言いながら千里は冷や汗を掻いていた。
「私が男の子だったら、父から漁師の跡を継げとか言われてるかも」
「ああ、うちの父ちゃんも息子に漁師の跡を継げって言ってるけど、息子が高校出る頃まで、そもそも父ちゃんが漁師続けてられるか疑問だわ」
「何か問題があるんですか?」
「漁獲量が毎年減ってきてるんだよねー。最近の漁獲量は10年前の5分の1以下だもん。それでも漁に出るのに掛かる燃料費、船や網の修繕費とかは同じだけ掛かる。その船自体もけっこう古くなってきていて、本当は新しいのを作りたいみたいだけど、とてもその余裕は無いみたいね」
千里は難しいもんだなと思った。自然に泳いでいる魚を捕まえる方式でやる以上、魚の生息領域の移動などには対処できない面もある。留萌は古くはニシンで栄えた町だが、ニシン漁は昭和20年代で終了。その後はほとんど獲れなくなった。ニシンの居る場所が移動してしまったためと言われている。魚の居る所まで追いかけていきたい所だが、すぐ北にロシアとの経済水域境界線がある。
千里は神崎さんにあらためてお礼を言って別れ、買物しながら考えていた。
母がパートに出るようになったのも3年前からだ。妹が小学2年生にもなって手が離れたからとは言っていたけど、やはり父の漁業の方の収入が減っているのも大きいんだろうなと考える。
以前母は自分の「男物の服」も時々買ってきていたが、あの頃以降、買って来なくなった。私が男物なんて着ないから、無駄になるものまで買わないというのもあったかも知れないなと思う。母・自分・妹の3人、女ばかりというのは結構一部の洋服が共用できて便利な面もある。もしかしたら家庭の経済事情で自分の女性志向は容認されてたりして!?
千里の父は夕方帰港してきた。今週は水揚げが多かったといって少しご機嫌だった。スキヤキも凄くよく食べるので千里はお肉には手を付けず、シラタキとかエノキとかを食べていた。母も同様に豆腐とかネギとか食べている感じだ。妹は遠慮せずに頑張ってお肉を食べている。大きな鍋いっぱいのスキヤキがあっという間に無くなる。
母が卒業式の写真を見せていたが、
「なんだお前、そんな女みたいな髪で卒業式に出たのか?」
と父は不満そうだった。
「どうせ中学の入学式では短髪にしないといけないんだから、俺がバリカンで刈ってやろうか?」
と言うが千里は
「入学式の日の午前中に床屋さんに行くよ」
と言っておいた。
でも実際問題として千里は床屋さんなんて行ったことがない。いつも髪を切るのは美容室に行くか、あるいは母が少し切ってくれるかであった。そういう実態を父は知らない。
夕食が終わった後でテレビを点けていたらバラエティ番組に性転換タレントさんが出ていた。
「この子、可愛いな」
と父が言う。
「可愛いよね。元男だったとは思えないでしょ?」
と母が言ったら
「え〜〜!? 元男!? 気持ち悪い。こういう奴らは本物の女と間違えないように全員ぶっ殺すか無人島に隔離した方がいい」
などと言い出す。
きゃー、私も殺されたりして、などと千里は内心冷や汗であった。玲羅が笑いをこらえて苦しそうにしていた。母は困ったような顔をしている。
「お父ちゃん、性転換タレントさんがうちに来たりしたらどうする?」
などと玲羅が父に訊く。また余計なことを。。。
「そんな時は、そこの床の間の日本刀で一刀両断にしてやる」
などと父。
怖〜。あの刀、刃は落としてあるよね? でないと違法のはずだよね!?
3月23日の日曜日。千里が玄関の前で雪かきをしていたら、赤い軽自動車が停まる。何だろうと思って見ていたら、助手席から、静子さんが降りてきた。
千里はギャッと思った。彼女に男装(?)の自分はあまり見られたくない。でも今更逃げようも無い。
「千里ちゃん、こんにちは」
「こんにちは、静子さん。先日はありがとうございました」
取り敢えず開き直って笑顔で応対する。
「これ、こないだ言ってた、私の中学の時の制服」
「わあ、ありがとうございます」
「それとついでに」
と言って、静子は悪戯っぽい目で
「こちらはこないだまで私が着ていた、高校の制服」
「え?」
「千里ちゃん、高校は旭川に出てくるんでしょ? でも晋治の所は中学は共学だけど高校は男子のみ。千里ちゃん、男子校には行きたくないよね?」
ぶるぶるっと千里は首を振る。
「旭川で私立の進学校というと、晋治の所のT高校、私が行ったN高校、それにE女子高。千里ちゃんはT高校には行きたくない。E女子高は入れてくれない。となると、N高校を目指すしかない」
「あ・・・・」
実は千里は旭川の私立高校に行きたいと言いつつ、どこに入るかについてはまだ何も考えていなかったのである。確かにそう言われると自分の行き先は静子と同じN高校しかないことになる。
「だから、その時に着られるように、私の制服あげるよ」
「頂きます」
と言って、千里は制服の入った袋を2つとも受け取った。
「中学生の内に性転換しちゃいなよ。そしたら堂々とこの制服を着て通学できる」
「したいです!」
「でも性転換してなくても、この制服着ちゃいなよ」
「着ちゃう気がする・・・・」
千里が立ち話をしていたら、何だろう?という感じで母が出てくる。
それで友人のお姉さんが、東京の大学に行くのに荷物を整理していたので中学時代の制服を《玲羅が2年後に着られるように》と頂いたということを説明する。
「わあ、それはありがとうございます。あ、ちょっと待ってください」
と言って母は家の中に入っていき、フリージング・パックを持って出て来た。
「これ、うちの父ちゃんの船で獲れたもので、市場には出せない小さなものですけど良かったら」
「わあ、ありがとうございます」
と言って、静子はそのパックを受け取った。
「じゃ、千里ちゃん、またね」
と言って静子は車に戻って去って行った。千里と母は運転席に座る静子の母にもお辞儀をした。
家の中に入ると父が「どうした?」と訊くので、玲羅にと中学の制服を知人からもらったことを話す。
「ああ、それは良かったな」
「静子さん、中学出たのは3年前だけど、きれいにしてるよ」
と言って千里は制服を取り出してみせる。
「玲羅、着てみるか?」
と父は言うが
「私にはまだ大きいよ。2年後に着るね。今なら、お兄ちゃんにちょうどいいかも。お兄ちゃん、代わりに着てみる?」
などと玲羅。
「馬鹿、男がセーラー服を着てどうする?」
と父。
「でも千里が着てみたらどんな感じになるか、試してみたら?」
などと母が言う。
「じゃ、着てみよっと」
などと千里は言って、奥の部屋に行き、襖を閉め、頂いた制服を《2つとも》押し入れにしまい(後で乾燥剤と防虫剤を入れた)、代わりに先日神崎さんから頂いた制服を取り出してきて身につける。
「着てみたよ」
と言って千里はセーラー服姿を父に見せた。
「まるで女みたいだ」
と父。
「まあ、ふつうに女子中学生に見えるよね」
と母。
「やはり早く髪を切った方がいい」
と父。
「髪を切らずに、おちんちん切って女の子になったら、その服で通学できるかもね」
などと玲羅。
「そんな気持ち悪い奴は俺が日本刀で叩き斬ってやる」
と父は汚物でも見るような目で言う。
やはり斬られるのか。
でも母は千里がセーラー服姿をちゃんと父に見せたことを喜んでくれているような雰囲気で
「せっかくだから記念写真、記念写真」
と言って、父と並んでいるところをカメラに納めていた。父は不愉快そうだった。(母と並んでいる所は先日玲羅に撮ってもらっている)