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12月4日(木)。東京のA大学推薦入試の結果が発表された。薫は合格していた。これで4人のうちの1人はまずクリアである。
翌日。12月5日(金)。
2時間目の授業が終わった休み時間、10:22頃、千里が隣の席の鮎奈とおしゃべりしていたら、鮎奈が
「あれ? 千里、携帯が着信してない?」
と言う。
サイレントモードにしていたのだが、携帯が発光しているのに鮎奈が気づいてくれたのである。見ると母からである。休み時間なので取る。
「もしもし、お母ちゃん、どうしたの?」
「実はうちの父ちゃんなんだけど」
「うん」
「今週は東京でのスクーリングに行っていたのよ」
「ああ、札幌じゃなかったんだ」
「そうそう。どうしても東京でしかやってない授業を受けたいというから」
「へー。熱心だね」
「それで今日の夜の夜行で帰ってくる予定だったんだけど」
「夜行って(寝台特急)北斗星?」
「まさか。(夜行急行)はまなすだよ」
「なるほどねー」
寝台特急と夜行急行では値段が倍近く違う。
「それが帰りの切符を忘れて行っていることに、私がさっき気付いて」
「行きの切符と一緒にしてなかったの〜?」
「現金をたくさん持って行くから用心のためにふたつに分けると言って、分けた片方に行きの切符入れて、片方に帰りの切符入れてたのよ」
「ああ、それで片方忘れていったんだ?」
「今日は玲羅の面談があるから会社休んでて、午前中は部屋の掃除してて、ふと見たら棚に乗ってるからびっくりして」
「じゃお金も無いのでは?」
「そうなのよ。さっき連絡したら、手持ちの現金はもう千円しか残ってないって」
「お昼御飯食べたら終わりだね」
「吉野家の牛丼食べるから晩御飯まではあると言ってた」
「お父ちゃん、牛丼1杯くらいで足りるのかな」
「我慢するのでは」
「貧血で倒れなきゃいいけど」
「それで学校があってるのに申し訳無いんだけど、あんた切符と財布を届けに行ってくれない?」
「ちょっと待って。ここから東京まで往復すると8万掛かるよ。それよりも帰りの切符は諦めて、あらためて買えばいいと思う。はまなすなら片道2万くらいでしょ? それと御飯代合わせて3万もお父ちゃんの口座に振り込めばいいよ」
「それがあの人、キャッシュカードを持ってないのよ」
「へ?」
「1度持たせたら、暗証番号というのの意味が分かってなくて、口座番号を入力しようとしたみたいで3回続けて違ったというので無効にしちゃって。それがトラウマになったみたいで、俺はそんなもん使わんと言って」
「うーん・・・・なんて現代テクノロジーに疎い人なんだ」
「あの人の頭の中はまだ昭和50年代なのよ」
「昭和50年代にもATMはあったと思うけど」
千里の父は昭和36年生まれである。ATM(Automated Teller Machine)に先行するCD(Cash Dispenser)はだいたい昭和50年前後から普及し始めた。当初は現金引出し機能のみだったが、昭和50年代半ば頃から預け入れもできるATMへの置換が進み始める。千里の父が中学を出た頃は確かにATM自体は珍しかったろうがCDは多くの銀行支店にあったはずである。(昭和53-54年頃まではCDが無くて窓口でしか引き出せない支店もあるにはあった)
「中学出て以来ずっと船に乗ってて、給料も現金渡しだったし。船員さんに渡す給料のお金は銀行の人が現金で持って来てくれていたし」
「仕方ない。行ってくるよ。玲羅の面談は何時から?」
「15時からなんだけど」
「車で来る?」
「うん」
「だったら多分今から旭川まで往復しても間に合うね。取り敢えず出て。こちらは今から飛行機の時刻を調べる」
「うん。お願い」
それで千里はちょうど3時間目の授業のために入って来た担任に事情を話して早退の許可をもらうと、宇田先生への伝言もあわせてお願いして学校を飛び出した
教科書などの入った鞄も体操服・ユニフォームなどを入れたスポーツバッグも教室に置きっ放しである。財布とティッシュにパソコンだけ手提げバッグに入れて持ち出した。(MIDIキーボードはスポーツバッグに置き去り)パソコンは持ち歩かないと緊急メールが来た時にまずいし、こんな時に限って雨宮先生から連絡が入ったりしがちなのである。
学校近くのバス停まで走る。ちょうど旭川駅方面のバスが来たので飛び乗った。まずは車内で父が乗る予定の帰りの便の連絡を確認する。はまなすに乗られる連絡で最も遅く東京を出るものを乗換案内で調べてメモする。
東京17:56(はやて29)20:59八戸21:18(つがる29)22:18青森22:42(はまなす)6:07札幌
これに間に合うように行けるかを調べる。幸いにも良い連絡がある。
旭川空港14:20(AirDO 36)16:05羽田16:37(モノレール)16:53浜松町(山手線)17:06東京
この連絡なら実際羽田から先が少し遅れても17:56の新幹線に乗る父に切符を渡す時間は充分あるはずだ。但し預け荷物は作らないことは必須だ。やはり身軽にしていて良かったと思う。
しかし父は実際には何時の新幹線を予約していたのだろうか? でももっと早い列車に乗る予定であったとしても、チケットを変更してそれまで待っていてもらえばいい。
と考えた時に、千里は、その「チケットの変更」っていつ誰がやるのさ?思う。
私が旭川駅でやるしか無いじゃん!!
と思っている内にバスは旭川駅に到着するので、エアドゥの予約センターに電話して座席を確保した上で母に電話する。
「お母ちゃん、何とか渡せると思う。東京駅に17:10くらいに着くと思うから銀の鈴の所で落ち合おうと連絡して欲しいんだけど、お父ちゃんの新幹線の切符って何時発のになってた?」
「ちょっと待って。。。。。16:56になってる」
「それを17:56発のに変更したいんだよね。旭川駅でできるから、お母ちゃん、旭川駅まで来てくれる?」
「分かった。じゃ、お父ちゃんには、17:56の便にこちらで変更するから、17:10に・・・えっとどこって言った?」
「銀の鈴。そういう待ち合わせ場所があるんだよ。分からなかったら駅員さんとかに聞けば教えてくれるから」
「メモする。銀の鈴ね?」
「そうそう。こちら何時頃に着きそう?」
「たぶん12時くらいだと思う」
「了解。安全運転でね」
「うん」
母の到着が遅れた場合にそなえて往きの航空券は先にチェックインしておくことにする。
『きーちゃん、頼める?』
『座席はどこでもいい?』
『すぐに降りたいから出入口の近くがいい』
『了解〜』
それで《きーちゃん》に空港連絡バスに乗って先に空港に行ってもらい、手続きしてもらうことにした。
旭川駅で待っている間に帰りの便も確認する。
羽田→旭川の最終は17:50なので、これには間に合わない。今日中に帰るには新千歳を使う必要がある。最終は20:55→22:30であるが、これだと新千歳から旭川まで帰る手段が無い。一応連絡を確認しておく。
東京1949→1955浜松町2000→2020羽田2055→2230新千歳2250→2329札幌
旭川に戻る連絡がある最終はこれだ。
東京1815→1821浜松町1833→1851羽田1930→2110新千歳2130→2209札幌2305→025旭川
実際にどれになるかは分からないから、予約はせずにおき、出た所勝負ということにした。
1時間ほど待つうちに母が到着する。一緒にみどりの窓口に行ってチケットの変更手続きをした。それから母に空港まで送ってもらう。旭川空港に着いたのは12:50くらいであった。
「じゃ悪いけど、玲羅の面談があるから、お見送りせずに帰るね」
「うん。構わないよ」
「それから、ちょっと言いにくいんだけど」
「ん?」
「いや、あんたの東京往復の運賃なんだけど」
「ああ。気にしなくていいよ。私が出しておくから」
「ごめーん。今ちょっとお金が無くて」
今無いんじゃなくて、いつも無いよなあと思いつつも笑顔で
「平気平気。ちょうどバイトのお金が入った所だったから」
と言う。
「ごめんね。いつも苦労掛けて」
と母。
「あと、それと・・・・」
「うん?」
「あんた、その格好でお父ちゃんと会うんだっけ?」
と母は遠慮がちに言う。
「ん?」
と思って自分の格好を見る。
女子制服の上に学校指定のハーフコートを着ている。コートで隠れているので女子制服というのは分からないだろう(但しコートのボタンは女性仕様の左前)が、スカートを穿いているというのは分かるだろう。
ありゃ〜。お父ちゃんがこの格好見たらショック受けるかなあ。母としても自分に無理を言っているのは分かっているので服装のことまでは言いにくいのだろう。
「ああ、適当に着替えておくよ」
「ごめんねー」
「うん。じゃ、また」
それで母は帰っていった。すぐ《きーちゃん》が千里にチェックイン済の航空券を渡してくれる。
『ありがとう。これどの付近?』
『入口の本当にそば。最初に降りられるよ』
『へー、ありがとう』
チケットを取り敢えずバッグに入れてから千里は《りくちゃん》にお願いごとをする。
『ね、りくちゃん。アパートまで行って、私のジーンズとポロシャツにセーター持って来てくれない?』
『千里、いいかげん女子高生していること、お父さんにカムアウトした方がいいぞ』
と《りくちゃん》は言う。
『うん、それはその内言わないといけないけど、今はまだ揉めたくないから』
『どうせ揉めるなら早く決着つけたほうがいいのに』
『うーん、その内』
そんなことを言いつつも《りくちゃん》は15分ほどで着替えをアパートから持って来てくれた。
『これも使うかなと思って持って来た』
と言って渡されたのはショートヘアのウィッグである。
『あ、助かる!サンキュ』
急いでトイレで着替える。女子制服とコートは《りくちゃん》にアパートに持って帰ってもらった。りくちゃんはついでに学校に寄って汗を掻いた下着や運動服の入ったバッグもアパートに持ち帰り、着替えを洗濯機に放り込んでくれた(多分叔母が帰宅後洗濯機を回してくれる)が、これに《いんちゃん》から突っ込みが入る。
『六合、女物の下着をバッグから取り出したんだ?』
『いいじゃんか。別にそれで欲情はしないぞ』
『でもあんた昔、人間の女をはらませたことあるじゃん?』
『古い話を蒸し返すなよ』
へ〜!
もう13:30なので手荷物検査場に行く。
考えてみるとスカートの女子制服にコートよりジーンズの方が動きやすいから向こうで走らないといけなくなった時も安心だなと思った。
《きーちゃん》が入口そばの座席を確保してくれていたので、搭乗するとすぐそばに座ることができた。機内では結構熟睡できた。トイレに行ける時間帯の内にトイレに行き、ついでにウィッグも装着しておく。
予定を少し遅れて羽田には16:10頃に到着した。しかし出入口のそばなのでドアが開くと最初に降りることができた。モノレールの駅まで走ったら16:23の快速に間に合ってしまう。浜松町に16:41に到着する。しかしここでの乗換は大変だ。結局16:51の山手線に乗り16:57に東京駅に到着した。
早速銀の鈴に行く。
父の姿を探すが・・・・居ない!?
千里は幾つかのケースを考える。
父は遅れていてまだ来ていない。あるいは迷子になっている。父は新幹線に乗っちゃった!父は別の所で待っている。
目をつぶって父の波動を探す。
ダメだ! 分からない。
強い個性を持つ人、たとえば雨宮先生のような人なら、けっこう遠くからでもその波動を確認することができる。しかし・・・父みたいにありふれたタイプの人だと、似た波動を持つ人がたくさん居すぎて、うまく見付けきれないのである。
『みんな、うちのお父ちゃんを探して!』
それで千里の守りのために残る《いんちゃん》、基本的に些細なことには参加しない《くうちゃん》以外の10人の眷属が飛び出して行く。5分もしない内に
『居たよ』
という声が届く。見付けてくれたのは《びゃくちゃん》だった。
『東北新幹線の中央改札口の所』
なるほどー! そこに行きたくなる気持ちは分かる。しっかし話を全く聞いてない人だ!!
千里は急いでそちらに移動する。眷属がみんな戻って来る。途中売店を見たので駅弁を3つとお茶のペットボトル3本を買った。
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女の子たちのお勉強タイム(6)