[*
前頁][0
目次][#
次頁]
その日の晩、旭川の千里の下宿先に訪問者があった。
「あら、貴司さん、こんばんは。でも千里は合宿に行っているのよ」
「あ、そうでしたっけ?」
「聞いてなかった?」
「あれ、そういえば聞いてたような。連休もひたすら練習だ、とは聞いていたんですが」
「せっかく来てくれたのに悪いね。里帰りしてたの?」
「ええ。この連休、うちのチーム試合が無かったので、春に亡くなった祖父の仏檀に線香もあげてなかったからと金曜日の夜の便で稚内まで行って今朝1番の便で礼文に渡ってお線香あげて、それから午後の便で稚内に戻って、今レンタカー運転して旭川まで来たところだったんですよ。今晩こちらに泊めてもらおうかなと思ってたんだけど、千里居ないならこのまま帰ります」
「あらら、千里には言ってなかったの?」
「サプライズのつもりで。変なこと考えずにちゃんと言っておくべきでしたね」
「まあとりあえずあがって。御飯でも食べて行きなさいよ」
「あ、すみません。じゃ、おじゃましようかな」
「実業団のほう、調子良いみたいって言ってたね」
と美輪子は言う。
「おかげさまで。今の所6勝0敗です」
「凄いね」
「来週、同じ6勝0敗のチームと事実上の決勝戦をやります」
「それは凄い。優勝したら1部昇格?」
「ええ。そうです。もし負けたら1部で7位のチームとの入れ替え戦になります。すんなりと来週勝って昇格を決めたいですけどね」
「チームの中心選手なんでしょ?」
「背番号は今年はずっと15番で最後の番号だったんですが、おかげでほぼ毎回スターターにしてもらってました」
「凄い凄い」
「2部のアシスト王を取れるかも知れないです。僅差で争っている人がいるので最終戦次第ですけど」
「そちらも頑張ってね」
「はい」
「まあ千里と貴司さんの関係については一応千里から聞いているけどね」
と美輪子が言うと、貴司が緊張した面持ちで
「はい」
と言う。
「お互い若いんだから、色々なことがあっていいと思うし、お互い色々なことを考えるといいと思う。でもきっと最後はなるようになるよ」
「そうですね・・・・。今何となく思っているのですけどね」
「うん」
「3月までに千里と会えたら、もしかしたら・・・」
と言ったまま貴司は言葉を飲み込んでしまった。
「もしかしたら?」
「いや。僕の妄想かも知れないし」
そんなことを言ってから貴司は
「そうだ。これ千里に早めのクリスマスプレゼントに持って来たんです。悪いですけど渡してもらえませんか?」
と言って貴司は赤い包みを渡した。
「うん。預かっておくね」
「じゃ済みません。お邪魔しました。帰ります」
「大丈夫?何ならここで千里の部屋で仮眠してから帰ってもいいよ」
「え?でも留守の間に勝手に入るのは」
「あなたと千里の関係だもん。千里はむしろ嬉しがると思うよ」
「じゃ済みません。1時間くらい仮眠してから帰ります」
「うんうん」
それで美輪子は貴司を千里の部屋に案内して、《千里の布団》を敷いた。
「あ、それは・・・・」
「うん。貴司君がここにいつも泊まる時に寝ている布団じゃなくて、千里がいつも寝ている布団。こちらの方がきっと寝やすいよ」
「寝れなくなったらどうしよう・・・」
「朝まで寝ててもいいよ。どうせこの付近、夜中に駐車違反の取り締まりなんてしないから」
一方千里はその晩は合宿の疲れで熟睡していて、貴司からの電話着信にも美輪子からのメールにも気づかなかった。朝起きてから「あら〜」と思ったが、朝からボーイフレンドと電話などしていたら他の部員に示しがつかないので短文メールだけ返信して、2日目も合宿の練習に出ていく。
この日は昨日と同様にウォーミングアップ、基礎練習のあと、「勝ち抜け戦」を実施する。この日のN高校のスターターは不二子/晴鹿/ソフィア/志緒/揚羽とした。一応昨日金メダルを取れたメンツである。
この中で不二子・ソフィア・晴鹿の3人はストレートに20分であがることができたが、志緒は15分で、揚羽は18分で交代になってしまう。その後入った暢子、雪子、千里、薫はストレートにあがることができて、結局昨日最初にあがった7人が今日も最初にあがった7人となった。全員銀メダルを掛けてもらい、これでこの7人の内、出場資格の無い薫以外の6人がウィンターカップ枠当確である。
今日8人目であがってきたのは紅鹿であった。昨日は最後に12番目の金メダルを取ったのだが、今日は早めに取ることができて、彼女もウィンターカップ枠当確である。
「嬉しい〜!先月のトライアウトでは点数があと少し足りなくて入れなかったから」
と純粋に喜んでいる。
Z高校も松前・富士・鶴山・三島と4人あがってきているので、ここであがり組の練習を始める。今日もやはりスクリーンプレイ、ピック&ロールなどのコンビネーションプレイとその対策について、南野コーチが理論的なことを説明しつつ実際の動きを、特にこういうのに強い雪子・千里・薫・ソフィアの4人を使って模範演技をさせ、他のメンツにも練習させる。
「でもこういうの私たちに教えてもらっていいんですか?」
とZ高校の富士さんが心配するが
「エンデバーに行けば教える程度のこと」
と南野コーチは言う。
「富士さんはたぶん来年のブロックエンデバーには招集されるよ」
「わあ、勉強してこなくちゃ」
そんなことをしている内にN高校では9人目に揚羽があがってくる。
「揚羽は上がってくるのが当然だけど、遅い」
などと言われて
「すみませーん」
と謝っていた。その後N高校の10人目留実子、Z高校の5人目音内さんとあがってきて少し練習したところでお昼でブレイクである。
午後は長身の外国人対策の練習をするが、身長182cmの白石コーチが厚底靴を履いて、外人選手役をするが、コーチは何度かバランスを崩して倒れていた。
「やはり留実子にこの役をさせなくて良かった」
「今サーヤに怪我されちゃ困るからね」
などとみんな言っていた。午後は「勝ち抜け戦」の方ではZ高校で2人、N高校で3人あがることができた。N高校であがってきたのは、蘭、海音、永子の3人である。
そしてそろそろ「勝ち抜け戦」も終わりかな、というところでN高校最後14人目の通過者となったのが久美子であった。
「久美子ちゃんもこれでウィンターカップ当確」
と南野コーチから言われ
「本当ですか? すごーい!夢みたい」
と言っている。彼女は先月のトライアウトでは合格点に遠く及ばなかったのだが、レイアップシュートは全て決めて南野コーチから褒められていた。あの時はマッチアップが全滅だったのが痛かったが、そのあたりを最近の練習でかなり進歩させての成果である。
「これで当確は何人ですか?」
と揚羽が南野コーチに確認する。
「3年生の暢子・千里・留実子、2年生の揚羽・雪子、1年生の不二子・ソフィア・紅鹿・久美子の9人。これに留学中の絵津子は当然入れるものとして、残りは5人」
「昨日か今日どちらかだけのメダルを取っている子で明日のメダルを取った子は当選確率高いですよね?」
「うん。でもポジションバランスの問題があるんだけどね」
と南野コーチは言う。
現在確定したと考えられる10人の内訳は PG 1 SG 2 SF 2 PF 2 C 3 である。バランス的にはガード2名・フォワード2名・センター1名くらいの選択になるだろう。
その枠を、昨日と今日の1日だけ勝ち抜けした永子(PG),志緒(PF),蘭(PF),海音(SF)および勝ち抜けはしていないものの、ある程度の健闘はしているメンバーの、愛実(PG)・結里(SG)・来未(PF)・リリカ(C)・耶麻都(C)あたりで争うことになる。
南野コーチが
「今日勝ち抜けできなかった子で・・・」
と言いかけると
「10km行ってきます」
とリリカが手を挙げる。誰もが彼女をレギュラー枠と思っているのに2日とも勝ち抜けできなかったのをかなり本人も悔しがっているはずだ。
「私も行ってきます」
と結里・愛実・智加・未来・耶麻都が手を挙げる。
「部長なので行ってきます」
と揚羽。
「今日は勝ち抜けできたけど行ってきます」
と永子。
「私たちも行ってきます」
と銀河5人組の葦帆・司紗・雅美・夜梨子。
「うん。じゃその12人で頑張ってきて。残りのメンバーは体育館でマッチアップの練習」
ということでジョギングに行かないメンバーも1on1の練習で汗を流した。
合宿の1,2日目は10時くらいまで基礎練習をした後、10時から15時くらいまで「勝ち抜け戦」をしたのだが、最終日はウォーミングアップの後すぐに始めて13時終了とする。また20分ではなく15分で勝ち抜けということにした。
この日は愛実/結里/智加/来未/耶麻都というメンツで始める。するとこの中ですんなりと結里と来未がストレートに勝ち抜けすることができた。更に交代で耶麻都の後に入ったリリカもストレートで勝ち抜けする。彼女は「OK」と言われた後、特に自分は20分基準でやりたいと主張。それで更に5分プレイさせたところ、ちゃんとその間に2回得点した後、21分にゴールして1,2日目と同じ基準で勝ち抜けになった。
その後、志緒・蘭・永子も1発クリア。永子は愛実という強力なライバルが存在することで夏以降ほんとによく練習していたので、その成果が出た感じである。高校に入るまでバスケのキャリアが全く無かった彼女がここまで頑張るというのは、南野コーチも宇田先生も嬉しい誤算だったろう。
その後主力が投入されていくが、雪子・千里・薫・暢子・不二子・ソフィア・晴鹿といった面々は当然一発クリアする。揚羽・留実子も15分なら簡単にクリアする。そしてそろそろ終わりかな、という頃になって久美子と紅鹿もクリアした。しかし愛実と海音はこの日あがることができなかった。また昭子は結局3日ともアウトである。それで
「昭ちゃん、男子チームの方でやってて少しなまってない?」
「もう男子チーム辞めて女子チーム1本にして鍛え直しなよ」
などと言われていた。
「そんなこと言ったら水巻君に叱られる」
などと本人は言っていた。
「では昼食を取ったあと1時間休憩して14時から両校のAチーム・Bチームによる練習試合をします」
と宇田先生と尾白先生が発表する。
N高校のA,Bチームはこのように発表された。
Aチーム(12名)
PG.雪子 不二子 SG.千里 ソフィア 晴鹿 SF.薫 久美子 PF.暢子 志緒
C.留実子 揚羽 紅鹿
Bチーム(21名)
PG.永子 愛実 胡蝶 SG.結里 昭子 智加 SF.海音 葦帆 司紗 一恵 紫苑 PF.蘭 来未 可穂子 雅美 夜梨子 鶴代 亮子 安純美 C.リリカ 耶麻都
「1,2日目の両方であがることのできたメンバーをAチーム。それ以外をBチームに入れている。Aチームは基本的にウィンターカップ本戦登録の有力候補ではあるけど、この練習試合での動きが悪ければ外す可能性もある。ボーダー組の人の場合、かえってAチームに入った人よりBチームに入った人の方が主力が居ない分、出場機会が多くてアピールしやすいかも知れない。だから頑張って欲しい。なお練習試合での動きは単純な得点数だけではなくチームプレイをどれだけしたかというのもポイントになるので、チームの得点に結びつくプレイ、失点を防ぐプレイに心がけて欲しい」
「Aチームの人が順当に登録者になった場合、Bチームからの登録者は4名ですよね?」
と揚羽が確認する。
「うん。歌子君は本戦出場資格が無いので最低4名はBチームから登用されることになる。その時、この試合での評価と、合宿2,3日目の「勝ち抜け戦」での評価を総合的に判断してメンバーを決定する」
と宇田先生は言った。
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
女の子たちのお勉強タイム(3)