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「それであんた代わりにやってよ」
「でも私、あまりレパートリー無いですよ」
「あんたはハッタリで弾けるから、どうにもでもなる。楽譜は充分用意させるから、そこに無い奴は断ってもいいし」
「うーん。まあそれならやってもいいかな」
「ところであんたご祝儀はいくら用意した?」
「え?往復の交通費を頂いてホテルも取ってもらったので多めにした方がいいかなと思って5万円入れましたが」
「あり得ない」
「え?多すぎました?」
「この世界ではご祝儀は最低100万円」
「えっと・・・大根1本100万円とかの話ですか?」
「あんた、よくそんな古い話知ってるね」
「マジで100万円なんですか?」
「私は親友だから5本包むけどね」
「5本??」
「500万円」
「マジですか?」
「あんたはそうだなあ。高校生だし芸能人ではないから30万円くらいで勘弁しといてやるか」
「そんなにお金無いですよぉ」
「じゃ私が貸しとくから」
「すみません」
「トイチね」
「は?」
「10日で利子は1割」
「待って下さい。だったらATMで手数料払って降ろしてきます」
「なんだ。銀行口座にあるんなら、用意しなさい」
「雨宮銀行は恐ろしいみたいだから」
それで千里は翌日朝 mics が動き出すのに合わせてコンビニに行き30万円お金を降ろしたが、1度に降ろせる額が10万円までに制限されていたため、結局手数料を3回払うハメになった。自分のお金を引き出すのに、なんでこんなにたくさん手数料を払わないといけないんだ?とどうも納得行かない。不愉快だったが、もらっている朝食クーポンでホテルの朝ご飯を食べに行ったら、とっても豪華な朝ご飯だったので、随分気分が良くなった。
結婚式・披露宴の出席者は芸能人が多いので、みんな豪華なドレスや振袖・訪問着などを着ている。年収が数十億と噂される上島雷太の結婚式で、花嫁は超豪華な服を着るのが確定なので、みんな安心しておしゃれをしているようである。しかしロビーには随分と「有名人」たちが居て、あれこれお互いに話していた。そういう所を写真に撮っている芸能記者っぽい人たちも大勢居る。
千里は高校生なので制服でいいのだろうと思っていたのだが、式場に行って受付で「村山千里」名義の祝儀袋を出したら
「あ、千里ちゃん。待ってた」
と中年の女性から言われる。アルトさんの事務所のマネージャー田所さんという人だった。「こっち来て」と言われて控え室に連れて行かれると「これ着て着て」と言われて青い素敵なドレスを着せられてしまう。
「披露宴の伴奏をしてくれるんだって?よろしくね」
「はい、頑張ります。昨夜言われてびっくりしたんですけど」
「この業界、わりとそういうのよくある」
「でも私身長あるから大丈夫かな?と思ったんですが、普通に着れましたね」
と千里は素直にドレスを着た感想を言ったが
「モデルさんとか背の高い人が多いから」
と田所さんは言う。なるほど、そういうのを想定して衣装も用意されているのかと納得する。
「でもあなた凄く均整の取れた身体してるね。何かスポーツでもしてる?」
「あ、はい。バスケットをしているので」
「へー。それで」
などといった話をしながらロビーを歩いていたら、50歳くらいの男性が居て、田所さんを手招きする。千里も何となく付いていく。
「早知子ちゃん(夏風ロビンの本名)は見なかった?」
「あ、それが私も捕まらないんですよ。どうしたんでしょうね?」
「もし連絡が付いたら遅れてでもいいから来るように言っておいて」
「はい。他の者にも伝えます」
「こちらはどなたでしたっけ?」
とその男性が言うので、千里はバッグの中から名刺を出す。
「おはようございます。売れない作曲家で鴨乃清見と申します」
と言って、名刺を渡した。
「あんたが鴨乃さん!?」
と言って驚いている。
「え!?そうだったんですか?」
と田所さんまで驚いている。
「売れないは無いでしょう。失礼しました。こういう者です」
と言って男性は
《§§プロダクション・代表取締役・紅川勘四郎》
という名刺をくれた。
「茉莉花ちゃん(春風アルトの本名)の知り合いの女子高生占い師さんとだけ聞いてたので」
と田所さんも焦っている。
「まだ高校生で未熟ですし、あまり騒がれたくないので顔は出してないんですよ。あ、こちらの名刺も差し上げておきます」
と言って千里は醍醐春海の名刺も渡す。
「鈴木聖子ちゃんの曲を書いてる人だ」
「はい。いくつか書かせて頂きました」
「ラッキーブロッサムの作曲者のひとり、大裳というのが醍醐春海と同一人物ではという噂もあるんだけど」
と紅川さん。
「ご明察です」
「あんた、かなり手広くやってるね!」
「実態は雨宮先生に突然『明日の朝までにこれに曲付けて』とか言われて、ひーひー言って曲を書いているだけです。アレンジとかはプロの方がやってくださいますし」
「ああ、あの人は強引だから」
と社長も笑っていた。
紅川社長とはそのまま10分近く立ち話をした。
披露宴が始まるので、千里も他の招待客と一緒に入場する。入口の所で上島さんと並んで招待客を迎え入れる色打ち掛けに高島田のアルトさんは凄く可愛いかった。千里はこれは式場のメイクの人ではなく、ふだんアルトさんのメイクをしている人にやってもらったなと思った。田所さんや紅川社長などが動いていたのを見ても分かるようにこれは個人の結婚式ではなく、上島さんとアルトさんが主催するライブイベントのようなものなのだ。
テーブルは5〜6人ずつ座る丸いテーブルになっていた。千里はAYAのゆみ、大西典香、および春風アルトと同じ事務所の後輩に当たる秋風コスモス、研究生の蓮田エルミ(翌年「川崎ゆり子」の名前でデビューした)と同じテーブルになっていた。似た年代の女の子を集めた感じではあるが、なんでこんな有名所さんたちと!と千里は思った。
ちなみに、ゆみ・大西典香は上島さんの縁でこちらに来ているようで、秋風コスモスと蓮田エルミはアルトさんの縁で来ているようだ。両方の関係者を混ぜて座らせる方式のようである。
千里が席に着くと、ゆみがこちらを見て何だかホッとした様子で
「おはようございます、醍醐先生」
と挨拶をする。ゆみとは北原さんの葬儀の時に会っているが、どうもゆみは同じ上島ファミリーでも大西典香とはあまり話したことが無かったようで、結構緊張していたようであった。ゆみが東京拠点、典香は関西拠点で活動しているのもあるだろう。
「作曲家の方ですか?」
と大西典香が訊く。年齢が上なら「作曲家の先生」くらい言うのだろうが、自分より年下っぽいとみて「作曲家の方」と言ったようである。
「ええ。あ、これ名刺差し上げておきます」
と言って最初に醍醐春海の名刺を大西典香に渡す。彼女はこの名前を知らないようで少し首をかしげている。
「でも大西さんにはこちらの名刺もお渡ししておこうかな」
と言って、更に鴨乃清見の名刺を渡す。
「嘘!?」
と言って大西典香は手を口に当てて、声も出ない様子。
「あの、大変お世話になっております。全然今までご挨拶にも行かずに本当に申し訳ありませんでした」
と言って膝に手を付いて深くお辞儀をしている。
「いや、実は鴨乃清見は私を含めて5−6人の作曲家集団なんですよ」
「あ、そんな気はしてました!」
「私はだから正確には鴨乃清見の5分の1くらいで」
「あ、その名刺、私にも頂けませんか?」
とゆみ、それに秋風コスモスが言うので、ゆみに改めて鴨乃清見の名刺、秋風コスモスと蓮田エルミに両方の名刺を渡した。
「鴨乃清見の正体は取り敢えず秘密ということで」
「了解です〜」
と言って秋風コスモスが手を挙げている。
「どういう分担をなさってるんですか?」
と蓮田エルミが訊く。
「アルバムはやはり多人数必要なので2〜3曲ずつ分担するんですよ。実際にアルバムごとに参加してるメンツは違います。一応私はこれまで毎回参加しているんですけどね」
「醍醐先生のご担当は?」
と秋風コスモス。
「うーん。。。。『My Little Fox boy』とか『Blue Island』とか」
「特大ヒット曲じゃないですか!」
とコスモスが言う。
「いや、その2曲、どちらもなんか凄く若い方の作品のような気がしていたんです」
と大西典香も言う。
「醍醐先生は、私のインディーズ時代の曲で『パックプレイ』とか『ティンカーベル』とか書いてくださっているんですよ」
とゆみが言う。
「『ティンカーベル』好き!私、それでAYAちゃんを知ったのよ」
と大西典香が言う。
「あの曲、すっごく可愛いから、これ書いたの女子中生か女子高生だったりしてね、なんてロビンさんと言ってたんですけどね。本当に女子高生だったんですね」
と秋風コスモスが言っている。
「そういえば夏風ロビンさんもこのテーブルの席なんですよね?」
とゆみが言う。実際「夏風ロビン様」というネームプレートが立っていて料理も前に置いてある。
「ええ。何かで遅くなっているようです。済みません」
と秋風コスモスは言った。
披露宴は最初はひたすら色々な人の挨拶が続く。何とか協会の会長さん、レコード会社の社長さん、放送局の重役さん、代議士さんに電機メーカーの重役さん、有名作家にデザイナー、歌舞伎役者に往年のスポーツ選手、大学教授にどこかの国の大使!まで。
全員話が長いので、料理を目の前にして1時間半ほどスピーチをひたすら聞くことになる。千里たちはその間ずっと小声でおしゃべりをしていたが、他の席も同様で、まじめにスピーチを聞いている人はほとんどいない。
やがて乾杯ということになる。音頭を取るのは◇◇テレビの響原取締役と紹介された。今日の披露宴および、この後予定されている二次会も◇◇テレビが録画していて、あとで編集してスペシャル番組にして放送するようである。千里たちのテーブルは女性ばかりなので全員シャンパンではなくサイダーをついでもらって乾杯した。
その後余興が始まる。千里は大西典香や秋風コスモスたちに一礼してピアノの所に行く。ということで結局料理が食べられない!
最初に出てきたのは雨宮先生を筆頭に下川・水上・海原・三宅・山根それに長野支香という面々で、要するにワンティスである。ワンティスがRC大賞を取った大ヒット曲『紫陽花の心』を歌った。その後今度はアルトさんの事務所でいちばん年齢が上の歌手である立川ピアノさんが彼女の大ヒット曲『ピアノ』を歌った。この曲には恐ろしいことにショパンの『別れの歌』(超難曲)の一部が使用されているのだが、過去に1度(根性で)弾いたことがあったので、何とか弾きこなした。
しかし千里がその難曲パートをきれいに弾きこなしたことから、最初少し不安そうに千里を見ていた幾人かの人が、あるいは感心したような、あるいは安心したような顔をしていた。
その後、様々な歌手やユニットが出てきて歌を歌うが、自前でギターなどを弾いて歌う人以外はずっと千里が伴奏していた。雨宮先生はピアノの上に楽譜集を10冊くらいずつ5山に分けて積み上げていたが、曲名を告げられてから千里が2-3秒で掲載されている楽譜集を手に取り、さっと当該ページを開くので、ページめくり係として付いてくれている田所さんが
「なんでそんなに分かるんですか?」
と感心していた。実際には《たいちゃん》が教えてくれているのである。
大西典香・ゆみ・秋風コスモス・蓮田エルミの4人は一緒に出てきて春風アルトさんのヒット曲『キス・オン・ウォーター』を歌った。めったに見られないコラボに芸能記者がたくさん写真を撮っていた。
披露宴が終わったあとは二次会が始まるまで一時休憩になる。千里は結局全く食べられなかったのだが、料理は折り詰めにしてもらったので、引き出物と一緒にいったんホテルの自室に持っていった。
「優勝おめでとう!」
千里は雪子からのメールで秋季大会でのN高校優勝を知ったので電話して祝福した。
「ありがとうございます」
「決勝戦はL女子高?」
「そうです。今後数年は旭川地区の決勝戦はうちとL女子との戦いになりそうな気がします」
「まあシードされるから、決勝戦まで当たらないよね」
「絵津子・ソフィア・不二子の3人が凄いんですよ。この3人でほとんどの点数を取りました。揚羽が『かなわね〜』と言ってました」
「あの3人、凄くいいライバルになってるみたいね」
「そうなんですよ。あの3人が来年の夏までにもっと成長してくれると、また来年もインターハイに行けるんじゃないかと思っています」
「北海道2強時代が来るといいね」
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女の子たちの国体・少女編(7)