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セキュリティではパソコンや携帯・財布などは外に出してくださいということだったので、パソコンとキーボードを外に出し、携帯・財布などはトレイに出す。
「このパソコン、起動してみてもらっていいですか?」
「はい」
それでちゃんと起動するのを見てOKとなる。キーボードも弾いてみせた。
「失礼ですが、音楽系の学校の学生さんか何かですか?」
「職業作曲家です」
「プロの方ですか。何か知名度のある作品とかはありますか?」
「そうですね。『See Again』とか」
「津島瑤子のヒット曲と似た名前ですね」
「その作曲者本人です。あ、名刺さしあげましょうか?」
と言って千里が鴨乃清見の名刺を渡すと「失礼しました!」と係員は言った。しかし係員はX線で浮かび上がったあるものに目を留めた。
「何か細い棒のようなものが多数入っているのですが」
「ああ、開けてみましょう」
と言って千里はそれを取り出す。
「これは何ですか?」
「筮竹です。占いの道具です」
「占い師をなさるんですか?」
「むしろ巫女(みこ)です。そちらの笛も神事で使用するものです」
「高価なものですか?」
「今回は高い笛は置いて来ました。それは樹脂製の5000円です」
「なるほど」
それでやっと通してもらった。
「巫女(みこ)って英語では何だろう?」
と佐藤さんが訊く。
「うーん。。。priestessかなぁ」
と千里も悩んだが、ふたりの後ですんなりと通過した(橋田)桂華が
「shaman(シャーマン)かも」
と言い
「ああ、そうかもね」
と千里・玲央美も頷いた。
「しかしその航空券とパスポートで本当に出国できるのかね?」
とさきほどのふたりの会話を少し離れた場所で耳にした桂華も不安そうに言う。
「何か問題があるんだっけ?」
と千里。
「いや、千里は男の航空券持ってた方がトラブルになる気がしてきたよ。実際千里は裸にしても男には見えないし」
と玲央美。
「千里の裸はまだ見たことがないな」
と桂華。
「見たければいつでも見せるけど」
と千里は笑って答えた。
セキュリティでは、百合絵はブラジャーのワイヤーが引っかかり、朋美は巨大なハサミが引っかかり(旅の途中で出たゴミの解体のために持っていたらしく、預ける荷物に移しておくのを忘れていたらしい。別途預かってもらうことにした)、星乃は何度やっても金属探知機が反応するので結局別室検査になってしまった。
「何が引っかかったの?」
と訊いても
「秘密」
などと言っている。何なんだ? でもそれきっと帰りも引っかかるぞ。
「金属製のおちんちんが付いてたとか」
と(鶴田)早苗が言ったら
「ナイロンストッキング丸めて作ったのしか使ったことないよ」
と星乃。
一瞬シーンとする。
「今のは武士の情けで聞かなかったことにしよう」
と(前田)彰恵。
「なんか大人の世界を垣間見た気がします」
と1年生の(富田)路子が言っていた。
その後、税関審査・出国審査と通る。出国審査は自動化ゲートを通るということで指紋登録をしてからゲートを通った。
「何の問題もなく通過したね」
と玲央美がホッとしたような顔で言う。
「いや、なぜ問題だったのかがよく分からないんだけど」
と千里。
「OKだったから、気にしなくていいよ」
と玲央美は言っている。実際考えても仕方ないと開き直った感じだ。
「万一千里が海外に行けないなんて話になったら罰金1000万円だな」
と桂華。
「そんなに払えないよ!」
出発ロビーで夕食のお弁当を食べる。お代わり無いんですか?という声があがっていたが、そういう子にはちゃんともう1個出てくる。さすがにもう1個は入らないという子たちが1個を2〜3人で分けて食べたりもしていた。
一息ついてから20時半発のシドニー行きに乗り込んだ。
フライトはシドニーまで約9時間(20:30成田発 6:20シドニー着だがシドニーは時刻帯がひとつ東側で6:20は日本時刻の5:20)かかるが、千里たちは練習のあと出てきたこともあり、全員熟睡していた。若干いびきの酷い子が近くの子から蹴りを食っていたようであるが、本人は蹴られたことにも気付かないくらいよく寝ていたようである。
入国手続きをして空港で朝ご飯を食べるが、星乃が
「なんでこここんなに寒いの? 真夏なのに」
などと言い出す。
「南半球は今冬なんだけど」
と桂華が言う。
「うっそー!なんで!?」
と星乃が驚いているので
「北半球が夏の時に南半球が冬だってのは、小学生レベルの話」
と百合絵からまで言われて呆れられている。
「まさか冬服持って来てないとか?」
「うん。夏用の服しか持ってない」
「私、たくさん持って来てるから貸してあげるよ」
と江美子が言っていた。
空港での食事のあと、一休みしてから市内の高校の体育館に行く。初日はここのチームと練習試合をすることになっていた。
ウォーミングアップ、準備運動の後、対戦する。やはりスターターは
朋美/千里/江美子/玲央美/誠美 というメンツが指名された。
相手チームのキャプテンと朋美とで握手をしてから始めるが、この最初の試合ではそんなに身長差は感じなかった。ポイントガードの人が170cmくらい、他の子もだいたい170cm代後半で、センターの子が185cmであったが、この程度であれば、ここに来ている子たちはみんな経験している。
ただ根本的に向こうの選手は「骨太」な感じである。ゴール下の乱戦でも当たりが強いので、やはり江美子(166cm)のような小さなフォワードは吹き飛ばされがちである。玲央美(181cm)はさすがに相手と接触しても平気だし、向こうのディフェンスの隙がほとんどない所を無理矢理こじあけて進入してシュートしたりする。途中で彰恵(169cm), 百合絵(174cm), 桂華(172cm), 星乃(167cm), メイ(174cm)とフォワードは代わる代わる使っていったが、百合絵や桂華はオーストラリア人フォワードともしっかり対抗していた。
ポイントガードの朋美(159cm)は向こうの選手からすると、小さいのがちょろちょろしている感じで、かなりやりにくかったようである。N高校の雪子がよくやるように長身の選手の手の下をさっとくぐって抜いてしまうので
「She is like a submarine!」
などと言われていた。その意味ではもうひとりのポイントガード早苗(164cm)だと、そういう効果はなく、長身の外人さん相手だとかえって小さい方が有利なのかもと思わせられた。
千里も渚紗も遠距離射撃で充分な成果を上げた。千里はフリーで撃ったのは全て入れたし、向こうから激しいチェックをされても、相手の一瞬の隙で距離を取ったりあるいは相手を抜いたりして撃つので向こうも対処に困る感じであった。渚紗も千里ほどではないが、かなり高確率で入れるし、ふたりとも発射のタイミングが読みにくいので、180cm近い選手がジャンプしてもブロックできないようであった。
そういう訳で試合としては98対74で快勝した。点数が多めなのはスリーでの得点が多いからである。
向こうと交款を兼ねた昼食会をしたが、千里や桂華、早苗など英語がある程度できる子は向こうの子たちとけっこう英語で会話していたが、彰恵やメイなど実際問題として学校ではバスケ以外ほとんど何もやってないという子たちは同行している通訳さんや、英語のできる子に通訳してもらっていた。
「メイ、さすがにbreakfastくらいは覚えておこう」
「ブレイクというから何か壊すのかと思っちゃった」
「星ってステラかと思った」
と彰恵。
「スターだよ」
とステラこと星乃がコメントする。
「じゃステラってフランス語か何か?」
「イタリア語。フランス語ならエトワール」
「お、なんか格好良い。私子供できたらエトワちゃんにしようかな」
「キラキラ・ネームになりそうだ」
「レオちゃんはけっこう英語できるね」
「将来W-NBAを狙いたいから英語は勉強してる」
「そうか! W-NBAに行くなら英語できないといけないか」
「チームメイトとコミュニケーション取れないと辛いよ」
その玲央美からも
「千里の英語は feeling Englishだ」
と言われてしまった。
「千里の英語って通じるけど文法がメチャクチャ。それでアメリカで生活できると思うけど、大学入試とかTOEICでは点数良くないよ」
「うーん。やはりマジメにグラマー勉強するか」
「ネイティブスピーカーとの会話で鍛えた英語でしょ?それ」
「そうそう。子供の頃、スケトウダラの船に乗る外国人の船員さんが結構いたのよ。それでその子供たちと遊んでいて、英語とかフランス語とか覚えた」
「なるほどー」
と言ってから玲央美は更に尋ねる。
「そういう外国人の子供たちって、千里は男の子たちと遊んでたの?女の子たちと遊んでたの?」
「女の子だけど」
「なるほどねー」
午前中の練習試合の後、午後からはシドニー校外のスポーツ合宿施設に入り、基礎的な練習をする。今回の合宿の臨時コーチをお願いしているオーストラリア人の指導者に色々と教えてもらったが、発想がとても実践的で、みんな納得していた。
「小型のビジネスジェットがジャンボジェットと喧嘩したって勝てない。ビジネスジェットはジャンボの下をかいくぐればいいんだ」
とか
「バスケットは体格より速度。相手より2割小さくても3割速く動けば勝てる」
などといった考え方は、それこそ日本人チームの活きる道かも知れないと千里は思った。
コーチはファウルの使い方についても熱心に話してくれた。過去に日本人を指導したことが何度かあるが、みんなファウルを悪いことだと思っていると言う。無駄なファウル、相手を傷つけるようなファウル、暴力的なファウルはいけないが、作戦としてのファウルはありだし、特に体格的に劣っている側は効果的にファウルを使うことで、相手の勢いを止めることができるとして、またファウルに関するルールブックの条項をしっかり読んで正しい理解をしておいて欲しいとも言っていた。
合宿所での初日の夕食はバーベキューっぽい牛肉料理で、みんな美味しい美味しいと言ってたくさん食べていた。
「これが本場のオージービーフか」
「え?オージービーフってオーストラリアが本社なの?」
「何それ?」
「オーストラリア産の牛肉をオージービーフというのだが」
「え?それ一般名詞なの? オージーという会社で生産している牛肉かと思ってた」
「牛肉を工場とかで生産していたらこわいな」
「牛肉の素を攪拌して、香料や保存料を入れて」
「赤身と脂肪を適度に組み合わせて、成形してできあがり」
「いや屑肉を成形して売ってる安い牛肉ってのはあるよね」
「うん。すっごくまずい」
「値段が異様に安いし、見た目でも整いすぎてるから何となく分かるよ」
このあたりは普段家の手伝いで買物をしている子や、自炊している子たちから意見が出てきた。寮暮らしの子たちの多くは寮の食堂でいつも御飯を食べているということで、料理や買物のことは分からないと言っていた。
「へー、ステラちゃん、自炊してるんだ。えらーい」
「レオちゃんも自炊派だよね?」
「私は栄養管理してるから。自分で作る」
「練習量も凄いだろうに、よくそこまでやるね」
2日目、26日は地元のクラブチームと対戦した。年齢が22-28歳くらいが主力ということもあり、みんな身体がしっかりできあがっているし、パワーがある。身長も180cm台がずらりと並んでいる。
試合としては82対40のダブルスコアで敗れてしまったものの、千里や渚紗の遠距離射撃には参ったと言われたし、フォワード陣の中でも玲央美や桂華は体格の良い向こうのフォワードに充分対抗していた。
「レオミはフレキシブルで幻惑される。ケイカは緩急があって勘が良い」
と向こうの選手のひとりがこちらを評していた。
「フレキシブルって何だっけ?」
「柔らかいってことでしょ」
「フロッピーディスクのことをフレキシブル・ディスクともいう」
「フロッピーディスクって何?」
「確か40-50年前にコンピュータのデータ記録に使っていたメディアだよ」
高田コーチが頭を抱えている。
「柔らかいってソフトじゃないの?」
「うーん。豆腐みたいなのがソフトで、ゴムみたいなのがフレキシブルかも」
「ああ、玲央美はゴム人間かも」
「玲央美は抜いたはずが目の前に居たりするからね」
「幻惑というより分身の術」
「分身の術って英語で何て言うの?」
「うーん・・・ドッペルゲンガー・マジック?」
「ドッペルゲンガーはドイツ語かも」
「でも確かに桂華は勘が良いよね。誰かにパスしたいと思ったら、ちゃんとパスできる所に居ることが多い」
この桂華の勘の良さは、所属チームではあまりその性能を発揮できていなかったのだが、レベルの高いこのU18チームでは、桂華をちゃんと使える人が多く、結果的に桂華の評価は高まった感じがあった。