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全体集会で校長先生から夏休み中の心の持ち方などに絡めたお話があった後、インターハイの結果報告が教頭先生から行われる。まずは陸上の女子1500mに出場した2年生の子が7位入賞したこと、それから女子バスケ部の3位・特別賞、そして千里の得点女王・スリーポイント女王が報告された。
陸上部の子が壇上に上がって賞状を全校生徒に披露した後、校長からN高校敢闘賞のメダルをもらった。
その後今度は女子バスケ部員48名が壇上に上がる。ベンチに座った13人はインハイ3位のメダルを掛けている。そしてあらためて校長からN高校殊勲賞のメダルをその13人、および道大会でベンチに入っていた耶麻都・永子・薫も掛けてもらった。千里は昨年のインターハイ・お正月のオールジャパン(皇后杯)のスリーポイント女王、そして今回と3個目の殊勲賞である。暢子や雪子たちはオールジャパンは敢闘賞であったので2個目の殊勲賞になる。
プレゼンターは今年は昨年務めてくれた富士さんと共に10年ほど前N高校がインハイBEST8になった時の副主将・宮原さんがしてくれた。宮原さんは現在東海地方のクラブチームに所属している。
全体集会が終わってから2年5組の教室に戻った昭ちゃんはクラスメイト(の特に女子)から突っ込まれる。
「ねぇねぇ、さっき湧見君と似た子が女子バスケ部の中に居た気がするんだけど」
「さっき湧見君、クラスの所には並んでなかったよね?」
「う、うん」
と言ったまま昭ちゃんは恥ずかしそうに俯く。
「もしかしてやはりあれ湧見君?」
それで同じクラスのバスケ部員・聖夜(のえる)がバラしてしまう。
「昭ちゃんは湧見昭子の名前で女子バスケ部に登録されている」
「えー!?」
「でも湧見昭一の名前で男子バスケ部にも登録されている」
「へー!」
「それで性転換手術を受けて、完全に女子バスケ部に移行しないかと誘惑しているところ」
とやはり同じクラスのバスケ部員・夜梨子も言う。
「ほほぉ」
「でもさっき女子制服着てたよね?」
「うん。昭ちゃんは女子制服も持ってる」
「なんで教室では着ないの?」
「ちょっと恥ずかしいー」
「だって全校生徒の前で女子制服を着ておいて、今更恥ずかしがることないじゃん」
「インターハイにも女子制服を着て他の女子部員と一緒に埼玉まで行ったんだよ」
と聖夜。
「凄い凄い」
「お部屋も女子部員と同じ部屋」
「それで着替えとかどうすんの?」
「別にふつうだよ。みんなわいわい言いながら着替える。お風呂も他の女子部員と一緒」
「うっそー!?」
「でもちんちん付いてるんだよね?」
「見せないようにうまく隠してたよ」
「隠せるもんなの?」
「でも一緒にお風呂入ったということは、湧見君、聖夜や夜梨子の裸を見ちゃったわけ?」
「私たちは昭ちゃんは女の子だと思っているから平気だよ。私たちも昭ちゃんの裸を見ているしね」
「昭ちゃんって呼んでるの?」
「女の子同士だもん。名前呼び」
「私たちも昭ちゃんと呼んじゃおうか?」
「それでいいと思うよー」
「昭ちゃんはバスケ部女子たちのアイドルというか」
と聖夜。
「ほほぉ」
「いけにえというか」
と夜梨子。
「なるほどー!」
「少し実態が見えた気がする」
「でもそこまで女子化してるんなら、教室でも女子制服着たらいいのに」
と他の女子たちの声。
「私たちも唆しているんだけどねー」
と聖夜が言うのに、昭ちゃんは、また恥ずかしそうに俯いていた。
登校日の行事として各クラスでホームルームが行われた後、女子バスケ部員は昨年同様、南体育館に再度集合して48名全員に理事長さんからポチ袋が配られる。そしてお昼は理事長さんのおごりで市内の洋食屋さんに行った。
「みんな好きなの注文していいからね」
という声に歓声があがり、いきなりトンカツ・ビフテキ・メンチカツと注文している子もいる。
「ひとりでそれだけ食べるの?」
「あとでもっと追加するー」
寿絵は控えめにオムライスのハーフサイズなどというのを注文している。
「どうしたの?食欲無いの?」
「いや、今までみたいに日々運動はしなくなるから、食事も控えめにしないとすぐ太っちゃうよ」
「ダイエットは取り敢えず明日から考えたら?」
千里が昨年のインターハイの銅メダル、および昨年インハイとオールジャパンでもらった殊勲賞・敢闘賞のメダルも持って来ているのを見て、暢子が
「できたら、別の色のメダルも欲しかったな」
と言う。
「まあ、それは揚羽や雪子たちに任せて」
「やはり金メダルが欲しかったよね」
と隣から川南が言う。
「大会のもだし、学校のもね」
と睦子。
N高校の敢闘賞はブロンズ色で学校の校章の形をしており、殊勲賞は銀色で、旭岳をイメージした山の形のデザインである。この上に金色で女神の姿が刻まれたN高校名誉賞というのもあるのだが、過去に卒業生が5組(8人)もらっているだけで、在校生でもらった人はひとりも居ない。
するとその話を聞いていた絵津子が大胆に質問する。
「理事長さん!」
「何だね」
「全国大会でどこまで行ったら名誉賞をもらえますか?」
と絵津子。
「まあインターハイやウィンターカップ優勝とか、オリンピック出場とか」
と理事長さん。
「インターハイの2位ではダメですか?」
「うーん・・・・。優秀賞ならあげてもいいかな」
「それどんなのですか?」
「いや実は僕が先代理事長の秘書をしていた頃、何人かの理事さんと話したことがあるんだよ。過去に殊勲賞を取った人は200人近い、というか君たちでたぶん200人を突破したと思うんだけど、名誉賞はわずか5組。この中間のがあってもいいよねと話したんだよね」
と理事長さん。
「おお、ぜひ作りましょう」
と川南が言う。
「それ何色のメダルにするんですか?」
「金色にする。ただし名誉賞は金メッキに小さなダイヤまでちりばめているけど優秀賞は金色でも黄銅あたり、デザインは女神の顔にしようかとも話していたんだけどねー。名誉賞が女神の全体像だから」
「けっこう良いかも」
「君たちがインターハイかウィンターカップで準優勝になったら創設してあげるよ」
と理事長さんは言ったが
「でもどうせなら優勝を目指してよ」
と付け加えた。
翌日8月5日から9日までは午前中に夏休みの補習に出て、午後からは国体チームのバスケ練習に参加した。
補習は7月下旬からもやっていたのだが、千里はインターハイとその直前練習のため欠席していた。千里は一応高校3年生だし、国立理系コースなので、問題集などもハイレベルのものが指定されている。
他の生徒はみな半月前からかなり鍛えられていたものの、千里はここまで全く勉強していない。そして今日の補習でやる範囲も全く予習していない。
1時間目は数学で、微積分の問題だ。千里は頭を抱えた。
問題の意味自体が分からん! その頭を抱えていたところで当てられる。
「村山」
「はい」
「第5問。∫0から4の x√(x
2+9)dx は?」
そんなの分かる訳ないじゃん!だいたいこの積分記号の上下に数字が入ってるのはどういう意味さ??
「32.66です」
と千里は適当に答える。
「え?」
と言って先生は何だか暗算をしている模様。
「合ってる」
と先生が言ったのに対して
「すげー!」
という声が教室のあちこちであがる。
「合ってはいるけど、この問題は小数ではなく分数で答えるように」
32.66が正解だったの?嘘みたい。これ分数にするのなら多分・・・
「98/3(3分の98)です」
このくらいの暗算はさすがにできるぞ。
「正解。インターハイ行っててもちゃんと勉強してたんだな、感心感心」
と言うと、先生はその問題の解き方を黒板で説明し始めた。
誰かぁ、この積分記号の上下に数字が入ってるのどういう意味か教えてよぉ。と千里が心の中で叫ぶと
『千里、進研ゼミの高2の数学あたりから勉強しなおしたら?』
と《きーちゃん》が呆れたように言った。
午前中(朝7時から12時までのたっぷり5時間)の補習が終わってから、国体の練習のためL女子高に行くのだが、蓮菜や京子たちと一緒に教室でお弁当を食べてから(蓮菜たちは午後は塾に行ったり図書館で勉強したりする)、初日、千里は南体育館に忘れ物があって取りに行った。するとそちらでは揚羽・リリカを中心とした20人程度の選手たちが汗を流していた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
とお互い声を掛け合ったが、千里はもうこのN高校女子バスケット部に自分は居場所が無くなってしまったんだというのを再認識して、物凄く寂しい思いにかられた。
昨日までは彼女たちの仲間だったのに・・・・。
もう自分の青春は終わってしまったのかな・・・・。そんな思いも心をよぎったが、気を取り直して、国体に向けて頑張るぞと思った。今からしばらくは自分が居る場所はその国体チームだけだ。
国体の練習は6月以来、L女子高の第2体育館(事実上バスケ部専用)で行っていた。そのため国体チームの子たちにはL女子高の門を通るためのIDカードが渡されていた。N高校もIDカードを使っているが、やはりL女子高も昨年の放火事件の後、セキュリティを強化したようである。
「ふーん。Chisato Murayama, Asahikawa N Highschool, age:17, sex:F か」
と千里のIDカードを覗いた橘花が言う。
「何か変?」
「いや、ちゃんと sex:F になってるんだなと思って」
「私、生徒手帳も女子だよ」
「そんなこと言ってたね」
「そもそも男性にはこの種のカードは発行しないらしいね」
「ああ、宇田先生は顔写真入りのカード持ってたね」
「うん。ICカードで指紋認証もされるらしい」
「きびしー」
「女子はこの通り磁気ストライプカード。将来的には生徒用のもICカードにするらしいけど、そのためには中等部も含めた全ての通用門にICカードの設備を設置しないといけないからお金が掛かるみたい」
「そうか。宇田先生は警備員さんが常駐している正門しか通過できないんだ」
「そうそう。私たちはどの門からでも出入りできるけどね」
しかし昨年はこういう練習も無しにいきなり当日呼び出されたなというのを考えると、今年は先生たちも本当に「勝つ気でいる」んだというのを感じる。
5日から9日までは基本的な練習は主としてこのチームでのコンビネーションの確認をした。またL女子高の新チームとの練習試合もした。L女子高も(溝口)麻依子や(登山)宏美などは部活引退となり、(鳥嶋)明里や(大波)布留子を中心とするチームに生まれ変わっている。但しふたりとも国体チームの方に参加しているので、この時期は(空川)美梨耶がキャプテン代行ということになっていた。
「N高組が凄く進化してる」
とR高校から唯一参加している(日枝)容子から言われる。
「私たち、N高校が関東方面に旅行している間に超進化して焦らせてやろうなんて言ってたのにね」
とM高校の橘花も言う。
「向こうで何か特訓でもしてた?」
とL女子高の(登山)宏美が訊く。
「そうだなあ。毎日315段の階段を往復したことかな」
と千里。
「うーん。旭川にはそんな長い階段は無かったかな」
とL女子高の(藤崎)矢世依は言った。
午前中の補習は続いていた。午前中に講義があるだけでなく毎日結構な宿題が出る。それは毎朝提出させられて、添削されて翌日返却される。先生たちも本当にお疲れ様である。千里は一応講義はしっかり聞き、宿題も頑張ってやっていたが、やはりここしばらく勉強などせずにバスケばかりしていたので、分からないことも多かった。
千里は英語は何とかなるし、化学はわりと好きなので結構いい線行く。数学はベクトルや連立方程式は悩むと何とかなるものの、やはり微積分がさっぱり分からなかった。また現国はその場で考えて何とかし、古文と漢文は想像力を豊かにして最後は勘で返り点を打ったりしたものの、さすがに世界史と生物は撃沈した感じであった。
「千里さあ、理科は何と何で受けるの?」
と蓮菜から訊かれる。
「うーん。化学と生物かなあ」
「千里、数学に関してはわりと勘が働くじゃん」
「うん。数学は微積分の所以外は考えれば分かるから」
「だったら物理を選んだら?」
「あんな難しいの無理〜」
「いや、物理の問題の大半は実際には数学で解けるんだよ。千里、数学の方程式が解けるんだから、絶対物理の方が生物より有利だから」
へー、そんなものかと考える。
「蓮菜は化学と物理?」
「うん。そのつもり。千里も同じ科目を選べば私も少しは教えてあげられるけど」
あ、教えてくれる人って貴重だ。
「お友達」
と言って千里は蓮菜の手を握った。
「よしよし」
「ついでに微積分教えて」
「いいけど」
「昨日の授業で当てられて焦ったんだけどさ、積分記号(∫)の上下に数字が付いてるやつ、あれどういう意味?」
「何〜!?」
蓮菜は難しい顔をして千里を見つめた。
横で京子が吹き出していた。