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同時刻に隣のコートでは、札幌選抜(大半がP高校)が室蘭選抜をダブルスコアで倒していた。向こうが少し早く試合が終わったので、玲央美たちがこちらの試合をじっと見ていたようであった。
なおこの日の午後に行われた男子の試合では旭川選抜は函館選抜に敗れてしまった。これで北岡君の高校バスケは完全に終了となった。
「お疲れ様。残念だったね」
と千里は着替えて帰ろうとしていた北岡君に声を掛けた。
「なんか不完全燃焼」
「私も不完全燃焼のまま。やはりインターハイで最後まで辿り着きたかったという気持ちがまだくすぶっているのよね」
「俺もインハイに行きたかったよ」
「ごめんね。私にしても薫にしても女子になっちゃって」
「いや、村山にしても歌子にしても、女の子なんだから女子の試合に出るべき。だって歌子なんて、あいつ男子の試合に出してたら1年の時の村山と同様のトラブルに絶対なってるよ」
「まあおっぱいがあると、ホールディングしにくいしね」
「まあホールディングは反則だけどね。でもやはり1年の時、実際に練習の時、村山とは身体の接触が発生しないようにみんな気をつけてたから、女子の方に移ってくれて、ホッとした面もあったんだよ。得点力としては村山を失った痛手はあまりにも大きすぎたけどさ」
千里はあの頃のことを思い出して何故か顔が赤くなった。あの頃は実際に自分におちんちんが付いてたんだよなあと思うと何だか変な気分だ。
「この後はどうすんの? やはり大学進学コースに移る?」
と千里は北岡君に訊いた。
「まあ短大コースにいるスポーツ部の生徒はたいてい大学進学コースに転換だろうな」
と言って北岡君は笑っている。
「あのコースはスポーツ部用の大学コースだから。先生たちは最初からそのつもりで指導しているみたいだし」
「実は札幌のS大学から勧誘されてる」
「凄いじゃん」
「あんな強い所ではレギュラー取れる自信無いけどね」
「でも強い所で揉まれたら絶対伸びるよ」
「うん。それは思っているんだよね」
「インカレに出られるように頑張ってよ」
「うん。出たいね。村山も大学に行ってインカレ狙う?」
「まだ何にも考えてない」
「まあ村山はU18もあるし、その後でゆっくり考えてもいいかもね」
「そうだね」
千里は北岡君と再度握手して送り出した。
国体予選は最終日を迎える。
決勝戦は男女ともに12:00から、江別市民体育館で2つのコートで同時進行で進められる。もちろん千里たちの相手は札幌選抜である。向こうのメンツはこのようになっていた。
PG.徳寺, 伏山 SG.横川,伊香 SF 猪瀬,北見,早生 PF.宮野,河口,大空, C.佐藤,歌枕
PGの伏山さんとSFの早生さんだけが札幌D学園で、残りの10人は札幌P高校である。キャプテンの背番号4は(佐藤)玲央美が付けている。
「向こうのメンバーで2年生は猪瀬さんと歌枕さんだけか」
と暢子がつぶやく。
「向こうも来年は180cmトリオが居なくなってしまうのが辛いだろうね」
「たぶん来年のP高校は全く違うスタイルのチームになると思う」
「まあこちらも2年生は3人しか居ないから似たようなもんだけどね」
3人というのはN高校の雪子、L女子高の鳥嶋明里・大波布留子である。M高校の石丸宮子は予備登録になっていて、会場までは帯同しているがベンチには入っていない。もし今日勝てたら国体本戦に出場する時に全国大会に出場資格が無い薫と交代することになっている。
暢子と佐藤さんで握手して試合を始める。スターティングメンバーは、
旭川 PG雪子/SG千里/SF橘花/PF暢子/C留実子
札幌 PF徳寺/SG伊香/SF早生/PF宮野/C佐藤
というメンツである。コーチは旭川は宇田HC,瑞穂ACとN高校とL女子高の監督が務め、札幌は十勝HC,狩屋ACとP高校の監督・コーチがそのまま入っている。
ティップオフは留実子と佐藤さんで争うが背丈では劣る佐藤さんが技術の差でボールを確保して徳寺さんの方にタップ。札幌が先に攻めあがった。
札幌選抜はここまでの試合では偵察していた宮子によれば「普通に道内で見せる札幌P高校」のモードで戦っていた。しかし今日の相手は全国上位レベルと見て、最初から「本気モード」であった。インターハイのQ女子高戦で見せたような高速なパス回し、無用な溜めを作らない速い攻めを多用する。
しかし実は旭川選抜は、札幌選抜が当然そういう攻めをしてくることを予測して男子に練習相手になってもらって、かなり速いスピードの試合に慣れている。それで札幌側もこの「ブーストアップ」方式だけではこちらを圧倒することができなかった。
伊香さんのスリーはなかなか強烈である。千里が佐藤さんとマッチアップしているので、伊香さんは暢子がマッチアップしているのだが、抜けないとみると即スリーを撃って、高確率で入れるので、暢子はすぐにわざと抜きたくなるような隙を作り、スリーポイントラインの内側に誘い込んでから勝負する方法に切り替えた。しかしその作戦も向こうが佐藤さんが伊香さんの肩を抱いて、相手の戦術に引っかからないよう注意したので、向こうも抜けそうであっても敢えて中に踏み込まず、遠くから撃つ方式に戻した。
こういう微妙な心理戦を経て、前半を終わった所で48対44と札幌4点のリードという接戦になっていた。点数が多めなのは、どちらも千里・伊香さんのスリーでたくさん点を取っているからである。
第3ピリオド、向こうは徳寺さん・伊香さんを休ませて伏山さん・横川さんを入れてくる。しかし佐藤さんは出ているし、こちらも千里・暢子はそのままずっと出ている。そして徳寺さんが下がっているこのピリオドがこちらとしては勝負所とみた。
伏山さんがドリブルで攻め上がってくるが、予想通り徳寺さんに比べると速度が遅い。普通の女子高生ガードの速度である。河口さんに一度パスするも、明里が厳しくチェックしているので中に入ることができない。いったん伏山さんに戻し、伏山さんは佐藤さんに回す。千里とマッチアップだが、ここで薫が猪瀬さんを放置してこちらにヘルプに来る。佐藤さんは一瞬「え?」という顔をしたものの、フリーになった猪瀬さんへパスを送ろうとする。するとそこに横川さんから離れて猪瀬さんの近くまで走り込んできた暢子がパスカット。雪子にパスして、雪子が速攻で攻め上がる。
札幌が必死になって戻るが、雪子は自分を追って走り込んできた千里に後ろ向きにボールを放ってパス。千里がきれいにスリーを決めた。
旭川側の基本的な考え方はこうである。
札幌側の中心である佐藤さんは、登録上はセンターであっても、実際にはインターハイでアシスト女王になったように「ポイント・フォワード」的である。彼女は自分で何が何でも得点するというプレイをするより、その時最も得点を挙げやすいのは誰かというのを考えて、その選手を使う。
つまり佐藤さんが事実上の攻撃の起点なので、その佐藤さんを封じることができれば、向こうの得点力はガタ落ちするはずという予想をしたのである。
「元から絶つ」作戦である。
そのため、佐藤さんにはできるだけ2人で付くことにした。そうすると誰かをフリーにしてしまうので、素早くディフェンスポジションを交代することによって、数秒以上誰かがフリーになる事態は避けるようにしたのである。P高校の強い選手に対抗できるほどの粒よりの選手がそろっている国体代表だからこそできる戦術だが、このコンビネーションの練習にけっこう時間を取っていた。
また、これは凄まじい運動量が必要なので最初から40分間は続けられない。それで後半に仕掛けようということにしていたのであった。
佐藤さんが実質的にダブルチームを受けているので、普通なら誰かがフリーになりそうなのに、旭川の巧みな作戦で実際には誰もフリーになれない。まるで分身の術でもやられているような感じである。この戦術を宇田先生は
「5/4(4分の5)分身の術」
と呼んだ。4人が素早く動くことで佐藤さんにダブルチームしているのに4人をマークし続けるのである。
この旭川の戦術が成功して、このピリオドで旭川は逆転に成功。60対64と逆に4点リードを取るに至る。さすがの佐藤さんも、千里と薫、薫と暢子、暢子と明里のようにレベルの高いプレイヤー2人に付かれると、どうにもならない感じであった。そして佐藤さんが働けないと、予想通り札幌選抜の得点力は著しく低下したのであった。
「さて向こうはどう出ると思う?」
と最後のインターバルで宇田先生は訊いた。
「並みの監督なら、佐藤さんを替えるか、佐藤さんにはフォワードに徹しろと言って、徳寺さんと横川さんを起点とする攻撃パターンに切り替えさせるでしょうね」
と暢子。
「十勝さんなら?」
「佐藤さんと心中です」
「僕もそう指示するよ」
「ですから宇田先生も並みではありません」
「そこ、お世辞言っても何も出ないよ」
こちらは雪子・暢子が消耗しているので、最後は矢世依/千里/橘花/麻依子/容子というメンツで出て行く。向こうは徳寺/伊香/宮野/河口/佐藤という超攻撃的布陣である。
こちらは佐藤さんに常に誰か2人付いている状態で、千里・橘花・麻依子・容子の4人で、伊香・宮野・河口・佐藤の4人をマークするという「5/4分身」を掛ける。しかし向こうも対抗策を考えたようである。
佐藤さんのそばに宮野さんまたは河口さんのどちらかが付くようにした。これでこの付近の局所戦を1対2ではなく、2対3にしてしまうのである。1対2でやるよりはずいぶん分(ぶ)のある戦いである。
この作戦が成功して、向こうは第3ピリオドよりは得点力を上げることができた。加えて伊香さんにボールが行くと、高確率でスリーを放り込む。それで第4ピリオド前半を過ぎたところで70対73と、点差はわずかながら縮む。
また第3ピリオドでこの分身作戦を始めた時は、マークを切り替えるタイミングや次に誰が抜けた所に入るかというのをランダムになるように気をつけていたのだが、さすがに長時間戦っていると疲れてきてタイミングや移動パターンがどうしても画一的になる。そうなると、佐藤さんは味方の誰のマークがいつ一瞬外れるかというのを予測して、そこにパスを供給するという方法を取り出した。
そうなると『分身の術』は破られてしまい、フリーの相手にボールが渡ってそうなると確実に点を取られてしまう。更にこの方法の最大の欠点は様々な組合せのマッチアップが生じるので、どうしてもミスマッチな組合せができてしまうことである。それで残り1分の所でとうとう、伊香さんのスリーが決まって点数は81対80と再逆転されてしまった。
旭川選抜が攻め上がる。
矢世依から千里にパスが来る。向こうは小細工無しで佐藤さんが千里にピタリと付く。千里は佐藤さんの右側に一瞬隙が出来たのを見てそのまま右側に突っ込んだ。普通なら、佐藤さんのレベルの選手に隙ができる訳がないのであって、それは絶対に罠である。しかし佐藤さんが相手にしているのは千里である。それで罠と思わせて左に突っ込んで行くことを予測してそちらに本当に警戒しているであろうと千里は判断し、敢えて右に突っ込んだのである。
(こういう心理戦は深く考えるとだんだん訳が分からなくなる)
それで美事に佐藤さんを抜いて千里はスリーポイントラインのすぐそばまで来ることができた。
しかし!佐藤さんはまた目の前に居る。
佐藤さんって、みんな言ってるけどマジでひとり分身しているよなあと千里は思う。物凄く軽いフットワークがこの彼女の異様に素早い動きを支えている。エンデバーやU18の合宿で一緒にお風呂に入った時に見た佐藤さんの裸体は太股が凄く太かった。その筋肉がこの動きの源だ。彼女はどういう鍛錬でここまで身体を作り上げたのだろうと千里は興味を感じた。
佐藤さんは千里にスリーを撃たせないように手を高く上げて近接ガードしている。しかし千里は敢えてスリーを撃つ体勢に入る。佐藤さんがブロックしようとして千里の身体の動きを見てシュートのタイミングを見計らう。
腰を落として身体を勢いよく伸ばす。
佐藤さんがジャンプする。
しかし千里は指先だけでボールをコントロールして、《アイコンタクト》ならぬ《雰囲気コンタクト》によって中に飛び込んで来てくれた麻依子にバウンドパスを供給した。
佐藤さんがそれでも瞬時に手を下に下げて停めようとしたものの、ボールは一瞬速くその手の下をかいくぐって麻依子の所に到達した。さすがの佐藤さんもジャンプ中には移動できない。
彼女が振り返り、また向こうから河口さんがフォローに来る前に麻依子はきれいにボールをゴールに放り込んだ。81対82と逆転! 残り42秒。
向こうが攻めて来る。こちらは最後の力を振り絞って「分身ディフェンス」をする。向こうは苦しみながらも何とか伊香さんにパスを供給する。近くに居た橘花がチェックに行くが伊香さんは橘花を避けるようにして2歩遠ざかり、その2歩目でジャンプしながら空中でシュートを放った。
入って3点、84対82。
と思ったのだが、審判はツーポイントのサインをしている。
「え〜!?」
という声があちこちからあがる。
「済みません。今のは3点ではないのですか?」
と札幌の宮野さんが、スマイルスマイルしながら審判に尋ねる。
ここで厳しい表情で詰問するように審判に話しかけたらテクニカルファウルを取られるので、ぐっとこらえてスマイルである。
「ジャンプした時に、わずかながら足がスリーポイントラインの端を踏んでいた。よってツーポイント」
と審判は説明した。
スリーポイントラインはそのラインの外側がスリーポイントエリアなので線を踏んでしまうと、外側に居るとは認められず通常の2点になってしまうのである。橘花に追われてうっかり踏んでしまったのだろう。伊香さんは「あちゃー」といった感じの顔をしている。本人も踏んでしまったことには気付いたのであろうが審判が見落としてくれることを祈っていたのかも知れない。しかし、審判はこういう所はしっかり見ているものである。