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■女の子たちの新生活(6)

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「え?もう3枚目のCDの制作するの?」
 
4月25日(金)。美空が突然旭川に来たと聞いて、千里と蓮菜は、美空の従姉である鮎奈と一緒に、授業が終わった後、美空のお父さんの家に押しかけて行った。
 
「連休中は歌手なんて忙しいのかと思った」
と言うが
「売れてる歌手はそうだろうね〜」
などと美空は言う。
 
「うちは結構暇だよ。1枚目のCDが4.5万枚くらいしか売れなくて2枚目はこの水曜日に発売したけど初動は1万枚程度だし。レコード会社からも見捨てられ掛けている感じがする」
 
「2枚目は私も聴いたけど、曲が難しすぎると思う。アイドルを聴く層には理解困難なんだよね」
と蓮菜は言う。
 
「ごめんねー。あれKARIONが歌うとは知らなかったからさ。もう少し大人の歌手が歌うのかと思って、本格的な歌にしちゃったんだよ」
と千里が言うと
 
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「何の曲の話?」
と言われるので
「『風の色』」
と千里が答えると
「あれ、千里が書いたの〜?」
と言われる。
 
「木ノ下大吉名義の作品は実際にはみんな誰か他の人が書いたものだよ。木ノ下先生はもう実際問題として曲を書けない状態にある。ここだけの話ね」
と千里は言った。
 
「『丘の向こう』も、元々は千里が鴨乃清見名義で書いた大西典香の『カタルシス』だしね」
と蓮菜。
 
「じゃ3曲中2曲が千里ちゃんの作品だったのか」
と月夜。
「だったら売れないはずだ」
と鮎奈が言うので、さすがに千里もムッとする。
 
「だけど発売直後の連休じゃん。全国キャンペーンとかしないの?」
と蓮菜が訊く。
「5月3日から6日まで全国キャンペーンするよ。連休の前半はお休み。それでお父さんとこに来たんだよ」
と美空。
 
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「テレビに出るとかは?」
「売れてない歌手をテレビは相手にしてくれないし」
「うーん・・・」
 
「それで2枚目の初動が悪かったんで即3枚目作ろうと」
「なるほど」
「今回、だから少し方向転換しようということになったんだよ」
「へー」
 
「ゆき先生と木ノ下先生のペアの曲はKARIONの看板だから動かせないけど、アイドル歌謡っぽいものでお願いしますと依頼した」
「ふむふむ」
 
「それから、ゆき先生の詩に、ボーラスとか線光花火とかに曲を提供している本坂伸輔さんに曲を付けてもらったのがひとつ」
 
この《線光花火》というのはe&aとしても後に活動する《線香花火》とは別のユニットで、女の子3人からなるアイドルである。後にローズ+リリーの『ピンク色のクリスマス』をカバーしてヒットさせている。
 
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「ああ、本坂さんの曲は耳に馴染みやすいよね」
と鮎奈は言うが
「私は嫌いだ」
と月夜。
「お姉さんはどのあたりが嫌いなんですか」
「だって、あの人の曲は全部同じに聞こえる」
「ああ」
「そういう作曲家ってしばしば居ますね」
 
「あとひとつは、KARIONのライブでいつもアンコールに演奏している『Crystal Tunes』を書いたソングライトペアの『Diamond Dust』という曲」
と美空が言う。
 
「『Crystal Tunes』はきれいな曲だね」
と月夜。
 
「なんか少女A作詞・少女B作曲とクレジットしてるよね、ライブのプログラムじゃ」
と鮎奈。
 
「和泉ちゃんのおともだちらしいよ、あれ書いたの」
「へー。じゃ、美空ちゃんたちと同年代の子?」
 
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「ここだけの話だけどさ」
と美空。
「うん」
「あれ実は和泉と蘭子が書いたものだと思う」
「ほほぉ!」
 
「あの子たち曲を書くんだ?」
「和泉ちゃんは詩人だよ。和泉ちゃんのお友達の男の娘さんから学校の文集を見せてもらったことあるけど、すごくきれいな詩を書いてた」
 
「ちょっと待て」
「男の娘って、和泉ちゃん女子高でしょ?」
「中学の時にコーラス部で同じだったんだって」
「ほほぉ!」
「ライブの伴奏してもらったことあるんだよ。ピアノがすっごく巧い」
「へー」
 
「蘭子は、いつも五線紙持ち歩いていて、よく何か書き込んでいるから作曲するのは間違いない」
「ふむふむ」
「でも高校生が書いたにしては良い曲だね」
と月夜は感心するように言った。
 
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この年の連休は、26-27が土日の後、28日が平日、29日が祝日、30-2日が平日、3-6日が連休という何とも休みにくい配置になっていた。しかしN高校は休みの真ん中に唐突に授業をしても効率が悪いとして28日は臨時休校にしてくれた。その結果26-29日が4連休になったのだが、N高女子バスケ部はこの4連休に合宿を行った。
 
場所は札幌近郊の宿泊施設付きトレーニングセンターである。実は札幌B高校の男子が合宿するのに確保していたらしいのだが、B高校は東京方面での合宿に切替えたため浮いてしまった。そのままだと結構なキャンセル料を払わないといけない所をちょうどその話を聞いた宇田先生が、交渉してこちらに譲ってもらったのであった。
 
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施設の収容能力の問題から女子のみの合宿で、男子は別途旭川近郊の鷹栖町で合宿をする。
 
さて薫はもう完全に女子に移行してしまったので当然女子の方に参加だが、昭ちゃんについては本人に希望を訊いた。
 
「ボク、男の子たちと同じ部屋には泊まりたくないから、できたら女子の方に参加させてください」
 
と言うので、女子の方に連れていくことにした。北岡君が渋い顔をしていた。しかし実際、男子の方の合宿は、川守先生・北田コーチの他、男子部員ばかりだから、確かにもう完全に女性指向になってしまった昭ちゃんには身の置き場が無いであろう。昭ちゃんは2月の新人戦でも男子チームに出ているのに女子の控室を使っていた。N高校女子の時間帯とは必ずしも同期しなかったのだが、顔見知りのL女子高やZ高校の女子部員たちに「おいでおいで」と言われて、一緒に着替え、随分「可愛がられて」いたようである。
 
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ところで、実は今回の合宿は新入生のふるい落としも兼ねていた。新入早々厳しい合宿を実施して、こういうのには付いていけないと思う子には今の段階で辞めてもらった方がいいという「裏の親心」がある。そのため、男女ともこの合宿は「肉体はハードに鍛え、心は優しくケア」という合宿になった。
 
女子は初日合宿所に着いたらいきなりロードを15kmのジョギングである。その後28m走を100本、2人組になってパス走50本、レイアップシュート100本、フリースロー100本と続く。かえって2年の聖夜などが「先輩、今回の合宿はハードですね」などと言って、息絶え絶えになっていた。
 

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例によって食事はタンパク質たっぷりである。初日のお昼は石狩鍋、夕食は鶏の唐揚げで、食べ放題である。
 
ハードなメニューで音を上げる新入生が居るだろうと思っていたのだが、全く居ないどころか、みんな楽しそうにしている。
 
「みんな、辛くなかった?」
と人当たりの柔らかい夏恋が新入生に声を掛ける。
 
「全国まで行く部とか、シゴキみたいなのあるのではとちょっと恐れていた面もあったんですけど、そんなの全然無いみたいだし、御飯は美味しいし、これ素敵です」
「体重は増えるかも知れないけど」
「ああ、みんな贅肉は落ちるよ」
「あれ?そうですか?」
「その代わり筋肉が発達する」
「むむ」
「でも今の時代、強い女もいいですよね」
「そうそう。最近、日本の男は弱いから女が強くならなくちゃ」
「男の娘の増殖もそのあたり関係あるかもね」
 
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「宇田先生が高校大学時代に入ってた所ではけっこういじめみたいなのあったらしいよ。シュート失敗したら先輩から袋だたきにされたり、ボールを相手に盗られたりしたら土下座させられて火の点いたタバコを押しつけられたり。言葉の恫喝も凄かったらしいね。『いてこましたろか』とかよく言われてたって」
と夏恋にくっついてきている睦子が語る。
 
「やだあ、そういうの」
「やくざ映画の世界みたい」
 
「それを経験してるから絶対に、そういうのはしないようにしようというので、身体を壊すような無茶な練習とかはしないし、身体のメンテには気をつけて、いじめ・しごきが発生しないように風通しのいい部活動を目指してるんだよね」
と夏恋。
 
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「ああ、いいですね」
「部長に言いにくいこととか私や睦子とか敦子あたりに言ってもいいし、南野コーチに言ってもいいし」
「南野コーチ、キャプテンより厳しそうです!」
「あはは」
 
「そうそう。言い忘れたけど、各自辛いと思ったら適宜自分で練習量は調整してね」
と夏恋は言っておく。
 
「調整してよかったんですか?」
「だってみんな体力は違うんだから、自分の体力に合わせた練習しなくちゃ。ロードも15kmが辛いと思ったら途中で帰って来て10kmにしたりとか、逆にもっとたくさん走りたい人は2往復して30km走ってもいいし」
「30kmは無茶です!」
「でも私、明日から10kmに短縮しよう」
「うんうん、それでいいよ」
と夏恋は優しく新入生たちに言った。
「ただしせめて半分くらいはしようね」
「15kmを5kmに短縮はダメですか?」
「それじゃトレーニングにならないもん。8kmは頑張ろう」
「頑張ってみます!」
 
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合宿の2日目。その日千里はなぜか体調が悪かったので午後の練習を休ませてもらって宿舎で休んでいた。するとそこに電話が掛かってきた。
 
「あんにゃろ。ふざけやがって。いてこましたろか」
 
電話の向こうの雨宮先生が激怒しているようなので
 
「何かお気に召さないことがありましたでしょうか。責任を取って私、先生の弟子を辞めますね」
と千里か言ったら
 
「いや、あんたは一生、私のために働いてもらわなくちゃ」
などと言う。
 
「いったい何があったんです?」
「あすか・あおいが他の事務所からデュオとしてデビューするんだよ」
「AYAをやめた2人ですか?」
 
「テスレコというユニット。4月29日デビュー」
 
「4月29日?明後日ですか!?どういうことです」
「つまり音源製作はどんなに遅くとも4月上旬には終わっていたはず」
「それAYAを辞める前に作業してますよね。契約違反なのでは?」
「向こうの事務所はあくまでもAYAを辞めた後で製作したと言っている」
「あり得ないです」
「だろ?」
 
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「じゃ明後日は、ゆみだけのAYAと、あすか・あおいのステレコでしたっけ?その両方のCDが店頭に並ぶんですか?」
「そうなる」
「ちょっとひどいですね」
 
「日付を揃えたというのは絶対内部にスパイが居る。見付けたらタダじゃおかん」
「警察に捕まるようなことはしないでくださいよ」
「あんた、やくざの知り合い居ない?」
「残念ながら居ません」
 
天津子はその方面のコネもあるみたいだけどね、と千里は考えていた。そう言えば天津子は金曜日にわざわざ学校まで千里を訪問して「ちょっと貸してくださいね」と言ったが、何を貸してと言われたんだっけ?どうも記憶があやふやだ。
 
「H出版社・$$アーツ・★★レコード、三者は都合によりあすか・あおいが活動辞退したので、ゆみだけにして新生AYAをデビューさせると発表した。かなりの騒動になったが、何とか落ち着き始めた。ところがそこにあすか・あおいのテスレコがデビューというニュースが駆け巡って、ネットは騒然としている。H出版社・$$アーツ・★★レコードも面目丸つぶれで、H出版社の辛島社長もロイヤル高島さんの奥さんも激怒している。辛島社長は巨額損害賠償訴訟を起こすと言っている」
 
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「それで雨宮先生も激怒なさってるんですね」
「当たり前じゃん!あんたが私の立場なら怒るでしょ?」
「のろってやりたいくらいですね」
「取り敢えずわら人形に釘打ち付けといたよ、私は」
 
この先生も本気と冗談の境界がよく分からないなと思う。でも千里としても少なからず関わったユニットのことだけに今回の事件はかなり不愉快だ。
 

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「まあでもAYAの件は後は上島がするだろうし、私の手を離れたからさ。私は別口に賭けてみることにするよ」
 
「何か面白そうな素材があるんですか?」
「うん。ちょっと面白い子がいるんだよね。これはソロ歌手なんだけど」
「へー」
「高校生なんだけど今はスタジオ歌手みたいなのしてるのよ。でもそんなんでスタッフとかしてるのはもったいないと思うのよね。だからデビューさせてあげようと思って今一緒に音源製作してるのよ」
 
この時期、冬子は自分としてはKARIONを辞めたつもりでいたようである(そもそも契約をしていないし)。それで雨宮先生の話に乗って別途ソロデビューを目指そうとしたのだろうと千里は解釈している。ちなみに美空は、冬子が性転換手術明けなので体力が足りず、限定的なKARION参加になっているのだろうと解釈していたようである。千里は実際問題として冬子はやはり2008年1月に性転換したのではと疑っている。
 
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「へー。先生が気に入ったのなら楽しみですね。スタジオ歌手してるんなら巧いんでしょ?」
「巧い。むしろ巧すぎて面白くない」
「クラシック系の素養を積んでいる子ですか?」
 
「ヴァイオリンが無茶苦茶うまい」
「へー」
「あんたのヴァイオリンとは、月とすっぽんだね」
「その子がすっぽんですか?」
「千里がすっぽんに決まってるじゃん!」
「あははは」
 
雨宮先生も千里と話している内に少しは気が晴れてきたようだ。もっとも多分千里に電話する前に、新島さんや毛利さんや鮎川さんにも散々グチを言っていたであろう。
 
「そうだ。今できてる音源送るからあとでいいから感想聞かせてよ」
「いいですよ」
 
いつもエネルギッシュな雨宮先生と話したせいか千里も少し元気が出てきた気がしたので、顔を洗って体育館の方に出て行く。音源は合宿が終わった後、聴かせてもらおうと思った。
 
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しかし実際に千里がこの冬子が吹き込んだ『花園の君/あなたがいない部屋』を聴くのは5月中旬すぎになってしまった。この時期の千里は忙しすぎたのである。
 

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女の子たちの新生活(6)

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