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(C)Eriko Kawaguchi 2015-01-17
「この人が細川さんの彼女かあ。ちょっとかなわないよ」
とその子は言って、オールジャパン特設サイトに掲示されていた表彰式での千里の写真を閉じた。
昨日偶然カフェで会った「貴司のファン」と称する女性から教えてもらったのである。
2008年4月22日。
今年の11月に行われるU18アジア選手権に出場する日本代表の「候補」が発表された。バスケ協会のニュースリリースを見ると次のような名前が並んでいた。
PG.入野朋美(愛知J学園大学 159cm)
PG.鶴田早苗(山形Y実業 164cm)
SG.村山千里(旭川N高校 168cm)
SG.中折渚紗(秋田N高校 165cm)
SF.前田彰恵(岐阜F女子高 169cm)
SF.竹宮星乃(東京T高校 167cm)
SF.大秋メイ(愛知J学園 174cm)
PF.佐藤玲央美(札幌P高校 181cm)
PF.鞠原江美子(愛媛Q女子高 166cm)
PF.大野百合絵(岐阜F女子高 174cm)
PF.橋田桂華(福岡C学園 172cm)
C.森下誠美(東京T高校 184cm)
C.中丸華香(愛知J学園 182cm)
C.熊野サクラ(福岡C学園 180cm)
C.富田路子(大阪E女学院 181cm)
凄いメンツだと千里は思った。ほとんどが各々のチームを牽引しているような選手ばかりである。大秋さんはJ学園で花園さんたちが抜けた後のキャプテンに任命されている。J学園はやはり花園さんたちの学年が強烈だったと思うが、その強烈な3年生たちに混じってしかも競争の激しいフォワードというポジションで2年生なのにスターターになっていたのが凄い。
15名挙げられているが、最終的な代表選手は12名だからここから3名落とされることになる。おそらくは選手権直前の体調なども考慮されるのだろうが、ここまで来たら落とされる側にはなりたくない気分だ。
J学園・F女子校・C学園・T高校は2名ずつ入っている。それ以外の高校生が6校6名と、大学生1名という構成である。
P高校の佐藤さんは長身ということもあり、通常はだいたいセンターとして登録されているのだが、この代表候補の一覧ではパワーフォワード登録になっている。彼女はひじょうに器用な選手なので、確かに性格的にはセンターよりはフォワードなのである(本当はスモールフォワードでもいい気がする)。今回センターに選ばれている4人の中で千里が知っている森下・熊野・中丸は外人選手にも負けないだろうと思うほどのパワーと要領の良さを持っている。たぶんこの人選は「外人選手との戦いで勝てるか」というのがポイントになっているのだろう。
ひとり千里が知らない名前があったので確認したら大阪E女学院の富田さんというのは高校1年生らしい。つまり先日のエンデバーの時点ではまだ中学生でU16で招集されていたようだ。卓越した才能を持っているということで同じE女学院高校3年生の河原さんを差し置いてU18のメンバーに組み込まれたのだろう。
コーチは3年前までW大学女子バスケ部の監督を務めていた篠原さん。アシスタントコーチとして、札幌P高校の高田コーチ、愛知J学園の片平コーチの名前が挙がっていた。
「あれ発表されている順番が順不同とは書いてあったけど、大いに意味があるよね」
と放課後に千里が福岡C学園の橋田さんと電話で話した時、彼女はそう語った。
「順番?」
「配列を見たらどう見ても、各ポジションごとの実力順だもん。入野さんは高校三冠を取ったチームの司令塔、千里はスリーポイント女王、前田さんはアシスト女王、森下さんと中丸さんはリバウンド女王。佐藤さんはまだ賞は取ってないけど、10月の北海道遠征の時に凄い人がいると思って、先日のエンデバーであらためて見てて、この人すげーと思った。あの人は格が違う。今すぐA代表でもいけると思う」
千里は話しながらメンバー表をプリントしたものを見る。
「そういえば確かに先頭は凄い人ばかりかも」
「3人落とされるわけでしょ?でもポイントガードとシューティングガードは2名ずつしか呼ばれていない。こういう専門職は絶対に交代要員が必要だから、これ以上は落とされないと思うんだ」
「確かにポイントガードは他のポジションの人には代行困難だよね」
「シューティングガードは、天才たちのポジションだしね。花園さんがU18を卒業してしまった今、千里と中折さんはこの世代では突出したシューター。特に外国チームと戦う時にシューターは超重要だから、この2人は落とせない」
「うーん。私なんかが入ってていいのかなあ」
「先日のエンデバーに来ていたので、他にシューターと言ったら、うちの朋代とか、F女子高の左石さんとかだけど、千里や中折さんと比べたら精度が比較にならないもん。普通はスリーってギャンブルなんだけど、千里たちのレベルは妨害されない限り確実に入るからね」
「フリーだったら入るでしょ?」
「千里たちはそうだろうね。まあ、それで結局落とされるのはSF,PF,Cの最後の1行に書かれているメンツだと思うのよ」
千里は表を再度見る。あらら。
「だから、SFでは大秋さん、PFでは私、Cでは富田さんが落とされる候補なのではないかと。そもそもJ学園は入野さん入れると3人入っていることになってバランス的に大秋さんは落とされやすい」
でも大秋さんにしても桂華にしても全国トップクラスの高校チームの主将なのにと千里は思う。
「うーん。桂華、レオちゃんを倒してU18のスターターを狙いなよ」
「さすがに佐藤さんには勝てん!」
と橋田さんは言った。
その前日21日の夜。
「寂しいよぉ、寂しいよぉ、遊んでよぉ」
貴司は千里に電話してくるなり言った。
「私昨夜徹夜してるから今夜は寝る。おやすみ」
と千里は、にべもない。
「30分でいいから付き合ってよぉ」
「彼女作りなよ」
「実はデートに誘ったけど振られた」
「私その振られた子の代わりなのね?」
「違うよ。ほんとは千里とデートしたい」
「ああ、私の代わりを求めて振られたのか」
後ろで《きーちゃん》が忍び笑いしている。この子たち何かした?
「そうだ。睾丸取っちゃったら性欲が無くなって平気になるかも」
「やだ、それ。千里と会った時にセックスできないじゃん」
まあ私も貴司とのセックスは気持ちいいしな。
「しょうがないなあ。おしゃべりくらいしてもいいけど途中で寝たらごめんね」
「うん、それでいい」
結局2人は1時間ほどおしゃべりし、最後の方は少しHな会話も交わした。
4月23日(水)。千里は部活を6時前にあがらせてもらい女子制服に着替えて旭川駅に行った。留萌から出てきた玲羅と落ち合う。
「こうして見てると、ほんと女子高生にしか見えないなあ、お姉ちゃん」
「私、女子高生だもん」
「もう男子制服は着ないの?」
「うん。全然着てない。去年の春まではたまに着てたんだけどね。夏以降は全く着てない。インターハイにも女子制服しか持っていかなかったし」
そのまま一緒に大きなスポーツ用品店に行き、店員さんの説明を聞きながらまずはYonexのラケットとガットを選び、ガットは店員さんに張ってもらう。それからasicsのシューズでオールコート用を色違いで2つ(室内用・室外用)、オムニコート用を1つ買った。
全部で6万円した!
その他、ユニフォーム代と今回の留萌からの往復交通費で4万円渡しておいた。
「ありがとう。余ったら返すね」
「いいよ。お小遣いにしときなよ」
「じゃ、遠慮無く」
叔母に電話して迎えに来てもらい、アパートに戻る。今日はもう留萌に帰る汽車もバスも無いので、今夜はここに泊まって明日朝5時の汽車で戻る予定である。
「私が連休はまた合宿だから、平日に出てきてもらったんだよね」
と夕食を一緒に食べながら話す。
「千里、去年の秋頃から大会とか合宿とか、凄いね」
「うん。おかげで神社のほうのバイトが全然できてない状態。まあどうしてもという時は呼び出されているけどね」
「お姉ちゃん、他にも何かあちこち旅行しているみたい」
「唐突に呼び出されるんだよねー。京都、伊勢、宮崎と行ったかな」
「何のバイトなの?」
「なんか楽譜をずっといじってるよね」
「そうそう。楽曲のとりまとめ作業。夜中に電話掛かってきて、朝までに頼むとか、そんなんが多いけど、けっこう実入りが多いし効率もいいんだよね」
「へー、凄いね」
「一昨日は市内だったけど徹夜で作業したね」
「そうなんだよ。CDを発売しないといけない直前に変更の必要が生じたってんで、緊急に呼び出されたんだよ」
「たいへんそー」
「音楽理論関係の本も随分買ってるよね」
と美輪子が言う。
「うん。やはり和声法・対位法・和音やリズムの理論、たくさん読んでるよ」
「楽器の入門書も多い」
「やはりそれぞれの楽器の特性を理解してないと編曲はできないもん」
「忙しいのによく頑張るね」
「ああいう理論書は移動中によく読んでるんだよ」
「なるほどねー」
まあ、実は冬の出羽山の山駆けをしながら読んでるんだけどね。今年は年内に21日、年明けてから49日歩いて、ここまで70日である。実は3月は層雲峡合宿や阿寒カップの開催中も夜中は山駆けをしていたので大変だった。このあと、5月から6月に掛けて、道予選の前にあと30日歩いて100日満行にする予定である。
夕食が終わった後は、玲羅が宿賃代わりに食器の片付けくらいするねというので任せて千里は部屋に入り、学校の勉強をする。一応千里は高校生である!
でも花園さんは高校3年間、勉強なんてほとんどしなかったと言ってたなあ。彼女はもうプロになってしまった。やはりプロに行く覚悟の人はそのくらいやるのかもなどと思い、千里は自分は大して才能があるわけでもないし、プロとかにはなれないだろうしな、などと考えていた。
22時頃、玲羅が部屋に入ってくる。
「お風呂ももらっちゃったー。お姉ちゃんお風呂は?」
「後で入るよ。布団敷いておいたから、その入口側のに寝て。私、もう少し勉強してるから」
と千里は言う。
すると玲羅はいきなり千里に後ろから抱きつくと、手を伸ばして、お股を触った。
「ちょっと何するの!?」
千里は玲羅の手を振りのけて言う。
「やはりおちんちん無い。今の感触、割れ目ちゃんだ」
と玲羅。
「私、女の子だもん。おちんちんがあったら大変だし、割れ目ちゃんが無かったらおしっこするのにも、生理が出てくるのにも困るじゃん」
「そうだね。ちょっと安心した」
と玲羅は微笑んで言った。
玲羅は千里の机の上に広げられているものを見る。
「すごーい! なんか化学(ばけがく)の記号が並んでいる」
「有機化学だよ。面白いよ。化学の中でもいちばん楽しい分野だと思う」
「私はHとかNとか並んでるの見るだけで頭が痛くなる」
「玲羅、今日宿題とかは無かったの?」
「うーん。宿題かあ」
「あるのならしなよ。そちらのテーブルのキーボードどければ勉強道具広げられるよ」
「仕方ない。するか」
「宿題くらいはちゃんとした方がいい」
「はーい」
それで一応玲羅も少し勉強しているようである。
「これお布団、この部屋にいつも2つあるの」
「まあね」
「どちらが姉貴の?」
「その入口側の。窓側はいつも貴司が寝ている」
「なるほどー。彼氏の布団に姉貴が寝て、ふだん自分が寝ている布団に私が寝るのね」
「それが無難でしょ?」
「うん、それでいい。私、寝ちゃおう!」
「うん、お休み」
それで玲羅は布団に入ったが、何だか携帯をいじっている。高校生になったので買ってもらったようである。
「でも姉貴が女の子になったおかげで、同じ部屋でも緊張せずに寝れるなあ」
と玲羅。
「男女だと、兄妹でも高校生にもなったら同じ部屋という訳にはいかないよね」
と千里。
「ねえ、タンスの中身見ていい?」
「寝なよー」
と言ったものの玲羅は千里のタンスを開けて中を見ている。
「全部女物だね」
「男物の服は全然持ってないよ」
「ほんとに女の子になっちゃったんだなあ。留萌に居た頃はまだ少し男物もあったのに」
「置いてただけで着てなかったけどね」
「なるほどねー」
玲羅は結局12時すぎまで携帯で誰かとメールのやりとりをしながら千里とおしゃべりしていた。千里は玲羅が寝るまで化学、それから数学の勉強をした後、頼まれていた楽曲の調整作業をして、2時頃寝た。
朝は千里は寝ていなさいと美輪子から言われていたので、遠慮無く寝せておいてもらい、美輪子が朝5時前に玲羅を起こして駅まで車で送っていってくれた。(学校に間に合うように帰るには朝5:20の特急で深川まで行き留萌本線に乗換える必要がある)