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■女の子たちの新生活(2)

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千里は父の機嫌が良い内に、パスポート申請書類の法定代理人欄に署名をしてもらった。
 
「まだ書類全体書いてないな」
「うん。用紙もらったままこちらに来たから。旭川に戻ってからちゃんと書いて提出するよ」
 
「でもパスポートなんか取ってどうすんの?お前んとこ、修学旅行海外とかに行くのか?」
「修学旅行は1年生の内に終わっちゃったよ。京都・東京だったけどね。バスケで海外遠征とかがあるんだよ」
 
「そりゃまた大変だな。でもそれ金が掛かるんじゃないの?」
「バスケ協会の公式の合宿とかだから、お金は全部協会から出るんだよね」
「へー。お金出してもらえるならいいな。俺も一度海外旅行とかしてみたいけど」
「お父ちゃんどこに行きたいの?」
「そうだなあ。アメリカがいいかな」
「へー」
「パリの町並みを歩いて向こうのハンバーガーとか食べてみたい」
「お父ちゃん、パリはフランスだよ」
 
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その日は父はほんとに機嫌が良いようで、日本酒を2合ほど飲んで、そのまま眠ってしまった(千里の父はけっこうお酒に弱い)。千里たちは父を居間に寝かせておいて、代わる代わるお風呂に入る。
 
母がお風呂に入っていた時、玲羅が千里の胸に触る。
 
「前より大きくなっている気がする。お姉ちゃん、下の方はまだ手術してないの?」
「実はまだしてない」
「だってお姉ちゃん、女子選手なんでしょ?それって手術済みでないと認められないよね?」
「その件、お母ちゃんには内緒ね。話がややこしくなるから」
「じゃ、まだ身体は男なのに女子の試合に出てるの?」
「ひとつだけ誓って言う。私はその手の不正は一切してないよ」
 
玲羅は納得するように頷いていた。
 
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「そうだ。私の入学金とか授業料とかたぶん、お姉ちゃんが出してくれたんだよね?お母ちゃん、曖昧な言い方してたけど、借金した訳じゃ無いみたいだし」
 
「その件は今は玲羅は考えなくていいから、しっかり勉強しなよ」
「うん」
「ここんちの借金って増えてない?」
「今のところ現状維持っぽい。増えてはいないみたいだけど、やはり毎月の利子が大きいみたい」
「一度破産した方が良かったと思うんだけどねぇ」
「破産すると親戚に迷惑がかかるとお母ちゃん言ってた」
「保証人になってもらってるのか」
「どうもそういう感じ」
 
「とにかく学資のことは心配しないで玲羅は勉強頑張って」
「うん、分かった。そうだ、私部活もしていい?」
「卓球だっけ?」
「ソフトテニス部に入っちゃったんだ、実は」
「お前ラケット持ってるの?」
「それがお母ちゃん、買うお金無いみたいで。今のところは友達のラケット借りて練習してるんだけどね」
「玲羅、一度旭川に出ておいでよ。どうせなら旭川のスポーツショップで選ぶといい」
「シューズも買っていい?」
「室内用と室外用がいるよね?」
「室外用も実は5種類あるんだよね」
「そんなにあるの!?」
「でもオールコート用とオムニ&クレイ用の2種類でだいたい何とかなると言われた」
「3種類くらいなら買ってあげるよ」
「あと、ユニフォーム代が必要なんだけど。ウィンドブレーカーとかも」
「出してあげるよ」
と千里は苦笑しながら言った。
 
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母はお風呂から上がった後で
 
「そうだ、お父ちゃんが寝ている内に」
と言って、千里に女子制服を着るように言い、玲羅にも新しい高校の制服を着せて、姉妹が並んでいる所の写真を撮った。
 
「やはり娘が2人いると華やかだなあ」
などと母は嬉しそうに言っていた。母は都合がいい時には千里を娘扱いしてくれる。
 
父は結局そのまま熟睡していたので、放置して、母と妹と千里の3人で奥の部屋で寝た。そして朝母に駅まで送ってもらい、朝一番の列車で旭川に戻った。
 

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千里はいったんアパートに戻って申請書類を書き上げ、自分の写真をプリントして規定のサイズに切り、裏に名前を書いた。それから市役所に行って提出した。
 
「本人確認に運転免許証とかお持ちですか?」
「生徒手帳でもいいですか?」
「拝見します」
と言って千里が提示した生徒手帳を見ている。
 
係の人は、村山千里・平成3年3月3日生、性別:女、と書かれた生徒手帳を見る。それは申請書類に書かれている内容と一致している。写真を目の前に居る本人と見比べる。写真に映っているのと同じ女子制服姿で、髪の長さは少し違うものの同じ顔に見える。
 
「生徒手帳は1点だけでは本人確認にならないのですが、保険証とかお持ちですか?」
「あ、はい」
 
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それで千里は国民健康保険の保険証を見せる。
 
「ああ、国民健康保険ですか。お父さんは自営業か何か?」
「うーん。自営業になるのかなあ。会社勤めではないし」
と千里は自分でもよく分かっていないので曖昧な答えをする。
 
「ああ、いいですよ」
 
係の人は保険証に書かれている名前・生年月日・性別を見る。やはり村山千里・平成3年3月3日生、性別:女、と書かれている。
 
「ではこの生徒手帳と保険証、コピー取らせてもらっていいですか?」
「はい、どうぞ」
 
コピーを取ってきた上で、戸籍抄本とも見比べる。村山千里、平成3年3月3日生となっている。
 
「はい、OKです。だいたいできるのは2〜3週間後になると思います。ハガキが来たら、必ずご本人が受け取りに来てください。受け取る時に手数料が6000円掛かります」
 
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「分かりました。ありがとうございます」
 
千里はパスポート申請を終えて窓口を後にした。係の人は申請書類に書かれている通り、村山千里(Chisato Murayama)・平成3年3月3日生、Sex:F でデータの入力を行った。
 
そういう訳で、係の人は戸籍抄本に「続柄・長男」と書かれているのをうっかり見落としてしまったのである。生徒手帳・保険証が性別女になっているし、本人もどう見ても女にしか見えないので、この戸籍抄本だけ性別が異なっているとは夢にも思わなかったのであった。
 

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その週の週末、2008年4月19-20日にはバスケットの旭川地区大会が開かれた。これはインターハイの地区予選を兼ねたものである。この予選にN高校女子はこのような選手登録を行った。
 
PG 雪子(7) メグミ(12) SG 千里(5) 夏恋(10) SF 寿絵(9) 敦子(13) 薫(15) 絵津子(17)PF 暢子(4) 睦子(11) 川南(16) C 留実子(6) 揚羽(8) リリカ(14) 耶麻都(18)
 
4月になってやっと転校生制限が解除されたものの性別問題で6月までは地区大会までしか出られない薫を15番で登録し、17,18には新入生で即戦力の絵津子(SF.164cm)と耶麻都(C.179cm)を登録した。彼女たちには取り敢えず高校のバスケをコート上で経験してもらうのが主目的である。
 
結果的に蘭・葉月・結里・永子あたりが弾き出されてしまった形だが、彼女たちには「薫は道大会には出られないから最低1枠は空く」と言ってあげている。ボーダー組の中で川南を今回のメンバーに入れたのは、川南が年末年始の合宿以来、かなり頑張って練習に励んでいるし、先日の阿寒カップでも積極的な姿勢を見せている、その努力を買ったものである。
 
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なお今回マネージャー枠には、高校のバスケの試合を間近で見て勉強してほしいということで、PGとして育てる予定の新入生・愛実を座らせる。彼女は素質は高いのだが、経験が皆無に等しい。そもそもバスケのスコアの付け方を知らなかったので、永子に教えさせ、ビデオなど見せて実際に付けさせて永子が付けたものと見比べて誤りをただすというのを何度かやった。
 

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1回戦は旭川近郊の高校であるが、そんなに強い所ではない。主力は出ないことにして、敦子/薫/絵津子/川南/耶麻都というメンツで出て行く。今回、薫だけは全試合に可能な時間フルに出す予定である。キャプテン代行は敦子にした。
 
敦子も最近かなりポイントガードの代理をやっているので、随分センスが鍛えられている。全てに卓越している薫、とにかく巧いと思わせるプレイをする絵津子、意欲だけは充分の川南、という全く違うタイプのフォワード3人を上手に使い分けて得点をゲットしていく。今回の大会では耶麻都にはリバウンドだけ頑張るように言っている。
 
さすがに40分ずっと出るのは辛いので、適宜、睦子・メグミ・リリカたちも出したが、暢子や千里たちは一度も出ないまま、130対26で勝利した。その内45点が薫の得点である。
 
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薫にとっては女子選手としての初公式試合になったので、物凄く感動していたようである。
 
「薫、感動したところで、性転換手術」
と暢子が言うと
「すごーく受けたい気分」
と薫も言っていた。
 
準々決勝はJ高校である。これも1回戦と同じメンツで出て行く。このレベルの相手にはもっと弱い子たちを入れてもいいのだが、ベンチ枠が15人なので、そこまで弱いメンバーを入れられないのである。この試合も92対34で勝利した。
 

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大会は2日目に入る。
 
千里はこの日生理が来ていた。昨日もけっこう下腹部がもぞもぞする感覚があったし、おり物も増えていたので来るかな?と思って昨夜は寝る時にちゃんとナプキンを付けておいたのだが、朝起きてみると案の定来ていた。以前失敗した時で懲りているのでこの日は夜用スーパーを付けて生理用ショーツを二重に穿き、更にガードルで抑えて出て行く。
 
『千里、ここまでするくらいならタンポン入れたら?』
と《いんちゃん》が言ったが
『えー? なんか怖いじゃん』
と千里は言って、今回はナプキンで頑張ることにした。でも《いんちゃん》は何だか笑っている。何なんだ!?
 
『でも私のこの身体、実際問題として性転換からどのくらい経ってるの?』
と千里は尋ねる。
 
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『ちょうど1年くらいだよ。昨日今日は肉体的には2008.11.06-07だけど、千里が性転換手術を受けたのは肉体的には2007.11.13』
と《いんちゃん》。
 
『あと少しで1周年か!』
『ちなみに明日は2009.12.23になるから。一昨日は2009.12.22』
『1年のギャップがあるのね』
『千里、身体が突然変わるのにもだいぶ慣れたろ?』
『うん。また変わったなという感じ』
 

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今日は準決勝と3位決定戦・決勝が行われる。今回準決勝の組み合わせはN高校−M高校、L女子高−A商業、となっている。上位常連組のR高校は今回は準々決勝でM高校に敗退した。
 
この大会は3位までが道大会に行ける。今日はどのチームも2戦することになるのだが、2敗しない限り道大会に行けるという計算も成り立つ。
 
コートに整列する。スターターはN高校は雪子/千里/薫/暢子/留実子という最強布陣で行く。対するM高校は伶子/水希/橘花/輝子/蒼生という布陣で来た。
 
ティップオフは留実子が取る。ティップオフでこちらが取った場合、N高校は多くの場合速攻で点を取りに行くが、今日はゆっくりと攻め上がった。暢子と薫がスクリーンプレイを仕掛けて、それで結果的に薫がフリーになったので薫がシュートして2点。
 
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N高校が先制して試合は始まった。
 

この試合では第1ピリオドでポイントガードをした雪子も、第2ピリオドでポイントガードをしたメグミも、できるだけ薫にボールを集めて得点させる形を作った。それで前半を終わって32対42と10点差が付いていたが、42点の内18点が薫の得点であった。
 
ところがハーフタイムに橘花が厳しい顔をして、こちらのベンチエリアまでやってくると言った。
 
「千里、暢子、まじめにやってよ」
 
暢子は橘花をしばらく見つめていたが
「いいよ」
と言った。
 
千里は南野コーチを見たが、南野コーチも宇田先生も頷いた。
 
N高校は盟友ともいうべきM高校を叩きすぎないように、この試合は七分くらいのパワーで試合をしていた。橘花はそういう戦い方は不満だと言ってきたのである。
 
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しかしハーフタイムに相手ベンチに何か言いに行くというのは、むろん違反だ。
 
審判が飛んできてテクニカル・ファウルを宣言しようとしたが、千里は審判に笑顔で言った。
 
「すみません。試合の後の打ち上げの話をしただけですので」
 
それで審判は橘花に警告をしただけで引き下がってくれた。
 

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そこで後半は全開で行くことにする。留実子はあまり無理させたくないので、後半のセンターは(揚羽を温存したいので)リリカにするが、リリカにはフルパワーで行けと指示を出した。雪子も決勝に温存したいので、ポイントガードに敦子を使って攻めていく。
 
前半は薫と暢子のコンビネーション・プレイから薫に高確率でシュートさせたのだが、後半はどちらがシュートするかは相手ディフェンダーの動きを見て瞬時に判断する。また前半はあまりスリーを撃たなかった千里もどんどん積極的にスリーを撃つ。それは猛攻ともいうべきものであり、あっという間に点差は20点、30点とついて行く。しかし橘花は物凄く気合いの入った顔をして、伶子や宮子を励まし、N高校に対抗していった。
 
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結局、試合は108対48でN高校が勝った。
 
試合後握手した時に橘花が千里に笑顔で言った。
 
「ありがとう。本気でやってくれて。でもおかげで私たちは進化できた」
 
「また今年も一緒にインハイに行こうよ」
と千里は言う。
「うん。打倒P高校だね」
と橘花は笑顔で答えた。
 
ここ数年の道内の公式大会でP高校に勝ったことがあるのは、N高校とM高校の2校しかないのである。(N高校は2月の新人戦準決勝、M高校は昨年のインハイ予選の決勝リーグ。ほかカップ戦では札幌D学園もP高校に勝ったことがある)
 

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