[*
前頁][0
目次][#
次頁]
(C)Eriko Kawaguchi 2014-12-27
千里はだいたいの話がまとまった所で抜け出させてもらい羽田空港を17:55の旭川行きで帰還した。頼まれていた楽曲は機内でコード付けまでを終了させる。帰宅すると叔母から
「たいへんだったみたいね」
と言われる。
「しんどかった。寝る〜」
と言って(叔母が敷いていてくれた)布団に潜り込むと爆睡した。
翌日は学校が始まるので、ふつうに女子制服に着替え学校に出かける。オールジャパンでの健闘を称える学校での表彰式に臨み、チームでもらった敢闘賞の賞状と個人でもらった殊勲賞の2つ目のメダルを受け取る。
週末に愛知J学園迎撃戦を控えているので、この日の練習はたっぷりと夜8時までやった。なお、薫については先方との話し合いで今回も女子チームに入れて試合をすることになっている。
練習が終わって帰宅すると、取り敢えず仮眠する。そして携帯のアラームで夜12時に起きて、それから楽曲のスコア作成作業に取りかかった。時間が無いのでコピペなどを利用して、まずは取り敢えずスコアを完成させた上で、その後内容を洗練させて行く。間奏などもかっこいい感じに仕上げる。前奏は今日バスケの練習をしてる最中、留実子がダンクを決めた時にブルブルっと震えるゴールを見て唐突に思いついたものがあったので、それを使用する。
AYAの場合、3人ボーカルが居るものの、和音唱をせず、ひとりで歌うかユニゾンで歌うかしかないので、実はボーカルパートを作るのはとっても楽で、その分、伴奏をおしゃれな感じにまとめて楽曲の魅力度を上げる。
朝7時頃、叔母が
「朝ごはん食べる?」
と言って部屋まで持って来てくれたので、それを食べながら頑張って最後の仕上げをして8時近くになってやっと自分で満足いく所までできあがる。新島さん宛て送信する。叔母が学校まで車で送ってくれた。
しかし作曲家って大変だ! 絶対に自分は作曲家とかにはならないぞ、などと思う(既に作曲家になっているという可能性については目をつぶる)。でもそれなら何になろうかな?と思うと、なかなか将来設計が立たない。
お嫁さん・・・というのも考えてみるのだが、本当に貴司が自分をお嫁さんにしてくれるのかというのについては実は不安がある。結局はふつうの女の子がいいなどと言われるのではなかろうかとしぱしぱ思ってしまうが、そのことは考えないことにしている。
でもどっちみち、何か実力の世界で生きて行くようなものだよなという気はする。明日ひょいと別の人と交代しても問題無いような類いの仕事では、自分は使ってもらえないだろう。普通の女の子がいくらでもいるのに、わざわざ元男という人を使う会社は無いように思う。
何か技術を身につけるべきだよな。留実子のお姉さんが美容師という道を選んだのもひとつのうまい選択だ。腕の良い美容師はかなり重宝される。まああの業界は普通の会社とかに比べると性別に寛容っぽい気がする。
でも私、美的センスが無いからなあ。美容師は無理かなぁ。。。そういえば志望調査で将来の付きたい職業というのにはこないだ何となくシステム・エンジニアとか書いたけど、システム・エンジニアも実力の世界っぽいし、あの業界も仕事さえできれば性別はあまりうるさく言わないかも知れないな・・・。
そんなことを考えていた時ふと千里は東京遠征の時に見た夢を思い出した。看護婦か。看護婦も実力の世界だよな。そもそも看護婦っていつも人手不足。しんどい仕事ではあるだろうけど、自分は看護婦になるのもいいかも。理系だし。でも病院って保守的かも知れない。夢でみたように、ずっと女として生活していても、周囲はいまだに男とみなしているなんて状況になりかねない気もする。
それで着替えとかも男なんだから男子更衣室で着替えてよとか言われたらどうしよう。トイレとかも女子トイレに入れてもらえなくて男子トイレで立ってしろと言われたりして。
そういえば留実子って、男子トイレで立ってしているみたいだけど、どうすれば立ってできるのかな??
千里はその日授業を受けながら、他のことばかり考えていた。
その日は(補習がまだ始まってないので)1時間目から現国・数B・化学・リーダー(昼休み)体育・世界史と授業を受けたが、2時間目の数学で、数列の一般項を求める問題で(ぼんやりしている風だったので)当てられた千里がスラスラと解答するので先生が驚いていた。
「でもこの一般項、どうやって出したの?」
「さぁ・・・」
「自分でも分からないの!?」
「何となく思い浮かんだので、当てはめてみたら一致したので」
先生は千里が予め答えを見ていたのではと疑ったようで、唐突に問題をひとつ出す。すると先生が問題を書き終えた次の瞬間、千里は一般項の式を板書した。
「なぜ分かった?」
「思いつきました」
「お前、いつの間に天才になった?」
ということでこの日の千里は右脳が暴走していたようである。6時間目の世界史でも当てられたイベントのあった年を全部正確に即答していた。
世界史が終わった後、その日は7時間目に情報の授業でプログラミングをする。が・・・こういう精神状態の時は、この手の考えるものはダメである。まともなプログラムにならない。簡単な処理のはずなのが、どうも正しい結果を出してくれない。
『ねぇ、きーちゃん』
『どうしたの?千里』
『悪いけどこのプログラム、デバッグして』
『またぁ〜?』
『私、こういう理詰めで考えるの苦手〜』
『それなら、なぜ理系に来てる?』
『お父ちゃんが水産科に進学しろとか言うからさ。妥協で理学部なんだよ』
『千里、感覚人間だもんね』
『そういうことで、後はお願い。私ソース見てたら眠くなった』
『ちょっと、こら!』
千里が眠ってしまったので、《きーちゃん》はブツブツ言いながら、千里の代わりにプログラムをデバッグし始めた。
『貴人、何かいつもお前がプログラム組んでない?』
と《せいちゃん》が訊く。
『うん。情報の授業では千里は2年になってからは1本もプログラム完成させてないよ。ああ、これが問題だ。グローバル宣言すべき変数がローカルになってるじゃん。スコープというものを理解してないっぽいんだよなあ、この子』
と《きーちゃん》の言葉は半分グチになっている。
『この子、プログラムの才能無いのでは?』
と《せいちゃん》。
『でも将来SEになりたいとか言ってたよ』
と《きーちゃん》。
『それは金槌なのに海賊になりたいと言うくらい無茶だな』
と《りくちゃん》が横から口を出した。
金曜日の昼休みに宇田先生から職員室に呼ばれる。
呼ばれていたのは、千里・暢子・留実子・雪子・薫・北岡君の6人である。
「君たちに北海道ブロックエンデバーの招集状が来ているから」
と先生から言われた。
「何でしたっけ?」
と暢子が訊く。
「エンデバーってなんかスペースシャトルの名前みたい」
と雪子。
「まあ要するに強化合宿なんだよ。場所は札幌」
と宇田先生は説明する。
将来のバスケット日本代表を育成しようというので、将来有望な選手を学校の枠を越えて年代別に集めて訓練するのだという。
「なんか凄い練習とかするんですかね?」
と薫が訊くが
「いや、むしろ基礎をきちんと鍛えようということみたいだよ」
と先生は言う。
「なんかピラミッドになっているとおっしゃってましたね?」
と千里は先日東京で先生から聞いた話を言う。
「そうそう。全国各地域内で素質のある子をブロックエンデバーに集めて、そこで優秀な子を全国から集めたトップエンデバーに招集する」
「インハイとかの予選みたい」
「それを個人単位でやるってことですね」
「まあそんな感じだね」
「私、村山や若生からかなりレベル落ちると思うんですけど」
と留実子が発言する。
「女子で180cm以上、男子で190cm以上は必ずブロックエンデバーまでは招集される」
「なるほど」
「実績より素質優先なんだよ」
「僕が招集されるのもそれか」
と北岡君が言っている。
「まあ背が高いのは圧倒的に有利だもんな」
「その意味では森田(雪子)に招集が掛かったのは凄いですね」
と薫が言う。
「ちなみにインターハイとオールジャパンのスリーポイント女王を取った村山君はトップエンデバーまで招集されることが決まっているから3月は東京まで行ってもらうから。他の子は札幌での状況次第」
「はい」
「済みません。質問なんですが」
と暢子。
「歌子はまだ公式戦には出られないものの、こういうのはいいんですね」
「うん。強化と試合は別。才能のある子はどんどん鍛える」
「歌子は男子として招集されてるんですよね?」
と暢子が言うと
「え?」
と言って、宇田先生は慌てて書類を見直している。そして
「う・・・」
と声をあげた。
「もしかして女子ですか?」
と千里が訊く。
「うん。歌子君は女子として招集されている」
と宇田先生。
「あははは」
と本人は困ったように笑っている。
「きっと先日の代々木でのエキシビションでいい動きしていたからだよ」
と北岡君。
「薫、やはり早急に性転換しろ」
と暢子。
「ほんとにやっちゃおうかな」
と薫。
「うん。だから、やれと言っているのに」
と暢子。
その時、宇田先生に電話が入った。何やら話しているが
「ちょっとお待ちください」
と言って千里たちに訊く。
「君たち心当たりない? オールジャパンのエキシビションやった後、準々決勝に出る選手たちが練習していた時、どうもうちの生徒らしいんだけど、ライトグリーンのワンピース着てて、胸くらいまでの長い髪で、凄い遠距離から華麗にシュートを決めた女子が居たということで、最初村山君だろうと言っていたのだが、村山君を知っている役員さんが、あれは村山君では無かったと言っているらしいんだよ」
千里たちは顔を見合わせた。
「それ湧見(昭ちゃん)だと思います」
「確かにライトグリーンの可愛いワンピ着てたね」
「なるほどー!」
と言って先生は電話の相手と話している。
「分かりました。それでは彼女も行かせます」
「まさか・・・」
「うん。湧見君もブロック・エンデバー行き」
「それ女子としてですよね?」
「うん」
と宇田先生は少し困ったように答える。
「だけど湧見にしても歌子にしても、女子として鍛えても女子の日本代表にはなれないのでは? 性転換しない限り」
と言って北岡君は薫を見る。
「たぶん他の女子選手の刺激になるんだと思うよ。練習相手としても重宝するでしょ」
と先生。
「ああ、それはあるでしょうね」
と北岡君。
「A代表になるまでに性転換しておけばいいんだよ」
「あれ去勢して2年経ってたらオリンピックにも出られたはず」
「湧見君は女子と一緒に泊めても問題無かったよね?」
と先生は尋ねる。
「ええ。あの子、さすがに制服着ている時は男子トイレですけど、最近部活の間のトイレは女子トイレ使っているし、先日の東京遠征でもずっと女子と一緒にお風呂入ってましたし」
「じゃ大丈夫だな」
「昭ちゃんはエンデバーの前に、拉致して強制的に性転換手術を受けさせよう」
と薫が言うが
「その前に薫を強制的に性転換しないと」
と暢子は言った。
[*
前頁][0
目次][#
次頁]
女の子たちのラストゲーム(5)