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■女の子たちのラストゲーム(2)

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23:30を過ぎた所でやっと楽曲は完成する。千里はホッとしてデータを白浜さん宛てに送った。新島さんの携帯に納品が完了したこともメールした。
 
千里としてはホテルに帰っていいのかどうか悩む。しかしここはこのまま待機していた方が良さそうな気がした。
 
ソファで毛布をかぶって目をつぶり仮眠を取っていたら、1時過ぎに新島さんから電話がある。
 
「千里、雨宮先生を何としても捕まえて連絡してくれない?」
「分かりました。何とかします。北原さんの容態は?」
「今危篤状態」
「えーー!?」
 
「薬と人工呼吸装置で何とか持たせている状態。毛利君が北原君の実家の電話番号をアドレス帳に入れてたんで、それでご両親には連絡が付いて、今こちらに向かってもらってる」
「そうですか」
 
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電話を切ったものの、千里はどうやって先生を探すかというのを悩んだ。
 
『りくちゃん。私を雨宮先生のご自宅の中に連れ込める?』
『OKOK』
『鍵掛かっていると思うけど』
『鍵くらい掛かってても関係ないよ』
 
それで《りくちゃん》はほんの10分ほどで千里を雨宮先生の自宅に連れていってくれた。
 
『セキュリティが働いているけど沈黙させていいよね?』
と《げんちゃん》が言う。
『うん。沈黙させて』
 
それで室内を自由に動けるようになったようである。ただ警備会社はセキュリティが死んでいることに気づいたら駆けつけてくるかも知れない。千里は20分以内に手がかりをつかまなければならないと思った。
 
机の引き出しを開けようとしたが鍵が掛かっている。
 
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『そのくらい開けるよ』
と言ってそれも《げんちゃん》が開けてくれた。
 
見ていると住所録がある。そのひとつひとつを見ていく。指が止まる。
 
「これか」
と千里は独り言をつぶやいた。
 
千里はそこに電話する。60回ほど鳴らした所で「はい」というぶっきらぼうな女の声がする。
 
「夜分恐れ入ります。私、雨宮先生の弟子で村山と申します。緊急事態なんです。雨宮先生を出してもらえませんか?」
「うん。いいけど」
 
「誰よ、こんな夜中に?」
と雨宮先生は物凄く不機嫌そうに答えた。
 
「夜分恐れ入ります。村山です。実は北原さんが倒れて危篤状態なんです」
「何〜〜〜!?」
 

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雨宮先生は(群馬県の)草津温泉に居るということであった。
 
「すぐ行きたいけど、私、お酒飲んでて車が運転できない」
と先生は言う。
 
「タクシーとかダメですかね?」
「さすがに東京までは走ってくれないよ」
 
それでしばらく考えていた先生は千里に言った。
「あんたさ、今どこに居るの?」
「実は先生のご自宅です。申し訳ありません。緊急事態なので勝手に中に入りました」
「よく入れたね!」
「勝手口が開いてたので」
 
「うーん。あそこはしばしば鍵掛け忘れるんだよ。でもそれなら好都合だよ。千里、私のフェラーリを運転してこちらまで来てよ」
「えーー!?」
 
「タクシーは料金弾めばたぶん前橋か高崎くらいまでは行ってくれると思う。だから高崎付近で落ち合おう。車のキーは居間の壁に掛かっているから」
 
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千里は少し考えたがすぐにそれしかないと判断した。
 
「分かりました。行きます。フェラーリは612スカリエッティの方ですか、エンツォフェラーリですか?」
「612スカリエッティに決まってる。エンツォフェラーリはさすがに他人には触らせたくない」
 
612スカリエッティは新車で3000万円ほどの価格だが、エンツォフェラーリは中古でも1億円くらいする。
 
「了解です。ではエンツォフェラーリでそちらに向かいます」
「あぁ!?」
 

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怒ったような先生の声を無視して電話を切ると、千里は居間に行き、鍵を探す。
 
『千里、これがエンツォフェラーリの鍵だよ』
と《りくちゃん》が教えてくれる。
 
『さんきゅ』
それで千里はガレージに行き、エンツォフェラーリに乗り込む。バタフライドア(ガルウィングに似た開き方をするドア)がかっこいい!! エンジンを掛けて車を出す。家の外でいったん車を停め、戸締まりをしてから、沈黙させていたセキュリティを復活させる。
 
貴司からもらったスントの腕時計で時刻を見る。今2時だ。高崎までは2時間くらい掛かるかなと思った(東京−高崎間は100kmほど)。
 
ガソリンがあまり入っていないので最寄りのセルフ給油所に寄り満タンにする。なんか随分周囲から注目されている感じ。まあ注目するよね。
 
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『千里、急ぐんだろ? 私が運んであげるよ』
《くうちゃん》が言うのでお願いする。
 
するとあっという間に高崎市内に来ていた!
 

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『くうちゃん、すごーい』
『千里少し寝てなさい』
『うん』
 
雨宮先生からの電話で目が覚める。
『今タクシーで渋川市内まで来た所。今あんたどのあたり?』
『高崎市内です。すぐお迎えに行きます』
『何〜!?』
 
現在3時半である。
 
結局中間の前橋のファミレス駐車場で落ち合うことにする。先生の方は別のタクシーを使って移動するようだ。千里の方はまた《くうちゃん》に運んでもらい、時間があるので店内に入ってテイクアウトメニューのチキンを頼み、それを持って車に戻って、先生が来るまで眠っていた。
 
トントンという窓をノックする音で目を覚ます。ドアを開けると先生が助手席に乗ってくる。先生は女性を同伴していたが、この車は2シーターなので乗れない。交通費を渡してひとりで帰ってということになった。ついでに千里がファミレスで頼んだチキンを彼女に渡した。
 
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「お疲れ様です」
「ほんとにエンツォフェラーリ持ってくるとは思わなかった」
「すっごい気持ちいいですよ。この車」
「万一少しでもこの子に傷が付いてたら、1発やらせてもらうからね」
「いいですよ。そのくらい」
 
千里があっけなく同意するので、先生は少し拍子抜けしたようだ。
 
千里はスムーズに車を発進させ、関越に乗る。ETCが付いていないので通行券を取って入った。軽快に加速させて本線に合流する。2車線目に移動して流れに沿って走るが、やや遅めの車が居たら3車線目を使って華麗に抜いていく。《捕まらない程度の速度》で走って行く。
 
「あんた、だいぶうまくなった」
「随分先生のおかげで運転させられましたから」
「私寝てていい?」
「はい、お休みになっててください」
 
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そして千里は先生が熟睡状態になるのを待って、左車線に移動し速度を落として非常駐車帯に停めてから《くうちゃん》に頼んで車を都内の北原さんが入院している病院のそばに運んでもらった。病院の駐車場に入れ、空いている枠に駐める。結局到着したのは4:45くらいである。
 
「ん?」
エンジンが停止した気配に先生が目を覚ます。先生が寝ていたのは多分30分くらいだ。
 
「ここどこ?」
「北原さんが入院している病院です」
「ここ何区?」
「新宿区内ですね」
 
雨宮先生は自分の携帯で時刻を確認する。
 
「あんた、どんだけスピード出したのよ!?」
「緊急事態ですし」
 
雨宮先生は少し考えるようにした。
 
「いや、あり得ない。あんた40分で前橋から新宿まで移動している。平均速度でも170-180km/h, たぶん最高速度は300km/h近く出さないと無理」
 
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「その速度が出るマシンでしょ?」
 
エンツォフェラーリの最高速度は350km/hである。
 
雨宮先生は少し額に手を当てて考えている。
 
「やめた。考えても仕方ない気がする」
「それより北原さんが心配です」
「うん。病室に行こう」
 

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ナースステーションで尋ねると北原さんはICU(集中治療室)に入れられているということであった。案内されて行くと、新島さん、そして北原さんのご両親が廊下のソファに座っていた。
 
「新島、容態は?」
「先生が覚悟してくれと言っています」
 
先生はご両親に管理が行き届かず申し訳ないと謝るが、お父さんは、いや息子がきっと不摂生だったんですと言い、恐縮していた。
 

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そして北原さんは千里たちが到着して間もなく、帰らぬ人となった。
 

「結果的には千里の暴走運転のおかげで北原の死に目に間に合ったことになるんだろうな」
と雨宮先生は若干八つ当たり気味に言った。先生がこんなに悲しそうな顔をしているのは初めて見た。
 
医師の所見によると北原さんは膵癌ということであった。
 
「だって夏の健康診断では何も異常無しだったと言ってたのに」
と言って新島さんが絶句する。
 
「膵癌は検診などでもひじょうに発見しにくい上に進行が物凄く速いんですよ。見つかった時は手遅れということが多いですし、また手術がひじょうにしにくい場所なので治療も困難なんです」
と医師は言う。
 
「新島、北原自分の健康について何か言ってなかった?」
と雨宮先生が訊く。
 
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「特に聞いてませんでした。最近仕事が大変だから疲れが溜まり気味とはおっしゃっていたのですが、なにぶんこの業界みんなオーバーワークなので」
 
「売れっ子はオーバーワークで、過労になりようもない作家は食っていけないという業界だからなあ」
 
と雨宮先生は苦渋の表情で語る。暇さえあれば女とデートしている雨宮先生も年間60-70曲を生み出す多忙な生活を送っている。
 
「こないだどうしてもカップ麺とコンビニ弁当とレトルト食品のリピートになりがちとか言ってたから、早く結婚しなよとか言っていたのですが」
 
「あの子、恋人とかはいなかったんでしょうか?」
とお母さん。
 
「毛利君の話では好きな人はいるみたいだった。でも話したこともないんだって」
「片思いか」
 
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水戸から駆けつけてきたお父さんのお姉さんなどとも話し合い、慌ただしいものの、今日通夜をして明日15日に葬儀をすることになった。1日置いて明日通夜で16日葬儀というのも検討したのだが、16日が友引なのでそれを避けようとすると、17日通夜・18日葬儀となり、亡くなってから日数を置きすぎることになってしまう。
 
「千里、あんた今日の用事は?」
と先生から尋ねられる。
 
「オールジャパンの主宰者からの招待で今日の決勝戦を見ることにしていたのですが」
「明日は?」
「明日まで冬休みです」
「今日の試合は何時?」
「14時からです」
「今日帰る予定だったんだよね?」
「はい。最終の飛行機が17:55羽田なので、表彰式は見ずに試合だけ見て帰るつもりでいました」
「じゃ明日帰りなさい」
「そうします」
 
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それで千里は今日の男子決勝戦を見た後斎場に入り、通夜の手伝いをすることになった。千里は航空会社に電話して航空券の期日変更の手続きをした。
 

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「北原さん、ご兄弟とかはおられなかったんでしたっけ? 私、北原さんの個人的なこと全然聞いてなくて」
と千里が言うと
 
「お姉さんがいるんだけど、フランス留学中なんだよ」
と新島さんが言う。
 
「フランスですか!」
 
それについてお母さんが語った。
「さきほど娘と電話で話しました。娘は一時帰国すると言ったのですが、帰ってくるなと言いました」
 
「なぜ?」
「あの子、来週がコンテストなんです」
「わぁ・・・」
 
「そんな時に日本との往復なんかやって、まともな演奏できる訳がない。お前が帰って来て弟が生き返る訳でも無いんだから、そちらで念仏でも唱えていなさいと言いました」
 
「辛い所ですね」
「あの子、来週のコンテストのためにこの半年くらい物凄い練習をしてきているんです。それをたとえ弟の葬式のためとはいえ、直前に中断はさせられませんし、あの子を指導してくださっている先生にも申し訳ありません」
 
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とお母さんは沈痛な表情で言った。
 
結局お姉さんはコンテストが終わってから一時帰国することにし、お姉さんが帰って来た所で初七日をすることになった(最近では多くの場合、葬儀当日に初七日までしてしまう)。
 

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そんな話をしていた所に医師がやってきて書類にサインを欲しいと言う。
 
それでお母さんがサインをしようとしたのだが、ふと気づいたように言う。
「先生。性別が間違ってます」
「え?」
「女に丸が付けてありますよ」
「え?だってお嬢さんですよね?」
「いえ。息子ですけど」
「えーーー!?」
 
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女の子たちのラストゲーム(2)

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