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■女の子たちのラストゲーム(4)

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お通夜が終わった後で、だいたいの片付けなどして引き上げようなどと言っていたら、北原さんのお母さんが何やら物凄く焦ったような顔でやってくる。
 
「どうかしました?」
「あの、香典が」
「盗まれた?」
「いえ。それは大丈夫なのですが、金額が」
「ん?」
 
話を聞くと、香典袋の中に20万円とか30万円とかいう恐ろしい金額の入っているものばかりで、加藤課長が代理で持って来た松前社長と町添部長の香典などどちらも100万円くらい入っていたというのである。
 
「ああ、この業界は冠婚葬祭に包むお金の桁が世間と1−2桁違うのよ」
と雨宮先生は笑いながら言った。
 
「これが普通なんですか!?」
「この世界で1本と言ったら100万円」
「ひぇー。。。。あのぉ、これ香典返しはどうすれば?」
「ああ商品券を4−5万円分渡せばいいと思うよ」
「きゃーー!」
 
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結局誰からいくらもらったので幾ら香典返しする、というのは後で新島さんに決めてもらうことにした。
 

「ところで立て込んでいるのに申し訳ないんですが、北原さんの仕事場のマンションを見せてもらえませんか。実は締め切りの迫っている仕事を彼していたので」
と雨宮先生がお母さんに言う。
 
先生は今日の弔問客には北原さんのことをずっと「彼女」という代名詞で話していた。しかしご両親には敢えて「彼」と言った。子供の性別問題を死んでから知って戸惑っている両親への配慮だ。先生って割と優しいよなと千里は思う。
 
でもきっとこのご両親、雨宮先生が男だなんて夢にも思ってない!
 
「はい、どうぞ。自由に見て下さい。必要なものは何でも持ち出して下さい」
 
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それで結局、雨宮先生・新島さん・毛利さん・千里の4人で北原さんのマンションに行き、預かった鍵で中に入る。
 
「パソコンの起動パスワード(*1)が設定されている。困ったな」
と雨宮先生が言ったが、千里は
 
「多分 goro です」
と言う。
 
(*1)正確にはハードディスク・パスワードであった。これはセーフモードで起動してもバイパスすることができないし、ハードディスクを取り出して別のパソコンにつないでもやはり要求される。メーカーの工場にでも持ち込む以外には解除する方法が無い。
 
それを入れるとちゃんと起動する!
 
「goroってまさか毛利五郎?」
「きっと北原さん、毛利さんのこと好きだったんですよ」
「嘘!?」
と毛利さん本人がいちばん驚いている。
 
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「AYAの音源製作は次の週末から始める予定だったんだ。楽曲を何とかしなければいけない」
と先生は言う。
 
北原さんが使用していたCubaseの中身を見ると、未知の楽曲が4曲登録されていた。内容を見ると、2曲はほぼ完成していて、1曲は編曲途中という感じ。1曲はメロディだけだった。
 
「毛利。今だけ許す。この途中まで出来てる奴を完成させて、このメロディーだけのはすぐにアレンジして。3日以内」
「水曜までですね?」
「うん」
「分かりました。やります」
 
「千里」
「はい」
「あと1曲書いてくれ」
「5曲入りのCDにする予定だったんですね?」
「そうなんだよ」
「木曜日の朝まででいいですか?」
「うん。それが多分タイムリミット。頼む」
 
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「新島は?」
と毛利さんが訊く。
「こいつは今他の案件を抱えていて時間が取れないんだよ」
 
「うん。実は明日までに納品しないといけないのがまだできてない」
「高倉を今夜中に応援に行かせるから、葬儀の始まる直前までその作業してろ」
と雨宮先生。
「すみません。お願いします」
 
高倉さんは熊本在住の雨宮先生の弟子のひとりである。ほどなく夜中の0時頃にこちらに着くという連絡が入った。みんな大変だ!
 

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毛利さんはこのまま北原さんのマンションで作業をすることにした。雨宮先生もそこで既存の2曲の最終調整をする。新島さんは自分のマンションに帰るということだったので、千里はそれに同行し、新島さんのマンションに泊めてもらうことにした。
 
「私は取り敢えず寝ます」
と宣言する。
「うん。それがいい。寝不足の頭で書いた曲なんて、書いてる時は名作ができている気になるけど、冷静になると実はたいしたこと無いんだ。頭を一度休ませたほうが絶対いいのができる。これは北原君のラスト・ゲームだからさ。いい作品に仕上げてあげたいよ」
 
と新島さんは少し疲れたような表情で語った。
 

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千里が目を覚ますともう午前4時で、居間では新島さんと高倉さんが真剣な表情で楽曲のスコアを作っていた。千里は「おはようございます」と声を掛けると、まずはコーヒーを入れて2人に出し、その後、カレーを温め直してそれも盛って出した。
 
「さんきゅ、さんきゅ」
「何か食べたいものがあったら、材料買ってきて作りますが」
 
「私、なんかお肉が食べたい」
「冷凍室に鶏肉があるから、それ1kg分くらい唐揚げにできる?」
「了解です」
 
それで千里が唐揚げを作って持ってくると
「すごいジューシー!」
「美味しい!」
と声があがる。
 
「取り敢えず主婦なもんで」
「あんた結婚してたんだっけ?」
「はい。結婚してちょうど1年経った所です」
「そうだったのか!」
「知らなかった」
 
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この発言は、高倉さんには「結婚している→きっと20歳前後なのだろう」という想像を働かせてしまった気もした。
 

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千里は何か用があったら遠慮無く呼んで下さいと声を掛けてから、ひとりになるため寝室に戻り、そこでパソコンを開けて自分の楽曲の制作を始めた。
 
昨夜の内に蓮菜にメールして依頼していた詩がもう届いている。AYAの3人に歌わせるのに似合っているような可愛らしい詩だ。『ティンカーベル』というタイトルが付いている。千里はその詩のイメージに合うようなメロディを考え、取り敢えず手書きで五線紙に書き込んでいく。
 
ティンカーベルといったら、やはりタンスに閉じ込められちゃってバタバタしている所が楽しいよな、などと思うと、何だか楽しくなるようなメロディーが浮かぶ。
 
バッグの中から自分のフルートを取りだし吹いてみて、それで見付けた旋律を更に書き込んでいく。そのような作業を続けて楽曲の骨格が出来たあたりで新島さんが来て
 
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「そろそろお葬式に行くよ」
 
と言った。
 

喪服に着替え、何となく流れでいちばん睡眠を取っている千里が新島さんのゴルフ・カブリオレを運転して3人で斎場に行った。(千里もこの際、免許のことは考えないことにした。新島さんも千里が高校生と知っているが千里の運転が結構慣れた感じだし、フェラーリで雨宮先生を迎えに行ったという話も聞いていたので、多分18歳で既に免許を取っているのだろうと思ったようだ)
 
今日も千里が受付けの所に立つ。大半は昨日通夜にも来てくれた人たちだが今日新たに、彼女のネット関係の友人などが来てくれていた。北原さんは千里たちが知っていた男性アカウントの他に、秘密の女性アカウントも持っていてそちらでも友人のつながりを作っていたのである。新島さんが「友人の代理書き込みです。このアカウントの本人が今朝亡くなりました」と昨夜書いたところ、お葬式の日時と場所を教えてというメッセージが多数あり、それも日記として書いた。すると弔電を送ってくれた人、そして葬儀に来てくれた人たちもあった。
 
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この人たちは《まともに》5000円程度の香典を包んでくれたので、会葬御礼に同封してビール券3枚(2016円相当 *1)を渡している。
 
新島さんは毛利さんとも話した上で、葬儀場での混乱防止のため、北原さんの男性アカウントの方には落ち着いてから亡くなった旨を書こうということにしていた。
 
(*1)ビール券の「額面」は1997.04-2006.04は674円、-2008.03が672円、-2014.03が706円、2014.04以降は724円。
 

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葬儀は11時から1時間ほど行われた。その後、親族の人たちの会食が行われたが性別問題で戸惑いの声が上がり、実は両親も戸惑っているということで話が混沌としていたが、本人の従姉にあたる人が
 
「子供の頃、あの子けっこう女の子っぽい性格だよなと思ってたよ」
と発言すると、母親も
「今になって考えてみると、若干思い当たる節もある」
と言った。
 
「あの子、高校の頃、女物の下着を隠し持っていたんです。《おいた》するのに持っているのかなと思ってたんですが、きっと自分で着てたんですね」
 
実際問題として北原さんのマンションにあった衣類は9割が女物であった。北原さんは毛利さん・新島さんを始め、友人を自分のマンションに入れることが全くなかったらしいが、そういう生活を見られないようにするためだったのだろう。
 
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親族の会食が行われていた間に、雨宮先生と新島さん・毛利さん・千里、それに加藤課長、H出版社の辛島社長とで緊急の打ち合わせをした。
 
楽曲はほぽ出来ているし、CDの制作・リリース時期は一応予告されているので、これは動かしたくないという線で意見が一致した。問題は制作指揮を誰がするかである。
 
「ロイヤル高島先生はご無理なんですよね?」
と新島さんが言う。
 
「実は表向きには病状は安定していることになっているんですが、本当はかなり深刻な状況なんですよ。薬もかなり強いものに変えたので今頭髪も全部抜け落ちています。意識も無い時間の方が長い。ここ1ヶ月程度が山場だと医者からは言われています」
と辛島社長が打ち明ける。
 
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みんなそんなに重症とは思っていなかったので鎮痛な表情になる。
 
「このプロジェクト呪われてないよね?」
と雨宮先生が言っちゃう。
 
それは恐らくこの場にいる全員が思っていたことだろう。
 
新島さんは不穏な空気を打ち破るように発言する。
 
「ロイヤル高島先生がそういう状況であるなら、提案です。飲酒運転の謹慎期間がまだ解けていないのですが、ここは毛利君にやってもらうのが最もよいと思います。彼はこれまでアイドルのCDプロデュースを何度もしています」
 
毛利さんは昨年8月25日に飲酒運転で捕まったため、半年間、今年の2月いっぱいまで音楽活動を自粛することになっていた。
 
雨宮先生も
「制作期間の2週間ほどだけ一時解除。その代わり謹慎は3月まで」
という線を提示。
 
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加藤さんも辛島さんも、やむを得ないでしょうねということで了承した。制作のクレジットはロイヤル高島さんと北原さんのままにし、今後のプロデュースに関しては、新たな人選をする方向で検討することにした。また今回の制作では、雨宮先生も現場に入って、実質的に監修することになった。それで結果的に雨宮先生の仕事の一部が新島さんに掛かってきたし、その影響で千里と高倉さんと鮎川ゆまが1曲ずつ書くことになった。
 
なお実際の制作の時は、雨宮先生がTV番組やライブなどの立ち会いでどうしても出られない日に、友人の作曲家・上島雷太さんが代理で出席してくれた日が数日あった。そしてそれが縁で、このあとのAYAのプロデュースは上島さんがすることになっていくのである。そして1年後までにはAYAは「たくさんプロデュースはしているけど、大きくはヒットしていない」などと揶揄されていた上島さんにとっても、自分がプロデュースする中で最大の人気歌手となる。
 
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