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薫としては、どちらかというと負けて、そのまま約束を守って性転換手術を受けたい気分でもあったようだが、取り敢えず奮起した。第3ピリオドあたりでは少し疲れが見えていたのが、また元気を取り戻した感じであった。どんどん相手制限エリアに突入してはゴールを狙う。外してもリバウンドで留実子が頑張る。
それで第4ピリオド前半はN高校の奮起で12対20と頑張って追い上げて、ここまでの点数を104対100とわずか4点差にまで詰め寄った。
しかしこれでお尻に火が点いたJ学園は一度タイムを取り気合いを入れ直して厳しい攻撃を仕掛けてくる。それで残り3分の段階で114対107とまた点差が開きかける。
しかしここで千里が連続してスリーを放り込んで116対113と詰め寄る。更にもう1発千里のスリーが入れば同点である。
それまでけっこうこちらの選手に話しかけていた花園さんのおしゃべりが停まる。気迫あふれる顔で攻めてくる。そしてスリーポイントラインにまだかなりある所からいきなりシュートを撃つ。
わずかに逸れてリングで跳ね上がるが、そこに飛び込んで行った中丸さんがタップでボールを放り込む。118対113。
こちらの攻撃に対して、J学園がゾーンで守る。しかし薫と暢子がこの試合で初めて見せたトリッキーな動きで相手を翻弄し、薫がスクリーンになって暢子が中に侵入する形でシュートを撃つ。フォローに来た日吉さんがブロックするものの、そのリバウンドを留実子が取って自らダンクでボールをゴールに叩き込む。
118対115で3点差と追いすがる。残りはもう1分しかない。
J学園が攻めてくる。こちらもゾーンで守っている。向こうもスクリーンプレイを仕掛けてきたものの、こちらは高速にスイッチして、相手の攻撃を防ぐ。それでも最後は日吉さんが無理矢理中に侵入してきてシュートを撃つ。
ボールはゴールに入ったものの、審判は両手を交差させて得点が無効であることを示した上で、両手で押す仕草を見せる。日吉さんが留実子を押しのけたのをチャージングと判断したようである。
(ゴール下にノーチャージエリアが設定されたのは2010年からである。もっともこのエリアでの衝突は悪質でなければチャージングはいちいち取られないことも多かった:全部取っていたら得点できない)
3点差のままN高校が攻め上がる。千里に花園さんと大秋さんの2人が付く。しかし結果的に雪子はフリーになってしまう。すると雪子は自ら制限エリアに飛び込んで行った。中丸さんが行く手を阻む。身長差が25cmくらいもある物凄いミスマッチ。しかし雪子はその身長差を逆用して、かがみ込むようにして中丸さんを抜いてしまう。入野さんがフォローに行くが間に合わない。
シュートする。
きれいに入って118対117。1点差。残り39秒。
相手が攻めてくる。花園さんにボールが渡るが、千里が目の前に居て先にも進めなければシュートも撃てない。フェイントにも千里は動じない。攻めあぐねている内に5秒が近づく。24秒計の残りも少なくなる。
強引に左から抜こうとする。ここで左を選んだのは、千里が総合的に見ると左手の方が右手より強いようで、千里の左手側より右手側の方が抜ける確率がわずかに高いという統計結果が出ていたからだと花園さんは後で言った。
そして実際、この時花園さんはうまく千里を抜いたのである。
千里が回り込む前にシュートを撃つ。
入れて120対117。残りは16秒。
N高校の攻撃。
また千里に花園さんと大秋さんの2人が付く。ボールを持つ雪子をフリーにしてしまうのだが、それよりも千里のスリーが怖い所だ。ここで雪子に2点取られても逃げ切れるのである。
しかしそれが分かっているので雪子は今回は自分で中に入っていくことはしない。暢子にボールを回すが日吉さんが付いている。留実子に回すが中丸さんが付いている。
しかし留実子は、いきなりバウンドパスでボールを千里がいる方向に放る。一瞬にして千里が花園さんと大秋さんを抜いて制限エリアに入ってそのボールを押さえる。大秋さんがフォローに行こうとするのを花園さんが停める。ここはスリーでなければ点を取られてもいいのである。むしろバスケットカウント・ワンスローが怖い。
しかし千里はそのボールを入野さんとマッチアップしている薫にパスした。薫がシュートしようとする。そこはスリーポイントラインの外側である。入野さんがブロックしようとジャンプするが、薫はまるでシュートを撃つような体勢から、実際にはシュートせずにボールを身体の後ろに落としてバウンドさせる。
そしてそこに千里が全力で走り寄り、ボールをつかむと、2歩で踏み切って、空中で身体を半回転させ、そのままシュートする。
千里の身体の回転がある分、ボールは千里が放った方角とは微妙にずれた方角へ飛んで行く。しかしいったんバックボードの中心よりやや向う側に当たった上で、バックスピンしてゴールに飛び込んだ。
120対120!同点!
そして残りは3秒である。
しかし向こうはタイムを使ってしまっているので、もうタイムを取れない!
花園さんと中丸さんがダッシュして向う側のゴールめがけて走る。ボールを審判から受け取った入野さんはできるだけゆっくりと構え、制限時間ぎりぎりにボールを投げる。
ボールは正確にゴールそばに飛んでくる。
しかしボールに触れたのは留実子であった。
留実子はボールの勢いを殺すかのように下に向けてボールをタップした。そのボールが床で弾んでいる所を中丸さんが必死で確保する。しかし彼女がボールをセットして撃つ前にブザーが鳴る。
中丸さんはボールをシュートする。
ボールはゴールに飛び込んだものの、審判はノーゴールであることを示す。
あちこちで大きく息をつく音がした。
整列する。
「120対120で、引き分け」
エキシビションなので延長までやって決着という訳にはいかない。それで40分で決着が付かなかったら引き分けにするということになっていた。
「ありがとうございました」
と挨拶して、お互い握手したり、ハグしたりしていた。
花園さんがまた薫に何かささやき、薫は頭を掻いていた。
「何か言われた?」
「そんなに、おちんちんが惜しいの?って」
「その言葉、私も薫に言いたい」
「薫、旭川に帰る前に、すっきりした身体になりなよ」
「おちんちんは新幹線に持ち込み不可ということにしよう」
「ほんとにどうしよう?」
と薫はマジで悩んでいる風であった。
「でもこれなんか凄いですよね? J学園に引き分けって? 向こうは結構マジでしたよね?」
と控え室に戻ってから、川南が興奮したように言う。
「まあインターハイの時よりは少し本気かな」
「八分(はちぶ)くらいの力で戦ってた感じ」
「あれで本気じゃないんだ!?」
「最後のピリオド後半は追いつかれそうになって少しだけ本気出したね」
「本戦のトーナメントでぶつからない限り、100%のJ学園は体験できないよ」
「今回も引き分けになったことで、相手も今度トーナメントでぶつかったら、本気で来るだろうね」
「今日は多分怪我しないように・させないようにと言われていたと思う」
「それ私も言おうかと思ったけど、あんたたち逆効果だろうし」
と南野コーチ。
「ファウルも双方3個ずつだったしね」
着替えようとしていて、携帯にメールが着信していることに気づく。開けて読んでみて、千里は吹き出した。
「どうしたの?」
「花園さんから。19-20日の北海道遠征の時は、もう女の子の身体になった歌子さんと対戦を希望するって」
「やはり薫は強制性転換だな」
「みんなで拉致して病院に連れ込もう」
「拉致されたーい」
と本人も言う。
暢子と寿絵が顔を見合わせている。
「よし、拉致しよう」
「え?」
それで薫はふたりに組み敷かれている。
「ちょっと待って」
「もう覚悟を決めなよ」
「女の子になりたくないの?」
「なりたいけど、心の準備が」
「中途半端なことしていたら自分が苦しむだけ」
「スパっと切ってスッキリしよう」
「千里を見習いなよ」
「誰かロープ持って来てよ」
「お願い。勘弁」
薫が本気を出せば暢子と寿絵に乗っかられたくらい、簡単に逃げ出せるだろうが、組み敷かれたままになっているのは、やはり何かの間違いで手術受けることになってしまわないだろうかという気持ちがあるからだろうな、と千里は思った。
昭一は川南にまたまた着せられた可愛いライトグリーンのワンピース姿でさっきまで愛知J学園とN高校の激戦が行われていたフロアを眺めていた。宇田先生から本部へ書類を出すのを頼まれて、それを渡してからコートを出ようとしていたのである。今日はロングヘアのウィッグを付けられ、口紅まで塗られている。
16:30からの男子の準々決勝に出場するJBLのチームの選手が軽くウォーミングアップ代わりの練習をしている。ボールが1個こちらに転がってくる。昭ちゃんは何気なくそのボールを拾った。
ゴールが見える。ここから9mくらいかな?少し遠いな。(3ポイントラインは6.75m)何も考える前にボールをセットしていた。
全身のバネを使って撃つ。
軌道が少しずれたものの、ボールはバックボードに当たってネットに飛び込む。それを見ていた観客の一部がどよめいたこと、そしてコート上の選手が驚いたような顔をしていたことに全然気づかないまま、昭ちゃんはボールがゴールに入ったことに満足して振り向き、コートを後にした。
薫は取り敢えず「すみやかに女の子の身体になります」という誓約書(?)を書いて開放してもらった。
「でもすみやかにっていつまで?」
「来週のJ学園迎撃戦までにはちゃんと女の子になっていてもらわないと」
「それまでにちゃんと手術してなかったら?」
「その時は罰を与える」
「どんな罰?」
「おちんちん切断」
「ふむふむ」
などと言っていた時、運営の人(女性)がN高校の控え室にやってくる。
「旭川N高校の村山千里さん、おられますか?」
「はい?」
「もうお帰りになります?」
「帰るつもりでいましたが何か?」
「まだ確定ではないのですが、場合によっては1月13日の日曜日に再度こちらに出てくることは可能ですか?」
「今空いてますから、取り敢えず予定入れておきますね」
「すみません。キャンセルになるかも知れませんけど」
「構いませんよ」
それで運営の人は行ってしまう。
「千里、何か賞もらえるのでは?」
「まさか。3回戦で負けたのに」
「いや。高校生では一番の成績だし」
「敢闘賞とかかもね」
「なるほどー」
「じゃ来週また千里が東京に来るなら、その時に万一まだ薫が性転換していなかったら、薫も東京に連れて行って即手術を受けさせるということで」
「ああ、それがいい」
薫は「参ったな」という顔をしている。
「でもごめん。私はこのあと別行動で、実家に寄って行く。一週間こちらで過ごして、週明けに旭川に戻るから」
「あれ?そうだったんだ」
「じゃこちらに居る間に手術を受ければいいよね」
「それもう少し考えさせて」
「せっかく実家に行くなら、親の承認を取って性転換」
「承認してくれないよ!」
「ちょっと余計なものを切ってもらうだけじゃん」
「イボとか魚の目取るのと同じだよね」
「そんなに簡単なものなんだっけ?」
「ちょっと大きめのいぼということで」
「あれ液体窒素か何か吹き付けて取っちゃうんでしょ?」
「全然痛くないらしいよ」
「イボならね」
取り敢えず、みんなで東京駅に移動することにした。薫も東京駅までは付いてきて、新幹線の改札のところで別れた。
千里たちは東京駅17:56の《はやて29号》に乗り、八戸で《つがる29号》に乗り継いで《急行はまなす》で津軽海峡を越える。そして札幌から《スーパーカムイ1号》に乗って翌日1月6日(日)の8:13に旭川駅に到着。そこで解散となった。
例によって昭ちゃんは、ワンピース姿のまま帰宅した。
「ただいまぁ。眠かった。少し寝るね」
と言って玄関から居間を通過してそのまま自分の部屋に入る昭ちゃんを、母親は呆気にとられて見ていたが、休日出勤するのにネクタイを締めている最中だった父親は目をぱちくりさせて
「今、女の子が入ってこなかった?」
と昭ちゃんの姉に尋ねた。姉は今飲んだミルクティーを吹き出さないように口に手を当てていた。
その病院でふたりの女性が医師から説明を受けていた。
「あらためて言いますが、この方式は膣を作らないので男性との性交は困難ですし、後から欲しいと思っても、できない可能性があることはご承知置きください」
と医師。
「はい。それは分かっていますが、私は男性との恋愛経験は無いし、今後もそういうつもりは無いので、むしろ回復期間の短いこの方法がいいです」
と本人。
「ええ。確かに回復期間が短くて済むのがこの方法の利点です」
と医師も言った。
それで手術同意書にサインし、立ち会ってくれるお姉さんも一緒にサインした。ただ、本人達は「姉妹」と言っているものの、どうも本当はお姉さんではなさそうだなというのを医師は感じていた。しかしそこまでわざわざ詮索する必要もないだろう。
「では本日の午後3時から手術になります」
と医師。
「これでやっとあんたも本当の女の子になれるね」
とお姉さん。
「うん。本当にやっとここまで来たかという気分」
と手術を受ける本人も嬉しそうに語った。
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女の子たちのオールジャパン(6)